軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

031:僅かな疑念

表面上は落ち着きを取り戻しているリリーナは、藍色の瞳でじっと俺のことを見つめている。

随分と複雑な感情を抱いている様子で、俺に対する感情の方向性は定まっていないようだ。

だが、少なくとも敵意は感じない。驚くべきか、納得すべきか――何にせよ、話を続けることはできそうだ。

俺は先ほどと同じ席に腰を降ろして息を吐き出し、改めてリリーナへと視線を向けていた。

「……もういいのか?」

「ええ……お気づかい頂いてありがとう、クオンさん」

俺の言葉に、リリーナはこくりと首肯する。

その言葉の中には、やはり敵意らしいものは感じない。

気になる所ではあるが、感情の折り合いをつけるにはまだまだ時間が足りなすぎる。

今の彼女は、一通り泣いて感情を吐き出したからこそ落ち着いているのであり、その鎮静化は一時的なものでしかない。

彼女の心は、未だ危うい均衡の上にあるはずだ。

表面張力で保っているコップの様子を脳裏に浮かべながら、もう少し吐き出させるべきだろうかと声をかける。

「色々と、言いたいことがあるんじゃないかと思うが」

「偽悪的なのね、貴方。まあ、確かに否定はしないけど」

若干呆れたように柳眉を曲げて、リリーナはそう口にする。

偽悪的、という評価はあまり受けたことが無い。別に悪ぶっているつもりはないのだが。

だがまあ、甘んじて少女の癇癪を引き受けようとしているのだから、あまり否定できたものではないだろう。

思わず苦笑しつつ、その言葉に返答していた。

「胸の内に言葉を押し留めると、後でどのように変化するか分かったものじゃないからな。今後の人間関係のためにも、相手の本音は知っておくべきだろう?」

「……合理主義、って感じかしら。でも、口に出すような罵倒はないわ」

「ほう、何故だ?」

「貴方は、お父さんの誇りを尊重してくれた。それなのに、私がお父さんの誇りを傷つける訳にはいかないでしょう?」

そう告げて、リリーナは薄く笑みを浮かべる。

その姿は子供のものではなく、確かな矜持を持った、一人の女の姿だった。

苦笑する。どうやら、子供と思って甘く見ていたようだ。

もっと早く来てくれれば、とか。助ける方法があったんじゃないか、とか――言いたいことは色々とあるだろう。

現場を、状況を知らない彼女だからこそ、口に出せる言葉は様々だったはずだ。

けれどリリーナは、その言葉を飲みこんだ――否、昇華させた。

アンデッドとなり、望まぬ戦いを強いられて、それでも己の誇りを失わなかった父のために。

「……分かった。ならば、これ以上は何も言わない。だが代わりとして、君の問題解決に全力を尽くすことを誓おう」

「それは、贖罪のつもりで?」

「いや、俺がやりたいからやるだけだ」

そもそも、俺は罪悪感など抱いていない。

前に立った相手だからこそ斬り、その最期の願いを叶えてやっただけだ。

それに罪悪感を抱くなど、相手に対して失礼だろう。

「騎士団長にも頼まれているからな。助けになってやってほしいと。それに、こいつらはすっかり君に協力的だ」

「そちらの……えっと、雲母水母、さん?」

「あ、きららでいいですよ。こっちの人たちには馴染みのない名前でしょうし」

こっちどころか向こうでもないだろうけどな、という言葉は飲み込んでおく。

ここで一々茶々を入れる必要はないだろう。

「俺とこいつらは元々別口のパーティでな。偶然で悪魔との戦いを共にした。だからまぁ、俺とこいつらの方針はまた別と思って貰っていいが……俺も、こいつらと同じだけの協力を約束しよう」

「それは嬉しいけれど……どうして?」

「私たちについては、単純です。貴方の話と、貴方の境遇を聞いて、ただ助けになりたいと思ったから。私達異邦人は、ただ思ったように行動することができますから、本当にただそれだけの理由です」

