軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

046:精霊の旅立ち

ルミナが振り下ろした光の太刀。迷いなく振り降ろされたそれは、狙い違わずスプライトの脳天へと突き刺さり――その胸の半ばにまで、刃を食いこませていた。

普通はルミナの膂力で兜割りなど無理だろうが、相手は人間とは身体構造の異なるスプライト。そして、ルミナが使ったのはそもそも刃物ですらない光の魔法だ。

叩きつけられた光の太刀も、相手を斬り裂くような効果はなく、その刃が通り抜けた場所を焼くようにしてダメージを与えている。

普段の魔法とは異なるし、それほど大きなダメージにはなるまい。そう考えて刃を構える。が――その直後、スプライトの姿は霧散して消え去っていた。

『レベルが上昇しました。ステータスポイントを割り振ってください』

『《刀》のスキルレベルが上昇しました』

『《斬魔の剣》のスキルレベルが上昇しました』

『《テイム》のスキルレベルが上昇しました』

どうやら、戦闘は終了らしい。小さく嘆息して刃を降ろして――再び、前方にスプライトが出現した。

ルミナ共々、咄嗟に刃を構えるが、直後に違和感に気づく。先ほどと容姿の変わらぬスプライトからは、しかし先ほどのような戦意を感じ取ることができなかったのだ。

どうやら、これ以上は戦闘の意思がないらしい。先ほどインフォもあったことだし、試練は終了ということだろうか。

その疑問は、響き渡った男の声によって解消されていた。

『――その望み、しかと見届けた。道筋を示そう、新たなる精霊よ』

先ほども聞こえた、精霊王の声。それと同時に、この黒い空間を照らすように、青白い光の球が空から舞い降りてきた。

ふわふわと舞うその光は、ルミナの目の前まで到達した所でその動きを停止する。

その正体はよく分からなかったが、どうやらこれが試練の結果であるようだ。

目の前に来た光の球へ、ルミナは恐る恐るといった様子で手を伸ばし――触れた瞬間、光はルミナの手の中へと吸い込まれるように消えていた。

そしてその直後、吸い込んだ光が溢れだすかのように、ルミナの姿が青白い光に包まれる。

「っ……これが進化か」

光に包まれたルミナは、徐々にその大きさを巨大化させていく。

その大きさは、俺の身長の半分程度になるまで膨れ上がると動きを止め、その後ゆっくりと 凋(しぼ) んでゆく。

収まった光の中から現れたのは――金色の髪を持つ、五歳程度の少女だった。

金髪碧眼は以前と変わらず、しかしその服装はドレスのようなものから、先ほどのスプライトと同じ白いワンピースへと変化している。

やはり手足は半透明で、空気に溶けるように揺らめいている。どうやら……ルミナは、スプライトへと進化したらしい。

『種族進化クエスト《 妖精郷(ティル・ナ・ノグ) への誘い》を達成しました』

進化が完了したことでクエストも完了した扱いになったのか、クエスト達成のインフォが流れる。

それと同時に、まるで時間が動き出したかのように、スプライトへと進化したルミナが動き出していた。

以前と同じような、天真爛漫な笑顔。見慣れた笑顔を浮かべたルミナは、以前と同じように俺の周囲を飛び回り――

「おとーさま!」

「……は?」

見た目相応の幼い声を上げたことで、俺は思わず目を丸くしていた。

いや、進化して妖精ではなくなったのだから、喋れるようになったことは不思議ではない。

例え妖精でもタイタニアのような上位種は喋っていたし、精霊が喋れても別段おかしくはないだろう、そういうものなのかと納得もできる。

けれど――

「……何でお父様なんだ?」

「……?」

俺の質問に対し、何を言っているのか分からない、といった表情で首を傾げるルミナ。

いやまあ、確かにルミナを育成していたことは間違いないのだが、それは父親というよりは師としてのことだ。

俺は父親なんて柄じゃないだろう。

「あー……ルミナ、俺は別に父親じゃないだろう?」

「……? おとーさまは、おとーさま、です!」

「し、師匠とかじゃなくてか?」

「おとーさまですっ!」

「……ほら、先生とか」

「……だめ、ですか?」

「ぐぬ……っ」

ルミナは悲しげな表情で、上目遣いに見つめてくる。

その様子を見ていると、まるで幼い子供を苛めているかのような錯覚に襲われてしまう。

