軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

054:北東の砦

『レベルが上昇しました。ステータスポイントを割り振ってください』

『《刀》のスキルレベルが上昇しました』

『《強化魔法》のスキルレベルが上昇しました』

『《生命の剣》のスキルレベルが上昇しました』

『《識別》のスキルレベルが上昇しました』

『《HP自動回復》のスキルレベルが上昇しました』

『テイムモンスター《ルミナ》のレベルが上昇しました』

遠目に見えていた砦ではあるが、目的地が見えたならば迷わないからと街道から大きく外れて歩いていったところ、すっかりと日が傾いてしまった。

まあ、おかげで色々とレベルは上がったわけだが、そろそろログアウトしなければならない時間だ。

あの砦の中に入れればいいのだが、入れなければ野宿用のアイテムを使わなければならないらしい。

一応俺も、エレノアに勧められて一通りのセットは購入してあるが、緋真が持っているものの方がグレードは上の品らしい。

いざとなったら、緋真に頼ることとしよう。まあ、グレードでどう性能が違うのかは知らんが。

ともあれ――日が落ちる寸前、俺たちはようやく北東の砦に到着していた。

夕日に照らされた砦は、長い影を山の裾野に落としている。

大きく、堅牢な砦だ。見た目ではなく機能性を重視したそれは、間違いなく何かしらとの戦闘を想定したものだろう。

この近くには隣国との国境となる関所があるという話であったし、隣国との戦闘を想定した砦と言った所か。

砦の門は、今は閉ざされてはいない。警戒体制ではないということだろうが――やはり、門の前には数人の兵士が立っていた。

国の、そして軍の施設であるが、果たして中に入れるものなのかどうか。

そんな内心を抱きながら砦まで接近すれば、兵士たちの誰何の声が届いていた。

「止まれ、何者だ」

「我々は異邦人の旅人だ。この砦で休ませて貰いたいのだが、可能だろうか」

「異邦人? 何故異邦人がこんな所に……? 身分を証明するものはあるのか?」

警戒した様子の兵士の言葉に、俺たちは顔を見合わせる。

砦は殆ど傷ついている様子はない。どうやら、戦争に使われた経験は無いようだ。

この砦は隣国との国境を見張るためのものであるようだが、どうやら隣国と戦争を行ったことは無いように見える。

まあ、隣の国と緊張状態に無いというのはいいことだ。ゲームの中でまで、人間同士の戦争など考えたくもない。

ともあれ、必要なのは身分の証明となるものだ。

だが、現実世界ならともかく、このゲームの世界で身分証明書など取得した覚えはない。

果たして、何かあっただろうか。

「身分証明ですか……先生、何かありますか?」

「その辺はむしろお前に期待してたんだが。今まではルミナを見ただけで誰も彼も信用してくれていたしな……」

ここの兵士もルミナを二度見していたし、ルミナが人間ではないことは分かっているようだ。

だが、今回はルミナを見ただけで信用する、とはならなかったらしい。

まあ、今は精霊に進化しているし、妖精と精霊ではその辺りが違っているのかもしれないが。

何にせよ、何かしらの身分証が必要だ。何かなかったかとインベントリを見直し――ふと、一つのアイテムが目に入る。

「そうだな、これなんかはどうだ?」

