作品タイトル不明
460:雲の上を目指して
霊峰の頂上へと続く道は、意外にも山の斜面に整備されているようだ。
霊峰の頂上にあるという女神の神殿――それを管理するものが存在するのかどうかは知らないが、そこに神殿がある以上は登る者も存在する。
何しろ、レベルの上限を解放するという役目を負った神殿だ、数こそ少ないだろうが、現地人にもそれを行う存在はいるのだろう。
無論のこと、山頂が雲に隠れて見えないような山など、普通に登っていたらどれだけ時間がかかるか分かったものではない。
さっさと空を飛んで目的地に辿り着けばいいだけの話だ。
「……しかし、ここにも悪魔が出るんだな」
「女神の神殿があるっていう触れ込みなのにね」
現在、アリスはセイランに同乗している状態である。
ぼやくような彼女の言葉に、俺は首肯することで同意した。
神殿があるというなら、ここは女神の領域だ。そんな所にまで悪魔が蔓延っているのだから、何とも皮肉な話である。
とはいえ、あまりぼんやりとしていられる話でもないだろう。
もしもレベル上限の解放を行うための神殿が占拠されてしまっているのであれば、全てのプレイヤーの強化に支障が出ることになってしまう。
そうなれば、大公級悪魔と戦うなど夢のまた夢だ。何としても、この神殿は確保しなければならない。
「神殿の状況は確認しなけりゃならんだろうが……それはともかくとして、悪魔が出てくるのは退屈しなくて済むな」
「何も出てこないで飛び続けるよりはマシだろうけど、殆どテイムモンスターたちの独壇場じゃない」
「まあなぁ……所詮、俺たちが手を出さずとも済む程度の規模だ。だが、様子見をしてるだけでも退屈は紛れるもんだ」
飛行する魔物や悪魔の処理は、基本的にテイムモンスターたちに任せている状況だ。
高い戦闘能力を有するシリウスと、その援護をしながら巧みに薙刀を操って立ち回るルミナ。
セイランは俺たちを乗せているためあまり戦闘には参加していないが、それでも要所要所で雷を放って悪魔たちに痛打を与えていた。
緋真も魔法を放って攻撃しているが、どちらかと言えばシリウスたちの働きの方が大きいだろう。
まあ、こいつらにとってもいい修業になるだろうし、この戦い方については特に問題はないのだが。
しかし一方で、現状にはあまり満足できていない者もいるようだ。
「うーん……」
「どうした、緋真? 何か納得いかない様子だが」
「ああ、はい。今の所は良いんですけど……私や先生が戦闘に参加するとなった場合、現状だとちょっときついなって」
「ふむ、ペガサスの話か?」
「そういうことですね」
緋真が騎乗しているペガサスはテイムモンスターではない。
そのため、戦闘によってレベルが上がることも無ければ、当然進化することも無い。
ペガサスはそもそも戦闘に参加しないため、攻撃能力の有無については別にどうでもいいのだが、耐久力や機動力はどうしても気になってしまうものだ。
今の段階まで進化したテイムモンスターたち、特にセイランとルミナはとんでもない機動力を保有している。
ペガサスの機動力も決して悪くはないのだが、セイランたちと比較してしまうと劣っていることは否めないだろう。
上位の悪魔を相手に空中戦をすることになった場合、ペガサスでは厳しいことは否定できない事実だ。
「私は魔法攻撃があるからある程度は何とかなると思いますけど……それでも、ちょっと不安は残りますね」
「ふむ……何か方法はないのか?」
「どうなんですかねぇ……より上位の騎獣に買い替えたっていう話は聞いたことありますけど、ペガサスより上位の騎獣が売っているのかどうか」
「それは……分からんな」
あの当時の話ではあるが、ペガサスやグリフォンはかなり高価な騎獣だった。
育てるのが難しく、また時間がかかるため仕方のない話ではあるが――正直、あれ以上の騎獣が売っているかどうかは望み薄といったところだろう。
それでも、解決策があるとすればベーディンジアの牧場であろうし、相談するぐらいは損も無い。
