軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

302:逸脱した悪魔

黄金に輝く眼球――黒い靄の中に浮かぶそれは、まるで闇夜に輝く満月のよう。

その二つある月のうちの一つを、餓狼丸の切っ先は正確に穿ち、貫いていた。

そのダメージにびくりと体をけいれんさせたマーナガルムは、やがてゆっくりと地面に横倒しになる。

背中から飛び降りた俺は、それでも警戒は絶やさず注意深くマーナガルムの姿を観察し――やがて、マーナガルムは、まるで砂が崩れるかのように崩壊して消滅した。

――しかしその一瞬後、倒れていた場所に、再び無傷のマーナガルムが姿を現す。

「――ッ!?」

「嘘、また!?」

あれほど与えたダメージの様子は皆無であり、最初に戦闘を始めた時と全く変わらない姿だ。

また最初から戦わなければならないのか――そう思い構え直すが、すぐさま思い違いに気づく。

先ほどまで感じていた、肌を震わせるほどの戦意が、今のマーナガルムには存在していなかったのだ。

穏やかで静謐な、まるで月のような佇まい。どうやら、マーナガルムはこれ以上戦闘を行うつもりは無いようだ。

「……お前は」

「――――」

何と声をかけるべきか分からず――しかし、マーナガルムは何も声を上げることはなく、ただその大きな口元をにやりと笑みのように歪め、そのまま霞のように消滅した。

どうやら、これで本当に戦闘は終了したようだ。

『レベルが上がりました。ステータスポイントを割り振ってください』

『《刀術》のスキルレベルが上昇しました』

『《格闘術》のスキルレベルが上昇しました』

『《強化魔法》のスキルレベルが上昇しました』

『《降霊魔法》のスキルレベルが上昇しました』

『《MP自動大回復》のスキルレベルが上昇しました』

『《練命剣》のスキルレベルが上昇しました』

『《奪命剣》のスキルレベルが上昇しました』

『《蒐魂剣》のスキルレベルが上昇しました』

『《生命力操作》のスキルレベルが上昇しました』

『《魔力操作》のスキルレベルが上昇しました』

『《魔技共演》のスキルレベルが上昇しました』

『《エンゲージ》のスキルレベルが上昇しました』

『《回復適性》のスキルレベルが上昇しました』

『《剣氣収斂》のスキルレベルが上昇しました』

『テイムモンスター《ルミナ》のレベルが上昇しました』

『テイムモンスター《セイラン》のレベルが上昇しました』

『《天月狼の導き》の称号を取得しました』

マーナガルムとの戦闘はこれで一段落だ。

しかし、問題そのものはまだ残っている。今、隣に立っているこの女悪魔のことだ。

マーナガルムとの戦いでは共闘することになったが、本来コイツとは敵同士だ。

利害が一致しただけの話であり、通常時であれば刃を向けぬ理由はない。

尤も、俺たちは今、互いに消耗している状態だ。ここで戦うことに利があるかといえば、正直な所頷けぬ状態ではあった。

俺たちは互いに睨み合い――先に相好を崩したのは、ロムペリアだった。

「――いいわ、ここで貴様と戦うつもりはない」

「ほう……? 悪魔のくせに、どういう心境の変化だ?」

ロムペリアは魔力を落ち着け、《 化身解放(メタモルフォーゼ) 》によって変化していた姿を元に戻す。

どうやら、本当にこれ以上の戦闘を行うつもりは無いようだ。

ディーンクラッドが行ったような様子見とも異なる。一体、どのような意図があって戦闘を回避するというのか。

そんな俺の疑念に対し、ロムペリアは軽く嘆息を零して声を上げた。

「悪魔だからと、盲目的に人間と戦うと思われるのは心外ね。少なくとも、私個人に関しては」

「……おかしなことを言うものだな。貴様、まさか人間と戦うつもりはないと?」

「人間かどうかはどうでもいいわ。私は強者と戦いたい、そして己が力を高めたい。それだけよ」

