軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

487:試練の先

「ッ……流石と言うべきか」

血を噴き出す左肩を押さえながら、痛みを堪えつつ呻き声を上げる。

どのような攻撃が来るのかは、俺自身が知り尽くしていた。

そうであるにもかかわらず、これほどの深手を負わされることになるのだから、本当に恐ろしい業だ。

「完璧とは言い難いが……まあ、悪くない結果だな」

これが現実世界であったならば、左腕の喪失は剣士としての死を意味していただろう。

だが、ここはあくまでもゲームの世界だ。いくらでもリカバリーは効く状況である。

小さく溜め息を吐き出しつつ、俺は斬り飛ばされた己の左腕を拾い上げた。

このような形で自分の腕を見る機会などないため、思わずじっくりと観察したくなってしまうが、ゆっくりしていると流石に死にかねない。

小さく嘆息しつつ、俺は腕の切断面を斬り裂かれた肩へと押し付けた。

「……いや、これで本当に治るのか?」

《 再生者(リジェネレイター) 》のスキルは、状態異常を短時間で癒すという性質も持っている。

この状態異常の中には体の欠損なども含まれているらしく、その場合はこうして斬り落とされた部位をくっつけておくと早く治るらしいのだが……ここまで来ると人間なのかどうかが怪しくなってくるな。

ともあれ、現時点で出血による継続ダメージを受けている状況であるため、早く治るのに越したことは無い。

自動回復によって賄われてはいるのだが、決して少なくはないダメージを負っている状況なのだ。

「お……?」

そのままじっとしていると、腕の断面の部分から白く煙が上がり始めた。

どうやら、断面の中心辺りからゆっくりと繋がり始めているらしい。

「しかし、体の欠損までこう簡単に治ると、不思議な気分になってくるな」

普通に考えて、一生モノの重傷であったはずなのだが、簡単に治ってしまうとは。

ゲーム内でこの状態が継続されても困るし、それはそれで助かるのだが、何とも不思議な感覚だ。

何はともあれ、試練をクリアしたことは紛れもない事実。大手を振って先に進ませて貰うこととしよう。まあ、切断されているせいで腕は振れないんだがな。

そんな下らないことを考えつつ先へと進むと、そこには既に緋真とアリスの姿があった。

「お前たちはもう終わってたのか」

「はい、思ったよりあっさりと――って、先生!? どうしたんですか、それ!?」

「相手が自分自身だったからな、流石に苦戦した。自らの奥伝と相対するってのは、中々貴重な経験だったがな」

苦戦はしたが、実に満足の行く結末ではあった。

だが、そんなしみじみとした俺の言葉に対し、緋真とアリスは驚愕した様子で目を見開く。

「確かに自分の分身でしたけど……まさか、そこまで再現されてたんですか? 私の方は普通に、スキルとか魔法とかはありましたけど、技術面は普通って感じでしたし」

「私の方も、スキルとかは再現されていたけど、技術面はそこまでじゃなかったわよ」

「……何だと?」

思わず、眉根を寄せる。まさか、俺と緋真たちとでは試練の内容が違っていたというのか。

生憎と嘘をついている様子はないし、二人とも本気で困惑しているようだ。

「実際、二人はどんな風に戦ったんだ?」

「えっと……私は、見た目は完全に私と一緒でした。スキルとかステータスも、恐らく同じだったと思います。けど、戦い方は一般的な魔法剣士っていう感じで、久遠神通流の業は全然使ってきませんでした」

