軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

621:風の歩む先、凍れる城塞あり その8

氷の迷宮を流れていく風。それを追いながら、俺たちは速足で迷宮を進んでいく。

急ぎたい気持ちはあるが、流石に走って移動すると罠に引っかかる可能性が高いし、更に言えば風を見失ってしまうことにもなりかねない。

慎重に、だが急いで、速足で先へと進んでいく。

「気配が近いな。やはり人が集まってきているか」

「しばらくは他の人たちに会いませんでしたけど、やっぱり目的地付近となると違いますね」

「正直、接触しても面倒なだけなのだけど」

アリスの言う通り、他のプレイヤーと接触しても正直あまりメリットはない。

戦力的には足りているし、わざわざ他から戦力を借りるほどの理由が無いのだ。

尤も、どうしても罠を解除しなければ先に進めないような場所がある場合に話が変わるが。

とはいえ、競争のような仕組みとなっている現状では、他のプレイヤーとの接触はマイナス面が多いことは事実だ。

別段、高い成績を収めることに拘泥しているわけではないのだが、相手がこちらを出し抜こうとしていると、こちらもその動きを警戒しなければならなくなる。単純に面倒臭いのだ。

「ひとつ解除できている時点で結構なポイントが保証されているだろうし、譲ってもいいんだがな」

「でも急いでますよね?」

「そりゃ、取れるなら取っておきたいさ。あって困るものでもない」

成長武器を要求することはないし、結局求めるものはスキルオーブや一部の特殊装備ぐらいなのだが、チャンスがあるなら狙って損もない。

可能であるならば、ここの封印も俺たちの手で解除してしまいたいのだ。

一方で、面倒な争いになるぐらいならば譲ってしまっても問題はないと考えている。

ひとつ解除できた時点で貢献度は高い。無理をする必要性もあまり無いだろう。

「ま、結局は相手の出方次第だ。先に到着してしまえばそれも悩まなくていいんだがな――『生奪』」

斬法――剛の型、刹火。

通りの角からこちらに奇襲してきた悪魔の攻撃に対し、その一撃を掻い潜りながら刃を走らせる。

当たり前のようにグレーターデーモンが出てくるが、首さえ斬り飛ばしてしまえば、やたらと頑丈なコイツも一撃で絶命する。

グレーターデーモンの場合、心臓を貫いただけでは死なずに襲い掛かってくるのが何とも面倒だ。

首を斬るにしても半分以上は斬らなければ即死には至らないし、しかも無駄に肉体の強度も高い。

楽に斬り殺すことのできたアルフィニールの悪魔とは訳が違うのだ。

「面倒なことは実際に遭遇してから考えればいいんじゃない?」

「そうだな。とりあえずはそれでいいさ」

実際に会ってみなければ、どのような状況になるかは分からない。

あまり心配し過ぎても、或いは希望を抱きすぎても大半は無駄になるだけだ。

出たとこ勝負とまでは行かないが、実際に状況を見て決めた方が確実だろう。

(それに、辿り着かなけりゃ結局何も始まらんしな)

まだ、風の向かう先には辿り着かない。

風は確実にたどることができているのだが、やはりそう簡単にはいかないようだ。

だが、今回は構造変化まではある程度時間的余裕がある。少なくとも、この先に辿り着くまでは変化は発生しないだろう。

本来、時間に追われることが無いのであれば、ゆっくり探索することもできたのだが。

思わず小さな溜息を吐き出しつつ、再びアリスの先導に従って進む。

トラップの警戒で普段のように姿を隠すことができない分、こちらがそのフォローをしなくては。

(……振動音、空気の揺れ。向こうの連中は戦闘をしているか)

