軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

032:伯爵家からの襲撃

さて、このゲームを始めてから幾度となく戦闘を繰り広げてきた俺であるが、人間を相手にした回数は中々少ない。

まあ、決闘でもしない限りはプレイヤー同士で争う機会も中々ないし、それは仕方ないことではある。

残る対人戦の経験は、ファウスカッツェの道場で三魔剣の講義を受けた時ぐらいだ。

あの道場の師範代達は、非常に高い実力を有していた。

だからこそ、このゲームの中の現地人には、それなりに期待しているのだ。一部には高い実力を有した者たちもいるのだろう、と。

だが――

「うーむ……」

ランベルク邸の門の前に押し掛けてきた連中を眺め、目を細める。

顎に手を当てながら彼らのことを吟味して、出てきたのは深いため息だった。

「……期待外れだな」

「何を言っている、薄汚い異邦人風情が!」

「しかもまたさっきの連中か……これが標準なのか? まあいい、雲母水母」

「あ、はい」

何やらごちゃごちゃ言っている連中を無視して、雲母水母に動画撮影の指示を飛ばす。

こちらで撮った映像を他の現地人に見せられるのかどうかは知らないが、少なくともこの映像があれば他の異邦人を味方につけることは可能だ。

何しろ、異邦人同士の情報伝達速度は、現地人たちの比ではない。

あっという間に異邦人の大多数に伝わり、この伯爵家勢力は敵視されることとなるだろう。

地味な、と言うには少々規模はでかいが、ちょっとした嫌がらせである。

期待を外されたことに対する溜飲を下げながら、俺はランベルク家の敷地から出ないままに声を上げた。

「先ほど転びながら帰っていったフェイブ伯爵家の私兵の方々。いや、あんな何もない所で転ばれて、驚いてしまったものだが……怪我などはされなかったかな?」

「なっ!? あれは貴様が……ッ!」

「おや、俺が何かしたとでも? 俺の記憶が正しければ、身振り手振りを交えて懇切丁寧に説明しただけの筈だが」

「ぐ……っ」

まあ、実際太刀も抜いていなかったし、攻撃をしたという訳でもない。

傍から見れば、向こうが勝手に愉快なダンスを踊っていたというだけだ。

そのことを遠まわしに皮肉ってやれば、先ほど来ていた連中は揃って顔を赤く染めていた。

挑発して暴発させるのもいいんだが、もう少しこちらの正当性を主張したい所だな。

「まあ、 何に(・・) かは知らんが、慌てていた様子だったしな。転ぶのも無理はないさ。それは兎も角として、一体どんな御用事かな?」

「決まっている! リリーナ・ランベルクをこちらに引き渡せ!」

「武装した兵を集めてその主張とはね。要するに誘拐が目的と」

すっと、彼らへと向けていた視線を細める。

意識は臨戦態勢に、いつでも太刀を抜ける体勢へと移行しながら、それでも自然体を装って俺は彼らへと告げる。

「騎士団の証を持つ我々に対して、堂々とそのような発言をするとは恐れ入る。これは団長殿に報告した方がいいかな?」

「ふん、異邦人は発想が野蛮なことだ。これは要請だとも。フェイブ伯爵家から、リリーナ・ランベルクに対してのな。まさか断るとは云うまい?」

「つまり、お前さんはフェイブ伯爵とやらの名代であり、お前の発言は伯爵家の総意であると――そう言っている訳だな?」

「は……?」

阿呆め、最初から伯爵家の当主とやらが出張ってきていたのであれば、女二人のランベルク家が対抗出来ていた筈もない。

つまるところ、これはその伯爵令息とやらの暴走でしかないのだ。

一貴族としての正当な要請ではないからこそ、リリーナたちは彼らの要請に対して否を突き付けることができていたのだ。

そうであるにもかかわらず、この男は『伯爵家からの要請』であると主張した。状況から考えて、そんなことはあり得ないというのに。

まあ、経緯や理由などはどうでもいい。とにかく、これが伯爵何某の主導で無いのならば、いくらでも付け入る隙はある。

「もう一度言おうか? フェイブ伯爵は、女一人を手に入れるために、私兵まで動員して騎士団に敵対したと――そういうことだな?」

「そ、それは……!」

代表して喋っていた男を含め、全員が動揺している。

この男がどんな地位にあるのかは知らないが、本当に名代として立てる位置にあるならば、こんな場所に派遣されてくるはずもない。

そんな人物が、勝手に伯爵の言葉を騙ったとなれば――さて、どうなるだろうな?