「私の方もそんな感じね。スキルで姿を隠してきたけど普通に《看破》で見破れたし、虚拍は使ってこなかったわよ」

二人の話を総合すると、相手が再現してきたのはスキル、ステータスだけであり、実際の戦闘スタイルまでもを模倣してきたわけではないということか。

そう考えると、俺の方はステータスこそ再現していたものの、スキルを使用しては来なかった。

一応、自動回復系のスキルは持っていた気配はあったが、他は何も分からなかったな。

「どういうことだ? 俺だけ何か特別扱いされていたのか?」

「運営……というか女神側の意図ですし、私達に聞かれても……」

「まあ、貴方は女神にも個別に認識されているでしょうし、特別扱いになることもあるんじゃない?」

微妙に納得しづらいことでもあるが、女神側にも意図があるというのも否定はできないだろう。

俺たちにとっての移住が生存戦略であるのと同じように、女神にとってもMALICEの排除は重要な事柄である筈だ。

ならば、俺たちの 世界(サーバ) でMALICEを退けた存在に注目していることも不思議ではない。

尤も、不気味さがあることはどうしても否めないが。

「ったく……ここまでやったんなら、少しはサービスして欲しいところだ」

「でも、どうせ先生のことだから、貴重な経験だとか言って楽しんでいたんでしょ?」

「……さてな」

図星を言い当てられて適当に誤魔化しつつ、左腕の調子を確認する。

痒みにも近い不思議な感覚ではあったが、徐々に指先にまで感覚が戻りつつある。

切断された腕が何も処置せずに元通りになるというのは中々不思議な感覚ではあったが、これなら程なくして完全に元通りになりそうだ。

もう腕を押さえている必要もないため、肩から右手を離し、メニューウィンドウを操作する。

腕を斬り落とされた際に、装備が一部破損しているのだ。

完全な損壊ではなく、耐久度もまだ残っているし、この状態なら一度インベントリに戻せば形は元通りになるだろう。

無論、減った耐久度は戻らないため、後で修理が必要になるだろうが。

「腕、大丈夫そうですか?」

「ああ。もう少しすれば問題なく動かせるだろうよ。ただ、この後の試練もあるし、万全になるまでは少し待っておきたいところだな」

「そうね。この後は例の崖登りみたいなところだし」

この試練を抜けた先は、以前下見をした時にも確認した、断崖絶壁を登っていくエリアである。

足場はあるし、鎖も繋がってはいるのだが、腕に力が入らない状況ではそんな所を通りたいとは思えない。

とはいえ、そこに至るまでにはしばらく歩く必要がある。

ゆっくりと進んでいれば、そこに到達するまでには腕も元通りになっていることだろう。

「しかし、すっかりビックリ人間ですね」

「色々と言いたいことはあるが、否定はしきれないな。治るとは書いてあったが、まさかこんなあっさりと治るとは」

「もしも切り落とされた部分が消滅していたらどうなるのかしらね。傷口から生えてくるの?」

「分からんが、試したいとは思えないな」

堪えてはいたが、痛覚を軽減してはいないため、普通に激痛が走っていたのだ。

腕が繋がり始めてからは急速に抜けて行ったものの、特に理由もなく試したいとは思えない。

今後も、そのような体験をせずに済むことを願うばかりだ。

「何はともあれ、何とか試練も突破しましたし、後は神殿に辿り着くだけですね」

「あの崖を超える必要はあるがな。まあ、まだ仕掛けが残っている可能性もあるし、油断はしないことだ」

「分かってますよ。さっきのだけでも驚きでしたし、まだまだ予想がつかないようなことをしてくる可能性もありますから」

正直、緋真の方はまだ納得できるレベルの驚きではあったと思うのだが。

単純なステータスとスキルの再現だけならば、このゲームならしたとしてもそうおかしくはない。

だが、久遠神通流の再現をしたとなると、到底納得はできないものになってしまう。

果たして、女神は一体どのような方法で俺の姿を再現していたというのか。

まあ、直接話す機会がない限りは、それを確認することなど到底不可能なのだが。

(気にはなるが……接触しようとしてできる相手でもないからな)

唯一手掛かりがあるとすれば金龍王だろうが、今は金龍王の浮遊島がどこにあるのかも分からない。

他の龍王に接触し、現在の浮遊島の位置が確認できれば訪れることも可能かもしれないが――流石に、この件だけでそこまでするのも面倒だ。

個人的な興味だけで、他に得られるものも無いのだから。

「風が強くなってきましたね……そろそろ崖ですけど、左腕は大丈夫ですか?」

「ん、問題は無さそうだな。普段通り動かせそうだ」

左手を何度か握って力を籠め、その具合を確認する。

これならば、問題なく動かすことが可能だろう。戦闘にも支障はない状態だ。

「見えてきたわよ、洞窟の外。あの時は飛んでいたからよかったけど、これを普通に行くのは面倒ね」

「やらなきゃ進めないんだ、仕方あるまい。どっちにしろ、まだ騎獣は外に出せないからな」

まだクエストは続いている判定で、テイムモンスターたちを呼び出すことはできない。

残念ながら、この絶壁は普通に通り抜けなければならないのだ。

吹き付ける風に目を細め、洞窟の出口に立ち、そこに繋がれた鎖を掴む。

雪と雲で見づらいが、鎖は確かに壁面に固定されて先へと続いていた。

「……さて、行くとするか。気を付けろよ」

「言われなくても。こんな所から落ちるなんて冗談じゃないですし」

緋真の言葉に頷きつつ、壁面の鎖を強く握る。

――遠く山の上、俺たちが向かおうとしているその先で、爆音が響いたのはちょうどその瞬間だった。