軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

060:近づく戦い

俺の日常生活は、ほぼ同じ作業のルーチンワークであると言える。

朝五時に起きると、まずは自己鍛錬を行う。走り込みで街を三周したのち、素振りを行って動きの微修正。

その後、一族揃って朝飯を食った後、師範代たちとの乱取りが始まる。

四人の師範代に明日香を加えた五人を相手に、俺一人で戦う訓練だ。

この五人も中々上手い連携をしてくるのだが、それでも俺が全力で戦うには至らない。

一人崩すまではそれなりに苦労するが、その後はそれほど難しくはないのだ。それ以降にも戦力を維持するのがこいつらの課題だろう。

乱取りが終わった後は、師範代たちは門下生の稽古へと移行する。

当主であり師範である俺が直接指導をするのは、明日香と師範代たちのみであり、門下生たちに稽古をつけることはない。

多少様子を見る程度のことはするが、それも最初のみ。

その後、俺は明日香の直接指導へと入る。これこそが、俺の最も重要な仕事であると言えるだろう。

「ぜー……はー……」

「よし、今日はこんなもんだろう」

床で仰向けに倒れている明日香に告げて、俺は木刀を降ろす。

新たな術理を教えるときは、まず明日香をその標的にすることが多い。

いかなる術理にも隙はあり、それを理解するには目の前で見ることが何よりも重要だ。

まあ、その相手をしなければならない明日香にとってはかなりの負担であることは事実だろうが。

「剛の型は……本当に怖いですってば」

「だからこそ本気になるだろう? 流水で対応できれば当たりはしない、そこはこっちも気を付けてるさ」

「まあ、それは分かってますけど……でも、何でこの業――白輝を? 正直、私にはまだ早いと思ってますけど」

「確かにな。それに、今からやってもイベントには間に合わんだろうし」

白輝とは、奥伝には及ばないものの、剛の型の中でも特に高い破壊力を持つ一撃だ。

他の流派によっては、それこそ奥義にも分類されることがあるようなそれは、当然ながら習得の難易度も高い。

明日香では、しばらく覚えることは難しいだろう。

だがそれでも――

「お前はどうも、小技に頼る所があるからな。小技を崩しに使うのはいいが、その後の殺し技が少ない。強い一撃を当てるタイミングというものを考えておけ」

「あー……分かりました、色々とパターンを考えてみます」

こうは言ったものの、明日香の持つ才能はかなりのものだ。

明日香は守破離の内、破と離に秀でているという性質を持っている。

つまるところ、こいつは一度覚えた技を自分の身に適応させることが非常に上手いのだ。

久遠神通流の業は、単純に形をなぞれば使えるというものではない。

その状況に応じて、最適な力で放たなければ、正しい効果を発揮しないのだ。

そして明日香は、それを直感的にこなすことができる。これは、久遠神通流として――そして、師範である俺が教える直弟子として、非常に適した才能であると言えた。

「……? 何ですか、じっと見て?」

「いや、何でもない。休んだら汗を流して来い、そうしたらログインだ」

「はーい……先生も、すっかりゲームにはまりましたね」

揶揄するように笑みを浮かべる明日香に対し、俺はじろりと半眼を向ける。

まあ、否定はできないだろう。あのゲームの世界に、俺は並々ならぬ魅力を感じている。

そして同時に――戦意と、殺意を。

かつて抱いていたものと同じ感覚に、思わず苦笑を零す。ゲームに本気になっていることは、紛れもない事実であった。

「先生?」

「ほれ、息が整ったのならさっさと行け。イベントまで、もうあまり時間が無いからな」

イベントの発生は、今日を含めてあと三日。

一日前には王都に戻っておきたいから、修行に割けるのは今日と明日程度だろう。

それまでに、可能な限りの成長をしておきたい。

イベントで、どこまで強力な悪魔が出てくるかは分からない。できることはしておくべきだろう。