この近くにいるプレイヤーたちが、単純に俺たちの先を進んでいるのか、または別のルートから近づいてきているのかは分からない。

まあ、トラップの状況からして前者であるとは考えづらいのだが、そうだとするとゴールまでの距離感が掴みづらいのだ。

果たして、今はどちらが先を進んでいるのか。分からないが、少なくとも戦っている間は彼らも足を止めざるを得ないだろう。

その間に、できるだけ先へと進んでおきたいところだ。

――そんなことを考えている己に、思わず苦笑を零してしまった。

「顔を合わせちまったら面倒ではあるが、こうしている分には競技的な楽しさもあるな」

「珍しいですね、先生がそんなことを言うなんて」

「自覚はあるさ。悪魔との殺し合いも、戦争も本物だが……この 箱庭(世界) がゲームであることも事実だ」

元より、ゲームとして作り上げられた世界。作り上げた側の思惑は今となっては分からないが、基盤そのものがゲームであることは単純な事実だ。

悪魔などという余計な要素こそ生まれてしまったが、この世界そのものは楽しむべきものだ。

この箱庭を作り上げるまでの努力を鑑みるならば、楽しめる部分は楽しむことこそが正解だろう。

「どっちにしろ、やることに変わりはない。悪魔に対する怒りは、デルシェーラに対面する時まで取っておくさ」

「……時々思うけど、本当に割り切りがいいわよね。そこまで感情を押し留められることに驚きなんだけど」

「その辺りは、長年をかけて学んだことだからな」

久遠神通流として学んだこと、戦場の中で培った経験。そして、ブロンディーのカウンセリングの先で見出した在り方。

俺が悪魔に対して――MALICEに対して抱いている怒りは変わらない。奴らの全てを否定し、貶めることに躊躇いはないだろう。

だが同時に、その怒りを他のものにまで転嫁させることはない。怒りを向けるべきは、本当に斬るべき敵だけだ。

坊主憎けりゃ袈裟まで憎いと言うが、そうなってしまえば、俺のような人間は当の昔に剣に狂っていただろう。

悪魔の在り方から脱し、人としての生を歩み始めたロムペリアに、この怒りを向けないように――イベントにまで、怒りを向けることはない。

「お前さんの場合、自分の快楽目的だからその辺りも学んだ方がいいかもしれんな」

「……別に、それだけってわけじゃないけど」

ぽつりと呟くアリスの言葉に、思わず眼を瞬かせる。

誤魔化すような声音ではあったが、しかし強がっているようにも聞こえない。

何か心境の変化でもあったのだろうかと問いかけようとし――気配が近いことを察知してそちらに意識を向けた。

風の向きを確かめながら角を曲がり、広めの通りへと足を踏み入れる。

こういう場所には敵が多いため厄介なのだが、どうやら近くには敵の存在は無いようだ。

尤も、それは運が良かったという話ではなく――

「チッ、先を越されていたか」

「あー……まあ、流石に仕方ないですね」

先行しているパーティが、この辺りの敵を倒しながら進んでいたからに他ならない。

事実、六人組のプレイヤーが、通りの角の方にある小さな祠へと向けて走っていっている最中だった。

やろうと思えばセイランに乗って追い付くことも可能だろうが――

「クェエ?」

「いや、必要ない。ここを進んできたのは彼らの手柄だからな」

追いかけるかと問いかけてきたセイランに対して首を横に振り、俺は普通に歩きだした。

彼らはあの祠を見つけるまで、数多く敵を倒しながら進んできたのだろう。

そこから手柄だけをかっぱらうような真似は、俺もしたくはなかったのだ。まあ、俺たちも別ルートで苦労していたと言えばその通りではあるのだが。

とはいえ、そんな俺の内心など、彼らは知る由もない。こちらの姿を察知したらしい向こうの斥候は、焦りを隠せぬ様子で足を速めてしまった。

「……いくら大通りに罠が少ないとはいえ、あれは焦り過ぎよ」

「何か見えているか?」

「ええ、祠の前に特大のが。でも、これまでの罠とはちょっと様子が違う気がするわね」

アリスの目には、既に仕掛けられたトラップが見えているらしい。

規模が大きいとなると、どのようなトラップなのかは分からない。今は祠を譲る気ではあるし、下手に近づくこともないと、一旦様子見のために足を止めた。

あちらのパーティも、トラップの存在には気付いていたらしく、急ぎながらその解除を始めている。

鬼気迫る彼らの様子には、慌てる必要はないと声をかけるべきか悩んでしまうほどだ。

「随分慌ててやがるな」

「気持ちはわかりますけどね。ゴール目前で先生が後ろから迫ってきてたら、そりゃビビりますよ」

「おい、俺だけの責任にするなよ。お前も有名だろうが」

「いやぁ、先生ほどじゃありませんし」

口笛を吹きながら嘯く緋真に半眼を向けようとし――急激な魔力の高まりに、視線を戻した。

見れば、祠の前に巨大な魔法陣が出現している。どうやら、あれがアリスに見えていたトラップであるらしい。

怪しく紫に輝く魔法陣に、眺めていたアリスは深く溜め息を吐き出した。

「解除失敗ね。焦ってやるからよ」

「俺たちが行っても、同じように発動させるしかなかったんじゃないのか?」

「それはそうだけど」

視線を逸らしながら答えるアリスだが、声に含まれた警戒心は高まっている。

あれほどの巨大な罠、果たして何が発生するのか。場合によってはこちらにまで影響があるかもしれないと、餓狼丸を構え直して様子を見る。

魔法陣からは光が立ち上り――途中で折れ曲がり、地面へと着く。それはまるで、地面の下から腕が伸びてきたかのような様相だ。

紫の光に包まれていたその物体は、やがてその先端から光が剥がれ、霧散させながら本来の姿を現していく。

それは、巨大な氷の手。魔法陣の中から這い出るように現れたのは、二階建ての家よりも大きい、巨大な氷のゴーレムであった。