「騎士団の紋章? これは……まさか、騎士団長の!?」

俺が取り出したのは、 騎士団長(クリストフ) から受け取った騎士団の紋章だった。

以前のイベントで利用したものであるが、それ以来は使い所が無かったため、すっかりインベントリの肥やしとなっていたのだ。

だが、これは俺たちの身分を証明するためにと騎士団長が渡してくれたものである。

となれば、この場でも利用できるのではないだろうか。

そう考えて渡してみたのだが、対する兵士は驚愕に目を見開き、紋章の裏面を観察していた。

誰が渡したものであるのかを判断できるものがそこに書いてあるのだろうか。

「確かに、これはクリストフ様の紋章ですね……何故、異邦人の貴方がこれを?」

「以前に悪魔を倒した時、犠牲になっていた騎士たちの遺品を回収してな。その時に渡してくれた物だ」

「悪魔を? ということは、貴方がランベルク隊長の……分かりました、これをお預かりしますので、少々お待ちください」

先ほどの警戒した様子とは異なり、随分と丁寧な対応になった兵士は、もう一人の兵士に目配せをして砦の中へと姿を消していった。

どうやら、上司か何かに確認を取りに行ったらしい。

思わぬ形ではあったが、これならば部屋を借りることも期待できるのではなかろうか。

「先生、あんな珍しいアイテム手に入れてたんですね。聞いたことも無いですけど?」

「ああ、ワールドクエスト関連でな。こんな形で使えるとは思っていなかったが」

人生、何が役立つか分からんものだ。

しかし、あの様子では、確認を取るのに少々時間がかかるだろう。

例え戦時中でないとはいえ、一般開放される拠点ではあるまい。

よほどのことが無い限り、中に入れる場所ではない筈だ。

となると、少々暇だな。この後の予定を考えつつ――俺はふと、気になったことをルミナに対して問いかけていた。

「そうだ、ルミナ。お前、俺たちがログアウトしている間はどうなるんだ?」

「んぅ? いつも、従魔結晶の中でねてるよ?」

「ああ、いや、普段はそうだな。俺が聞きたいのは、結晶にならなかったらどうなるかってことだ」

ルミナは――と言うよりテイムモンスターは、従魔結晶という形態に変化することができる。

その状態ならばインベントリに格納することができるため、ログアウト中は常にそうしているのだ。

だが、そうしなかった場合はどうなるのか、これまでは特にメリットも無かったのでやろうとも思わなかったが――今は、修行という目的がある。

そんな俺の思惑を知ってか知らでか、ルミナは小首を傾げながらも声を上げた。

「それなら、ずっとそのまま。戻ってくるまで、待ってるよ」

「ふむ……ルミナ。それなら、俺たちが帰ってくるまで、修行をやってみるか?」

「んー?」

「ちょっと先生、それはいくら何でも無茶なんじゃ……」

俺の提案に対し、緋真は半眼で抗議してくるが、俺は今のルミナの修行時間を減らすのは勿体ないと判断していた。

何しろ、レベルを上げただけであれだけ動きの完成度が上がるのだ。

それならば、少しでも動きの完成度を上げさせたい。今は基礎の基礎という段階であるだけに、ここを固めておくのは非常に重要なのだ。

「今、お前に教えているのは刀の握り方と振り方、そして歩き方である礎礼だ。俺たちがログアウトしている間、それらとあと一つの術理を練習してもらおうと思うが、どうする?」

