軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

262:剣の悪魔

無造作に伸ばされた、片目を隠す黒い髪。

いたるところにベルトの付いた、どこか拘束具じみた形状の衣服。

そして、右手に携えられた黒い刀身の長剣。

その足の運びを見て、俺は即座に判断を下した。

(達人級だ。少なくとも師範代たちと同等クラスだな)

無駄のない足運び、ブレない重心。それが並々ならぬ修練の果てに辿り着いた境地であることは、一目見れば理解できる。

まさか、悪魔にこれほど高い技量を有した者が存在するとは。

バルドレッドの技術もかなり高いレベルではあったのだが、その頑丈さを過信している部分があった。

恐らくではあるが、コイツの持つ技術はバルドレッド以上だろう。決して、油断することはできない相手だ。

「ほぉ……誰が来たかと思ったら、また異邦人か。しかし、勘のいい奴だな。後ろからバッサリやってやろうかと思ってたんだが」

「……この霧を生み出している張本人か」

「ご明察。オレは伯爵級三十二位、ブラッゾだ。つまらねぇ仕事だが、多少は骨のある奴が引っ掛かったようだな」

伯爵級の三十二位――つまり、このブラッゾという悪魔は伯爵級の中でも最下位ということか。

しかし、達人級の技術を持っている上に伯爵級悪魔の身体能力を有しているのだ。

正直な所、バルドレッドよりも更に危険な相手であると認識せざるを得ない。

そう考えて警戒を増した瞬間、ブラッゾはどこか意外そうな表情で目を見開いた。

「へぇ……大抵の馬鹿どもは、三十二位と名乗ると油断するんだがな」

「伯爵級には変わりないだろうに。例え何位だろうが、度し難い化物だ」

俺の言葉を聞き、悪魔ブラッゾはにやりと笑う。

西洋剣には詳しくないが、その剣は紛れもなく業物であるだろう。

ゆっくりと剣を構えるその姿に、俺も静かに意識を集中し――同時に地を蹴った。

「……ッ!」

素早い剣閃が俺の身に迫る。

鋭く迅い、お手本のような一撃だ。並の剣士であれば、一瞬で首を断たれてしまうような鋭い一閃に、俺は下から掬い上げる一閃で合わせた。

斬法――柔の型、流水。

ブラッゾの剣は上に逸れ、俺はその下に潜り込むようにしながら刃を翻す。

そのまま前に踏み込みつつ放った一閃は、しかし半身になって回避されてしまった。

それでも、体を逸らしたことによって相手は一手動きが鈍っている。

その隙に肉薄した俺は、ブラッゾの腹へと拳を押し当てた。

打法――寸哮。

「うおっと!?」

しかし、その衝撃が伝わり切る前に、ブラッゾは後方に跳躍して身を躱した。

完全に威力を伝え切れてはいなかったし、大したダメージにはなっていないだろう。

距離を取って仕切り直しではあるが、若干の余裕はできた。

「【ダマスカスエッジ】、【ダマスカススキン】、【武具精霊召喚】」

魔法を発動、攻撃力を高める。

先ほど打ち合った感覚から、重くはあるものの対処できないほどのステータス差ではないことは確認できている。

後は攻撃力さえ足りていれば、奴にダメージを与えることは可能なのだ。

対するブラッゾは、酷薄な笑みを浮かべながらこちらへと向かって足を踏み出す。

やはり移動速度はかなりのものだが――直線であれば、見切ることも難しくはない。

「しッ!」

「ははははッ!」

斬法――柔の型、流水。

振り下ろしてきた一閃を受け流し、返す刃にて一閃を放つ。

ブラッゾはその一閃を回避しつつ反撃の刃を繰り出してきたが、体勢からしてその軌道は既に読めている。

斬法――柔の型、流水・浮羽。

相手の攻撃を受け止めつつ、勢いに乗って摺り足で前に出る。

それによってブラッゾの横合いを擦れ違う形で移動した俺は、己が篭手を膝で蹴り上げた。

斬法――剛の型、鐘楼。

「――『生奪』」

放った一閃は、ブラッゾの脇腹を捉えて斬り裂く。

浅いが……どうやら、俺の攻撃力ならばこいつにダメージを与えることは十分に可能であるようだ。

残心と共に振り返り、ブラッゾへと刃を向け――俺は、思わず顔を顰めた。

緑の血を流す、脇腹の傷。それが、瞬く間に癒えて無くなってしまったのだ。

若干ながら削れたHPバーについても、あっという間に元通りになってしまった。

「何だ、それは」

この回復力、以前ヴェルンリードが見せた、設置魔法陣による再生にも似ている。

奴は石化した人々を利用し、その生命力や魔力を奪うことで回復していた。

