軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

043:剣聖との約束

「く、くく」

「何だ。随分と嬉しそうだな、若いの」

「無論、嬉しいとも。本気で戦って負けた相手がいる。これほど嬉しいことはあるまい」

「はははっ! 根っからの剣士だな、お前は」

今の道場の中には、俺が本気で戦わなければならないような相手はいない。

あのクソジジイがいない以上、俺を凌駕するほどの剣士と戦う機会は得られなかった。

停滞を感じていたわけではないが――それでも、あのジジイを倒そうと積み重ねてきた年月よりは、遅々とした歩みであっただろう。

だからこそ、嬉しいのだ。戦って負けるということは、まだ目指すべき頂があるということ。

俺は未だ未熟。その事実を再認識するからこそ、より強く前に進むことができるのだ。

「流石に、ステータスの差で負けるというのは少々不本意ではあるが……それも含めて、この世界ということだろう。であれば、強くなってもう一度戦えばいいさ」

「成程、強くなってから戻ってくるつもりか」

「無論。貴方との戦いをこの一度きりにするなど、勿体ないにもほどがある」

境地にある剣をそのまま己に取り込むことは不可能だ。

何しろ、それは久遠神通流の理念とは異なる境地。取り込めば、己の剣を崩すことになるだろう。

だが、何も参考にならないというわけではない。より己を自然の中へと取り込ませる術理は、久遠神通流の理念にも通じるものだ。

容易いことではないだろうが、挑戦するだけの価値はあるはずだ。

「いい勉強になった。貴方とはまた立ち合いたい」

「ならば、もっと強くなってくることだな。次は三魔剣も含めて相手をしてやろう」

「成程、それは恐ろしいな」

俺が使っているのは、あくまでも三魔剣の原型となるスキルだ。

それを昇華させた《練命剣》などのスキル――三魔剣の開祖こそ、このオークスという老人である。

その練度はまず間違いなく高い。原型スキルを使っているだけの俺では太刀打ちできないだろう。

純粋な剣の腕でも及んでいない以上、スキルで差がつけば敗北は必至だ。

そんな俺の内心を読み取ったのか、オークスはにやりと口元を笑みに歪めていた。

「先へと進みたいならば、《生命力操作》と《魔力操作》を極めることだ」

「何?」

「そうすれば、ワシが三魔剣を授けてやろう」

「……随分とサービスがいいな。そこまで教えて良かったのか?」

「ワシの肝を冷やしてみせたことへの報酬だ。ここに来る口実にもなろう」

その言葉に、俺は小さく苦笑する。

どうやら、彼も俺との再戦を望んでくれているようだ。

であれば、俺もその期待に応えねばなるまい。

次に訪ねる時には、《生命力操作》と《魔力操作》のレベルを上げていくとしよう。

その決意を固め、俺はオークスに対して頭を下げる。

「……いい鍛錬になった。必ず、この場所に戻ってこよう」

「この老骨にはまたとない娯楽だ。楽しみにしている」

その言葉に小さく笑い、俺はルミナを呼び寄せて踵を返す。

地図を開き、目指す先は西の港町――そう考えた所で、俺は足を止めていた。

脳裏に浮かんだのは、一つの懸念事項。これから先起こる、悪魔の侵攻だ。

