軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

038:ワールドクエスト予告

「……は?」

唐突に響いた音声に、俺は目を剥いて足を止める。

まるで、唐突に現実に引き戻されたかのような感覚。思わず背筋が寒くなるようなそれに、茫然と中空を見上げていた。

移動しようとしていた先の雲母水母たちに関しても、反応は似たようなものだった。

唐突に響いたアナウンスに、唖然とした表情を浮かべていたのだ。

普通に動いているのは騎士たちだけだ。どうやら、彼らにはこの音声が聞こえていないらしい。

『ワールドクエストの開始条件が達成されました』

『規定日数の経過ののち、ワールドクエスト《悪魔の侵攻》が開始されます』

『ワールドクエストの詳細に関しては、公式サイトにて逐次情報が公開されます』

次々と流れるアナウンス。その情報を何とか飲み込みつつ、俺は思わず表情を顰めていた。

タイミングから見て、このデーモンナイト潜入事件の解決がトリガーだという可能性が高い。

だが、だとすると、これはちょっと拙いかもしれない。

あまりに早いタイミングで侵攻が始まってしまうと、迎撃するプレイヤーの数が足りなくなってしまうかもしれないのだ。

そんなことを色々考えていたが――アナウンスの最後に付け加えられた言葉で、その思考も停止していた。

『ワールドクエストの進行中、現地人は復活しなくなります。ご注意ください』

「な……!? おい、それは――」

『アナウンスを終了します。引き続き、Magica Technicaをお楽しみください』

俺の抗議の声が聞こえるはずもなく、ワールドクエストアナウンスは終了する。

俺たちの様子に疑問符を浮かべた騎士たちが声をかけてくるが、それにはおざなりな対応しか返すことができなかった。

現地人が復活しなくなるということは、その悪魔による侵攻が街まで到達すれば、大勢の現地人が言葉の通り死ぬことになるということか。

これは、想像以上に厄介なことになる可能性が高い。眉根を寄せた俺は、うろたえる雲母水母たちに合図を送りつつ、クリストフの傍まで近づいていた。

「団長殿、少しよろしいか?」

「うん? ああ、どうした、クオン? あの悪魔についてなら、気にせんでもいいぞ。流石に、あの爆発する相手を尋問するのは難しいからな」

「ええ、まあ……それはそうなのですが、奴が一つ情報を残しました」

「ほう?」

すっと、クリストフの視線が細められる。

まあ、本当はアナウンスから得られた情報なのだが、それを説明するのも難しい。

あのデーモンナイトから聞き出したことにした方が簡単だろう。

「どうやら、悪魔が大規模な侵攻を計画しているらしい。今回の内通は、その下準備であると」

「何だと? まさか……確かなのか?」

「出まかせとは考えづらいですね」

なにしろ、公式アナウンスからの発表なのだから。

とにかく、この情報は王国側に伝えなくてはならない。

今現在では正式な開始時刻は分かっていないが、対策には必ず時間が必要だ。

少なくとも今日今すぐであるとは考えたくないが……まあ、他のプレイヤーがいない状況で襲撃など流石に無いだろう。

いくらなんでも、それは無理が過ぎるというものだ。

「元より、奴らの目的は人類の滅亡です。秘密裏に国を侵食しようとしていたようですが、それが失敗すれば――」

「力押しによる攻撃か。短絡的ではあるが、奴らの力を考えれば無理な作戦というわけでもない、か……」

俺の言葉はきちんと受け取って貰えたのだろう、クリストフは深刻そうな表情で思案する。

悪魔の侵攻となれば、決して冗談では済まない事態だ。規模が大きすぎるだけに、安易に動くこともできない。

だが、楽観視して座して待つことだけは避けなければならない。

そんな俺の真剣さは伝わったのだろう、瞳の中に鋭い光を湛えたクリストフは、そのピリピリする空気を纏ったまま首肯していた。

「分かった、こちらの方で対応しよう。お前たちは――」

「異邦人全体に呼びかけます。喜び勇んで参戦してくることでしょう」

現地人の死に関しては色々と考えさせられるが、それでも 異邦人(プレイヤー) たちにとっては大規模なイベントでしかない。

