作品タイトル不明
476:一時退却
「先生、流石にちょっときつくなってきたんですけど!」
緋真が音を上げたのは、アルトリウスからの連絡が来てから約一時間後のことであった。
それなりに持った方ではあるだろう。出来るだけ節約しながら戦っていた緋真であったが、流石にMPポーションの数が心もとなくなってきたようだ。
一方で、俺の方はまだまだ余裕がある。というか、回復アイテムは殆ど消費していない。
殆どの状況で、《 再生者(リジェネレイター) 》による回復力がカバーしてくれていたのだ。
精神的な疲労さえなければ、いつまででも戦い続けることができるだろう。
とはいえ、俺以外はそうもいかないし、ここで無理をするような理由も無い。余裕がある内に退却しておくべきだろう。
「よし、緋真、アリス。お前たちは下がっていい。ルミナ、セイラン、そっちは空中から魔法を撃ちつつ後退だ。シリウスはブレスと魔剣の準備」
そして、俺は 殿(しんがり) である。
今のところはほぼ何も消耗していない状態であるし、多少数が増えたところで問題はない。
「《奪命剣》、【咆風呪】!」
緋真たちが後退していく横で、俺は広範囲に広がるように【咆風呪】を放つ。
広く放てばその分だけ威力は下がるようであるが、それでも今の攻撃力ならば十分な効果を発揮する。
しかも、このテクニックを受けると脱力感によって動きが鈍ることとなるのだ。
それによって悪魔たちの動きを留めておけば、撤退も楽なものである。
「ルミナ、セイラン!」
「光よ!」
「クェエエエッ!」
そして、動きの鈍った悪魔たちへと殺到するのは、ルミナの放つ光の雨と、セイランの発生させた竜巻である。
ただでさえ脚の止まっていた悪魔たちは、広範囲の魔法など避け切れる筈もない。
流石にアークデーモンは防御魔法で防いでいたが、それでも完全に足を止めざるを得なかった。
ルミナたちの場合は魔法を発動しながらでも高速で移動できるため、こうした引き撃ちも楽なものである。
悪魔の群れの後ろには、まだ後続でやってきていたらしい次の群れの姿がある。
このままでは、撤退の前に追いつかれることになるだろう。
だが――
「シリウス!」
「ガアアアアアアアアアアッ!」
それらがこちらに到達するよりも早く、シリウスの口からブレスが放たれた。
竜巻のように渦を巻く、空間すらも歪ませるような衝撃波のブレス。
鋭い斬撃を伴うそれは、さながらミキサーのように悪魔たちを蹂躙し、掻き混ぜていく。
その攻撃は足を止めていた悪魔の群れだけに留まらず、後続の悪魔たちすらも飲み込んで切り刻んで見せた。
「随分と威力が上がってるな……」
どうやら、シリウスの進化はブレスの効果にも影響を及ぼしていたようだ。
スキルの名称そのものに変化はなかったのだが、純粋に威力が向上している。
しかもブレスそのものも太く、射程距離も伸びているようであるし、ますます強力になっているな。
とはいえ、シリウスのブレスは距離による威力減衰が大きい方だ。だからこそ、後続の悪魔たちはまだ仕留め切れていない。
尤も、それを見越した上での先程の指示なのだが。
「よし、叩き斬れ!」
「グルァアアアッ!」
俺の指示と共に、シリウスは大きく尻尾を振りかざす。
輝く銀色の魔力を纏う尻尾は、旋回するように大きく振り回され――シリウスは、その強靭な腕を地面に突きたてながら、勢い良く体を回転させた。
瞬間、魔力を纏う尻尾が凄まじい威力で薙ぎ払われる。その軌道に沿って、周囲の景色が歪むようにスライドし――悪魔たちは、真っ二つになって崩れ落ちた。
効果の詳細を把握しておきたいところではあるのだが、それなりに消費が重いため連発もし辛い。
それに、今はあまり時間をかけて考察している余裕も無さそうだ。
「よし、シリウスも下がれ! 撤退するぞ!」
後続の悪魔がまとめて真っ二つになったことを確認し、シリウスを下がらせる。
今の攻撃はどちらも消費は大きく、ここまでの戦闘も相まって、シリウスはほぼガス欠の状態だ。
別にMPを使わずとも戦えるタイプではあるのだが、これ以上は流石に無理をさせることになってしまう。
好戦的なシリウスはまだ戦いたそうにしていたが、別に戦う機会などいくらでもあるのだ。今ここで戦闘を継続する必要もあるまい。