彼ならば、ただの悪魔程度に後れを取ることはないだろう。

だが、この国の人間全てが、彼のように強いわけではないのだ。

そこまで考え、俺は背を向けたままオークスへと声をかけていた。

「一つ、頼みたいことがある」

「……ほう? この老骨に、一体何を頼みたいと?」

「近く、悪魔による侵攻が起こる。この国を……いや、この世界全体を攻撃するために」

僅かに、息を飲む音が耳に届く。

やはり、この男にとっても、悪魔は不倶戴天の敵なのだろう。

この男は、かつてこの国に仕えていた剣士だ。

自らの力不足を嘆いて隠居したと言えども――国に対する想いは、変わらず抱いている筈だ。

「……ワシに何をさせようとしている、若造」

「俺が貴方に頼みたいのは、港町を守護して貰うことだ」

「王都ではなくか?」

「ああ。王都は俺たちが死守する。寄ってくる悪魔は、この俺が悉く斬って捨てる」

これは決意であり、宣誓だ。久遠神通流の神髄を以って、相対する悪魔を斬り捨てる。

心の底から殺意を持って戦うのは久しぶりだ。

あのクソジジイに放り込まれた戦場で、並びながら『敵』をひたすら斬り捨てていた、あの時と同じ感覚。

明確な理由はないが、俺は本能的に、あの悪魔たちに強い敵意を抱いていた。

自覚はしたが、それに逆らうつもりもない。俺は俺自身の殺意で、悪魔を殺す。

「故に、後顧の憂いを断ってほしい――それが、俺の願いだ」

「……そうか」

小さく、笑う声が耳に届く。

それは苦笑するような声音で――次の瞬間、オークスの剣気は爆発的に膨れ上がっていた。

背筋が粟立つような感覚の中、鉄の如き響きを持って、老いた剣士の決意が発せられる。

「いいだろう。西の悪魔はワシに任せておくがいい――一匹たりとも逃しはせぬ」

「……感謝する」

「何、ワシにも思惑あってのことだ。お前は存分に、仇敵を斬ってくれば良い」

オークスの声の中には、確かな憎悪が感じ取れる。

それが果たしてどのような由来であるのかは、俺には分からない。

けれど、その怒りが本物である以上、彼が約束を違えることはないだろう。

「――王都のことを、陛下のことを、任せるぞ」

「必ずや、期待に応えてみせよう」

その言葉に、互いの決意を交わして。

俺は、剣聖の住まう小屋を後にしていた。

* * * * *

『剣聖の小屋』を出て、しばし北西へと進む。マップは常に表示したまま、港町へとまっすぐ進む方向だ。

出てくる魔物は相も変わらずトカゲばかりであったが、その様相は若干ながら変化していた。

「《生命の剣》」

「シャアアアッ」

少し湿気を感じる森の中、木々の間を縫うようにして接近してきたのは、二足歩行で駆けよってくるトカゲ。

だが、その姿はカバーリザードとは違い、手足も長く、人に近い形をしている。

更には簡単な武器や防具を装備しており、それを器用に操っていた。

■リザードマン

種別:魔物

レベル:16

状態:正常

属性:なし

戦闘位置:地上・水中

見た目通りの、 トカゲ人間(リザードマン) 。曲刀を装備し、こちらへと斬りかかってくる二体の魔物に対して、俺は僅かに片方へと踏み出すふりを見せながら、もう片方の相手へと肉薄していた。

