軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

263:霧の中の真実

白影を使用し、ブラッゾから全力で距離を取ること数分。

路地に駆け込み、不規則なルートで街の奥まで足を踏み入れ――奴の気配が完全に消え去ったことを確認し、俺はようやく足を止めた。

僅かに乱れた呼吸を整えながら周囲を確認するが、相変わらず霧に包まれた街並みがあるばかりだ。

ひとまずは危機を脱したものとして、深く息を吐き出した。

『《HP自動大回復》のスキルレベルが上昇しました』

『《回復適性》のスキルレベルが上昇しました』

唐突に響いたアナウンスに、自分のステータスを確認しながら苦笑する。

このエリアに足を踏み入れてから、《HP自動大回復》は常に起動し続けている状態だ。

ある意味、このスキルを育てる上では非常に適した場所であると言えるだろう。

尤も、だからと言っていつまでもこの霧の中にいたいわけではないのだが。

小さく溜め息を吐き出して、俺はパーティのリストからパーティチャットを起動した。

「さてと……緋真、こちらは状況を脱した。そっちはどうだ?」

『先生! 良かった、大丈夫だったみたいですね。今私たちがいる場所の座標を送ります』

この口ぶりからして、どうやら向こうも安全な場所まで退避することができたらしい。

先ほど走っていたときも考えたのだが、どうもここはこれまでの都市とは異なり、配下らしき悪魔の姿が見当たらない。

この都市の中にいる悪魔は、もしかしたらブラッゾただ一体だけなのではないだろうか。

まあ、それはそれで戦い易くて助かるのだが、意図が分からないためどうにも不気味である。

『マップのスクショをメールで送りました。こっちまで来れますか?』

「確認した……そこまで遠くはなさそうだな。そっちまで移動する」

『了解です。一応、その間に情報共有しておきますか』

「そうだな、その方が手間も省けるだろう」

どうせ緋真たちも先ほどの女性から話は聞いているのだろうし、二度も説明させるのは手間にしかならない。

あらかじめ、必要な情報は共有しておくべきだろう。

こちらも、あの悪魔についてある程度情報を得られたわけだしな。

『まず、このラビエドの状況ですね。見ての通り、HP吸収効果のある霧に包まれていて、内部から外には出られない状況です』

「あらかじめ聞いていた情報と同じだな。それで?」

『現地人の人たちにとってもそれは同じで、外への逃亡はできないそうです。そして同時に、家の外を出歩いているとあの悪魔に襲撃を受けるとか』

「……まあ、納得できる話ではあるんだが」

実際、俺たちも同じような状況であったからだ。

大した情報もないままここまで入り込んできてしまったわけだが、例に漏れず俺たちもあの悪魔によって襲撃を受けた。

俺たちだからこそ何とか対処することもできたが、あれを初見で対処することは困難だろう。

戦闘経験の少ない現地人であれば、それも尚更だ。

「何だって、その状況でわざわざ外を出歩いていたんだ?」

『生活必需品とかありますからね……切羽詰まった状況だったんですよ』

この時代背景における生活必需品がどのようなものになるのかはよく分からんが……まあ、それは仕方がない話か。

いつ救助が来るかも分からないのだ、終わる見込みのない我慢など続く筈もない。

とは言え、結果としてあの女性を救出することはできた。それは幸運であったと考えておこう。

「で……どういう流れで、この街はこんな状況になったわけだ?」

『ある日突然、って感じですね。あの悪魔が単身街にやってきて、「外にいる人間を一人ずつ殺していく」とか言ってから霧を発生させたらしいですよ』

「色々とツッコミ所はあるが……まあ、本当にそれしか知らんのだろうな」

話に聞く限りでは、本当に唐突な事態であったらしい。

まあ、街中に突然伯爵級悪魔が出現するなど、普通は考えもしないだろう。

しかし、予想が当たったのが半分、外れたのが半分と言った所か。

予想通りであったのは、奴が単身乗り込んできたという点だ。もしも力で街を制圧し、その上で霧を発生させていたのならば、もっと戦闘の痕跡がある筈だった。

人間の姿で、尚且つかつて人間だったブラッゾだからこそ、効率よく街を制圧できたのかもしれない。

「で……何だってあの悪魔、そんな非効率なことをしているんだ」

『それなんですけど……先生、自分のステータスで経験値を確認してみてください』

「あん? 経験値だと?」

緋真の言葉に、疑問符を浮かべながらステータスを確認する。

経験値なんて、レベルを上げる時ぐらいしか確認しない項目ではあるのだが――言われた通りに目を通した瞬間、俺は思わず顔を顰めていた。

レベルを示す経験値バー、その下に書かれている数値は、ほんの少しずつながら減少していたのだ。

「これは……」

『この霧、どうやらHPだけじゃなくて経験値も少しずつ削っていくみたいです。私たちぐらいのレベルになったら、正直誤差程度の数字でしかないですけど……それでも、正直かなり嫌ですね』

