軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

045:進化の試練

妖精女王(フェアリークイーン) タイタニア――他の妖精たちとは一線を画する、人間に近い姿をした妖精。

背中には他の妖精たちと同じように羽が生えているのだが、それ以外の要素についてはほぼ人間と変わらない。

僅かに、 森人族(エルフ) と同じように耳が尖っている、といった程度か。

羽と耳さえ除いてしまえば、見た目は十代半ばほどの少女のような見た目をしている。

他の妖精たちが人形のような大きさであることを考えれば、それがどれほど特異なことであるかは想像がつく。

その大層な肩書は、決して伊達であるとは思えなかった。

「お招きいただき感謝する――と言った方がいいかな?」

「ふふ。確かに貴方をこの城に招き入れたのはわたくしですが……この 妖精郷(ティル・ナ・ノグ) に招き入れたのは、他でもないその子ですよ」

そう言ってタイタニアが示したのは、俺の傍らで飛んでいるルミナだった。

元気印のこのちびっ子も、流石に女王を前にしてまで遊んでいられないのか、神妙な表情で大人しくしている。

「ルミナが俺をここに? まあ確かに、あの祠まで案内してくれたのはこいつだったが」

「ええ。随分と気に入られたようですね、人の子よ。わたくしとしても、その子を大切にしていただけるのは嬉しいことです」

「……監視でもしていたのか?」

妖精たちの女王、となれば配下もそれなりにいるだろう。

気配が希薄な妖精たちの監視となると、流石に俺でも気付けるかどうか難しい所だ。

しかし、そんな俺の疑念に対し、タイタニアはくすくすと笑いながら首を横に振っていた。

「いいえ、その子が貴方を招き入れた、それだけで分かりますとも」

「何故だ? 妖精が進化するには、この領域に足を踏み入れる必要があるんだろう?」

「それは正解でもあるし、間違いでもあります。フェアリーの進化には、必ずしもここに来る必要はないのですよ」

その言葉に、俺は眉根を寄せていた。

システムメッセージでは、確かに進化にはこのクエストをこなす必要があると記載されていたのだ。

この場所以外でも進化ができるのであれば、あの表示は何だったというのか。

そんな俺の疑問を読み取ったのだろう。薄く笑みを浮かべたタイタニアは話を続けていた。

「フェアリーの順当な進化は、おおよそハイフェアリーとなります。そういった進化であれば、この場所に来る必要はないのです。しかし、その子は――ルミナは、異なる進化を望んだ」

「異なる、進化だと?」

「ええ。通常の進化と比べて、優劣があるというわけではありません。しかし、通常とは異なる可能性を提示することができる。貴方の役に立ちたいからこそ、ルミナはその可能性を望んだのです」

タイタニアの話を聞き、俺はちらりとルミナの方へ視線を向ける。

この小さな妖精は、女王の言葉を聞きながら、真っ直ぐと視線を逸らさずに彼女のことを見つめ続けていた。

普段の幼さを感じ取れない、覚悟の込められた視線。それを理解して、俺は口元に小さく笑みを浮かべていた。

成程、女王陛下のお言葉は、確かに事実であったようだ。

「……承知した。ルミナが望むのであれば、それでいいだろう。だが、どのような進化があるんだ?」

「一つは、妖精種としての異なる成長です。フェアリーは攻撃魔法に特化していますが、他に補助や生産活動に特化した妖精もいます」

成程、と小さく頷く。

より補助系に特化した方向へと進化するということか。恐らく、家事の手伝いをすると言われるような妖精たちのことを言っているのだろう。

確か、シルキーとか、ブラウニーとか、そんな感じの名前だったか。

だが、ルミナがこれを望むとは思えない。並々ならぬ熱意で剣を振ろうとしていたルミナが、後ろに下がるような選択肢を選ぶとは思えなかった。

当のルミナ本人も首を横に振っているし、これは望む方向性とは異なるのだろう。

タイタニアもそれを理解しているのか、苦笑と共にもう一つの選択肢を提示してきた。

「そしてもう一つですが……精霊種へと進化することです」

「精霊? 妖精ではなく、か?」

「ええ。我々妖精種は、広義的には精霊種の一種族です。ですから、精霊への進化も一応は可能なのですよ」

「一応というと?」

「精霊種になるということは、妖精種の己と立場を捨てるということです。当然、わたくしの庇護下からも外れることになります。これまでの全てを捨てて精霊になる者は、殆どおりません」