リノの言葉に、リリーナは若干困惑した表情を見せる。

まあ、彼女も貴族社会に近い位置の人間だ。言葉には裏と立場があると考えるのが自然なのだろう。

だが、多くの異邦人はそれに当てはまるまい。少なくとも現状では、ただ楽しむためにゲームをやっているのだから。

リリーナはしばし沈黙し、視線を右往左往させていたが、やがて観念したように相好を崩していた。

「……分かったわ。頼りにさせて貰います」

「ああ、請け負おう。それで、話を聞かせて貰えるか?」

「ええ。と言ってもまぁ、多少は予想がついているかもしれないけど……私、フェイブ伯爵家から因縁をつけられているのよ」

「正確に言えば、伯爵令息から言い寄られている、という状況です」

言葉を継いだエルザの説明に、俺は思わず眉根を寄せる。

あの様子を見るに、権力を笠に着た面倒な相手から気に入られている、といった状況だろう。

権力もそうだが、ああいった手合いは話が通じないのが厄介だ。

基本的に、自分たちの都合が通るものであると考えている。言葉で通じないから実力で捻り潰してやるしかない。

「で、君はその伯爵令息とやらの相手はご免被ると」

「当然よ。あいつ、立場を使って言い寄ってきたうえに、お父さんが死んだからうちの使用人にしてやるとか言ってきて……」

「……それはいつのことだ?」

「え? ええと、二週間前ぐらいだけど」

その言葉に、俺は思わず眉根を寄せる。

確かにシュレイドが死んでいたのは事実だが、それまでは行方不明の扱いだった。

要するに、この王都まで彼の死は伝わっていなかったのだ。

長期間行方不明だったのであれば、死んだと判断されていてもおかしくはないが――二週間前では、まだそれほど長い時間ではないと考えられる。

であれば、何を理由にシュレイドが死んだと判断したのか。

どうもきな臭い、とリノの方へ視線を向けると、どうやら彼女も同じ疑問を抱いた様子だった。

「……どうかしたの?」

「ああ、いや。続けてくれ」

「え、ええ。と言ってもまあ、向こうの狙いはそれがすべてだと思うわよ。それで、連日ああして嫌がらせに来てるんだから」

「嫌がらせで済んでるだけまだマシではあるが……あれ以上の強引な手段には出ていないのか?」

「この屋敷はランベルク家の敷地ですので、許可なく入ってくれば貴族と言えども犯罪です。ですので、極力家から出ないようにしておりました」

「消耗品とかはどうしていたんだ?」

「お隣に協力していただきました。とはいえ……そろそろ相手も痺れを切らしていそうです。今回は、ついに武装した人間を連れだしてきましたし……」

「となると、そろそろ爆発が近そうだな」

まだ世間体のようなものは気にしていたようだが、それもいつまで続くものか。

取ってくる手段は脅しか、はたまた秘密裏の誘拐か。

何にせよ、面倒なことになりそうなのは間違いない。

「さっきも騎士団長の名前を出しはしたが、こっちが異邦人だってことも言っちまったからな」

「え? それ、何かまずかったんですか?」

「要するに、こっちから手を出しもするが、向こうから手を出されても文句は言えないってことだ。異邦人に舐められたなんて報告が行ったら、すぐさま実力行使に来ても不思議じゃないだろう」

