軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

030:ランベルク邸にて

ランベルク邸へと入り、恐らくは居間だと思われる場所へと通される。

その部屋の中には、一人の少女の姿があった。

恐らく窓から外の様子を眺めていたのだろう、窓際から離れてこちらへと近寄ってきたのは、茶色の長い髪を揺らす、十代半ばほどの少女だ。

恐らくは、彼女が――

「お疲れ様、エルザ。ごめんなさい、怖かったわよね……怪我はない? 大丈夫?」

「ええ。問題ありません、お嬢様。この方々に……クリストフ様から遣わされた方々に助けていただきましたので」

「騎士団長様の? そうだったのね……」

安堵した様子の少女は、メイドの様子を一通り確かめた後、こちらへと視線を向けてくる。

お嬢様と言うからには大人しそうな人物をイメージしていたのだが、その瞳の力は強い。

快活で、力強い。どこにでもいそうな町娘――彼女のイメージは、そんな所だ。

メイドのエルザを助けたことで、こちらにもある程度気を許してくれたのだろう。彼女は、笑みと共に自己紹介をしてきた。

「初めまして、私はリリーナ・ランベルク。シュレイド・ランベルクの娘です。この度は、私のメイドを助けてくれて、ありがとうございました」

「異邦人のクオンと言う。一緒にいるのは――」

「同じく、異邦人の雲母水母、こっちから順番にリノ、くー、薊、そして飛んでる妖精がルミナちゃんです。よろしくお願いします」

「異邦人! あの、女神の使徒だって言う!? 騎士団長様って、そんな方々とも知り合いだったのね!」

リリーナの反応にちらりとリノへ視線を向ければ、視線に気づいた彼女は苦笑と共に首肯していた。

どうやら、この世界においてプレイヤーはそういう扱いを受けているらしい。

女神と言うと、あの神父が信仰していたアドミナ教とやらの神だろうか。

……まあ、俺たちの存在は、現地人にとっては色々な意味で異物だ。そういう設定の方が扱いやすいのだろう。

「団長殿と知り合ったのは偶然だがね。だが今回は、その知り合った理由が原因で、このランベルク邸を訪ねることになった」

「……クオン様? クリストフ様からの要請でここに来たと仰っておりましたが?」

「それは間違いなく事実だ。お前たちの助けになって欲しいと言われているのは間違いない。だが――ここに来た本来の目的は別だ」

視線を細めて、俺はそう告げる。

何かしらの問題を抱えている彼女には、あまり言うべきことではないのかもしれない。

けれど、やはり彼の言葉は伝えねばならないだろう。

「お前さんらにとっては、辛い話になるだろう。聞く覚悟はあるか?」

「っ……!」

俺の言葉に、リリーナとエルザは息を飲む。

その表情の中には、どこか悲壮な色が浮かべられていた。

今の話で、ある程度の予想がついたのだろう。彼女の父は行方不明のままだ、その想像が及んでしまうのも無理はない。

それが事実であると肯定するのは、中々に言いづらい言葉であったが。

「……エルザ、お茶を。皆さんはこちらへ……ちょっと、長い話になりそうだから」

硬い表情のまま、リリーナは俺たちをテーブルへと案内する。

そこに並ぶように腰かけながら、俺は俯き気味になってしまった彼女を観察していた。

この家の中の気配から察するに、恐らくこの家の中に彼女の母親はいない。

別れたのか、それとも亡くなったのか――ただ外出しているだけならばいいのだが、そうでないなら、シュレイドは彼女にとって唯一の肉親だったということになる。

彼女の内心を推し量ることはできない。それは、彼女だけに理解できる感情だ。

だが――少なくとも、今の彼女は、まだ話を聞く覚悟はできていない様子だった。

「……うぅ」

雲母水母とくーが、居心地悪そうに身じろぎする。

まあ、明るさが取り柄のこの二人には、この雰囲気は辛いものがあるだろう。

だが、耐えて貰わねばなるまい。少なくとも、彼女の覚悟が決まるまでは。

そのまま、しばし気まずい沈黙が流れる。果たして、どの程度の時間だっただろうか――少なくとも、エルザがお茶を用意し終わる程度の時間はかかったようだ。

テーブルにティーカップを並べ、物静かなメイドはリリーナの後ろにつく。

そのまま、メイドはリリーナの肩に片手を置き――そこでようやく、リリーナは俯かせていた顔を上げていた。

「聞かせて頂戴……貴方の、話を」

その表情の中にあるのは、覚悟だろう。

その話の趣旨を想像し、そのうえで前に進もうとしている。

であれば、俺もその覚悟に応えねばなるまい。

「結論から言おう――お父上であるシュレイド・ランベルクの殉職が確認された」

「――――ッ!」

俺の告げた言葉に、机の上に置かれていたリリーナの手がぎゅっと握りしめられる。

何かを堪えた様子の彼女は、それでも決して俯かず、じっと俺の瞳を見つめていた。

――強い少女だ。称賛に値するほどに。

「シュレイドは騎士団の任務にあたり、男爵級悪魔ゲリュオンに遭遇した。奮戦の末に彼らは敗れ、命を落とした」

「ッ……その、悪魔は……?」

「俺が斬った。心臓を抉り、首を落とした。奴はもう、この世にはいない」

リリーナの肩が震えている。

許せないだろう、己の手で殺してやりたいと思っていることだろう。

だが、その相手はもはや存在しない。怒りのやり場を失えば、後に残るのは悲しさだけだ。

