作品タイトル不明
312:戦いの前に
ディーンクラッドの指定した期限まで、残り三日。
とはいえ実際の所、決戦は明日にまで迫ってきていると言っても過言ではない。
何故なら、今日明日が土日であり、多くのプレイヤーが参加できるタイミングはここしかないからだ。
今日の内に北の伯爵級を片付け、明日にディーンクラッドへと挑む――参加者のことを考えると、それがベストであろう。
実際、アルトリウスは今日戦いを仕掛けるために準備を進めて来たらしい。
当然ながら俺にも声はかかっているし、参加もするつもりである。
しかし、その前にある用事があった俺たちは、一度アルファシアまで足を運んでいた。
「《奪命剣》ならまだしも、《蒐魂剣》ならばファウスカッツェでもよかろうに、わざわざワシの所まで来るとはな」
「少しばかり用事があったんでね。まあ、コイツにも多少はいい訓練になっただろうさ」
アルファシア王都の近郊。俺たちは、森の中に佇む剣聖の住まいを訪れたのだ。
目的は、当然ながら剣聖オークスである。今回、緋真の習得していた《斬魔の剣》が既定のレベルにまで達したため、《蒐魂剣》へ進化させるためにここまでやってきたのである。
まあ、それ以外にも目的はあるのだが……さて、どう切り出したものか。
それはともあれ、地面にへたり込んでいる緋真も、スキルの進化は成功したらしい。これで、緋真も《蒐魂剣》を使えるようになったというわけだ。
(まあ、今のレベルじゃ上位の悪魔相手にはあまり信用できんだろうが……)
三魔剣の一角に成長したとはいえ、緋真の《蒐魂剣》はまだレベルが低い。
このまま伯爵級の魔法を切ろうとしたところで、自分が貫通ダメージを負ってしまうだけだろう。
とはいえ、それを差し引いたとしても《蒐魂剣》は便利なスキルだ。
緋真ならば、上手い具合に操ることができるだろう。
「用事ねぇ……お前さん、ワシに何か用があるんだろう」
「……流石。お見通しか」
相手の機微を読み取ることに関してはそれほど得意ではないようだが、こちらが様子を窺っていることぐらいは容易く気付いてしまったらしい。
さて、用事があったことは間違いないのだが、少々話しづらい内容だ。
とはいえ、それを放置しておくこともできない。俺は深く溜め息を吐き出し、話を切り出した。
「今、俺たちはアドミス聖王国で悪魔と戦っているんだが……そこで、何体か伯爵級が出現している」
「酷いことになっているもんだな……」
まあ、実際には公爵級まで現れている訳だが……流石に、そこまで話をするつもりも無い。
俺は別に、オークスに助力を求めに来たわけではないのだ。
彼ならば確かに公爵級とも渡り合える実力を有しているだろうが、他国の人間にそこまで頼むわけにもいかない。
今はなすべきはそこではなく、あの伯爵級悪魔のことだ。
「そこで俺は、ブラッゾという名の伯爵級悪魔と戦った」
「ッ……!?」
俺の告げた言葉に、オークスは顔色を変える。
無理もない――と言うより、当然だろう。彼にとってその名は、忘れたくても忘れられない名のはずだ。
オークスにとって忌むべき過去。己の過ちと、傷の象徴でもあるだろう。
だが、彼はそこから逃避するほど弱い男ではない。故に、オークスは耳を塞ぐことなく、俺の目を真っ直ぐと見つめて声を上げた。
「まさかとは思うが、その悪魔は……」
「ああ、《奪命剣》を使っていた。どんな仕組みなのかは分からないが……彼は、人間から悪魔へと変じたようだ」
「……そうか」
俺の言葉を聞き、オークスは深く溜め息を零した。
かつて道を踏み外した己の弟子が、今度は悪魔となって人に仇を成していた――己自身に当てはめて考えたら、そいつの首を斬った上で自らの腹も斬らねばならないような醜態だろう。
だが、この事実を知る者は俺たちだけだ。これ以上、ブラッゾが恥を晒すということはない。
あの街の人間も三魔剣の使い手のことは知らないだろうし、醜聞が広がるということはないだろう。
「幸い……と言うべきかは分からんが、犠牲者は少なかったし、三魔剣の使い手であるということは伝わってはいない。俺の手で斬ったし、これ以上話が広がりはしないだろうよ」
「そうか……済まんな。お前さんに、ワシの尻拭いをさせてしまった」
「そこは気にする必要はない。悪魔を斬るのが、俺たちの目的だ」
俺がそう告げると、オークスは再び嘆息する。
放置しておくと、このまま腹を切りかねない様子だ。フォローは入れておいた方がいいだろう。
「どんな流れで悪魔になったのかは分からない。だが、あの男は確かに、剣の道を踏み外していた――悪魔となったことについては、あんたに責任はないだろうよ。その判断を下したのはブラッゾ自身か、或いは奴を唆した悪魔だ」
「人としてのあ奴を斬った時点で、師としての責任は既に果たしていると?」
「その通りだ。そして、悪魔を根絶やしにするのはあくまでも 異邦人(俺たち) の仕事だ。例えあんたがかつての師であったとしても、そこまで口出しをされる謂われはないぞ」
「くく……不器用だな、お前さん。まあ、ワシも人のことは言えんが」