どのプレイヤーたちも、お祭りだとばかりに王都に殺到してくることだろう。

深刻さは足りないが、それでも戦力には変わりない。それも、防衛戦における最大戦力になるのは間違いないはずだ。

とりあえず、今は情報が足りない。公式サイトの情報とやらをチェックしたい所だ。

「こちらも、何か分かったらご連絡します」

「助かる。私は陛下に事態をご報告しよう……まさか、このような事態になろうとはな」

「やってやるしか無いでしょう。俺も……久しぶりに本気が出せそうだ」

「ははは! 成程、頼もしいな。是非、頼りにさせて貰おう」

少しだけ緊張を和らげたクリストフは、少しだけ笑みを浮かべて首肯する。

冗談だと思ったのだろうが、俺が口にしたことは全て本気だ。

軍勢相手となれば、流石に俺も本気で戦わざるを得ない。

まあ、別に普段敵を舐めているというわけではないが、力量を見たうえで本気で戦わなければならないほどの相手は今までに相対したことが無かった。

だが、今回こそは死力を尽くす必要があるだろう――ああ、楽しみで仕方が無い。

「とりあえず、ここは我々に任せて貰っていい。お前たちは……そうだな、リリーナたちを家まで連れ帰って貰えるか?」

「構いませんよ。報告も必要でしょうからね」

「ああ。では、頼む」

クリストフからの依頼に首肯を返し、一礼して彼の前を辞去する。

何はともあれ、まずは全てが解決したと、シュレイドの娘に話をするとしよう。

そろそろログアウトすべき時間も近い。見送りは手早く済ませるべきだろう。

俺も、さっさとイベントの情報について調べたい所だしな。

* * * * *

色々と厄介な出来事はあったものの、何だかんだでリリーナたちの安全を確保することはできた。

デーモンナイトの潜入事件を片付けた俺たちは、一度騎士団へと戻り、そこで保護されていたリリーナたちを連れてランベルク邸へと戻ってきていた。

何だかんだあったが、とりあえず諸悪の根源であるフェイブ伯爵家が無くなったのだから、リリーナたちはもう安全だろう。

色々とあったリビングまで戻ってきて、ようやく緊張が解れたらしいリリーナは、深く息を吐いてから俺たちの方に頭を下げていた。

「ありがとうございました、皆さん。皆さんのお陰で悪魔の手から逃れられただけでなく、父に一目会うことができました。本当に……感謝してもしきれません」

微かに震えるリリーナの声に、俺たちは顔を見合わせて苦笑を浮かべる。

俺たちは揃って、礼を言われるようなことはしていないという認識なのだ。

結局の所、この事件に首を突っ込んだのは好奇心であり、ゲームのイベントをこなそうと言う自分たちの都合でしかない。

だからこそ、それに礼を言われるのは少々こそばゆかったのだ。

だがまぁ、礼を受け取らなければ彼女も納得はできないだろう。苦笑は引っ込め、彼女に対して声をかける。

「どういたしまして、お前さんの礼は受け取っておくよ。だがまあ、俺たちには俺たちなりのメリットがあったんだ、あまり気にしないでくれ」

「……そう言って貰えると助かるわ」

頭を上げたリリーナの顔には、俺たちと同じような苦笑の表情が浮かべられている。

彼女も、俺たちの性質については多少理解できていたようだ。

あまりに畏まった態度も邪魔になるだけだと判断したのか、笑みを浮かべた彼女はそのまま口を開く。

「とにかく、感謝してるわ。できれば、何かお返しができればいいのだけど……」

「と言っても、女二人であまり余裕があるわけじゃないんだろう? 騎士団から遺族補償みたいなのは出てるだろうが」

彼女たちに個人的な収入があるのかどうかは謎だが、この屋敷を維持するのは中々に難しいだろう。

土地ごと所有していることは間違いなさそうだが、どちらにせよあまり無駄遣いする余裕はない。

リリーナもそこの所はちゃんと弁えているからこそ、こうして頭を悩ませているのだろう。

そんな彼女へと助け船を出したのは、いつもどおりに彼女のメイドだった。

「では、お嬢様。彼らに、この屋敷を貸し出すというのはどうでしょう?」

「え? どういうこと?」

「通常、貸家はかなりの料金を求められるものになりますが、今回の報酬として、この屋敷を格安で貸し出すのです。クオン様たちは拠点が手に入り、お嬢様は家賃が手に入る。正に両者に損のない関係ですね」

