軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

462:黒い岩壁

『それで、そこにあったのは石碑なの?』

「いや、違う。石碑ではない……と思う。何かが刻まれているわけでもないし、触れても特に何も表示されなかった」

思いがけない発見に、俺は岩壁の確認をしながらも、エレノアへと通話を繋げていた。

確かに、岩壁であるというのに滑らかな質感のその黒い岩は、日ごろ目にしている石碑と変わらぬ材質に思える。

だが、その表面には石碑のように何かが刻まれているということも無く、また触れても何の反応も無い。

ルミナ曰く、石碑と同じく強い女神の力を感じるとのことであったが、俺にはまるで分らない感覚であった。

一応はアイテムに分類されるものであるのならとエレノアに確認してみたのだが――その反応は劇的であった。

『採取はできないの?』

「《採掘》を付けてみても採取ポイントは見えないな。試しにつるはしで叩いてみたが、つるはしの先端の方がイカれる始末だ」

『そう……《石工》の方じゃないとダメかしら』

「そんなスキルもあるのか。大工以外に使えるタイミングがあるのか?」

相変わらず、このゲームのスキル体系には謎が多い。

だがエレノアの言う通り、こういった岩壁から石を切り出すのであれば、それは石工の仕事になるだろう。

まあ、それはともかくとして、やはりこの岩はエレノアにとっては興味を惹かれるものであったようだ。

「そんなにこの岩が必要なのか? 正直、取れる気がしないんだが」

『純粋に品としての興味があることも事実だけど、今後のことを考えれば必須ね』

「聖王国の石碑は全部残っているだろう? なら――」

『そう、これから北を、悪魔の領域を攻める際に、その石碑が有るのと無いのとじゃ大違いだわ』

アルトリウスが陣取りゲームであると評した、現在の悪魔との戦い。

今後、俺たちは少しずつ悪魔の陣地を切り取りながら、戦線を前に押し出していく必要がある。

その時、石碑が有るのと無いのとでは大いに状況が変わってくることだろう。

『もし、北の地で以前からの石碑がまだ残っているのであればそこまでの問題はないわ。けど、もしもすでに石碑が破壊されていたとしたら――』

「たとえ街を奪還できたとしても、維持することが困難になるか」

『そういうことね。拠点を確保、維持するにあたって、石碑は必要不可欠な存在よ』

断言するエレノアの言葉に、俺は首肯する。

悪魔の領域において、それぞれの街がどのような状態になっているのかは把握できていない。

だが、仮に設置されていた石碑が失われていた場合、俺たちは悪魔の侵入を防ぐこともできず、また転移といった機能を利用することもできなくなる。

戦線が北に伸びれば伸びるほど、厳しい戦いを強いられることとなるのだ。

もし、悪魔たちに石碑が破壊不可能だというのであれば問題はない。聖王国の時も、何だかんだで石碑の破壊はされなかった。

だが、向こうにいるのは大公級や魔王といった、未知の力を持つ怪物だ。石碑が無事であるという保証はどこにもない。

石碑が破壊されている可能性を考慮し、代わりのものを用意しておくのも、当然の判断ということだろう。

『とりあえず、そういうものがあることは理解したわ。レベル上限の解放時には足を運ぶことになるだろうし……それを採取するだけなら別に試練とやらを受けなくても何とかなりそうね。アルトリウスと調整してみるわ』