正直、父親呼ばわりは勘弁してほしい所ではあったのだが――まあ、仕方ないか。

「はぁ……仕方ない、それでいいぞ」

「っ! はい、おとーさま!」

ルミナは嬉しそうに頷き――その直後、この黒い空間全体が、眩い光に包まれていた。

咄嗟にルミナを引き寄せて目を庇い、周囲の気配を探っていると、辺りの様相が変化したことに気づく。

目を開けば、そこに広がっていたのは、先ほどまで俺たちがいた妖精女王の玉座の間の光景だった。

どうやら、クエストをクリアしたことでここまで戻されたようだ。

変わらずに蓮花の玉座に座るタイタニアは、俺たちの姿を確認して嬉しそうに顔をほころばせる。

「おめでとうございます。無事、試練を乗り越えることができたようですね」

「どうも。思ったよりもあっさりと済んでしまって、少し拍子抜けではあるが」

「それだけ、ルミナが己の在り方を明確に定めていたからでしょう。どうか、今後もこの子の願いを忘れずに進むようにお願いします」

ルミナの望んだ在り方、か。あれだけ明確に示されたのだから、ルミナが何を望んでいるのかぐらいは想像がつく。

前から棒きれを振り回していたが、やはりルミナは俺と同じように剣を握りたいのだろう。

だからこそルミナは妖精であることを捨て、精霊としての道を歩み始めたのだ。

であれば、その願いを汲んでやらねばなるまい。

「ああ、肝に銘じておこう。やるからには本気でやる主義だ」

「ふふ、お願いしますね。そして、ルミナ」

「っ、はい!」

タイタニアは俺から視線を外してルミナへと向ける。

その瞳の中にあるのは、澄んだ湖の如き静謐さと――以前と変わらぬ慈愛の情だ。

淡く笑みを浮かべているタイタニアは、ルミナへと柔らかい声音で告げる。

「人と共に歩み、新たなる道を進み始めた精霊の子。貴方には最早、この妖精女王の加護はありません」

「……はい」

「けれど……貴方の故郷が、この 妖精郷(ティル・ナ・ノグ) であることは変わりません」

ルミナは、伏せかけた目を見開いて、タイタニアの姿を見上げる。

ステンドグラスの光を浴び、透き通った虹色の羽を広げる妖精たちの女王は、母親の如き優しき表情で、一人立ちした子供へと祝福の言葉を告げていた。

「さあ、行きなさい、ルミナ。志高き精霊の子よ。己の信ずる道を迷いなく進めば――その先に、貴方の望む未来がある筈です」

そしてそれと共に、周囲の景色がゆっくりと白み始める。

それが別れの合図であると理解し、ルミナは強く祈るように声を上げていた。

「いってきます、タイタニアさま!」

タイタニアは、最後に嬉しそうな笑顔を浮かべて――俺達の視界は、白い光に埋め尽くされていた。

その光量に耐えきれずに目を閉じ、ほんの一瞬。たったそれだけで、周囲には潮の香りが漂い始めていた。

目を開けば、目の前にあるのは白い祠。相変わらず閉ざされたままの扉の前で、俺とルミナは茫然と立ち尽くしていた。

「戻ってきた、か」

どうやら、これで種族進化クエストは完全に終了のようだ。

とりあえず、これでルミナの育成を再開することができるだろう。

ルミナはしばしの間、ぼーっと白い祠を見つめ続けていたが、やがて整理がついたのか、一度決意を止めたように頷く。

そしてそのままふわりと浮かび上がり、俺の顔の高さを飛び始めていた。

「とりあえずの目的は達成したが、どうするかね」

「おとーさま? 帰らないの?」

「……ふむ。そうだな、用事は果たしたわけだし、次は王都に戻るか」

とはいえ、そろそろいい時間だ。

王都から森を突っ切り、オークスの小屋を経て更には種族進化イベントだ。

今日は中々盛りだくさんな内容だった。

とりあえず、今日は港町の中に戻ってログアウトしておくとしよう。

* * * * *

翌日、やたら現状を聞いてくる明日香や、俺の調子がいいことを怪しんでいる師範代たちを適当にあしらいつつログインする。

相も変わらず人の多いフィーライアだったが、今日は昨日とは少々様子が異なっているように感じられた。

何やら、昨日よりもさらに慌ただしい様子だ。まあ、ゲームの中では時間が三倍の速さで進んでいるわけだから、ゲームの中では二日ぐらいは経っているのだろうが。

町の中では兵士たちが慌ただしく駆け回り、彼らに促されるように多くの住民が移動している。

この雰囲気は――

「……疎開、か?」

