軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

044:妖精郷へ

港町フィーライア。アルファシア王国最大の港町であり、漁港と軍港の両方を兼ね備えた大規模な港となっている。

当然ながら人の出入りも多く、そんじょそこらの漁港にはない規模の人々が行き来している。

とはいえ、いるのは全て現地人だ。まだプレイヤーはこの町までは辿り着いていないらしい。

他のプレイヤーたちは現状どのように動いているのか……まあ、緋真やエレノア辺りに聞けば分かるだろうが。

俺は到着後、少し腹が減っていたこともあり、浜焼き屋台のテラス席で購入した魚や貝、エビなどを平らげていた。

「流石は本場、新鮮だと違うな」

あまり旅行に行ったこともないし、こういったその場で食べるような経験はない。

まあ、海外に行った経験そのものはあるのだが、あれは旅行ではなかったしな。

ゲームの中というのは少々残念ではあるが、それでも疑似的な旅行を楽しめるのは大きなメリットだと言えた。

食べ物についても現実世界とまるで遜色ないからな。しかも、こちらではいくら食べても現実での体作りを気にする必要がない。

その点だけでも、このゲームを始めた甲斐があったというものだろう。

胸中で緋真への感謝を捧げつつ、浜焼きを片付けた俺は皿を店員へと渡して街の中を歩きだす。

ちなみに、ルミナは海産物にはあまり興味が無いらしい。ルミナの主食はフルーツ類であり、肉や魚は食べようとしないのだ。

これは好き嫌い云々というより、そういう生態なのだろう。

(勿体ないことだな。進化したら食えるようにならんかね)

食事を楽しめる幅が狭いというのは、人生の損失だと言っていい。

この世界を旅することができるなら、もっと色々な物を食べられるようになった方が楽しいだろう。

まあ、進化の方向がどうなるかなど、俺にはまるで想像もつかないことであるのだが。

「んで、ルミナ。方向はこっちで合ってるのか?」

「――――!」

俺の問いかけに対し、自信満々に頷いたルミナは、変わらずに方角を指さし続ける。

方角だけを見ると、港から少し離れた辺りの位置を示しているようだが……流石に海まで行かれると困る。

今の俺には海に出る手段はないし、漁船を借りることができるのかどうかも不明だ。

できれば海には出ないでほしいと胸中で祈りつつ、俺は港へと続く道を進む。

相変わらず人気の多い街並みではある、が――

(……兵士たちの様子が慌ただしいな)

町の片隅では、慌ただしく走り回っている兵士たちの姿が見て取れる。

彼らの表情は一様に深刻だ。かなり重要な案件で急いでいるのは間違いないだろう。

まあ、心当たりは一つしかないわけだが。

(悪魔共の話が伝わってきているか。さすがに、対処しないわけにはいかんだろうしな)