「返答はいかに。事と次第によっては、騎士団から王家への報告も必要になるだろう」

「ぐ、この……!」

さて、このまま丸め込んでやれば撤退させることもできるだろうが……向こうにはもうちょっと不利な状況になって頂きたい。

より危険な方向に暴発する可能性は高まるが、それはそれ。話が大きくなれば、それだけ騎士団も介入しやすくなる。

リリーナを危険に晒してしまう可能性は高まるが、後腐れなく決着をつけるにはその方がいいだろう。

あからさまに嘲りの表情を作り、失笑しながら声を上げる。

「はっ、考えの足りんことだな。数で囲めば何とかなると思っているのも実に情けない。女一人組み敷くのに余人を介さねばならないとは、よほどの玉無しに見えるな」

「貴様、クレイス様を侮辱するつもりか!」

「む、そうだな。ま、碌に物も考えられない部下が付いているのでは、上が成長できないのも仕方あるまい。可哀想なことだな」

誘導した通りに分かりやすい反応を示してくれたので、目の前にいる連中の挑発へ移行する。

虎の威を借る狐、といったような連中だ。プライドばかりが肥大化して、挑発への耐性は非常に低そうである。

案の定というべきか、俺の言葉に対し、連中は揃って怒りに顔を赤く染めていた。

「貴様……撤回するならば今の内だぞ」

「口の回らん連中だな。ご主人様の威光に縋るしかないなら、せめてもう少し上手く台詞をペラ回せ。舌戦をするにも退屈だぞ?」

「ッ……後悔するがいいッ!」

舌戦は戦の作法、精神的優位を得るための戦いだ。

それに見事に敗北した男は、すぐさま剣を抜き放ちこちらへと斬りかかってきていた。

どたどたと走りながら振り降ろされる一撃は、素人が放ったとして見るにも不格好に過ぎる。

鋭い一撃であれば受け流して投げ飛ばす所だったが、これでは反撃する気も起こらんな。

俺は嘆息しつつ回避して、突っ込んでくる男の足を払っていた。

「な――ぐべっ!?」

「……あまり失望させんで欲しいんだが、貴族の私兵と言うのはこんなもんなのか?」

剣を強く握り締めすぎていたのか、転んだ拍子に手が緩み、剣が転がり落ちてしまっている。

あまりにもお粗末な状況に嘆息しながら、俺は男の背を踏みつけて動きを封じていた。

戦闘の心得がある人間ならここで短剣を抜いてこちらの足を狙う所だろうが、どうやらこの男、長剣以外に武器を持っていないようだ。

何と言うか、見た目だけ兵士っぽくした一般人、という感じだな。

「さて、無断で敷地内に入って来た犯罪者殿。どのような処遇がお望みだ?」

「……ッ! お前たち、こいつらを始末しろ!」

「な!? し、しかし――」

「余計なことを考えるな! こいつらを片付けて、あの娘を連れ去ってしまえばそれで終わりだ!」

この阿呆、ついに俺たちが異邦人であることすら忘れたらしい。俺たち相手に口封じなど全く意味が無い行為なのだが。

苦笑と嘆息が混じった吐息を零しながら、転がった男の顎を軽く蹴り飛ばす。

煽るだけ煽ったし、こいつには最早やって欲しいことはない。これ以上騒がれても邪魔なだけなので、とっとと気絶して貰うことにした。

男の言葉を聞き、兵士たちは各々の武器を抜いて、躊躇うようにじりじりと距離を詰めてきている。その数は残り九人。

近寄ってくる男たちを警戒したように、雲母水母と薊が武器を構えようとするが、それは手で制する。

「クオンさん!?」

「問題ない、下がって見てろ。こちらはあくまでも正当防衛にしたいんでね……ま、この程度の相手なら、刀を抜かずとも軽く捻れる」

嘲笑と共に言い放った言葉に、私兵たちの表情が変わる。

実際の所、刀を抜いていればこの十倍の数がいようが苦戦する気がしないのだが。

だが、連中はただの挑発だと取ったのか、顔色を変えてこちらへと殺到してきていた。

歩法――縮地。

その最前列にいた男へ、すり足で接近する。

ちょうど剣を振り上げた瞬間の柄を掴み、後ろへと押しながら相手の踵を払う。

その瞬間、男はまるで冗談のようにぐるりと回転し、後頭部から地面に叩きつけられて失神していた。