「それがいいだろうな。ついでに、姫さんに石碑のことを聞いてみたらどうだ?」

『そうね、女神の力について詳しいのは彼女でしょうし、聞いておいた方がいいわね』

相変わらず、エレノアからはローゼミアに対してへりくだるような態度を感じ取れない。

別に見下しているわけではないが、相手のことを必要以上に敬っている様子もない。

聖女様といえど、商売相手は商売相手ということか。

『それからクオン、もう考えてはいるようだけど、霊峰の登山口は整備する必要があるわ』

「単純に、上限突破のための準備地点のつもりだったがな。お前さんのは、この岩を採取することも考えているんだろう?」

『ええ、そういうことね。まだこちらからの侵攻準備には時間がかかるでしょうけど、最初に狙うのはその山の近辺になりそうね』

まあ、霊峰は聖王国の領地からほど近い場所にある。確保に動くのもそう負担の大きくはない位置になるだろう。

尤も、レベル上限の解放と石碑の採取――これほどの重要地点を奪還しようとする以上、悪魔の抵抗は非常に激しいものになるだろう。

幸い、要塞じみた拠点を攻めるわけではないためやり易くはあるだろうが、それでも決して容易い相手ではない筈だ。

「……まあ何にせよ、とりあえず下見してみる」

『ええ、お願いね。攻めるのはまだ先になるでしょうけど、貴方たちはそれよりも早く上限に達するでしょうし』

「だろうな。まあ、頃合いを見て試練を確認してみるさ」

もう少し先ではあるが、それでも決して遠い話というわけではない。

近い内に、俺たちはこの山の試練に挑むことになるだろう。

果たして霊峰の試練とはどのようなものなのか、現状では分からないが、近い内に己の身を以て味わうことになるだろう。

試練というぐらいだから容易いものではないだろうが、それはそれで楽しみだ。

「じゃあ、そっちのことは頼んだぞ」

『ええ、そっちもね。こっちはまだしばらく攻勢には移れないし、下見はお願いするわ』

街の復興にはまだしばしの時間が必要だ。

どこまで整理すれば攻勢に移れるのか、その判断はアルトリウスに任せることになるだろうが、それまでは自由に動き回ることとしよう。

エレノアとの通話はそこまでとして、岩壁を確認している緋真たちへと声をかける。

「よし、それじゃあ山を下りて麓を探索するぞ」

「はーい。結構面白そうなんですけどね、これ」

「上手くしたら悪魔にもダメージを与えられそうだったんだけど……欠片すら削れないんじゃ仕方ないわね」

本当に、この岩壁を採取する方法はあるのか。

そして仮に採取できたとして、どのように加工すればあの石碑になるというのか。

分からないことだらけだが、こうしてぼんやりと眺めていた所で答えが分かるわけでもない。

アイテムのことは専門家に任せ、俺たちは俺たちでやれることに集中した方がいいだろう。

「とりあえず、山をぐるっと回って道を見つけて、人がいた痕跡を探せればいいんだがな」

「人が登る前提の場所なんだし、それぐらいはあるんじゃないかしらね?」

「可能性はそこそこあるんじゃないですか? 無かったら無かったで、自分たちで拠点でも作ることになるでしょうし」

「最初からあった方が楽ではあるんだがな。よし、出発するぞ」

来た時と同じように、騎獣に跨って出発する。

例によって雲の中を潜り抜けて行かなければならないわけだが、山をざっと探索しながら進む以上は避けられない領域だ。

そうなると気になるのは、あの時感じ取った巨大な気配の存在である。

一度上空に舞い上がり、ぐるりと雲海の様子を眺め――僅かに、雲が蠢いている領域を発見した。

「……あそこにいるのか」

「クオン、まさかあれに挑むとでもいうつもりじゃないでしょうね?」

「いや、流石にな。視界は悪いし得意ではない空中だ。だが、どんな魔物がいるのか識別ぐらいはしておきたいだろう?」

「ああ、それは確かにね。あまり好戦的ではないようだし、近付き過ぎなければ攻撃はされないと思うけど」

アリスの言葉には頷きつつ、セイランに合図を送ってその上方へと移動する。

眼下を見れば、確かに何かが泳いでいるように、白い雲が揺れていた。

その大きさはかなりのものだろう。どの程度の強さなのかは分からないが、尋常な魔物ではない筈だ。

雲の中で蠢く影へと、少しずつ距離を縮めていき――ふと、その気配の意識がこちらを向いたことを感じ取った。

「……!」

こちらを認識した巨大な魔物。

さて、果たしてどう動いてくるか――緊張に意識を研ぎ澄ませる俺たちに対し、気配の主はゆっくりと雲をかき分けるようにしながら姿を現した。

■クラウディア・ケートス

種別:霊獣

レベル:??

状態:??

属性:??・??・??

戦闘位置:??

大きさから予想はしていたが、それは白いクジラの姿をした謎の生命体であった。

霊獣と書かれているが、名前とそれ以外の情報は一切分からない。

つまり、レベルで言えば圧倒的に格上。まず勝てるはずのない怪物だ。

クラウディア・ケートスは雲の表面を泳ぎながら、しばし俺たちのことを観察していたようであったが、やがて興味を失ったのか、再び雲の中へと姿を消していった。

その気配が遠ざかったのを確認し、安堵した様子で緋真が息を吐き出す。

「はぁ……あんなのがいるとは思わなかったですよ。この場所を護ってるんですかね?」

「ふむ。ルミナ、あの霊獣ってのは精霊の親戚か何かか?」

「はい、どちらかといえば私たちに近しい存在です」

「ってことは魔物ではなく、どちらかというと女神の側に属する存在か……ま、触らぬ神に祟りなしだな」

どんな力を持っているのかは気になるが、下手に手を出すような存在でもない。

ここは大人しく退散することとしよう。

雲クジラが去って行った方向とは逆に進みながら、俺たちは霊峰を降って行ったのであった。