ロムペリアが口に出した言葉に、俺は思わず眼を瞬かせる。

悪魔共が持つ、盲目的な敵意や殺意とは異なる。

この女は、ただ純粋に強くなることを目的として、マーナガルムに挑んでいたというのか。

それは、リソースを集めるという悪魔の行動原理からは外れているわけではない。だが、最終的に見ている場所が他の悪魔とは圧倒的に異なる。

ロムペリアは、一体何を考えているというのか。

「……強くなって、何をするつもりだ」

「言ったはずよ、魔剣使い。貴様は私の獲物だと。ならば、相応の実力で戦うのが礼儀というものでしょう」

その言葉に、俺はますます困惑することとなった。

発言をそのまま鵜呑みにするのであれば、ロムペリアは俺に挑むために強くなろうとしているということか。

現状でも既に強力な力を持つ伯爵級悪魔。それがわざわざ修行してまで俺に挑むというのだろうか。

「貴様は今でも、十分に力を持った悪魔だろう」

「ふん……なら一つ問うわ、魔剣使い。貴様はあのディーンクラッドと戦い、敗れたのでしょう。けれど……もしもリソースの差が無かったとしたら、それでも貴様はあの男に負けるかしら」

「それは――負けるつもりは無いな」

魔法や、《 化身解放(メタモルフォーゼ) 》など測り切れない部分もあるが、仮にステータスが同等のレベルであるとしたら、例えディーンクラッドが相手であろうと、負ける気はしない。

まだ殆ど奴の動きを見れてはいないが、現状の体の動かし方だけを見た印象では、技量の面で負けているとは到底思えなかった。

そう判断した俺の言葉に、ロムペリアは小さく口元を歪めながら声を上げる。

「悪魔の力も、位階も、結局はリソースの総量でしかない。そしてそれは、いつか追い越される程度のものでしかないわ。そんな強さなど、私の求めるものではない」

つまりこいつは、ステータスの高さなどを抜きにした、純粋な実力で俺に勝利したいと、そう言っているのか。

あまりにも悪魔らしからぬその言葉に、困惑しつつも納得する。

つまるところ、コイツがマーナガルムに挑んでいたのは、自らの実力を高める為だったということなのだろう。

状況からして、先日森から響いていた爆発音もこいつが原因だろう。

自らの実力を高めるため、強大な力を持つマーナガルムに挑んでいたということか。

「……妙な女だな。そのために何度もマーナガルムに挑んでいたのか」

「私の勝手でしょう。尤も、これ以上の月齢では厳しそうだけど」

「それも知っているのか……」

どうやら、ロムペリアは何度もマーナガルムに挑んでいる様子である。

新月に近い内から挑んでいたことは、この女にとって幸運だったということか。

このような行動を以前から繰り返していたのであれば、ロムペリアの実力は以前よりも高まっている可能性は高い。

やはり……この女は、他の悪魔とは色々と異なっている部分があるようだ。

俺のことを宿敵として認識していることも色々と気になるが――まあいい、下手に藪を突く必要もあるまい。

「まあいいわ、どの道、天月狼に挑むにはまだまだ足りない。こちらもそちらに関知するつもりはないし、勝手にすればいいわ」

「貴様は、ディーンクラッドに協力しているわけではないのか」

「多少手伝いはしたけど、それで義理も果たした。これ以上あの男に手を貸す理由はないわね」

「……そうか。ならば、今回はこれまでだ」

そう声を上げて、刃を降ろす。

尤も、警戒を解除するわけではない。餓狼丸の解放は留めたまま、俺は殺気を収めて声を上げた。

「で、天月狼ってのは何だ?」

「……そんなことも知らないでマーナガルムに挑んでいたの? 天月狼は、マーナガルムの本体のことよ。満月の夜にのみ現れる、夜天の王。それ以外のマーナガルムは、僅かに漏れ出た光より生み出された影に過ぎないわ」