その言葉に、リリーナはきょとんと眼を見開き――次の瞬間、俺たちの眼前にはシステムウィンドウが表示されていた。

まるで図ったかのようなタイミングに面食らいながら、その内容に目を通し――思わず、絶句する。

『特殊限定イベント《忘れ形見と王都の影》を達成しました。報酬が配布されます』

『イベント報酬:クランハウス【ランベルク邸】賃貸購入権』

クランハウス――クランを組んだプレイヤーが拠点として使える家のことを指す単語らしい。

曰く、どんなに小さな物件でも最低月10万以上。これはゲーム内時間であるため、現実の時間で換算すれば10日で10万ずつ徴収される計算だ。

まあ、その程度の金額であれば、ここまで進んできているプレイヤーなら払えなくもないだろう。

だが、屋敷ともなれば話は別だ。たとえ安かったとしても、値段は10倍近くまで跳ね上がる。

だと言うのに――

「うっそ、月20万!? この大きさの屋敷で!?」

「しかも個人ではなくてクラン払いですよ……私たち4人でもかなり余裕です」

驚愕を隠せずに目を丸くしながら詳細を閲覧する雲母水母たち。

その表情の中には、押さえきれない興奮が浮かべられていた。

彼女たちもクランを組もうとしていたのだろうし、クランハウスが格安で手に入るとなれば飛びつかない手はないのだろう。

まあ、普通であれば詐欺や事故物件を疑うレベルの値段だが、今回は信頼できる相手からのイベント報酬だ、まず間違いはないだろう。

「私たちも住んでおりますので、共同生活という形になりますが……それでもよろしければ、お安く場所を提供いたします」

「わっ、わかりました! 是非、是非とも!」

「と言っても、お前らまだクラン組んでないだろ?」

「勿論この後結成しに行きますよ! こんな願ってもないチャンス、見逃す訳ないじゃないですか!」

「そうかい」

ハイテンションに騒ぐ雲母水母の様子に苦笑して、俺は軽く肩を竦める。

まあ、リリーナにとっても、気心の知れた連中と頻繁に会えるのは悪くない話だろう。

定期的に金も入ってくるわけであるし、エルザの言う通り、どちらにとっても利のある話だ。

まあ、とは言え――

「出して貰った所悪いが、俺は辞退させて貰おうかね」

「クオンさん? それは――」

「俺はお前らのクランに参加するわけじゃないからな。ここを借りる理由も無い」

俺の言葉に、雲母水母は僅かに眉根を寄せながらも苦笑を浮かべる。

できれば仲間になってほしかった、といったところだろう。

とはいえ、ここまでの戦いが俺におんぶにだっこな状態だったことも自覚があるようだ。

こいつらの連携は確かに悪くないが――まあ、俺と肩を並べるには、まだまだ未熟だろう。

「おや……てっきり、クオン様も同じクランなのかと思っておりましたが」

「俺がこの世界で肩を並べることを認めているのは一人だけだ。そのレベルでもなけりゃ、流石にクランを組むとは言いたくないな」

「緋真さんですよね……ホント、レベルが違うわ」

乾いた笑みで嘆息する雲母水母の言葉には、苦笑を零さざるを得ない。

今の所、俺が実力を認めているのは緋真だけだ。

まあ、あいつもまだまだ未熟ではあるのだが、あいつの持つ才覚そのものは非常に高い。

修行を続けていれば、いずれは俺の領域まで届く確信がある。

あいつと共に、という条件であるならば、俺もクランを組むことはやぶさかではない。

「というわけで、俺のことは気にせず、雲母水母たちを受け入れてやってくれ。ま、男一人いるよりは、女で固まってた方が楽しく過ごせるだろ?」

「……承知いたしました。お気遣いありがとうございます、クオン様」

「さてな。まあ、招待を受けることがあれば顔ぐらいは出すさ」

恭しく頭を下げるエルザに、俺はひらひらと手を振ってそう答える。

まあ正直、こんな女だらけの場所に男一人では落ち着かないというのは事実だ。

クランやら拠点やらについては……まあ、今は気にする必要もないだろう。

いずれ必要になれば、その時に考えればいい話だ。

「さて……それじゃあ、俺はそろそろお暇するとしよう。世話になったな」

「それはこちらの台詞よ。お父様のこと、本当にありがとう」

「私たちも、偶然イベントを見つけただけなのにここまで連れてきてもらって……本当にお世話になりました! お世話になりっ放しで……何かお手伝いできることがあれば、遠慮なく呼び出してください」

「あいよ……ルミナ、そろそろ行くぞ」

くーの獣耳と戯れていたルミナを呼び寄せ、その場の面々には目礼する。

そのままにやりと笑って踵を返し、俺はランベルク邸を後にしてログアウトしていた。