あの赤毛の悪魔が出てくるとなると、流石に厳しい戦いとなるだろうが――

「やってやるさ。ああ……これほど、俺の剣が使える場面もあるまい」

疲労した様子のまま大浴場へと向かう明日香の背中を見送り、俺は小さく呟く。

これまで、まともな戦場で剣を振ったことは無かった。

クソジジイに連れられて渡り歩いたのは、戦いとは呼べぬような殺し合いの現場ばかりだったのだ。

無論、それが無駄であったとは言わない。数年に渡って続いた戦場巡りが、俺を今の領域まで押し上げたことは紛れもない事実だ。

だが、あの戦いは――死兵を少しずつ削り取るばかりであったあの戦場は、敵味方とも少しずつ己を擦り減らし続ける地獄だった。

「本質的には何も変わらんだろうがな……だが、銃を持った軍勢が相手じゃないだけ気が楽だ」

苦笑する。今思えば、自分が生きていること自体が奇跡のようだ。

そして、そうでありながら、俺は戦場に身を置くことに高揚を覚えている。

俺もまた、あのジジイに毒されているということだろう。

「……さて、俺も汗を流してくるとするか」

どのような戦いになるかは、始まってみるまで分からない。

俺の望むようなものであるかは不明だが、それでも銃弾の雨に晒されることは流石に無いだろう。

いかなる戦場になるものか想像を巡らせながら、俺は明日香の背中を追うように浴場へと向かっていた。

* * * * *

さて、さっと汗を流してログインした先は、昨日ログアウトしたテントの中。

外を覗いてみれば、昨日と変わらぬ関所の風景が広がっていた。

どうやら、昨日と同様に、関所の中に人の気配は無いようだ。

いつも通り軽く体を動かし、違和感がないことを確認してから、俺は従魔結晶となっているルミナを呼び出していた。

「ん……おはようございます、お父さま」

「ああ、おはよう、ルミナ。今日もしっかり鍛えていくぞ」

「はい、お願いします!」

気合十分な様子のルミナに満足しつつ、俺はインベントリから取り出した木刀を渡しておく。

するとルミナは、我が意を得たりとばかりに素振りを開始する。

その様子を見ながら、俺はインベントリの中身を確認していた。

インベントリは100の枠が用意されており、それぞれの枠に99個のアイテムを保持することが可能だ。

普段使いするアイテムもここに入るため、あまり枠の無駄遣いをできるものではないが、それでも普段から整理していれば余裕のある量だ。

しかしながら、ここ最近はそうも言っていられない。何しろ、大量のドロップアイテムが入ってきているのだ。

無駄に数ばかり多い猿と蜂と蟻。現在、俺と緋真のインベントリはそのドロップアイテムによって埋まっていた。

まあ、全ての枠が埋まっているというわけではないが。まだ多少は余裕があるのだが――それでも、このペースで埋まるといずれ飽和するだろう。

「ふむ……全部が全部回収してるってわけじゃないんだがな」

あいつらは数が多いし、戦闘もかなり混戦となるため、場合によっては放置している素材も多い。

しかし、それでも供給が多すぎる。このペースを続けていると、いずれインベントリの枠が圧迫されることになるだろう。

まあ、必要なアイテムというわけでもないし、回収しなければいいのだが。

その辺りは、回収しきれなくなったら考えることとしよう。そう結論付けたところで、隣のテントから動く気配が発生していた。

「よいしょっと……おはようございます、先生」

「おはようと言うのも変な話だがな。とりあえず、ルミナの調子を見てやれ」

「了解です。行けそうだったら次の稽古始めちゃいますね」

「ああ、頼んだぞ」

少々遅れてログインしてきた緋真をルミナの元へと向かわせ、その様子を眺める。

まあ、今回はログアウト中ずっと修行させていた訳ではないので、ログアウト前と変化は無いだろうが。

とは言え、スキルを手に入れたことでルミナの刀捌きは劇的に向上している。