僅かな残党はまだこちらに向かってきているが、その程度ならば問題はない。
シリウスと共に後退しつつ、向かってくるスレイヴビーストへと向けてスキルを発動する。
「《練命剣》、【命輝一陣】」
輝く刃が、牛の姿をした魔物の一体を斬り裂く。
シリウスのブレスや魔剣の余波を受けていたため、既に満身創痍だった魔物は、それだけで地面に転がることとなった。
正直、ここまで結構な数の魔物を倒しているのだが、後から後から追加されるため、殆ど回収している余裕は無かった。
ある程度は獲得もしているのだが、収支としては赤字だろう。
「ったく――」
後退してはいるが、やはり魔物たちの方が進むスピードは速い。
そんな奴らの標的は、殿を務める俺だ。
先ほどと同じ牛の魔物は、俺を撥ね飛ばさんばかりに猛然と突撃してくる。
尤も、そんな直接的な攻撃であればあしらうことも容易いのだが。
「《奪命剣》、【命餓練斬】」
歩法――陽炎。
僅かに後退のスピードを変え、魔物の目測を誤らせる。
結果、魔物は俺の傍を掠めるように通り過ぎ――そこに置かれた刃に自ら飛び込んで、HPを散らせて倒れた。
「《蒐魂剣》、【因果応報】」
次いで、こちらへと飛んできた炎の魔法を斬り裂き、刃に炎を纏わせる。
そのまま返す刀で振り抜けば、刃からは炎が撃ち放たれ、俺へと攻撃を仕掛けてきた鳥の魔物を飲み込んだ。
普段であれば【命輝一陣】に載せるのだが、残念ながらまだクールタイム中だ。
それでも、限界まで攻撃力の上がった餓狼丸ならば問題は無かったが。
「さてと……十分距離は稼げたか」
殆どシリウスが片付けてくれていたおかげで、こちらへと向かってくる敵の数は少ない。
そしてそれらも、ルミナやセイランの魔法によって撃ち抜かれており、殆どこちらに追いつけていない状況だ。
そうしている間にも悪魔たちとの距離は開いていき――やがて、追撃を諦めた悪魔たちは、その姿を消したのだった。
『レベルが上がりました。ステータスポイントを割り振ってください』
『《刀神》のスキルレベルが上昇しました』
『《格闘術》のスキルレベルが上昇しました』
『《昇華魔法》のスキルレベルが上昇しました』
『《神霊魔法》のスキルレベルが上昇しました』
『《致命の一刺し》のスキルレベルが上昇しました』
『《MP自動大回復》のスキルレベルが上昇しました』
『《奪命剣》のスキルレベルが上昇しました』
『《練命剣》のスキルレベルが上昇しました』
『《蒐魂剣》のスキルレベルが上昇しました』
『《テイム》のスキルレベルが上昇しました』
『《HP自動大回復》のスキルレベルが上昇しました』
『《生命力操作》のスキルレベルが上昇しました』
『《魔力操作》のスキルレベルが上昇しました』
『《魔技共演》のスキルレベルが上昇しました』
『《クロスレンジ》のスキルレベルが上昇しました』
『《回復特性》のスキルレベルが上昇しました』
『《高位戦闘技能》のスキルレベルが上昇しました』
『《剣氣収斂》のスキルレベルが上昇しました』
『《見識》のスキルレベルが上昇しました』
『《血の代償》のスキルレベルが上昇しました』
『《立体走法》のスキルレベルが上昇しました』
『《会心破断》のスキルレベルが上昇しました』
『《 再生者(リジェネレイター) 》のスキルレベルが上昇しました』
『テイムモンスター《ルミナ》のレベルが上昇しました』
『テイムモンスター《セイラン》のレベルが上昇しました』
『テイムモンスター《シリウス》のレベルが上昇しました』
まとめて耳に届くレベルアップの通知に、軽く息を吐き出す。
流石に、一時間以上戦い続けてきた甲斐はあったようだ。
これならば余剰の経験値も期待できるだろうし、レベルキャップへの到達にまた一歩近づいたことだろう。
「さてと……『キャメロット』の斥候はどうなったことかね」
俺たちがいたことで視線を逸らすことができていたが、逆に言えば俺たちが撤退すれば警戒も元に戻ってしまう。
果たして、俺たちがいる間に潜入には成功したのか。そして、成功していたとして、警戒が元に戻った時に見つからずにいられるのか。
状況は不明だが、そうすぐに結果が出るものでもあるまい。
「ま、レベルアップしつつ報告を待てばいいか」
軽く肩を竦めつつそう結論付けて、俺はレベルアップの処理を開始したのだった。