軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

603:延長戦

空の彼方へと消えて行ったデルシェーラの姿を見送り、ただ茫然と立ち尽くす。

普段は泰然とした様子のセイランですら、この展開には驚きを隠せなかったようだ。

ファムの奴がエレノアにあれこれ口出ししていたのは知っていたが、まさかこのような準備を行っていようとは。

「石板そのものを利用した罠に、聖火を使った攻撃手段……しかもナパームとは」

石板を使った罠自体は、前回の戦いでも行っていた。

だが、あの時はダミーを用意しただけであり、稼働している石板そのものを破壊することを前提とはしていなかった。

そのような使い方をすると説明されたエレノアは、恐らく怒り狂っていたことだろう。

更には聖女を酷使することによって用意した聖火の油と、それを加工して作られたナパーム弾。

ここまで材料がそろっていれば、後は単純だ。奴の目標は、デルシェーラを引きずり出してナパーム弾を当てることだったのだから。

と――思わず呆然としていた俺の耳に、フレンドリストからの通話申請が届く。その発信元は案の定、この場から退場したファムであった。

『はぁい、シェラート。そっちはどうだったかしらぁ?』

「ああ、デルシェーラは撤退したぞ。あの様子なら戻っては来ないだろう」

『でしょうねぇ。私の計算だと、HPゲージを一本割るまでは聖火も消えないでしょうし』

「火炙りとはえげつない真似を……」

時代が時代ならこの女が炙られていそうなものであるが、役には立ったのだから言わないでおく。

しかし、先程のやり口には若干の疑問もあった。

「しかし、奴を拘束することができるなら、回復封じじゃなくもう一度拘束でも良かったんじゃないか?」

『貴方たちがエリザリットを仕留め切っていたならそれでも良かったんだけどねぇ……』

「チッ、そうかい」

暗に手際が悪いと皮肉られ、舌打ちを零しながらそう返す。

腹は立つが、事実は事実。あのタイミングまでにエリザリットを仕留め切れなかったのは否定できない。

デルシェーラ自身、エリザリットが追いつめられた段階で出現したし、結局避けようもなかった状況なのかもしれないが。

『どっちにしても、私の作戦はほぼ完了よ。後の延長戦はそっちで何とかしなさいねぇ。余ったナパーム弾はあげるわぁ』

「まだ残りがあるのかよ。持ってる隊員はこの辺りにいるのか?」

『ええ、当てられたら使っていいとも言ってあるからぁ。それと、エリザリットをその辺りまで釣り出す手段も用意してあるわよぉ』

「おいおい、どんだけ準備が――」

デルシェーラが釣られなかった時のサブプランの一つだったのだろうが、果たしてどこまで用意していたのか。

しかし、その疑問が言葉になる直前、俺の後方で爆発音が響き渡った。

見れば、まるで爆発がそのまま凍り付いたかのように、都市を貫きながら無数の氷の棘が突き出ている。

そこから感じ取れるのは、あまりにも荒々しいエリザリットの魔力だ。

「ロムペリアアアアアアアッ!! 出て来い、穴だらけにしてあげるッ!」

「……ああ、成程」

『そういうことねぇ。じゃ、延長戦頑張って』

恐らくは別の都市の石板か石碑から復活したであろうファムたちは、最早ここの戦線に復帰することは不可能だ。

後は俺たちで何とかするしかないし、仕込みがあるならきっちり使い切ってやるとしよう。

セイランに合図を送って着地し、俺はこちらへと向かってくる魔力の気配を探る。

巨大な気配はエリザリットのものだが、その周囲を飛び回っているのはプレイヤーのものではないだろう。

ガラス片のような形状の赤い魔力。それらが煌めきを放ち放たれると共に、エリザリットの攻撃は見当違いの方向を破壊し、通常よりも多くの魔力を消耗している。

そして、その直後に放たれる攻撃は、少しずつではあるがエリザリットの身を傷つけていた。

「あれがあいつの戦い方か。こっちも苦戦しそうなもんだな」

以前よりも搦め手が増えている様子のロムペリアに苦笑しつつ、こちらへと向かってくる気配を待ち構える。

どうやら、エリザリットは氷を鎧のように纏い、それを伸ばして周囲を攻撃しているようだ。

特に翼は大きく伸びており、纏う氷は刃のように鋭い。

それらが振るわれるたびに氷の羽が散り、小さな刃となって周囲をズタズタに斬り裂いて行った。

それに加えて、以前と同じ雪の結晶や水の玉もある。あれをまともに相手にするのは難しいだろう。

だが――

「頭に血が上ってるんじゃ、強い力も宝の持ち腐れだな」

ロムペリアに挑発されたのだろう、エリザリットは完全に冷静さを失っている。

あれならば、幾らでも付け入る隙はあるだろう。

「《蒐魂剣》、【破衝閃】」

歩法――間碧。

デルシェーラのキルゾーンとなった広場。