突き放すような俺の言葉の真意は、きちんと理解しているのだろう。
オークスは軽く笑みを零しつつ、揶揄するようにそう呟いた。
とりあえず、ある程度は安定している様子だし、これならば心配は要らないだろう。
「しかし……一つ聞いてもいいか?」
「あの男についての所感か?」
「そんな所だ。お前さんから見て、あ奴は一体どんな剣士だった?」
オークスの問いに、俺は思考を巡らせる。
《奪命剣》の使い手、ブラッゾ。魔剣の習熟度について言えば俺よりも圧倒的に上であり、伯爵級悪魔としての力も得ていた。
本来であればとんでもない強敵であったのだが――俺からすれば、ある程度御しやすい相手であったと言える。
それは偏に、あの男が剣士としては未熟であったからだ。
「強さというものをはき違えていた……或いは、そうだな。他人ばかりを気にしすぎていた、と言った所か」
「ほう……その心は?」
「強さってものは、究極的には自分自身との戦いだ。己を高めていった先にこそ、手に入れるべきものがある。だがブラッゾは……他人よりも勝っていれば先に進めると、そう考えてしまった」
だから、奴は安易な力に手を伸ばした。
力を手に入れ、他者を蹴落とした先に、願う力があると勘違いしてしまった。
それはいつしか、自分の足を止めてしまうものでしかないというのに。
「強さをはき違えた、か。それを見抜けなかったことは、ワシの不徳の致すところだ」
「難しいもんだよなぁ。まあ、それも終わったことだ。あの男も、最後には理解して逝ったようだしな」
「そうか……世話になったな」
「気にする必要はないさ。俺は俺の仕事を果たしただけだ」
深々と頭を下げてくるオークスに、俺は苦笑しつつそう返す。
悪魔を狩るのは異邦人の――そして、箱庭の真実を知る俺たちの仕事だ。
別段、オークスの尻拭いをしたという意識は無い。
「お前さんには何か礼をしたいが……そうだな、ちょっと待ってろ」
そう言うと、オークスはそそくさと自分の住まいである小屋へと戻って行った。
何かしら貰えるようだが、果たしてあの小屋に何かあっただろうか。
以前訪れた際には、特に何かがあった記憶は無かったのだが……しかし、剣聖の持ち物だ。
何かしらの助けになると、期待してしまう。とりあえず、期待して待たせて貰うとしよう。
「さてと……緋真、スキルは習得できたな?」
「はい。やっぱり便利ですよね、《蒐魂剣》。私にはMPの回復にもなりますし」
「紅蓮舞姫のスキルは通常スキルに重ねられるからな。《魔技共演》が無くてもある程度扱えるだろ」
「別に単品でも十分便利なんですけどね……」
実際、魔法を防御する手段はそれなりに貴重だ。
魔法を破壊した上で更にMPまで回復できる《蒐魂剣》はかなり強力なスキルであると言える。
呼吸を整えた緋真は尻についた汚れを叩き落とし、軽く背を伸ばして笑みを浮かべた。
「これでテクニックも使えるようになりましたし、余波ぐらいなら私でも防げますから。期待しててください」
「ああ、折角のスキルなんだ、有効に活用しろよ」
覚えたばかりのスキルとはいえ、基本的な使い方は《斬魔の剣》と変わりはない。
相手の魔法を迎撃する腕についても、緋真ならば外す心配はないだろう。後は順当にレベルを上げて行けばいい話だ。
と――そこまで話をしたところで、オークスが再び小屋から姿を現した。
その手にあるのは、どうやら一冊の本であるらしい。随分と簡素なそれを、オークスは俺へと向けて差し出してきた。
「待たせたな。こいつを持って行け」
「これは……?」
「ワシが自らしたためた伝書だ。三魔剣の秘奥について書いてある。今のお前さんでは全てを扱うことはできんだろうが……いずれ、役に立つだろう」
その言葉に、俺は思わず眼を見開いた。
この本は、つまるところ三魔剣における秘伝の書だ。
久遠神通流で言うならば、各種の奥伝や合戦礼法について詳細に記した書物になるだろう。
貴重などと言うものではない。流派の秘密をそのまま明け渡しているに等しい。
「いいのか、そんなものを……アンタの弟子に渡すべきじゃないのか?」
「単一での奥義は、既にあ奴らも修めている。だが、これは三種の魔剣を操る者に向けた書物だ。であれば、お前さんに託すのが最も適切であろうよ」
正直な所、その言葉を聞いても躊躇いは抜けなかった。
しかし、これが俺にとっての力となることは間違いない。今後、悪魔と戦っていくうえで、間違いなく力となってくれるだろう。
ならば――
「……分かった、ありがたく、受け取らせて頂く」
「ああ……頼んだぞ」
切実な思いを込めたその言葉に、小さく頷く。
三魔剣を開発したのはオークス自身。この書の中には、彼の半生が詰まっていると言っても過言ではない。
それを譲り受けた以上、全身全霊で己が力とすることこそが、俺の義務だ。
「……そろそろ時間だ。世話になった」
「ああ、またいつでも来るといい。吉報を期待しているぞ」
「任せてくれ」
一礼し、剣聖の住まう小屋を後にする。
目指す先は、聖王国の北――最後の伯爵級悪魔。
必ずやそれを打ち破り、ディーンクラッドに挑むための足掛かりとしよう。