軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

052:久遠神通流の剣

二人を連れ立ってベルクサーディを離れ、北東へと向かう。

目指す先は、北東にあるという砦だ。以前に聞いた物の中では、最も人が存在していそうな場所である。

まあ、もしかしたら既に退却しているかもしれないが、とりあえず一度様子を見ておきたかったのだ。

他に聖火の塔とやらもあるらしいが、あちらに近づくと魔物が弱くなる。俺としては、特に興味を惹かれる場所ではなかった。

同行しているのは、いつも通りのルミナと、今回から一緒にパーティを組むことになった緋真である。

この弟子は妙に機嫌のいい様子で、やたらとルミナに対して世話を焼いていた。

「それで、先生。私が教えちゃっていいんですよね?」

「ああ。ま、妙なことを言っていたら口出しするがな。しっかりやれよ?」

「う……そう言われるとプレッシャーなんですけど。でも――」

靴を――と言うか足袋を手に入れたことで、ようやくまともに地面を歩き始めたルミナの姿を、緋真はじっと観察する。

頭頂から爪先まで、その姿を一通りじっと観察しつつ、緋真はポツリと声を上げていた。

「結構教えやすそうですね、この子」

「ほう、分かるか?」

「はい。まるで白紙のページですよ、この子。肉付きも、体の動かし方も、殆ど変な癖がついていない自然体。矯正の必要が殆ど無いじゃないですか」

感嘆した様子で呟く緋真の言葉に、俺は口元に笑みを浮かべつつ頷いていた。

進化するまで妖精であったためなのか、ルミナの肉体には殆ど余計な要素が存在していない。

おまけに殆ど歩いていなかったからなのか、歩き方にも妙な癖が付いていないのだ。

今ならば、軽くやり方を正してやれば、それを自然体として吸収することができるだろう。

まるで、赤子がそのまま少女の姿へと変貌したかのような肉体だ。正直、これほど教えやすい存在も無いだろう。

「だからこそ、お前が初めて教える相手としては最適だろう。ほれ、早速教えることがあるだろう」

「はいはい……じゃあルミナちゃん、改めて。私は緋真、先生――クオンさんの唯一の弟子よ。これからは私が、貴方に久遠神通流の術理を教えていくわ」

「はーい、ルミナです」

「ええ、よろしくね。それじゃあ……まずは、久遠神通流について説明していきましょうか」

そう、まず教えるべきは久遠神通流の成り立ちだろう。

俺たちの剣がいかなる理念の下に成り立っているのか、まずはそれを知ることが重要だ。

東側から街の外へと足を踏み出しつつ、歩幅の小さいルミナを誘導しながら緋真は言葉を重ねていく。

「久遠神通流は、戦場において編み出され、育まれた武術。歴史は実に六百年以上も遡ることができるの」

「せんじょー?」

「敵が沢山いる場所、って感じかな。久遠神通流は、そういうとにかく多くの……しかも、鎧や兜で武装した敵を相手取ることを想定した武術なんだよ」

緋真の説明に、俺は無言で頷く。

久遠神通流は、幾度となく戦場に出ながら生きて帰ってきた剣客が、その技を余人に伝えたことから始まった。

小烏丸の一振りを手に、幾度となく戦場に立ちながら、結局戦場では死ぬことの無かった男。

その術理こそが、久遠神通流の成り立ちであると伝えられている。

「だからこそ久遠神通流の術理は、相手が多数であること、相手が防御を固めていること、そして相手の隙を突き一撃で殺すことが念頭に置かれているの」

「んー……?」

「例えば、先生がよく使う受け流しの業、流水。あれは、相手の攻撃を防いで足を止めることが無いように、受け流して即座に行動できるようにすることが目的。とにかく足を止めず、相手の隙を突くこと。或いは、相手を防御の上から叩き斬ること……まあ、自分の動きを止めることなく、相手を一撃で倒していく。それが根本的な理念だと覚えておいて」