単純なフェイントであるが、その僅かな揺らぎに視線を動かしたことは確認している。

相手の予想とは異なる方向へと移動しながら放った剣閃は、こちらに接近してきていた二体の内の一体の首を確実に斬り落としていた。

鱗があって少々硬いが、《生命の剣》があれば十分に斬ることが可能だ。

「――――ッ!」

「シャアッ!?」

もう一体のリザードマンからは、俺の姿が揺らいだかと思ったら、突然相方の目の前にいたように見えたことだろう。

そんな動揺に身を硬直させたリザードマンへ、空中からルミナの魔法が降り注ぐ。

次々と放たれる光の矢は、リザードマンの持つ緑の鱗も貫き、確実にダメージを与えていた。

当然ながらその動きは止まり――そこに、俺の放った刃がリザードマンの喉を貫いていた。

《死点撃ち》の効果があるため、弱点部位へのダメージは高い。それでも一撃で殺し切れはしなかったが、刃を捻ってやればリザードマンのHPは消滅していた。

『《死点撃ち》のスキルレベルが上昇しました』

『《生命の剣》のスキルレベルが上昇しました』

『《テイム》のスキルレベルが上昇しました』

『テイムモンスター《ルミナ》のレベルが上昇しました』

「ふむ……中々面白い相手だったな」

個々の実力はそうでもないのだが、リザードマンたちは息の合った連携でこちらを攻撃してくる。

恐らくは集団戦を得意としている魔物なのだろう。この連携力で対応されると、中々難しい戦いを強いられることになる。

何だかんだで、数の力というものは強力だ。今回は二体だったから大したことはなかったが、これが五体になったらそこそこ苦戦することになるかもしれない。

まあ、対集団は久遠神通流の得意分野ではあるし、どうとでもなるとは思うが。

と――その時、耳に届いた音声に、俺は思わず目を見開いていた。

『テイムモンスター《ルミナ》がレベル上限に達しました。《フェアリー》の種族進化に、特殊条件が発生しています』

『《フェアリー》の種族進化クエスト、《 妖精郷(ティル・ナ・ノグ) への誘い》の開始条件を達成しました。特定エリアにおいてクエストの参加が可能です』

「……何だと?」

唐突に、畳み掛けるように伝えられた新たな情報に、しばし呆然と硬直する。

今聞いた話を鵜呑みにするならば――ルミナは今のレベルアップで成長上限に達していて、種族進化とやらが可能になったと。

しかしフェアリーを種族進化させる場合、何かしらのクエストをこなす必要がある、ということになるのだろうか。

正直なところ、よく分からんとしか言いようがない。だが、成長上限と言われている以上、今のまま戦ってもルミナは強くなれないのだろう。

であれば、このクエストはさっさと達成せねばなるまい。そう判断して、俺はルミナに問いかけていた。

「……ルミナ、お前進化できるらしいんだが、どこに行けば進化できるんだ?」

「――――? ……!」

俺の言葉に首を傾げたルミナは、しばしの間悩んだような表情でその場を飛び回り――ふと気づいたように顔を上げると、ある方向を指さしていた。

地図でその方角を確認してみれば、どうやら方角自体は今の目的地、つまり港町の方向と一緒になるようだ。

となれば、とりあえずは今の目標通り、港町を目指せばいいということだろう。

「とりあえず目的地が変わらずに済んだのは運が良かったが……進化って、どうなるんだろうな?」

「――――?」

俺の疑問がよく分かっていないのか、ルミナはあっけらかんとした表情で首を傾げている。

まあ、本人が気にしていないのであれば、俺がどうこう言うような話でもないか。

何にせよ、強くなるというのであれば大歓迎だ。やれることの幅が広がれば、その分可能性も広がるだろう。

ひょっとしたら刀を振れるようになる可能性もある。その辺は、進化のイベントとやらに期待だろう。

(しかし、 妖精郷(ティル・ナ・ノグ) ねぇ……)

名前の通りであれば、妖精たちの住まう領域か何かだろう。

フェアリーであるルミナにすれば、ホームグラウンドとも言えるような場所の筈だ。

だが、基本的に妖精たちは人間には――特に大人には不可視の存在だ。

そんな場所を簡単に発見できるのか、という不安はどうしても残る。

クエストのこともあるし、今はあまり時間的余裕があるわけではない。手早く発見したいところなのだが。

(そもそも、クエスト名だけじゃ何をするのかもよく分からん。 妖精郷(ティル・ナ・ノグ) とやらに辿り着いて、それで終わりなのか? それとも、何かしらの試練でも課せられるのか?)

もしも試練を突破する必要があるというのなら、中々面倒な話ではある。

何しろ、場所が場所だ。妖精たちばかりがいるような場所なのだろう。

悪戯好きな妖精たちが、果たして何を仕掛けてくることやら。

もしも戦闘があれば、相手はほぼ確実に魔法系。対処できないわけではないが、戦士を相手にするよりも面白みに欠けるのは否定できない。

……まあ、今からあれこれ考えても、判断できる情報もないのだ。油断はしないが、気にし過ぎないようにするとしよう。

「何はともあれ、まずは港町か。成長できないんじゃ経験値も勿体ないしな。さっさと向かうとしようか」

「――――!」

俺の言葉を聞いたルミナは、楽しみで仕方がないと言わんばかりに勢いよく飛びまわる。

さて、進化したらこのちびっ子がどう変化することやら。

不安と共に期待も抱きつつ、俺は港町へと向かって足を進めていった。