とはいえ、今はそちらに移動するわけにもいかない。今日の目標は、あくまでもこの霊峰の頂上、女神の神殿にあるのだから。
「とりあえず後で牧場に行ってみるとしてだ。このエリアのこと、どう思う?」
「どう、とは?」
「悪魔がいることはこの際置いておく。良くはないんだが、連中が神殿の価値を知っているのであれば確保に動くのも当然だ」
もしも奴らが神殿の力を、レベル上限解放のことを知っているのであれば、放置するということはあり得ないだろう。
マレウス・チェンバレンの動きは分からないが、俺たちが力をつけることを容認するにしても否認するにしても、女神の神殿をただ放置するということはあり得ない。
俺たちに確保させないようにするか、或いは気取った試練でも用意するか――何であろうと、奴らは手を出してくることだろう。
それはいい、悪魔がいるのであれば斬るだけの話だ。
それよりも気になるのは――
「何故、女神の神殿はこんな高い山の山頂にあるのか」
「……ええと、この山がそういう場所だからじゃないですか?」
「その辺の設定については知らんが、高い山の頂上に神殿を建てるとか、普通に考えて無理だろう」
ある程度の高さまでだったらともかくとして、これほどの山となると登るだけで命懸けだ。
人間の力でどうこうできるようなものであるとは思えない。
「設定的な部分もあるが……正しく、神殿は女神によって作られた物なんじゃないか?」
「箱庭という意味での話? まあ、その方がありそうだけど」
「で、それを踏まえての話ではあるが――本当に、ただ神殿に入っただけでレベル上限を解放できると思うか?」
その言葉に、緋真とアリスは揃って沈黙した。
恐らくは、この 世界(サーバ) の管理者が用意したであろう場所。
果たしてそこは、本当にただ足を踏み入れただけで力を得られるような場所なのだろうか。
「何かしら、仕掛けとか試練とかはありそうですね」
「そうね、私も同意見。『良かったですね』でレベルを解放してくれるとは思えないわ」
俺の予想に対し、緋真とアリスは共に同意を返してくれた。
やはり、簡単にレベル上限を解放できるということはないだろう。
それが神殿に辿り着いてからのクエストになるのか、或いはこの山を登ること自体が試練になるのかは分からないが、簡単に終わるとは思わない方がいいだろう。
「まあ何にせよ……頂上まで辿り着けば、分かることもあるだろうさ」
今の俺たちは、まだレベル上限には達していない。
だが、辿り着いても何の情報も得られないということはないだろう。
これから先、数多くのプレイヤーが辿り着き、そして力を得るであろう場所。
果たしてここがどのような性質を持っているのか、それを確かめることができれば上々だ。
『《テイム》のスキルレベルが上昇しました』
『テイムモンスター《シリウス》のレベルが上昇しました』
そんなことを考えている間に、戦闘は終了したらしい。
俺はほとんど手を出さなかったためあまり変わってはいないが、シリウスのレベルが上がったことは喜ばしい。
こいつもそろそろ次の進化レベルに近づいてきている。
果たして、真龍がどれほどの成長を遂げるのか、本当に楽しみだ。
「できればシリウスをもう一段階進化させてから行きたかったが……まあ、仕方ないか」
流石に、あと二つシリウスのレベルを上げるには相応の時間がかかる。
今の目標は急いでいるというわけではないのだが、流石にのんびりとレベル上げに勤しんでばかりもいられない。
女神の神殿の調査、緋真の騎獣に関する相談、そしてシリウスの次なる進化――大きなイベントは終わったが、やるべきことはまだまだ盛りだくさんだ。
「さてと……そろそろ雲に入るぞ、準備はいいか?」
「はい、行きましょう!」
「お父様、周囲の警戒は私が!」
「ああ、頼むぞ。それじゃ、神殿とやらの姿を拝みに行くとするか」
雲の上がどうなっているのかは今のところ分からないが、山の大きさからして、雲の上に出ればある程度様相は分かる筈だ。
果たしてどのような場所になっているのか――期待を胸に、俺たちは雲の中へと飛び込んだのだった。