確かに、ルミナには《妖精女王の眷族》という称号があった。今までは、この妖精女王に護られる立場だったということだろう。

だが、精霊種になれば、その立場を失う。妖精ではなくなるのだから、それは仕方のないことかもしれないが――今までの全てを捨て去ることは、紛れもない恐怖があるはずだ。

しかし――

「……ルミナ」

「やはり貴方は、それを望むのですね」

進化しようとする当の本人は、タイタニアの言葉に対し、真っ直ぐと彼女を見上げながら頷いていた。

ステンドグラスから差し込む光に照らされ、ちらちらと舞う燐光を身に纏う妖精は、己をこれまで守護してきた女王の瞳を、視線を逸らすことなく見つめていたのだ。

その視線に込められているのは、揺らぐことのない感謝と敬愛――そして、一人立ちしようとする決意と覚悟があった。

タイタニアはその視線を受けて、寂しげに――同時に、嬉しそうに笑う。

「貴方の決意を祝福しましょう、ルミナ。しかし、精霊への進化は容易いことではありません」

「何か条件があるのか?」

「精霊となるためには、精霊王様に眷族として認められる必要があります。そのためには、精霊王様の試練を受ける必要があるのです」

「試練、ね」

まあ、そういったパターンがあることは想定していたし、驚くことではない。

問題は、それがどのような試練であるかということだ。

ルミナはレベル上限であるし、クリアできない難易度ということはないだろう。だが、ルミナだけに試練を受けさせることには不安がある。

「その試練とやらは、俺も一緒に受けることは可能なのか?」

「ええ。試されるのはルミナ自身の答えです。ルミナが貴方と共に在ることを願った以上、その答えは貴方の傍にありましょう」

「承知した。ルミナ、そういうことだ……構わないな?」

「――――!」

俺の言葉に、ルミナは力強く頷いて答える。

相変わらず、元気なようで何よりだ。特に気負いすぎている様子もないし、いつもどおりに動けるだろう。

そんな俺たちの姿に、タイタニアはくすくすと小さく笑い、前方へと向けてその腕を振るっていた。

瞬間、彼女の手より放たれた光が俺たちの前で収束し――そこに、古めかしい扉が出現する。

「そこに入れば、試練が開始されます。どうか、ご武運を」

その言葉を聞いて目礼し、俺たちは扉の方へと視線を戻す。

ルミナの方は――どうやら、とっくの昔に覚悟はできているらしい。

その思い切りの良さは誰譲りなのか、と苦笑を零しつつも、俺は扉の取っ手へと手をかけていた。

逡巡はなく、俺たちは勢い良く扉を押しあけて、その内部へと足を踏み入れる。

その先は――遥か彼方まで、黒く染まった謎の空間だった。

「これは……っ!?」

「――――!?」

光源など見えないのに、何故か周囲の状況を把握できる黒い空間。

その不可思議な光景に目を取られた瞬間、背後でバタンと大きな音が響いていた。

どうやら、入ってきた扉が独りでに閉まったようだ。

振り返った時にはすでに扉の姿はなく、黒い空間に溶けてしまったかのように消え失せてしまっている。

どうやら、後戻りはできないようだ――尤も、そんなことをするつもりもないが。

再び視線を前方へと戻し、太刀の鯉口を切りながらも思案する。果たして、ここで何が起こるのか――そう考えた、刹那。

『――幼子よ、望む姿を示せ』

唐突に響いた声に、俺は背筋が粟立つ感覚を覚えていた。

発生源の分からない、男性の声。低く響くその声は、思わず 首(こうべ) を垂れそうになるほどの重圧が込められていた。

それは正しく王の言葉。それが精霊王とやらの声であると、俺は直感的に確信していた。

そしてその直後、黒い空間に変化が現れる。俺たちの前方に、白く揺らめく人影が出現したからだ。

■スプライト

種別:精霊

レベル:20

状態:正常

属性:なし

戦闘位置:空中

見た目は、白いワンピースを纏った女性のようにも見受けられる。

だが、その手足の先は半透明で、揺れるスカートの裾も空気に溶けるように薄らいでいる。