派手に転倒した様子に動揺したのか、左手側にいた男の動きが止まり――俺はすぐさま、その男の横合いまで移動していた。

「足を止めるな、阿呆」

「ご、はっ!?」

打法――侵震。

脇腹へと添えた掌から、衝撃を内側へ徹すように打ち出す。

本気で打てば内臓ぐらいは潰せるだろうが、流石に殺すのは拙いだろう。

適度に手加減して行動不能にしつつ、俺は次の相手へと駆ける。

最も近くにいたのは、他の連中よりは若干小柄な女の兵士。

「ひっ!? く、来るな!」

無論、そんな言葉で止まるはずもない。

へっぴり腰に構えられていた剣の柄尻を蹴り飛ばし、女の手から剣を弾き飛ばす。

空っぽになった手に茫然と動きを止めた女に肉薄した俺は、その首を右手で掴んで持ち上げていた。

まあ、血や息が止まるほど強く握っている訳ではないのだが。

「か、っ……や、め」

「ふむ、いいだろう」

俺の手首を握って懇願してくる女に対してにやりと笑みを浮かべ、俺はその体をさらに高く持ち上げる。

そしてそのまま、彼女を背中から地面に叩きつけていた。

肺の中の空気を叩き出され、衝撃に動けずにいる女を蹴り飛ばし、俺は残りの私兵たちを睥睨する。

「さて……まだやるか?」

「ひっ!?」

残りは六人。片付けようと思えば片付けられるが、こいつらを倒した所で何ら足しにはなるまい。

もうちょっと歯ごたえのある相手ならば戦う気にもなるのだが、こいつら相手ではただ不完全燃焼なだけだ。

苛立ちに殺気を交えて連中を見据えれば、前回来た時と同じように威圧され、後退していく。

やるべきことはやった。後のこいつらは最早用済みだ。

「やるなら来い。ただしここからは、犯罪者を処断するつもりで行かせて貰う」

鯉口を鳴らし、重心を落として構える。

まあ、これは脅しでしかなく、本気で斬るつもりはないのだが。

だが、それでも効果は覿面だった。張りつめた空気の中、威圧された私兵たちは、その場からじりじりと下がり――ある程度の距離が開いた瞬間、その場から一斉に逃げ出していた。

それを追うことはせずに構えを解き、周囲に転がった四人の兵たちを眺めて嘆息する。

「まあ、騎士団に引き渡すのに数人欲しかったのは事実だが……助けようとする素振りすら見せんとはな」

「え? 騎士団に引き渡すんですか?」

「不法侵入の現行犯、次いで誘拐未遂だ。引き渡さない理由があるまい。伯爵家とやらへの打撃にもなるしな」

正式に罪として裁けるならば、伯爵家の醜聞となるだろう。

そうでなかったとしても、件の令息とやらに対するペナルティは免れまい。

後腐れの無い状況にするには、何とか令息が処断される状況まで持って行きたいのだが、流石に現状の手札だけでは難しいだろう。

まあ、一度暴発した連中がこの程度で止まるとは考えていないのだが。

「薊、エルザを呼んできてくれ」

「……何で?」

「こいつらを縛りあげるロープか何かが欲しい。武装解除しても、流石にそのまま置いておくのはリスクが高いからな」

「……んー、了解」

いつも通りの茫洋とした表情で頷いた薊は、その足で屋敷の中へと戻っていく。

その背中を見送って、雲母水母が俺に質問を投げかけていた。

「とりあえず、襲撃は撃退できましたけど、これからどうするんですか?」

「いくつかパターンがあるが、まずこいつらを騎士団に突き出すのが第一だ。拘束が済んだら家の中に入れて監視だな」

「騎士団を呼ぶってことね。それなら、リノに向かって貰います?」

「ああ、その方がいいだろうな」

流石に、こいつらを騎士団まで連れて行くのはリスクが高い。

途中で襲撃を受けるかもしれないし、リリーナに対する護衛が薄くなってしまう。

であれば、向こうからこっちに来てもらった方が対処は楽だ。

「じゃあ、リノに伝えておきます」

「ああ、頼む」

さて、この後はどうなることやら。

伯爵家が今後も大人しくしているとは考えづらい。

私兵が罪に問われるとなれば、それも尚更だろう。

罪を逃れるための保身に走るか、或いは強硬手段に出るか――

「――少しは楽しめるかね」

雲母水母には聞こえぬよう、俺はそう小さく呟いていた。