この町は軍港も兼ねている。当然、それに合わせて国の兵力もそれなりの数が割り振られているようだ。

防衛に際する戦力という観点においては、ファウスカッツェやリブルムよりも安心できるだろう。

だが、この町にはそれ以上に、町の規模に比して多くの民間人が住んでいる。

兵力が集まっていると言っても、民間人全てを護り切るには手が足りないだろう。

どのようにして民間人を護るのか、その方法を考える必要がある筈だ。

「……まあ、あの爺さんもいるし、民間人さえ何とかできればどうにかなるだろ」

「――――?」

「いや、何でもない。先を急ぐとするか」

首を傾げるルミナに苦笑を返しつつ、先へと進む。

すっかり港も近くなり、潮の香りと魚の生臭い匂いが混じり合う水揚げ場の近くまで足を進める。

と――その時、ルミナがきょろきょろと周りを見渡し、しばらく悩んだ後、再びある方向へとその指先を向けていた。

ただし、先ほどとは若干異なる方向だ。これは――

「ひょっとして、目的地が近いのか?」

「――――!」

俺の問いに、ルミナは首肯する。

どうやら、 妖精郷(ティル・ナ・ノグ) とやらは随分と近づいてきていたらしい。

それにこの方向ならば、海に突っ込むこともなく済みそうだ。

ひとまず安心して、ルミナの示す方向へと再び進み始める。

どうやら、漁港の横合いにある岬の方向を示しているらしい。

「ほう……あれか?」

じっと目を凝らせば、ルミナの示す岬の先に、石造りの小さな建物が見えている。

どうやら、あれが目的地であるらしい。妖精らしさとは結びつかない寂れた建物であるが……まあ、ルミナが言っているのなら間違いはないだろう。

周囲に人影はない。それでも一応は警戒しながらゆっくりと接近していく。

ある程度距離が近づいてくれば、その建物の全容も把握できるようになっていた。

「これは……祠、か」

それは、白い石造りの小さな祠だった。

扉は閉じていて、中に何があるのかは分からないが、茶色い岸壁の上にあるせいか少々場違いなようにも思えてしまう。

だが、まるで人気のない神社を前にしたかのようなこの感覚。ここが神聖な場所であることは、この気配だけで理解できた。

しかし――

「……入っていいのか?」

ルミナが指さしているのは、確かにこの建物だ。

扉には鍵穴らしきものはないし、別段閉まっているわけではないだろう。

だが、ここに許可なく入っていいのかどうかが分からなかったのだ。

まあ、ここを誰が管理しているのかどうかも分からないわけだが――とりあえず、開いているのかどうかぐらいは確認しておいてもいいだろう。

そう考えて、扉に手をかけた――その、刹那。

「――ッ!?」

感じた違和感に、俺は反射的に後方へと跳躍し――着地するよりも先に、扉から漏れ出た光が俺の周囲を白く塗り潰していた。

その眩い光に咄嗟に目を庇いながら着地して、俺は違和感に気づく。

――足元が、硬い岩場の地面ではなくなっていたのだ。

周囲の匂いも、潮の香りから深い木々の匂いへと変化し、潮騒の音は木々のざわめきへと入れ替わる。

『種族進化クエスト《 妖精郷(ティル・ナ・ノグ) への誘い》を開始します』

――周囲は、いつの間にか木々の生い茂る森へと変化していた。

木の種類は分からない。見たこともないような大木ばかりだ。

しかも、その周りには色とりどりの淡い光が揺れている。

空を見上げれば、青空ではあるのだが、薄らと虹色の光に包まれて景色が歪んでいるようにも見えた。

見たこともないような、幻想的な風景。俺は、アナウンス音声をかけられたことにも気付かず、茫然と周囲の景色を眺めていた。

と――

「――――っ!」

「あ、おい、ルミナ!?」

歓声を上げるかのように顔を輝かせたルミナが、俺の傍から飛び立って森の奥へと進んでいく。

慌ててその背中を追いかけると、巨木の森はすぐに途絶え――目の前には、澄んだ湖が広がっていた。

水底が見えるほどの澄んだ湖。その岸の前で立ち止まったルミナは、俺を手招きするようにしながら湖の中心を指さしていた。

だが、その導きが無くても、俺はとっくの昔にその先を見つめている。

何故なら――そこには、湖の中央の島に建つ、白亜の城の存在があったからだ。

「……あそこが、目的地なのか?」

「――――♪」

幻想的な空間に存在する、御伽話の城。

一体俺はいつ絵本の中に迷い込んだのかと、思わず苦笑を零してしまっていた。

そこまできて、ようやっと冷静さが戻ってきたか、俺は一度嘆息して呼吸を整える。

あまりにも予想外の事態の連続に、思わず動揺してしまっていたようだ。