この調子ならば、次の修行に入っても問題は無いだろう。

「緋真、分かってるな?」

「勿論ですよ。さあ、ルミナちゃん。次の修行だよ」

「はいっ、緋真姉さま!」

次にルミナへと伝授するのは、予定していた通り烈震と穿牙だ。

まあ、これらの難易度はこれまでの業とは段違いであり、ここからが久遠神通流習得の本番であると言える。

これを習得するころには重心制御の技術もかなり向上することになるため、習得可能な術理もかなり増えることになるのだ。

尤も、そこに至るまでが非常に大変なのだが。門下生たちも、そこに至るまでに八割方が挫折して辞めることになる。

竹別と流水だけ覚えて久遠神通流を覚えた気になっているのは少々気に入らないが、外部の人間にそこまで求めるつもりも無かった。

逆に言えば、久遠一族の出であれば死んでも覚えてもらわねば困るのだが。

「じゃあルミナちゃん、まずは前に倒れながらギリギリでバランスを保つ練習だよ」

「ぎ、ぎりぎり?」

「そう、こんな感じ」

言いつつ、緋真は前のめりに転倒するように体を傾ける。

そのまま、緋真は地面スレスレまで体を倒し――倒れる直前、地面を蹴って体を前に出すことでバランスを安定させ、あっさりと体を起こしていた。

バランスを崩すと、あっさりとその場に倒れてしまうだろう。地を蹴った瞬間に崩れたら目も当てられない状況になる。

流石に、顔面を傷だらけにする様は見るに堪えない。気を付けて貰いたいところだ。

「これで移動する距離を長くしたのが烈震。まずは、これぐらいの短い距離で始めるんだけど……」

「まだ無理です」

「ま、そうだよね。とりあえず、今ルミナちゃんにできる限界がどこなのかから確認していこうか」

そんな説明と共に、烈震の訓練が開始される。

とりあえず、ルミナは前のめりに倒れ、バランスを保てるギリギリの所で前に出て立ち上がるを繰り返す。

この時、俺たちの修行では、指導する者が前に立って受け止めてやるようにするのだが――ルミナの場合、それは必要なかった。

何故なら、ルミナは精霊。何もしなくても浮遊することができるからだ。

バランスを崩して倒れたとしても、その前に浮遊が間に合えば地面に激突することはない。

まあ、そのおかげなのか、前のめりに倒れることを恐れないのは思わぬ幸運だったが。

(烈震はともかく穿牙は難しいかと思っていたが……この調子なら、習得も間に合うか?)

ルミナのレベルが上がる度に確認をしておいた方がいいだろうが、これならば穿牙の習得も視野に入る。

穿牙は単純に高い攻撃力を持つ斬法だ。隙も大きいため過信することはできないが、殺し技としては十分な威力を持っている。

刀を使えるようになったルミナの手札となることだろう。

そうなると、どこまでこのレベルアップによる成長が持つのかということだが――これは、次の進化までなのではないかと予想している。

まあ、それが何レベルなのかはよく分からないが。

(レベル10になっても進化はせずにスキルが増えただけだったしな。次はいくつになるんだか……20か?)

そうなると、流石にイベントまでに次の進化は難しくなってしまうのだが。

とは言え、ここの所集中的にレベルアップをしたおかげで、ルミナのレベルはかなり高くなってきている。

そのルミナが進化していないのであれば、次の進化をしているテイムモンスターはまだ存在しない可能性もあるだろう。

次の進化の情報を持っているプレイヤーが、果たしているのかどうか。

そういえば、雲母水母たちはシェパードとかいうプレイヤーが《テイム》に詳しいと言っていたが――さすがに、話に聞いただけの人物と接触するのは難しいだろう。

本気で接触するつもりなら、顔の広いエレノアに頼めば可能かもしれないが、そこまで手間をかけるような話でもないだろう。

「……まあ、なるようになるか」

烈震の稽古をしている二人の様子を眺めながら、俺は小さく呟く。

今日のレベル上げは、この稽古が終わってから開始することとしよう。