「えっと……そしたら、おとうさまみたいになれる?」

「ふむ? まあ、今よりもずっと近づくのは間違いないだろうな」

「ん……なら、やる!」

「うむ、いい返事だ」

どうやら、やる気は十分のようだ。

であれば、あとはどの程度の配分で修業を行うか、そしてその間の食事はどうするかだ。

まあ一応、食料の類は色々と購入してある。保存食もあるし、ログアウトしている間の分程度は困らないだろう。

「よし、配分はお前に任せる、緋真。きちんと教えてやれ」

「はぁ……まあ、それならいいですけど。でも、術理って何を教えるつもりですか? 流水とか?」

「いや、竹別だ。あれなら、準備さえすれば一人で練習しやすいからな」

剛の型の基礎である竹別。柔の型の基礎である流水。

どちらも、斬法を覚える際に最初に学ぶ術理となる。

だが、流水は受け流しの業であるため、基本的に一人で練習することが難しいのだ。

一人で練習させておくのであれば、竹別を教えるのが良いだろう。

俺の言葉を聞き、緋真は若干呆れを交えた表情で頷いていた。

「ああ、だから八雲さんの所で色々買ってたわけですか……分かりました。メニューを考えておきます」

「頼んだぞ。っと……戻ってきたようだな」

近づいてくる気配に視線を向ければ、どうやら確認を終えたらしい兵士が戻ってくるところだった。

最初のころのような警戒心は感じられないし、それほど悪い結果にはなっていないだろうが、さてどうなったことか。

「済みません、お待たせしました!」

「いや、こちらも突然押し掛けた身だからな。部屋が借りられずとも、敷地内に泊めさせて貰えるだけでも十分だが」

「ええ、魔物避けを使わないで済むだけでも大助かりです」

「いえいえ、王国騎士団のご恩人にそのようなことはできません! 喜んで部屋をお貸しします。ですが――」

付け加えられた言葉に、視線を細める。

やはり、何かしらの条件は付くようだ。まあ、よほど無茶な条件でなければ特に拒むつもりも無いのだが。

若干の警戒を交えて待てば、兵士は少しだけ申し訳なさそうに声を上げた。

「こちらに戻った時で構いませんので、こちらの指揮官と話をしていただきたい」

「ふむ? こちらはしがない異邦人だが……何か聞きたいことが?」

「先生がしがないって……」

何か言いたげな緋真の呟きは無視し、兵士に対して問いかける。

その言葉に、彼は苦笑を零しながら返していた。

「騎士団長の信頼を得た貴方をしがないなどと称してしまっては、我々としても立つ瀬がありませんよ。此度の騒動――悪魔どもの襲撃について、話をお聞きしたいのです」

「悪魔の侵攻について、か。こちらは悪魔の専門家というわけではないし、それほど有意義な話になるとは思えんが」

「実際に戦った、貴方の感覚を当てにしたいのですよ」

その言葉に頷き、黙考する。

どこまで当てにしたものかは分からないが、ただ話が聞きたいだけと言うのであれば受けても構わないだろう。

悪魔については、彼らにとって死活問題だ。俺としても、この砦がどのような対応を取るつもりなのかは気にしていた所でもある。

その辺りについて聞けるのであれば、こちらとしても否は無い。

「……了解した。では、こちらに戻った時に話をさせていただこう」

「ありがとうございます。では、ご案内します」

兵士の案内で、砦の中へと足を踏み入れる。

堅牢で実直、そんな印象を受ける室内は、戦争において命を預ける拠点としてはとても好感を抱けるものだった。

俺たちが案内されたのは、そんな砦の中でも角の方にある一室だ。

兵士たちが使う部屋と言うよりは、きちんと整備された客間のようにも見える。

賓客や将兵を招いた時のための部屋だろうか。まさか、こんな部屋を使わせて貰えるとは思わなかった。

「こんないい部屋を使わせて貰えるのか? 流石に申し訳ないのだが」

「いえ、兵士の使う区画に入れるわけにもいきませんし、それ以外で掃除がされていて、更に二人分となるとここぐらいでしたので」

まあ、確かにこの部屋はベッドが二つ。その辺りはきちんと指定しなかったのだから、仕方ないだろう。

ちらりと視線を横に向ければ――何やら、妙に身を固くした緋真の姿があった。

「おい、緋真――」

「も、問題ないですよ! 問題ありません、むしろドンと来いです!」

「あー……分かった。では、ありがたく使わせていただく」

