軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

519:懸念と正体

「一応、メールでの話は確認したけど……本当にそれでいいのかしら?」

「ええ、その方が確実かと」

「私の美学には反するから、正直あまり気は進まないのだけど……仕方がないわね」

エレノアとアルトリウス。

『エレノア商会』と『キャメロット』、その二つの組織の頂点たる二人は、集落の中央で黒い石板を前に言葉を交わしていた。

無数に細かい文字を刻まれた黒い岩は、エレノアたちの研究の成果そのものだ。

素材の発見からあまり時間が無かったため、エレノアとしては満足しきれる出来というわけではない。

しかし、それでも機能としては十分な性能を有しており、アルトリウスが作戦を決行する分には問題のない代物であった。

「貴方が言ったことだし、警戒の必要があることは承知しているけど……正直、気にし過ぎだと思うわよ?」

「僕としても、ここまでの状況はあまり考えたくは無いんですけどね。しかし、最悪のパターンは想定しておいた方がいいかと」

「確かに、それはそうなんだけどね。まあ、貴方が指揮官だし、その指示には従っておくけど」

数々の予想外と妨害はあれど、それでも適切に対処し、有利に進めてきたであろう戦場。

今回も上手く行きそうであると考えていたタイミングでの提言であるが故に、エレノアは困惑を隠し切れずにいた。

集落での待ち伏せまでであれば、エレノアも予想していた事態だ。

しかし、その後に展開された、ゲートを用いた包囲陣形。

これまでの調査から、ゲートの設置には時間を要すると想定されている。

故に、これはあらかじめ準備されていた罠だったと考えられるだろう。

(今回の悪魔は、確かにこれまでの相手とは異質だわ。警戒するに越したことはないというのも事実。正直、やり過ぎだとは思うけど)

エレノアは、ゲートからの増援こそが悪魔側の最大にして必殺の罠であったと考えている。

事実、あのまま包囲されていれば、戦力差によって成す術無く押し潰されていたことだろう。

物量で負けている上に、自分たちの増援が見込めない状況では、遠からず全滅することなど誰が見ても明らかだっただろう。

エレノア自身、この場にクオンがいなければ全滅していただろうと考えているのだ。

しかし――

(逆に言えば、クオンがいたおかげで逆転はできた。後はエリア内から悪魔を排除して、石板を起動すれば済む話だと思うのだけど……この状況で、本当に仕掛けてくるのかしら)

アルトリウスは、警戒から一部の強力な戦力を集落内に残している。

最大の戦力であるクオンは出払っているが、それでも伯爵級悪魔程度ならば余裕をもって仕留め切れる戦力だ。

仮に何らかの特殊な方法で陣地内に出現したとしても、十分に倒し切れる筈である。

特に、エリア内にいる悪魔がその一体だけならば、石板を起動することも可能なのだから。

そうすれば、石板の作り上げた結界によって、爵位悪魔であろうとも弱体化することになる。仕留めることも容易くなることだろう。

(この状況だし、悪魔側も私たちが結界を設置しようとしていることは理解しているはず。その状況で、わざわざ危険を冒してまでこの内部に踏み込んでくるかしら? あそこまでとんでもない罠を準備するような、慎重な悪魔が)

エレノアは職人たちの作業を見守りながら考えを巡らせるが、答えが出る気配はない。

アルトリウスと相談すればその疑問に対する答えも出るかもしれないが、生憎とこの場でその質問をすることは憚られた。

何故なら、あらかじめメールで伝えられていたからだ。

――悪魔がどこで耳をそばだてているか、まだ分からないのだと。

(分かっているなら最初から伝えてくるでしょうけど、せめて予想ぐらいは伝えておいてほしかったわ……いえ、そうすると私がそちらに注意を向けてしまうからなのかもしれないけど)

エレノアもある種の天才とはいえ、武術の才能はからっきしだ。

彼らの持つ鋭敏な感覚は、彼女は持ち合わせていないのである。

だが、どこから敵が来るか分からないというこの状況は、エレノアにとっても中々ストレスを感じるものであった。

「けど……そろそろ準備も完了ね」

黒い岩の表面に触れ、その機能を呼び出しながら、エレノアは小さく呟く。

プレイヤーの奮戦もあり、エリア内からはほぼ大半の悪魔が排除されている。

あと数分と経たず、この結界を発動させることができるだろう。

そうすれば、思った以上に長引いてしまった今回の作戦も完了となる。

(――本来であれば、だけどね)