「おとーさま? どうしたの?」

「いや……そうだな。町の入口の辺りに行ってみるぞ」

「ん? うん!」

ふわりと浮かび上がったルミナは、俺の背中にへばりついておんぶのような体勢を取る。

まあ、ルミナは浮いているため、俺に重さがかかっているわけではないのだが。

正直見た目がシュールだから止めてほしいのだが、妖精だったころに好き勝手させていたことを考えると、今になって止めさせるというのも不義理な話だ。

とりあえずそのまま町の入口まで歩いていくと、外壁の外に無数の馬車が並んでいるのが見て取れた。

どうやら、想像通りの状況のようだ。

「おとーさま、あれなに?」

「あいつらは、この町から王都に避難しようとしている一般人だ。悪魔の襲撃のことは覚えてるな?」

「うん! おとーさまが全部やっつけるんでしょ?」

「そうできれば幸いだが、どれぐらいの数がいるかが分からんからな。まあそれはともかく……ああいった一般人からすれば、悪魔は脅威だ。だから、安全な所へ避難するんだよ」

「おうとは安全なの?」

「俺たちが護るんだ、安全に決まってるだろ?」

「あ、そっか!」

納得したように頷くルミナに苦笑しつつ、俺は並んでいる人々の方へと進んでゆく。

と――その時、疎開する住人たちを整理していた兵士の一人が、こちらの姿に気が付いていた。

彼は一度ぎょっとしたような視線をルミナに向けたが、気を取り直したのか、改めて俺の方へと視線を向けてこちらへと駆けよってくる。

何か厄介事の気配がするが、兵士から逃げるというのも外面が悪い。俺は嘆息して、彼が接近してくるのを待ち構えていた。

「なあ、そこのあんた! 異邦人だろう!?」

「ああ、その通りだが……何か用か?」

「依頼をしたい! 護送隊の護衛任務だ!」

兵士の言葉を聞き、俺は並んでいる馬車へと視線を向ける。

規格の統一されていない、とにかくかき集めてきたと思われる馬車たちだ。

どうやら、形振り構わなくなるほど急いでいるらしい。

まあ、悪魔の襲撃まであまり時間があるとは言えないし、判断は間違ってはいないだろう。

だが、どうやら手が足りていないようだ。

「ふむ……報酬は?」

「え?」

「だから、報酬だ。流石に、依頼という体を取るならそれは無いと困るぞ?」

どの道王都には戻るわけだから、協力するのはやぶさかではない。

だが、それだけ多くの護送を行うのであれば、多くのプレイヤーを釣るための餌が必要だ。

割のいい仕事であるならば、プレイヤーもどんどん集まって、護送は効率よく進むことだろう。

その辺りを簡単に説明してやれば、兵士は驚いた様子でしばし言葉を失い、その後再起動を果たすと相談すると言い残して仲間たちの方へと走っていった。

その様子をしばし眺めていると、兵士たちの中から上役らしい立派な鎧を纏った男が進み出てきた。

どうやら、その辺りの裁量権を持っている人間らしい。

「私はカインズという。先ほどの話、聞かせて貰った」

「俺はクオン、こっちは――」

「ルミナです! せいれーです!」

「……まあ、そういうことなんだが、話はどうなった?」

「あ、ああ……とりあえず、報酬は成功報酬としたい。護衛状況にもよるが、最大で10万を出そう。それと、道中で出てきた魔物の素材は全てそちらで回収して貰って構わない」

その言葉に、俺は僅かに視線を細める。

値段そのものは申し分ない。だが、減点方式というのは中々難しい話だ。

だがまあ、上手い手ではあるとは思う。報酬が欲しいなら護衛は頑張らざるを得ないし、兵士たちの方は多少なりとも報酬金を節約できるのだから。

「ふむ……まあ、いいだろう。その条件で引き受けよう」

「そうか、助かる。後、できれば――」

「他の異邦人に呼びかけてほしいんだろう? そのぐらいなら構わんさ」

「よろしく頼む。時間との勝負なんだ」

どうやら、中々に切羽詰まっているようだ。

悪魔の襲撃までは、そう時間の余裕があるわけではない。

連中の思い通りにさせないためにも、この依頼はしっかりとこなすこととしよう。

「それじゃあ、詳しい配置について詰めていこう。よろしく頼む」

「ああ、任せてくれ」

『クエスト《馬車隊の護衛》を開始します』

カインズの言葉に頷き、兵士たちと合流する。

ちょいと予想外ではあったが、このクエストついでに王都に戻ることとしよう。