仮に回復に優れる悪魔がいたとしても、これほどの回復力は流石に不自然だ。

この悪魔の回復力にも、何かしらの仕掛けがあると考えるべきだろう。

まあ、おおよその見当はつくものではあるが……周囲の霧を意識しつつブラッゾを注視すれば、奴は深く息を吐き出し、鋭い視線でこちらを見つめながら声を上げた。

「おいおいおい、こっちの台詞だぜ。テメェ、何故そのスキルを使える」

「……何のことを言っている?」

「決まってるだろう、コイツのことだ――《奪命剣》」

その瞬間、ブラッゾの持つ黒い剣は、なお深い闇に包まれた。

これ以上ないほどに見覚えのある光景に、俺は思わず息を飲む。

間違える筈もない、これは間違いなく《奪命剣》だ。だが、何故悪魔がこのスキルを使える?

このスキルを編み出したのはオークスであり、誰もが使えるようなスキルではない筈だというのに。

動揺は抑え込みながら警戒すれば、ブラッゾは酷薄な笑みと共に独白を続けた。

「ま、異邦人がコイツを使えている時点で、誰が教えたかなんてのは分かり切っているがな。どうせ、あのジジイが教えたんだろう? 《練命剣》も使えるってことは、どうせ《蒐魂剣》も使えるんだろうしな」

「……オークスを、三魔剣を知っていて、しかも《奪命剣》を使える? まさかとは思うが……」

「く、ははは……! あのジジイを知ってるなら、当然オレのことも知ってるよなぁ」

……オークスの弟子であった剣士の一人、《奪命剣》を継承した者。

しかしてその剣の力に魅入られ、無辜の民を傷つけ命を奪い、最後には己が師によって討たれた男。

名を聞いた覚えはない。オークスにそれを尋ねることは躊躇われた。

だが――この技量とこのスキル。そして……少しずつ体力を奪うこの霧。

こうして眼前で見たからこそ分かる。この霧と、奴の《奪命剣》は同じ性質のものだ。

つまり――この悪魔は、街全体から少しずつ体力を吸収することで、急速に体力を回復しているのだ。

「オレの名はブラッゾ。剣聖の三魔剣、《奪命剣》の継承者。そして――悪魔となりて、伯爵級の位を簒奪せし者。今度こそ、剣聖を超える男だ」

「……大きく出たものだな、血狂いの化物が。人斬りに溺れただけでなく、こんな下らぬ仕掛けに頼るまで堕ちたか」

「はっ、剣の何たるかも理解できなかった連中のことなんざ、知ったことじゃねぇな」

一切表情を変えぬブラッゾに、俺は視線を細める。

どうやら、人々のことは完全に歯牙にかけていないようだ。

それに関して色々と思う所はあるが、生憎とコイツは今の状態で勝てるような相手ではない。

少なくとも、このHP回復を何とかしなければならないだろう。

(色々と聞きたいことが増えちまったが……今の状況じゃ、まともに戦うだけ損だな)

幸い、緋真たちの退避は完了している。コイツが俺に対して興味を抱いてくれたおかげで、時間を稼ぐことは十分にできた。

とはいえ、俺もまたコイツから逃れなければならないのだが。

堕ちたとて、相手は剣聖の弟子。《奪命剣》の性質からしても、決して油断できる相手ではないだろう。

故に――全力を以て、この場から退避するとしよう。

「剣聖を超えるか……何も分かっていないんだな、お前は」

「あ?」

今の一言は受け流せなかったのか、ブラッゾの表情が変わる。

だが、それに応えてやるつもりは無い。刃を鞘に納めた俺は、静かに意識を集中させて構えた。

俺が攻撃態勢に移ったからだろう、ブラッゾもまた刃を構え、重心を落とす。

その姿を見据え――俺は、刃を解き放った。

「《練命剣》――【命輝一陣】」

斬法――剛の型、迅雷。

輝く一閃が、神速の居合と共に撃ち放たれる。

本気でHPを注ぎ込んだその一撃は巨大な刃と化し、ブラッゾへと一直線に殺到した。

(だが、この程度は余裕で対処するだろうな)

奴の動揺の気配はない。《奪命剣》の力を使い、余裕で対処してくることだろう。

だが、それでいい。たった一手であろうとも、奴の動きを止められるならば目的は果たされるのだ。

久遠神通流合戦礼法――風の勢、白影。

元より白い霧に包まれていた視界が、モノクロに染まる。

俺は刃を振り切った勢いのまま体を反転、そのまま前傾姿勢となって地を蹴った。

歩法――烈震。

「チッ、テメェ――」

ブラッゾは俺の【命輝一陣】を《奪命剣》で斬り払うが、その時点で俺は既に地を蹴っている。

こちらへ追撃を仕掛けようとする気配はあったが、すでに手遅れだ。

俺はそのまま、霧に包まれた街の中へと全速力で飛び込み、姿を隠したのだった。