その後に続くであろう面倒な作業に思わずため息を零しながら、エレノアはアルトリウスへと向けて声を上げた。

「アルトリウス、そろそろ起動するわ。準備はいいかしら?」

「はい、始めてください」

アルトリウスの言葉に淀みはない。その役者っぷりに思わず笑いを零しながら、エレノアはこの領域を護るための結界を発動させた。

女神の神殿傍で手に入れた黒い岩、その力はこれまでの実験で明らかになっている。

この力があれば、悪魔の侵入を防ぐことは十分に可能だ。

後は、これ自体を守護する建造物さえあれば、この場所を確保し続けることができるだろう。

表面に刻まれた文字が淡く光を放ち、その力は岩を中心に周囲へと広がって――

「――デューラック!」

「失礼しますよ、レディ!」

「きゃっ!?」

――突如、アルトリウスの傍に控えていた筈のデューラックが、エレノアを抱え上げて跳躍した。

それから寸分時間を置くことなく、アルトリウスの周囲にいた側近たちもその場から退避する。

そして、次の瞬間――結界を広げようとしていた黒い岩は、地面から突き出してきた黒い金属の槍によって貫かれることとなった。

「な……っ!?」

「そうか、ずっと地面に潜んでいたわけか。流石に、それは予想外だった」

デューラックに抱えられたまま絶句するエレノアの横で、聖剣を抜き放ったアルトリウスは苦い表情でそう呟く。

強大な魔力の篭った黒い槍。それは、黒い岩を貫いたまま砂のように崩壊していき――それに巻き込まれるかのように、黒い岩もまた灰色に染まって崩れ落ちてしまった。

その様を呆然と見送っていたエレノアは、デューラックにゆっくりと地面に降ろされたことで我に返る。

だが、彼女が何か声を発するよりも早く、鋭い口調のアルトリウスが地面に空いた大穴へと声をかけた。

「そろそろ出てきたらどうかな。わざわざ、僕らの目の前で結界を破壊できる瞬間を待っていたんだろう? 言いたいこともあるんじゃないのかい?」

「はははは、然り然り。実に良い見世物でしたとも」

ずるりと、地面に開いた穴から影が這い出てくる。

蠢くように形を変えた黒い影は、やがて一人の男の姿を形どった。

それは、タキシードに身を包んだ老人の姿。口髭を蓄えるその口元は見えづらいが、表情自体は実に柔和な笑みであった。

尤も、薄く開かれたその瞳には、凍えるほどに冷たい光が宿っていたが。

「改めまして、ごきげんよう。私は侯爵級第四位、アズラジード。お見知り置きを、異邦人の方々」

「侯爵級か……君はわざわざ、この状況になるまで潜んでいたというのかい。周囲を軍勢で囲んだ段階で仕掛けていれば、僕らを容易く討ち取れただろうに」

「分かり切った質問をされるのですなぁ、アルトリウス殿。我が目的が、女神の石であることは明白でしょう」

アズラジードの発した言葉に、真剣な表情のアルトリウスは目を細める。

確かに、アズラジードは石板を破壊する力を持っていた。その機を覗い続けていたというのであれば、確かにその通りだろう。

だが、その話を聞いていたエレノアの胸裏には一つの疑問が浮かんでいた。

しかし、彼女がそれを口に出すよりも先に、アルトリウスが続ける。

「成程、してやられたものだ……先ほどの黒い槍で、ここに元々あった石碑も破壊したのか」

「どちらも同じく、ヴァルフレア様の作品ですとも。尤も、貴方がたの作った石碑は随分と脆かったですがな。何しろ、一本で事足りたのですから」

「君個人ではなく、大公ヴァルフレアの作り上げた道具、と――だがそれがあれば、起動するよりも早く破壊できたのでは?」

「それは確かにその通り。しかし――」

そう口にして――アズラジードの表情が、ぐにゃりと歪んだ。

それは、愉悦と嘲笑を込めた笑み。この場に集う全員を見下しながら、侯爵級悪魔は嗤う。

「我らに対抗するための一手、霊峰の確保――その作戦の成功間際で全てが水泡と帰すその瞬間! ふははははッ! それを見るためには、今この瞬間しかありますまい!」

「……慎重かつ、情報収集にも秀でる。作戦立案能力や、人員配置も適格――だが、自己の欲求に対して直情的。成程、よく分かった」

「ほう? 一体、何が分かったというのですかな、今の今まで我が策を見破れなかった指揮官殿?」

「僕が予想した事態の中では、悪い方ではあるけど最悪ではない、ということがだよ。エレノアさん!」

「……みんな、始めて!」

アルトリウスの合図と共に、エレノアは鋭く声を上げる。

その瞬間――何もなかった場所から、一つの建物が姿を現した。

それは、マリンの幻術によって隠されていた未完成の聖堂。元々、石板を安置するために建築していた建物だ。

その内側から放たれるのは、先程の黒い岩から放たれていたものと同じ、周囲を覆い尽くさんとする結界の魔力。

己を縛る力の放出を感じ取り、アズラジードは呆然と目を見開いた。

「――は?」

「僕らにとっての生命線であり急所は、結界の要である石板だ。この地の石碑が破壊されていた以上、それを破壊する手段を持ち出してくる可能性は十分に考えられた。だから、未完成品を囮にしたのさ」

「私としては、試行錯誤して作ったものだし、結界自体は本物だったからそんな使い方はしたくなかったのだけど」

「すみません……でもそのおかげで、こうして敵を釣り出した上に、結界の中に引きずり込むことができたわけですから」

念には念を入れた、アルトリウスの囮作戦。

石板自体はインベントリに入れて持ち運んでいたため、これまで外に出してはいなかった。

未完成品である黒い岩は、作戦失敗時の予備として持ち込んでいた代物だ。

エレノアとしても、このような方法で用いることになるとは露ほども考えていなかったが。

「さて――策士気取りの悪魔殿。この状況で、どうするつもりなのかな?」

「ッ……ならば、今すぐにでもそちらを破壊してくれましょう!」

「ああ、それは悪手としか言いようがない。だって――」

刹那――聖堂へと向き直ったアズラジードの体が、凄まじい衝撃と共に吹き飛ばされた。

そこに割り込んできたのは、血のように赤い炎を燻らせた、怒りに燃える悪鬼の姿。

「――結局君は、最低限の時間しか稼ぐことができなかったのだから」