「……! 真龍と同じ、精霊種」

「ふぅん、流石に親戚のことは分かるようね」

ルミナが上げた驚きの声に、ロムペリアは小さく失笑じみた声を上げる。

どうやら、以前見た白銀のドラゴンと同じ、どちらかといえば人類の味方に分類される存在であったようだ。

その割には容赦なく攻撃しに来ていたが、そう言えば確かに、それほど殺意は感じ取れなかった。

ただ純粋に、戦いたかったということか。どうやら、天月狼なる精霊も色々と妙な存在であるようだ。

「天月狼に会うつもりなら、満月の夜にここまで来ることね。尤も、技量どうこうで逆転できるレベルではないけれどね」

「別段、そこまでマーナガルムに挑む理由があるわけじゃない。準備はこれで整ったからな」

「ふぅん……まあいいわ。今はまだ、私も自分に納得ができていない。いずれ、時が来たら戦うとしましょうか」

「成程――まあいい、それならば今回は戦うこともないだろう」

ロムペリアの今後の行動については気になるが、ディーンクラッドとの戦いにおいて邪魔にならないのであれば放置でいいだろう。

こいつ自身も決して無視していい存在ではないのだが、今はディーンクラッドを倒すことの方が先決だ。

俺が刃を引けば、ロムペリアは僅かながらに意外そうな表情を浮かべ、その後僅かな笑みと共に、上空へと舞い上がる。

「またいずれ会いましょう、魔剣使い。その時は、今度こそ決着をつけるわ」

「望む所だ。納得できるまで鍛え上げてから来るといい」

俺の言葉に、ロムペリアは満足げな表情を浮かべると、そのまま夜空の中へと姿を消していったのだった。

赤い魔力の残光を残して消えてゆくその背を見送り、俺はようやく全ての警戒を解き、餓狼丸の解放を解除した。

「ふぅ……おかしなことになったもんだな、あの女」

「あれ、本当に悪魔なんですよね? 悪魔の行動原理って、その……」

「どうにも、MALICEからも逸脱しているように思えるな。何が起こっているのかはよく分からんが……」

どうにも、ロムペリアに対しては悪魔に対する嫌悪感が薄い。

あいつは本当に、悪魔の行動方針から離れつつあるのかもしれない。

MALICEから生まれたものが、その在り方から逸脱する――果たして、それが何を示しているのか。

一応、これについてはアルトリウスに相談しておいた方がいいだろう。

「何はともあれ……これで目標は達成だな」

「ですね。色々と驚きましたけど……何とか行けてよかったです」

正直な所、ロムペリアがいなければマーナガルムをあそこまで追い込めたかどうかは分からない。

色々と思う所はあるが、今回は幸運だったと思っておくべきだろう。

「さて、戻るとするか。明日は……まあ、状況次第だな」

「了解です。今日は戻って終わりにしましょう」

次なる標的は北の都市を占拠している悪魔か。

果たして、どのような能力を持っているのか――まずは、情報を集める必要があるだろう。

「と、そう言えば……」

ロムペリアとの会話を優先したため確認していなかったが、新たな称号を手に入れたんだったな。

どうにも、マーナガルムの本体である天月狼に関連するものであるようだが。

■《天月狼の導き》

夜天の王たる天月狼マーナガルムに認められた証。

セットしている場合、闇月の森の深層において、マーナガルムとの戦闘を回避できる。

そして、最深部において天月狼に謁見する権利を得る。

……つまり、この森の更に奥に、天月狼マーナガルムが存在しているということだろう。

その存在には興味があるが、戦いになったらまず勝ち目のない相手だろう。

そもそも、ロムペリアの言葉が事実であれば満月の夜にしか会えない存在だ。今はあまり気にする必要はないだろう。

一度森の奥へと視線を向け――俺たちは、森を出るため踵を返したのだった。