「ふぅ……さて、あそこが目的地なら、何とか湖を渡らにゃならんな。しかし、船なんぞ無いだろうし」

この空間の中では、人工物らしい人工物はあの城しか見当たらない。

これでは船を探しても見つかる可能性は低いだろう。

泳いでいくことは可能だろうが、流石に何が住んでいるかも分からない水の中を進むことは避けたい。

どうしたものかと眉根を寄せた、その瞬間。

『――案ずることはありません、人の子よ』

「っ!?」

唐突に声が響くと同時、俺の目の前の湖面に変化が生じる。

突如として、水中から何かがせり上がってきたのだ。

水を持ち上げながら姿を現したのは――巨大な、蓮の葉だった。

ただし、直径は5メートル近くあり、それが自然界に存在するものではないことが容易に知れる。

『貴方を我が城に招き入れましょう。おいでなさい』

「……承知した」

声をかけてきたのは、どうやらあの城の主とやらであるらしい。

それが何者なのかは知らないが、どうにも人知の及ばぬ怪物に近い存在であるようだ。

一瞬罠の可能性も考えたが、警戒したところでできることは何もない。

油断はしないようにしながらも、俺はひょいと蓮の葉の上に跳び乗っていた。

「お? おお……意外と安定感あるな」

もっと揺れたり足が沈んだりするかと思ったのだが、蓮の葉は足に柔らかい感触を伝えるだけで、意外としっかりした足場となっていた。

俺が蓮の葉の中心に立ち、ルミナが俺の肩の上に座ると、蓮の葉は独りでに移動を開始する。

これはまた、随分とメルヘンチックな移動方法だ。俺には似合わないだろうと苦笑していると、ふと周囲から視線を感じていた。

もしや声の主かとその視線の方を確認して――俺は、思わず笑みを零す。

「ほらルミナ、お仲間だぞ?」

「――――!」

俺の示した方向を見上げて、ルミナが楽しそうに腕を振り上げる。

その先には、何匹もの妖精が空を飛んでいる姿があったのだ。

妖精たちは、蓮の葉に乗っている俺たちの姿を見つめ、何やら遠巻きに話し合っているらしい。

しばしそうして話し合っていたかと思えば、妖精たちは意を決したようにこちらへと飛んできて、俺たちの周りを回転し始める。

どうやら、俺たちのことを観察しているようだ。

「――――」

「――――?」

「――――!」

「――――っ」

「――――!?」

まあ、相変わらず妖精たちの声は聞こえないのだが、特に敵意らしいものは感じられない。

それどころか、だんだんと楽しそうな笑顔を浮かべ始め、俺のことをぺたぺたと触っては逃げるように距離を置くという遊びを繰り返していた。

どちらかというと俺で遊んでいるような様子ではあったが、まあ別に攻撃を受けているわけでもないし、構わないだろう。

そんな妖精たちの様子を眺めているうちに、白亜の城は徐々に近づき――俺たちが島に到着すると同時に、妖精たちは飛び去っていった。

空中で振り返って手を振っている様子に苦笑し、ルミナ共々手を振り返しながら、俺たちは城のある島へと上陸する。

「到着だな。妖精たちの城、ってわけか」

「――――?」

「ああ、さっきの声の主の顔を拝みに行くとしよう」

首を傾げるルミナに頷き、俺は門の開け放たれた城の中へと足を踏み入れる。

城の中はあまり豪奢というわけではないのだが、所々が蔦に覆われており、不思議な雰囲気を醸し出していた。

生き物の姿は見かけないのだが、気配だけはそこらじゅうに存在している。

どうやら、妖精たちが姿を隠しているようだ。

だがまあ、敵対的な気配は感じないし、放っておいても問題はないだろう。

そう判断して、俺は城の中をまっすぐ直進する。あの声の主が俺の想像した通りの存在であれば、真正面で堂々と待ち構えていることだろう。

「……この先か」

一際大きな気配が、徐々に近づいてきている。

予想通り、門から入って真正面。迷うことなく辿り着ける、玉座の間。

ステンドグラスから入り込む色とりどりの光に照らされた空間は、中央の道以外が植物に覆われ、色とりどりの花が咲き誇っていた。

そして、その最奥にある石段の上、巨大な蓮の花の上に座るのは、黄金の髪を流した一人の少女。

透き通る湖のような蒼い瞳を細め、形のいい唇に笑みを浮かべた彼女は、楽しそうに声をあげていた。

「ようこそ、我ら妖精の友よ。わたくしは 妖精女王(フェアリークイーン) タイタニア。この 妖精郷(ティル・ナ・ノグ) を統べる者です」

妖精たちの女王、タイタニア。そう名乗った少女ほどの大きさの妖精は、驚き目を見開く俺の姿を見つめて、楽しそうに顔を綻ばせていた。