エリザリットがこの場まで誘導されてきた瞬間、俺は意識を集中させて地を蹴った。

攻撃がロムペリアへと向かっている今であれば、その隙間を縫うことなど容易い。

斬法――剛の型、穿牙。

そして、俺の放った刺突の一撃は、エリザリットの翼の一つを射抜いて纏わりつく氷を崩壊させた。

振るおうとした瞬間に氷が失われ、エリザリットはその重量変化にバランスを崩す。

「魔剣使い――」

「シリウス、ぶっ放せ!」

エリザリットは目を見開きながらもこちらを認識し、即座に殺意と魔力を向けてくる。

だが、反応が遅れた時点で退避の時間は十分。俺は即座に地を蹴ってその場から離れ、入れ替わるようにシリウスのブレスが着弾した。

その衝撃に、不安定な体勢だったエリザリットは堪えきれずに吹き飛ばされる。

まあ俺も若干飛ばされたが、ダメージは受けなかったし許容範囲内だ。

「そのまま畳み掛けろ!」

「ガアアアアアッ!」

鬱憤が溜まっていたのか、俺の言葉に歓喜と戦意の咆哮を上げたシリウスは、そのまま建物に叩き付けられたエリザリットへと襲い掛かる。

やつも氷の障壁を作り出してそれに対抗したが、シリウスの巨体の衝撃を受けきれず、その建物も瓦礫となって崩壊した。

とはいえ、シリウスもエリザリットも瓦礫など物ともしていない様子だが。

「あ、先生!」

「緋真か。デルシェーラの方は何とかなったが、そっちはどうなってる?」

「防衛も何もなくなったので乱闘でしたよ。でも、あの人が出てきたらエリザリットが突然怒り狂い始めて……」

「後先考えずに突っ込んできたわけか」

他の悪魔が入り乱れた乱闘では、こちらも厳しい戦いを強いられることとなっていただろう。

そういう意味でも、ロムペリアの仕事はファインプレーであった。

「他の連中はまだあっちで戦ってるのか?」

「抜ける余裕がある人はほぼいませんよ。自分の身を護るので精一杯でした」

「了解。それじゃあ、さっさと終わらせるか」

その言葉とほぼ同時、エリザリットが強大な水流によってシリウスの巨体を退けた。

シリウスも倒れこそしなかったが、勢いに押されて建物をいくつも薙ぎ倒しつつ吹き飛ばされる。

だが、時間稼ぎとしては十分だ。

「ルミナ、拘束しろ! 刻印を使っていい!」

「戦乙女の戦列よ、集え! 光の縛鎖にて、悪しき者を拘束せよ!」

強力な魔法を放って足を止めているエリザリットの体が、光の鎖によって拘束される。

刻印まで使った強力な魔法だが、それでもエリザリットが魔力を昂らせるほどに鎖も軋んでいく。

あまり長くは持たないだろう。だが――

「お膳立てはしてやったぞ、ロムペリア」

「余計なお世話よ。貴方も、あの女狐もね」

俺の言葉に毒づきながら、魔法で姿を隠していたロムペリアが姿を現す。

その手にあるのは、先程ファムが見せたものと同じ、ナパーム弾であった。

どうやら砲弾しか持っていないようであるが、ロムペリアは気にすることなくそれをエリザリットの頭上へと放り投げる。

そして、赤い魔力が煌めいた瞬間――砲弾は爆発し、黄金の炎となってエリザリットへと降り注いだ。

更には、それを契機にするようにして、残っていたロケットランチャーの砲弾も飛来する。

「これッ!? 何よ、これはあああッ!?」

「……でも、勉強にはなったわ。あの女の悪辣さ、そしてエレノアとかいう女の開発する道具。それも、人間の強さの一つってことね」

燃え盛る聖火に苦しむエリザリットの姿に、しかし何ら感慨を抱いた様子もなく、ロムペリアはそう口にする。

ロムペリアが願ったのは人間の強さ――成長と進歩という要素だ。

そういう意味では、己にない力を持ったファムやエレノアも、学ぶに値する相手だったのだろう。

一方で、どこまでも悪魔でしかないエリザリットは、ロムペリアにとっては厄介なストーカーでしかなかった。

最早、決着をつけるという興味すらも失せてしまっているようだ。

「消えな゛い、どうじて……ッ」

「《練命剣》、【命輝練斬】」

餓狼丸に生命力を纏わせる。

水をかけたところでナパームの炎は消えない。

聖火は奴の氷を溶かし、水を蒸発させ、奴自身の身すらも焼いていく。

だが、それでも油断はしない。慈悲も込め、最後の一刀にて首を断つ。

――しかしその前に、エリザリットの掠れる声が響いた。

「どう、して……ア゛ンタは、あの゛、方々に゛……ッ!」

俺はこの悪魔の事情は知らない。そして、ロムペリアとの確執の詳しい理由も。

その答えを持っているのは、その問いを投げられたのは、他でもないロムペリア自身だ。

だからこそ――彼女は、嘆息と共に答えた。

「私は人間になって、貴方は悪魔から変われなかった。ただ、それだけでしょう」

その言葉によってエリザリットの顔に浮かんだのは、納得と絶望。

愕然とした諦観をその顔に貼り付けて――表情を変えぬまま、首を落として消滅したのだった。