「シュレイド・ランベルクは誇り高い高潔な騎士だった。死して、悪魔に支配されてなお己の意思で抵抗して見せた。最期の相手であれたことを、俺は誇りに思う」

「最期、の……?」

「アンデッドと化し、悪魔に支配されていたシュレイドを討ったのは、他でもないこの俺だ」

その言葉に、リリーナは息を飲む。

怒りに任せて罵声を発するか――そう考えもしたが、彼女は歯を食いしばって沈黙していた。

思う所はあるのだろう。だがそれでも、彼女は俺を責めることを選ばなかった。

その自制と決心に、俺は心底から敬意を表する。

「……彼は最期に、君に言葉を残した」

「…………」

口を開けば、耐えきれないのだろう。彼女は歯を食いしばったまま、視線で俺に問いかける。

ギリギリで耐えている彼女に、この言葉は酷かもしれない。

けれど、伝えなければならないだろう。それこそが、彼の遺言なのだから。

「『済まない』と……君に対して、そう言っていた」

「っ……ふ、ぅ……」

既に堪え切れなくなっている嗚咽に、俺は小さく息を吐く。

そして、すぐさま腰を上げ、四人娘たちを伴って机から離れていた。

「少し、話し疲れてしまった。廊下で休んでくる」

「……はい。ごゆっくり、お休みください」

少し涙声になっているエルザの言葉に頷き、俺たちは廊下の外に出る。

瞬間――

『っ……ああああああああああああああああッ! お父さん、お父さん……っ!』

扉越しに届いた悲鳴にも近い泣き声に、俺は嘆息を零して壁に背を預けていた。

四人娘はと言えば、早くも貰い泣きして身を寄せ合っているような状態だ。

ルミナは特に泣いてはいないが、リリーナのことが心配なのだろう、少し不安げな様子で扉の方を見つめていた。

全く、分かってはいたが――

「……損な役回りだな、こりゃ」

騎士団の連中だって、誰もやりたがりはしないだろう。

訃報を運ぶメッセンジャーなんか、恨まれるだけで何の利益もないような仕事だ。

だが……それでも、価値はあった。

少なくとも、何も知らず前に進めない状況よりはずっといい。そのような停滞を、あの男が望むとは思えない。

幸い、リリーナは一人ではなかった。傍から見ても信頼しているメイドが側に付いている。

強い眼をしていたあの少女ならば、きっと乗り越えられるはずだ。

「……クオンさん」

「感情移入するのも無理はないが、酷い顔してるぞ?」

「クオンさんが冷静すぎるんですよ……あんなの見せられたら悲しくもなりますって」

涙を拭いながら抗議する雲母水母に、俺は苦笑を返す。

間違いではない、むしろ正しい反応だろう。

俺が同じようにならないのは、単純に精神を制御する術に長けているというだけの話だ。

久遠神通流には、相手を攻撃するための業とは別に、自らの肉体を制御する技法がある。

精神制御はその基礎の基礎だ。己の精神を掌握できなければ、肉体を意思の下に支配することなどできはしない。

「別に共感できない訳じゃないし、悲しくない訳でもないさ。だがまぁ、結局はあいつらが決着をつけるべき話ってだけだ。同情はするが、それ以上の口出しをするつもりはない」

「それは……そうかもしれませんけど」

「割り切れと言うつもりはないが、下手な口出しは余計な悔恨を生む。結局の所、親を失った悲しみなんざ、当人にしか分からないんだ」

「…………」

納得しきれない様子ではあったが、反論の言葉も見つからなかったのだろう。

人の心は千差万別。シュレイドとリリーナがどのような親子だったのかすら知らない俺たちでは、彼女の悲しみを想像することすらできない。

そんな人間の慰めなど、安っぽくしか聞こえないかもしれないのだ。

小さく嘆息し、苦笑と共に雲母水母へ――そして、他の三人へと告げる。

「……リリーナのことを気にかけるのならば、シュレイドのことを口出しするより、単純にあの娘の味方になってやることだ。心に土足で踏み込むよりは、よほど支えになれるだろうさ」

「味方に……ですか?」

「俺たちは、このゲームの中では立場のしがらみがほとんど無い異邦人だ。誰に肩入れしようと自由だし、それを咎められる謂われもない。打算のない、純粋な味方ってのは貴重なもんだ」

その辺、俺はどうもビジネスライクに考えてしまうが、こいつらならば問題ないだろう。

若いからこそ、打算抜きに考えられる。ある意味では、リリーナは幸運であったと言えるだろう。

もしかしたら、ここにいるのは俺たち以外の誰かだったかもしれないのだから。

俺の言葉を聞き、雲母水母たちは互いに顔を見合わせる。

そして、何かを決心したように、互いに頷き合っていた。

ここに足を運んだのは、イベントの続きだから。ストーリーの先が気になったから――そんな程度であったはずの理由が、確固たる彼女たちの意思に置き換わる。

その姿を眩しく思いながら――扉の向こう側で、近付いてくる気配を察知していた。

「皆様、お手数をおかけいたしました」

扉を開けて姿を現したのは、澄ました顔のエルザだった。

だが、その目は赤く、頬にも僅かに涙の跡が残っている。

彼女も、紛れもなくこの家の一員なのだ、悲しむのは当然だろう。

「もういいのか?」

「はい……お嬢様がお話をしたいと仰っております」

小さく頷き、部屋の中へと招き入れる彼女の後に続く。

先ほどと変わらぬ、部屋の様子。テーブルについているのは、泣き腫らした目のリリーナだった。