軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

035:デーモンナイト

伯爵令息の姿が、変貌する。

肌は青白く――それこそ、人にはありえぬほどに青い肌。

魔人族(ダークス) の持つ褐色のそれとは異なり、どこか生理的なおぞましさを感じるものだ。

纏っていた衣服は破け、内側からは黒に近い緑の、生物的な装甲が盛り上がる。

更に、装甲のない部分はより緑の強い鱗が覆い、掲げた手には黒い長剣が握られていた。

■デーモンナイト

種別:悪魔

レベル:13

状態:正常

属性:闇

戦闘位置:地上

『《識別》のスキルレベルが上昇しました』

「……正体を現したか、悪魔め」

太刀を油断なく構えつつ、俺は相手の姿を見据える。

既に人間の姿からは逸脱してしまっているが、元はどこからどう見ても人間にしか見えなかった。

悪魔というのは人間に擬態する能力を持っているのか。まあ、思えばゲリュオンも、姿形はおおよそ人間と大差ないものであった。

異形に変貌したのは、あの 化身解放(メタモルフォーゼ) とかいうものを使った瞬間からだ。

だが、今のこれは少々異なる。気配が突然強大化したというわけではなく、元々あった気配が表面化しただけのように感じるのだ。

そもそも、あの 化身解放(メタモルフォーゼ) とやらは伯爵級以上しか使えない筈の能力だと言っていた。であれば、爵位すらないこいつが使えるとは到底考えづらい。

元からそういう存在であると考えた方が無難だろう。

「馬鹿な、デーモンナイトだと!? クオン殿――」

「心配するな、こちらに任せておいてくれ」

剣を抜き前に出ようとした騎士を押し留め、周囲を示す。

周りには、未だ野次馬をしていた住民たちの姿が残っている。

デーモンナイトが姿を現したせいで一斉に逃げ出そうとしているが、それでも一部は残っているし、混乱も発生している。

これ以上ないほどの証拠が現れたのだから、この際私兵はどうでもいい。

それよりも今は、住民たちの避難誘導が必要だろう。

「異邦人、異邦人、異邦ぉぉぉ人んんん? 貴様らのようなゴミがこの世界に現れたのがそもそもの間違いなのだ! 何故邪魔をする、どこから現れたのかも分からぬ化け物の分際で!」