「うぇ、あの人たち、もうこっちに来てる可能性があるってことですか!?」

「可能性はそこそこだな」

今のところ予想でしかないが、襲撃が来る可能性は高いだろう。

であるならば、警戒しておいても損はない筈だ。

窓の外へと視線を向ければ、中々に高い塀が見える。あの壁を登るのは困難だろう。

となれば――

「この家の入口はいくつある?」

「正門と裏門の二つです」

「ならばとりあえずは二点防衛でいいだろう。雲母水母、お前たちは二人一組に分かれて門を見張れ」

「それはいいですけど、クオンさんは」

「俺は一度ここで待機する。敵が来たらフレンドリストから俺を呼び出せば、すぐに救援に行こう」

「……分かりました。薊、ついてきて!」

「では、私とくーちゃんは裏門へ……クオンさん、後はお願いします」

バタバタと外へ向かっていく雲母水母たちを見送り、軽く息を吐き出す。

かなり気合が入っているし、見張りについてはまじめに取り組むことだろう。

とりあえずは心配ないと思うが、やはり先ほどの疑問が気になる。

伯爵令息が、シュレイドの死を主張したこと。ただの口から出まかせであればいいのだが、もしも知っていたとするならば――

「……リリーナ、一つ忘れていた。君にこれを渡しておく」

「え……これは、アドミナ教の聖印?」

「君のお父上の形見だ。それが、悪魔の支配から彼を守っていた。剣や鎧の類は騎士団に返却しなければならなかったが、それは君が持っていた方がいいだろう」

「そう……ありがとう」

か細い声で聖印を抱きしめた少女は、そのままくるりと背中を向ける。

表情を覗き込むことはないだろう。見られたくないこともあるはずだ。

小さく嘆息して、俺は席を立って窓の傍へと移動する。ここからなら外の様子を確認できるだろう。

早くも門の前まで移動した雲母水母と薊の姿があったが、今の所他に人の姿はない。

杞憂であればいいのだが、それならばいつまで見張らせておくかというのも問題になる。

俺たちはいつまでもここにいられる訳ではない。だが、ログアウトしているうちに襲撃があったら困るのだ。

最悪、こちらから打って出る手段も考えねばならないが――黙考しながら方策を模索していたちょうどその時、ふらふらと飛んでいたルミナが俺の目の前まで移動してきた。

「どうした、ルミナ?」

「――――!」

何やら決意した表情の妖精は、全身で何かをアピールしながらリリーナの方を指さしている。

こちらに背を向けている彼女は、未だその体勢のまま肩を震わせていたが、特に変化した様子はない。

ルミナは、どうやらそんな彼女のことを心配しているようだ。

「ふむ……分かった。お前は彼女に付いているといい。何かあったら守ってやるんだぞ?」

「――――!」

こくこくと頷いたルミナは、そのまま全速力でリリーナのそばへと移動する。

リリーナへと接近したルミナは、彼女を気遣うように周囲をぐるぐると回っていたが、やがて停止すると彼女の目の前で何かをやっている様子だった。

こちらからはよく見えないが、あれは頭を撫でようとしているのか。手が小さすぎて撫でると言うよりは触ることしかできていないようだが。

「……ふふ」

「――――?」

だが、それでも多少は効果があったのだろう。

彼女は小さく笑って手を差し出し、ルミナはその上に着地する。

警戒心の強い妖精の割には、ルミナは中々人懐っこい。このままリリーナの癒しになってくれることだろう。

とりあえず彼女のことはルミナに任せるとして、今は襲撃者の警戒だ。

もしも悪魔が混じっているようであれば、気休め程度でも聖印が助けになってくれると思うのだが。

(だが仮に悪魔が混じっていたとして、その目的は何だ?)

アンデッドと同じように、人間に対して際限ない敵意を抱いていた悪魔。

その悪魔が、わざわざ人間に協力するとは考えづらい。

伯爵令息とやらが悪魔から情報を得たのならば納得ではあるが、あのロムぺリアの前に人間が立ったりすれば、あっという間に芥子粒にされるのがオチだろう。

連中にはわざわざ人間に協力する理由が無い。そんなことをしている暇があれば、とっとと人間を滅ぼそうとしていることだろう。

(やはり気のせいか? 口から出まかせを言っていた可能性の方が高そうだな)

とはいえ、可能性の一つとして心の内に留めておく。

事実が判明する前から可能性を狭めるのは愚か者のすることだ。

まあ、事実については相手次第で判明することだろう。

その為にも、まずは何かしらの動きが欲しい所なのだが――

『――クオンさん! 武装した集団が近づいてきてます!』

――フレンドチャットで雲母水母の声が響いたのは、まさにその時だった。

状況の変化を理解して、にやりと笑う。

そして俺は、そのまま窓を開けて屋敷の外へと飛び出していた。

「ルミナ! リリーナのことは任せたぞ!」

その言葉を残して、俺は正門の方へと駆けだす。

さて、果たして何が出てきてくれるのやら――戦いの気配に、俺は小さく笑みを浮かべていた。