「ん、わかった!」

最後の言葉はきちんと理解できたのか、ルミナは元気よく頷く。

まあ、根本の理念とは言うが、実際のところそれは理想形に近いものだ。

口で言うのは容易いが、そうそう実現できるようなものではない。

俺ですら、それを完全に実現できているとは言えないのだから。

「その理念を元に発展してきた久遠神通流には、主に四つの術理があるの。それが、斬法・剛の型、斬法・柔の型、打法、そして歩法……先生は、その全てを修めているわ」

「さすがおとーさま!」

「そうそう。本当にもう人間離れしてますよね……」

「しみじみ言うな、阿呆」

これでもかなり苦労したのだ、確かに最早常人の域にはいない自覚はあるが、この弟子にもいずれはその領域に至って貰わねば困る。

とは言え、先は長そうであるが。そろそろ奥伝の一つぐらいは見せてやった方がいいかもしれない。

まあ、あの技を使う相手があまりいないというのが問題ではあるのだが。

今度の悪魔との戦いでも別々の場所で戦うことになってしまったし、中々ままならないものである。

「まあ、ともあれ――ルミナ、久遠神通流の根本は理解できたか?」

「えっと……たくさんの相手と、かたい相手をやっつけること!」

「大雑把だけど……まあ、それだけ分かっていればとりあえずは大丈夫ですかね」

緋真の言葉に、俺は軽く肩を竦める。

本来ならばもう少し突き詰めたい所ではあるのだが、今のルミナの精神は子供のものだ。

そこに複雑な成り立ちを詳細に伝えようとしたところで、暖簾に腕押しであろう。

故に、今はそれでいい。大雑把であっても、そこさえ間違えていなければ大きく逸脱することは無いのだから。

「さて、それを踏まえて――少し見せてやれ、緋真」

「はい。了解です、先生」

街道を離れて進み始めたところで、案の定魔物たちが姿を現す。

現れたのは、先程の馬車護衛の際にも現れたゴブリンの一団。

そして、それらを率いているのは、かなり大柄な豚面の魔物であった。

■ゴブリンファイター

種別:魔物

レベル:15

状態:アクティブ

属性:なし

戦闘位置:地上

■オーク

種別:魔物

レベル:19

状態:アクティブ

属性:なし

戦闘位置:地上

相手はゴブリンファイターが三体に、オークが一体。

耳障りな声で騒ぐオークの声に応えるように、ゴブリン共はわらわらとこちらへ向かって走り出す。

それを迎え撃つのは、数歩ほど前に出た緋真だ。

刀を正眼に構え、摺り足でじりじりと距離を詰める緋真は、殆ど体勢を動かさぬまま、開いていた距離を一気に詰めていた。

歩法――縮地。

「ふむ、あの程度の距離なら使えるようになっていたか」

まだ数メートル程度ではあるが、きちんと術理を成している。

その再現度は流石と言った所か――ゴブリン共も、急に目の前に現れた緋真に面喰らって動きを止めていた。

そして、そうなれば緋真の思う壺だ。動揺を誘うための歩法に嵌れば、当然その次に続くのは一撃で殺すための一閃である。

緋真はゴブリンを袈裟懸けに斬り伏せ――それが倒れるよりも速く、隣にいたゴブリンへと一閃を放っていた。

斬法――剛の型、鐘楼。

膝の蹴り上げによって放たれる神速の振り上げ。

突如として眼前に切っ先が現れたであろうその一撃を、ゴブリンはまともに喰らって悲鳴を上げていた。

無論、それで止まる筈も無く、追撃の一閃が二匹目のゴブリンを絶命させる。

「見てみろ、ルミナ。あいつは足を止めていないだろう」

「はい、ずっと動いてます!」

「常に動き回り己にとって有利な位置を取り続ける。それをする意味が分かるか?」

「えっと……敵がたくさんいたら、囲まれちゃうから?」

「そう、その通りだ。そして足を止めないためには、ああやって可能な限り少ない手数で相手を仕留めるか――」