「悪魔に言われたくはないな、貴様らこそどこから現れたのかも分からん害虫だろう」

「否! 否否否ァァァァ! 我らこそ、悪魔こそが真にこの世界を支配すべき存在! 大いなる魔王の下、この世界を統べるべき選ばれた種族なのだ!」

やはり四大公より上に王がいたか。

内心でそんなことを考えながら、俺は周囲へと視線を走らせる。

野次馬は周囲へと散っている最中だが、デーモンナイトが引き連れていた私兵たちは未だ動いていない。

だが、悪魔について最初から知っていた、という風情とも異なる。何故なら、彼らの目に意思の力を感じられなかったからだ。

操られているのか、だとすれば面倒な相手になる。

「答えろ。貴様は、元は人間だったのか?」

「はははっ! 確かに、僕は愚かしくも人間だったとも! だが、今の僕は違う! これこそが僕の本当の姿だ!」

「ならば、誰が貴様を悪魔に変えた?」

「くふ、ふはは……何でも教えて貰えると思っているのか、異邦人?」

「さてな、別に何でもいいが」

誰の手によって悪魔に変えられたのかは分からないが、おおよその予想はできる。

子息がこうなっているということは、伯爵家の主要人物は丸ごと悪魔になり果てていると見た方がいいだろう。

であれば、そこに入り込んだより上位の悪魔が原因であるに違いあるまい。

その正体が何者であるかと言うのは気になるが、悪魔は片っ端から斬ることに変わりはないし、判別するための道具は手の中にある。

時間は十分に稼いだことだし――後は、体に聞かせて貰うとしよう。

「――薊!」

「【ダークキャノン】っ!」

薊の放った闇の砲撃が、デーモンナイトに直撃して爆裂する。

デーモンナイトは元より闇属性、闇属性魔法の効果もあまり高くはないだろう。

だが、目的は直撃した時に起こる爆発だ。その衝撃によって、デーモンナイトを取り囲むように立っていた私兵たちがまとめてなぎ倒される。

それを見届けた瞬間、俺は衝撃にたたらを踏むデーモンナイトへと突撃していた。

打法――討金。

太刀の柄を以って、相手の持つ長剣を打ち据える。相手の手を痺れさせ、剣を落とすための業だ。

武器を奪った上で拘束してやろうと考えたのだが、デーモンナイトはその手を離すことなく後ろへと向かって弾き飛ばされる。

ならば、とその上で肉薄した俺は、相手の腹へと回し蹴りを放って更に後方へと吹き飛ばしていた。

――これで、私兵どもに囲まれた場所からは抜け出した。

「貴、様――!」

「まあ、何だかんだと言っていたが――所詮元はただの人間だろう」

斬法――柔の型、流水。

不安定な体勢から放たれた一閃を容易く受け流し、返す刃にて相手の胴を斬りつける。

硬いが、革鎧程度の感触だ。この強度ならば両断とはいかずとも、十分に傷をつけることができるだろう。

装甲を貫いて斬りつけた一撃は、デーモンナイトの脇腹を浅く斬り裂く。

それだけで、相手は大仰に悲鳴を上げながら脇腹を押さえ、大きく後退していた。

「ぎっ、ああああ!? 貴様、異邦人がァッ!」

「何だ、別に装甲に神経が通ってるわけでもあるまいに」

それだったら先ほどの蹴りの時点で悲鳴を上げていただろう。

要するに、こいつに痛みに対する耐性が無いだけだ。

これなら、口を割らせるぐらいは容易いかもしれないな。

軽く息を吐き出し、俺は太刀を鞘に納めていた。

「ぐ……何のつもりだ、貴様」

「別に、単にこちらで十分だと言うだけだが」

にやりと嘲るように笑い、俺は小太刀を抜く。

まあ、別に太刀と小太刀で質に差があるというわけでもないし、小太刀が劣っていると言うつもりはない。

尤も、数値的な威力自体は小太刀の方が低いのは事実であるが。

とはいえ、まともに武器を握っていた様子もない若者では、その違いなどまるで理解できていないだろう。

案の定というべきか、デーモンナイトは大きく裂けた口を震わせて怒声を響かせていた。

「貴様ッ! どこまで僕を侮辱するつもりだッ!」

「文句を言うなら相応の実力を身につけてから来い。尤も、ここから逃がすつもりもないがな」

後ろの私兵たちは起き上がるとともに暴れようとしていたが、既に雲母水母や騎士たちによって制圧されかかっている。

であれば、こちらもあまり時間をかける必要はないだろう。

こいつはゲリュオンより能力が弱いというのもあるが、何より元となった人間が弱すぎる。

悪魔共ももう少し人選を考えるべきだったな。

「吠えるだけじゃ何も変わらんぞ、悪魔なんぞ所詮はその程度か」

「抜かせぇッ!」

叫び、猛然と打ちかかってくるデーモンナイト。

身体能力そのものは相応に高いようで、無様としか言いようのない体捌きであるが、スピードはそこそこ速い。

だが、鋭い訳でもない一撃など、容易く捌ける程度のものでしかない。