「ええ、それでは、ごゆっくりお休みください」

挙動不審な緋真の様子に苦笑しながら、兵士は軽く一礼して去ってゆく。

その背中を見送り、俺は嘆息しながら部屋の中へと足を踏み入れていた。

ログアウトする予定の時間まで、もうあまり余裕はない。もたもたしている時間は無いだろう。

「ほれ阿呆、いつまでボケっとしている。さっさとルミナに教えてやらんか」

「いたっ!? もう……気軽に叩かないでくださいよ」

軽く頭をはたかれて正気に戻った緋真は、ぶつぶつ文句を言いながらもルミナを連れて部屋の広いスペースへと歩いていく。

その様子を眺めながら、俺はインベントリからいくつかの道具を取り出していた。

まずは、ルミナの練習用にと作らせた小太刀サイズの木刀。

そして、台座の付いた一本の木の棒である。ただ真っ直ぐ、一直線に天井へと伸びているだけの木の棒は、しなりが強く、そしてつるつるに磨かれている。

まあ、物は素人日曜大工レベルの代物であるが、これが竹別の修行に使う道具なのだ。

「緋真、ルミナにはその木刀を使わせろ。軽い素材だから、今の素振りにはちょうどいい」

「あっ、ありがとうございます。ところで、それは……竹別のですか」

「ああ。お前が手本を見せてやれ」

そう告げて、俺はもう一本、打刀のサイズの木刀を取り出して緋真に手渡していた。

それを首肯しつつ受け取った緋真は、ルミナを隣に呼び寄せ、立てた棒に向けてその木刀を向けていた。

「いい、ルミナちゃん。これから貴方に教えるのは、貴方が覚えたがっていた久遠神通流の斬法、その基礎の一つ」

「っ……いいの?」

「ええ。これは、基礎を学びながらやるのにはちょうどいいものだから。この棒は、とてもよくしなって、そして表面がつるつるになってるの。だから、普通に触れると――」

そう言いながら、緋真は木刀の切っ先で立てた棒を突いていた。

当然、その先で棒は滑り、刀身の横でふらふらと揺れることになる。

普通にやれば、こうなるのは当然だ。だが竹別は、それでは成立しない。

「こうやって、棒は横にずれてしまう。けど、斬法の基礎、剛の型の竹別は――」

斬法――剛の型、竹別。

緋真が勢いよく振り下ろした一閃は――正面から棒に衝突し、そのままぴたりと静止していた。

立てていた棒の真芯を捉え、尚且つ余計な力を一切与えずに刀身に吸い付かせる。

この術理は、相手の受け流す円の動きに対して垂直に力をかけ続けることにより、受け流されることを防ぐ業だ。

これを基礎としているのは、狙った所に正確に、緻密な力加減を覚えることに繋がるため。

この精密、正確な斬撃こそが、久遠神通流の基礎となるのだ。

「こうして、一切の力の無駄なく正確に打ち込むことで、相手に対してすべての力を伝えることができる。あらゆる術理の元となる理念よ」

「む……むずかし、そう」

「ええ、難しいわね。ルミナちゃんでも、すぐにできるとは思ってないわ。でも、貴方には本気の熱意がある。それなら、いずれ必ずできるはずよ」

緋真の言葉に、ルミナは僅かに目を見開いて――その瞳の奥に、覚悟の火が灯る。

やはり、このちびっ子が抱いている思いは生半可なものではない。

ルミナは、本気で俺のように剣を振るいたいと、そう思っているのだ。

「がんばる……っ!」

「その意気だよ。でも、きちんとメニューの通りにね。正直、これはまだまだできるものじゃないから、まずは素振りと歩法をきちんと練習してからにしなさい」

「ん、はい、おねえさま」

ルミナが口にしたその呼び方に、緋真は目を丸くして硬直する。

現実でも、門下生の中では数人が緋真を――明日香のことをそう呼んでいるのだ。

こいつも中々面倒見のいい性格をしているから、後輩たちには慕われやすいのである。

くつくつと笑いを零しつつ、俺はインベントリからいくつかの食料を取り出していた。

日持ちのいいものと、保存食である。まあ、ルミナは精霊だからかそれほど多くは食べないし、問題は無いだろう。

「じゃあルミナ、きちんと練習しておけよ。楽しみにしているぞ?」

「はいっ、おとうさま!」

「いい返事だ。さて緋真、ログアウトするぞ」

「はーい……」

こちらでまでお姉様呼ばわりされ、複雑な心境だと思われる緋真と共に、それぞれのベッドに転がる。

そして隣に来たルミナの頭を軽くなでてから、俺はログアウトのボタンを押下していた。