その幻想的な姿は、確かに精霊と呼ぶに相応しいものだろう。

それを前にして、俺とルミナは確かに笑みを浮かべていた。

「さあ、行くぞルミナ!」

「――――っ!」

太刀を抜き放ち、地を蹴る。

それと同時に、スプライトはその半透明な腕を上げ、こちらへと向けていた。

彼女の掌に現れるのは、ルミナのものよりも眩く輝く光の球――

「《斬魔の剣》!」

放たれた光の球を、《斬魔の剣》で斬り裂いて消滅させる。

結構な速度だ。魔法の腕に関しては、ルミナよりも上なのだろう。

スプライトは床の上を滑るように後方へと移動しながら、こちらへ向けて次々と魔法を放っていた。

《斬魔の剣》があるし、相手の魔法も反応しきれないようなレベルではない。おかげで致命的なダメージは負っていないが、中々距離も詰められない。

そんな俺の横から回り込むようにしてスプライトへと接近していったのは、全身に光を纏いながら突撃するルミナだった。

(あいつ、いつもとは動きが違う――いや、それがあいつの示したい姿か)

であれば、あいつのやりたいようにやらせてやるべきだ。

スプライトは左手を持ち上げ、俺にやっているのと同じようにルミナへと向けて光弾を放つ。

的が小さいためかひょいひょいと回避できてはいるが、それでも俺と同じように距離を詰め切れないでいるようだ。

これはルミナのための試練――であるならば、ルミナのやりたいようにやらせてやるべきだろう。

小さく笑みを浮かべ、俺は意識を集中させる。その先鋭化した感覚の中、俺は一歩前へと踏み出していた。

「《斬魔の剣》……《斬魔の剣》ッ!」

「――――っ!?」

スプライトは驚いた様子で、こちらの方へと意識を向けてくる。

それでもルミナに対する攻撃を完全に止めたわけではないのは大したものだが、それでも幾分か注意力は散漫になっている。

今ならば、ルミナは接近できるだろう、そんな俺の期待通り、纏った光を盾に変えたルミナは、そのままスプライトへと向かって突撃していた。

スプライトは散発的に魔法を放つが、ルミナは光の盾で攻撃を逸らしながら肉薄し――爆発する強烈な光を放つ。

その光に押されてスプライトは体勢を崩し、こちらに対する攻撃魔法が途切れる。

歩法――縮地。

その刹那、俺はスプライトに肉薄していた。

脇構えから放つ一閃は抜き胴。その半透明の体を斬り裂けば、水でも斬りつけたような不思議な感触を手に伝えていた。

独特な感触であったが、とりあえずダメージは与えられているらしい。

ダメージを受けたことで完全にこちらへ注意が向いたのか、スプライトはその手をこちらへと向ける。

あまり痛痒を受けた様子は見られないが、斬った脇腹からは光の粒子が散っている。一応、ダメージは受けているらしい。

スプライトは、こちらへと両手を広げ、その間に眩い光芒を発現させる。そこから放たれるのは、太い光の砲撃だ。

「――《斬魔の剣》」

黒い空間を斬り裂くように迫る光の砲撃。直撃すれば、為す術なく吹き飛ばされることだろう。

とはいえ、来ると分かっている攻撃の対処などさして難しくもない。迫る砲撃は、《斬魔の剣》を使って真っ二つに斬り裂いていた。

そんな俺の視界に、スプライトのものとは異なる、眩い光が目に入る。

その姿に、俺はにやりと笑みを浮かべていた。

「やっちまえ、ルミナ」

スプライトの後方上空、宙に浮かんだルミナは、その手に光を束ねて構えていた。

普段の球状とは異なり、細く長く、真っ直ぐと伸びる白い光。

ルミナの身長を遥かに超えるその長さは――紛れもなく、俺が普段使っている太刀と同じ長さだった。

束ねた光を構えたルミナは、まるで飛び降りるかのようにスプライトの頭上へと向けて突撃する。

それに合わせて、魔法を斬り裂いた俺はスプライトの前へと出ていた。

切っ先を揺らし、視線を集めるようにしながら構え――

「――――ッ!!」

――こちらに意識を向けていたスプライトの頭に、ルミナの作った光の太刀が、狙い違わず突き刺さっていた。