俺は視線を細め、若干遅れ気味に横薙ぎの一太刀を振るっていた。

斬法――柔の型、流水・指削。

柄尻で剣の腹を押し、その軌道を逸らしながら小さく円を描くように刃を振るう。

タイミングを合わせたその一閃は、強く握りこまれていたデーモンナイトの右親指を正確に斬り落としていた。

たまらず剣を取り落とし、デーモンナイトは絶叫する。

「ぎゃあああああああっ!?」

手を押さえながら背中を丸める相手に、柄尻の一撃を落とす。

背中を押される形で地面に転がったデーモンナイト。俺は落ちていた黒い長剣を遠くまで蹴り飛ばしつつ、改めて背中を踏みつけて太刀を抜きながら声を上げた。

「さて、それでは質問を続けるとしよう。ああ、使えるのかどうかは知らんが、魔法は使うなよ? 首を落とさにゃならなくなる」

「ひ……ッ!?」

「こっちは楽でいいんだが、その様で悪魔と言い張るとは、変な方向で肝が据わってやがるな」

肩を竦めつつ装甲の隙間へと切っ先を突き付け、俺は嘆息交じりに告げる。

先ほどの様子であれば、死なないようにちくちくと突き刺しているだけで色々と話してくれることだろう。

「では尋ねるが、伯爵家に取り入った悪魔は何者だ?」

「ふ、ふん。聞きたいと言うならば――ぎぃぃっ!?」

「余計な発言を認めた覚えはない」

解放しろとでも言いたげな様子に半眼を浮かべ、切っ先を突き刺す。

途端に悲鳴が上がるが、無論抜いてやるつもりは毛頭ない。

むしろジワリジワリと刃を捻りつつ、笑みと共に告げていた。

「端的に答えろ。そうすれば手は止めてやろう」

「し、知らないっ! 女の悪魔だ、それだけしか知らない!」

「……赤い髪の女悪魔か?」

「そ、そうだ! だが、名前も力も知らない、一方的に通達してくるだけだ!」

俺の想像が正しければ、これはかなりの確率でロムぺリアだろう。

それが本体なのか幻影なのかは知らないが、この国で暗躍していることは間違いなさそうだ。

しかし、あの力ある悪魔にしては回りくどい手だ。一体何を企んでいるのやら。

「ならば、奴らの目的は何だ」

「それは――ぎっ!?」

ぼこり、と――デーモンナイトの背中に乗せていた足が持ち上がる。

一瞬無理矢理抵抗してきたかと思ったのだが、これは違う。

踏みつけている相手の体が、不自然に膨れ上がっているのだ。

「がっ、ぎぎぎぎぎぎぎ――――」

「ちっ!」

まるで昆虫のような悲鳴を上げながら暴れるデーモンナイトの様子に、俺は舌打ちしてその場から距離を取る。

ぼこぼこと、まるで沸騰するように膨れ上がる悪魔の体。

その異様な光景に、俺は思わず絶句し――次の瞬間、風船のような破裂音を発して、粉々に砕け散っていた。

緑色の血肉が降り注ぐ場所から退避して、思わず嘆息する。

伯爵家が悪魔と繋がっているという証拠を得られたのは大きいが……それ以上に大きな問題とぶつかった気がする。

「……他にも色々と聞いておきたかったんだが、まさかこんな口封じを仕掛けているとは」

嘆息しつつ、血振りをして太刀を納める。

もう少し別方面から話を聞いてから核心に迫るべきだったか。

あまり時間をかけていると邪魔が入るかもしれないと警戒していたのだが、それが裏目に出た形になってしまった。

がりがりと頭を掻きつつ、どよめいている騎士たちの方へと戻る。

「すみません、確保に失敗してしまって」

「い、いや……クオン殿のおかげで混乱を最小限に留めることができましたから。助かりました」

「……まあ、完全に道が途切れたわけでもないですしね。とりあえず、この後はどうします?」

「二人ほどこの場に残し、状態を維持させましょう。我々は護送を行った後、騎士団長に報告します」

「ふむ、それがいいでしょうね」

少なくとも、フェイブ伯爵家が悪魔と関わっているという確たる証拠は手に入れることができたのだ。

件の伯爵家に踏み込む理由には十分すぎる。

しかも、ことが悪魔に関する内容となれば、騎士団も本腰を上げて捜査に乗り出すことができるだろう。

道が途絶えたわけではない。あえて危険に飛び込む必要性は出てきたが――その分、リターンは大きいだろう。

ま、方針を決めるのは騎士団長だ。俺たちも参加させてほしいところだが、

「それじゃあ、さっさと騎士団まで戻りましょうか」

「ええ――再度出発する! 周囲への警戒を怠るな!」

悪魔が出てきたとなれば油断できるはずもなく、先ほどよりも緊張感を高めた騎士たちが再度足を進め始める。

引っ立てられた私兵たちの数は大幅に増えることになったが、周囲には特に敵意を向けられている気配はない。

とりあえず、しばらくは問題ないだろう。

「……私、悪魔にされてたかもしれないってこと?」

歩き出す寸前に聞こえたリリーナの呟きに、それも聞いておくべきだったかと、俺は内心で嘆息を零していた。