瞬く間にゴブリンを斬り伏せられ、このままではいかんと思ったのだろう、巨体を震わせるオークが喚き声を上げながら突進してくる。

とはいえ、それだけ距離が開いていれば、あまり止めようとする意味も無いのだが。

相手が向かってくる間に残るゴブリンを斬り伏せた緋真は、オークへとその刀を向ける。

そんな緋真へと、オークはその手に握り締めた大鉈を振り下ろし――

斬法――柔の型、流水。

緋真の刃によって絡め取られた一閃は、あらぬ方向へと振り抜かされ、オークはその体勢を崩していた。

その隙に、緋真は相手の横手へと潜り込むように接近し――

「――ああして受け止めることなく攻撃を流し、すぐさま反撃へと転じるというわけだ」

斬法――柔剛交差、穿牙零絶。

上半身の運動のみで放たれる、密着距離からの鋭い刺突。

柔の型と剛の型、その両方の術理を交えて放つ、久遠神通流の業の中でもかなり変則的な攻撃だ。

当然ながら難易度は高く、師範代でも全ての術理を扱えるわけではない。

それをたった一つとは言え、ああも見事にやってのけるのは、この弟子ならではだろう。

緋真が低い体勢から放った突きは、肋骨の隙間から相手の内臓に潜り込み、的確にその心臓を破壊していた。

人型の魔物がその一撃に耐えられるはずも無く、オークは一瞬で絶命する。

刀を抜いて血を払い、袖で拭った緋真は――こちらへと振り返り、晴れやかな笑顔を浮かべていた。

「ふふふ、どうですか先生!」

「ガキかお前は。だがまぁ、確かに良い完成度だった。いい見本になっていたぞ」

穿牙零絶を除けば、見た目に分かりやすい術理ばかり。

ルミナの教材となるという意味では、良い仕事であったと言えるだろう。

尤も、効率的に倒すという観点で言えば、あそこでただの流水を使ったことはいただけない。

やるならば、流水の派生形を利用して効率的に殺すべきだ。

まあ、今回はルミナに例を見せることが目的だったのだから、細かいことは言うまい。

「とりあえず……ルミナちゃんには、こんな戦い方を学んでもらうことになるの」

「とは言え、魔法を捨てる必要はないがな。せっかく使えるんだ、活かせるものは活かしていけ」

俺はその辺り全く興味は無かったが、既に使える手札まで否定する必要はない。

そもそも、ルミナは種族上、魔法を得意とする存在だ。

しかも魔法の強化スキルまで持っているのだから、それを捨てるのはあまりにも勿体ないだろう。

「ん……でも、どうしたらいいの?」

「まあ、まずは刀の握り方からだね」

緋真は俺が渡した小太刀を取り出し、ルミナに握らせる。

右手は上手に、小指から強く握り込むように、けれど人差し指は緩く。

左手は下手に、柄巻の巻止めに小指を掛けぬように。

初心者は割と強く握りがちであるのだが、刀とはそもそもそう強く握り続けるものではない。

適度な脱力と、攻撃の瞬間に刃筋をずらさぬように握りを強くすること、それが重要だ。

しかし、久遠神通流における握り方――所謂『手の内』は、突きを多用することもあり、鍔に近い部分を握る傾向にある。

その方が、流水を使う上でも力を伝えやすく、便利なのだ。

「基本程度なら何とかなるが……問題は、術理をどう覚えさせるかか」

足運びや構え方などは、覚えさせるのにそう苦労はしないだろう。

だが、問題は久遠神通流の神髄たるその術理だ。

これを扱えなければ、久遠神通流の剣士を名乗ることなどできる筈もない。

しかしながら、今のルミナの体格で、それを成そうとしても失敗するのがオチだろう。

であれば、まずは――

「……しばらくは見取稽古だな」

軽く肩を竦め、俺はそう呟く。

目指す先は、北東の砦。そこに辿り着くまでに、どれだけのものを見せることができるのか――俺は頭の中で戦略を練りながら、小さく笑みを浮かべていた。