「ああ。だが、問題はそこじゃないぞ」

ゲームという観点だけで見れば、単純に経験値が減っているというだけの話だ。

不快であることは否定できないが、それでも致命的な事態であるとは言い切れない。

問題は――この経験値、つまりリソースという物の正体だ。

「前言は撤回しよう。あの悪魔は、これまでのどの悪魔よりも効率的にリソースを集めてやがるな」

『ですね……バルドレッドよりもよほど上手く、生かさず殺さずを実現してますよ』

悪魔が集める力であるリソース、その正体を俺たちは知っている。

簡単に行ってしまえば、リソースとは即ちファイルサイズ……言い換えればパソコンの使用済み容量だ。

俺たちおよび現地人のアバターは、言ってしまえば一つのフォルダだ。その中にスキルなどのあらゆるデータを詰め込んで全体を形成している。

つまり、その中にデータを詰め込むほどに全体の 経験値(サイズ) 、つまりリソースは増していくのだ。

悪魔(MALICE) はリソースを奪うことを目的としている。これを真相を知っている側の視点から見れば、奴らは自分たちで占有して利用できる容量を奪おうとしているということになる。

より多くの容量を奪うことで、より大きなファイルサイズを持つ上位の悪魔が出現する。成程、言われてみれば納得できる話ではあった。

これは陣取り合戦なのだ。フィールドではなく、この 箱庭世界(サーバ) のマシンそのものを舞台とした、パイの取り合いである。

(その点、ブラッゾは相手を殺すことなくリソースだけを搾り取っている。《奪命剣》にそんなテクニックがあるってことなんだろうが……一定量を得続けるという点において、これほど効率的な方法もあるまい)

殺されないという点は望ましくはあるのだが、それでも効率よくリソースを奪われてしまっていることは喜べない。

何はともあれ、この霧は何としても晴らさねばならないということだ。

『それで先生、あの悪魔について何か分かりましたか?』

「ああ、ある程度はな。正直、現地人には説明しづらかったし、通信で話せるのは都合がいい」

《奪命剣》はただでさえ危うい扱いを受けているのだ。

これ以上面倒な扱いを受けるわけにもいかんし、現地人には情報を遮断しておきたい所である。

だが、パーティメンバーとは情報を共有しておかねばなるまい。

「奴は《奪命剣》を使う。この霧も、奴のスキルを元にしたものだ」

『は? 《奪命剣》……みたいな技、ってことですか?』

「いや違う、奴が使っているのは《奪命剣》そのものだ。奴は……剣聖オークスの弟子、《奪命剣》の継承者だった男だ。どういう流れかは知らんが、悪魔になったようだな」

しかし、これに関しては本当に分からない。

奴は確かに、オークスによって討たれたはずだ。オークスがことを仕損じるとも思えないし、一体何が起こったというのか。

だが何にせよ、そんな厄介な相手が立ち塞がっていることは紛れもない事実なのだ。

何とかして奴を討ち取る以外に、ここを切り抜ける方法はないのである。

「つまり、奴はHP回復の手段に優れる。この霧も、《奪命剣》の力を応用したものであるらしい」

『つまり、多少ダメージを与えても一瞬で回復されると』

「そういうことだな。伯爵級を相手に一撃で殺すというのも現実味のない話だ。つまり――」

『何とかして霧を晴らさない限り勝ち目はないってことですね……了解です。こちらの人たちに、霧についてもう少し聞いてみます』

「複数いるのか……分かった、頼む」

『はい、それじゃあお待ちしてますから』

チャットを閉じ、軽く溜め息を吐き出す。

多少見えて来はしたものの、問題は山積みだ。

この霧と、ブラッゾ自身。並大抵のことでは攻略できぬ難題だろう。

「相手が《奪命剣》ってのも問題だな」

先ほど【命輝一陣】を斬り払われたことで分かったが、《練命剣》は《奪命剣》との相性が悪い。

元が生命力で作り上げられた刃だ、生命力を奪う《奪命剣》からすればただの餌に過ぎないのだろう。

つまり、下手に《練命剣》を使えば奴のHPを回復させるだけだということだ。

「ふむ……《奪命剣》、【命喰牙】」

ふと気になって、俺は左手に【命喰牙】を出現させた。

相変わらず真っ黒な短剣は、《奪命剣》の力のみで構成された一振りだ。

「《蒐魂剣》」

そんな【命喰牙】に対し、抜き放った小太刀で《蒐魂剣》を発動し、斬りつけた。

瞬間、【命喰牙】は真っ二つに断ち斬られて消滅する。

《奪命剣》もMPを消費して発動するスキルだが、どうやら《蒐魂剣》の効果は及ぶようだ。

「三竦みのようになっているってわけか……それならまぁ、多少は手もあるか」

軽く溜め息を吐き出し、歩を進める。

緋真の指定した位置までは、あと少しで辿り着くことができるだろう。