軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

025:悪魔ゲリュオン

このゲームに出現する敵は、基本的に複雑な意識などないものであると認識していた。

何しろ、これまでに出てきた相手は基本的に獣ばかり。本能のままにこちらに襲い掛かってくるような相手ばかりだった。

であれば、それはただの駆除か狩りに過ぎない。戦ではなく、単なる遊びでしかなかったのだ。

だが――ここにきて、その例から外れる存在が現れた。

悪魔ゲリュオンと、それに使役されたアンデッドナイト。

そのリーダーであったあの男は、悪魔に支配されながら、それでも自意識を完全には失っていなかった。

「殺す前に、一つだけ聞いておこう」

「大きな口を叩きますねぇ……まさか、あの木偶共を片付けた程度で、この私に勝てるとでも?」

「当たり前だろうが、何を聞いてるんだお前は」

そんなことを話したいんじゃないんだが、と返答したが、悪魔は再びその形相を歪めていた。

まあ、それはどうでもいい。この害虫は、敵として尊敬に値するような相手ではないのだ。

そんな相手の内心など、いちいち気にしてやる道理など無いだろう。

「あのアンデッドナイトたちは、以前お前に挑んできた騎士たちだな?」

「……それが、どうしたと?」

「ああ、別に。単なる確認だ」

つまるところ、やはりこいつは、自分に挑んできた相手を殺し、その死体を辱めていたということだ。

あの騎士たちは、戦士としての名誉ある死を得るどころか、悪魔の手駒として市井の人間を襲撃させられたのだ。

俺はそれを、ただのバックストーリーと片付けることはできない。

今際の際に懺悔を零したあの男の苦悩を、そんな安い言葉で片付けるわけにはいかない。

――戦火の中で苦悩を重ねていた男たちの姿を、知っているから。

だがまあ――これで、多少はやる気が出た。

「これは決闘ではない。討伐でもない。ただの、駆除だ。貴様の死に意味などくれてやらん、そこで無意味に朽ち果てろ」

「く、はははは……舐めてくれるじゃねぇか、人間風情がああああッ!」

ゲリュオンは、叫びながら手を振り上げる。

その頭上に発生したのは、3メートルはあろうかという巨大な火の玉だ。

どうやら、今のお喋りの間に詠唱を行っていたらしい。

勝ち誇った笑みを浮かべたゲリュオンは、俺へと向けてその手を振り降ろす。

「そのおめでたい頭ごと燃え尽きなァッ!」

「――《斬魔の剣》」

巨大な火の玉は、高速で俺へと飛来する。

迎え撃つは、青い光を宿した太刀の一閃だ。

輝きを宿すその一閃は、飛来した火球へと食い込み――以前とは異なる、確かな手ごたえを俺の手に伝える。

「おおおおおっ!」

ぎん、と音が響く。

力を込めて振り降ろした刃は、燃え盛る炎を真っ二つに切断していたのだ。

そのまま俺の両側へと通り過ぎていった炎は、以前のように斬られた瞬間に消滅することなく、後方の地面で燃え上がる。

その様子を気配で感じながら、俺は納得の声を上げていた。

「成程、魔法の威力が高いと消えはしないわけか」

「な、に……!?」

ゲリュオンが驚愕している間に、己の状態について確認する。

どうやら《斬魔の剣》は、威力で負けている場合は、完全に魔法を消し切れるわけではないらしい。

威力で負けている魔法を斬ると、斬ること自体はできるようだが、貫通ダメージを受けてしまうようだ。

まあ、それでも斬れていることに変わりはないし、直撃を受けるよりは遥かにマシなのだが。

性質さえ分かれば問題はない。要は、それほど強力な魔法を溜めさせなければいいだけの話だ。

「ふっ――」

「ッ、糞がァ!」

短い呼気と共に踏み込み、駆ける。元より、大した距離が開いているわけではない。

瞬時に肉薄してその体を両断しようとするが、ゲリュオンはその場から後方へと大きく跳躍していた。

が――その動きは予想済みだ。

歩法――烈震。

大きく前傾姿勢を取り、己の体重を推進力へと変えて地を蹴る。

その速度は先ほどの比ではない。俺は、ゲリュオンが後方に着地したその瞬間には、奴の眼前まで飛びこんでいた。

「なっ!?」

「――《生命の剣》」

太刀が金色の光を纏う。蜻蛉の構えから振り降ろされた太刀の一閃はゲリュオンの胸へと吸い込まれ――その直前、反射的に構えられた腕を切断していた。

だが、そこで刃は止まらない。更なる返す刃の一閃は、黒い靄を纏って放たれる。

「――《収奪の剣》」

「ぎッ――ご、あああああ!?」

《収奪の剣》を纏う刃はゲリュオンの胴を薙ぎ、左腕共々血を噴出させる。

それと共にHPは回復、更なる一撃を叩き込もうと踏み込んで――感じた悪寒に、俺は振るう刃を切り替えていた。

「《斬魔の剣》ッ!」

「があああああッ!!」

俺とゲリュオンの間に、炎の塊が発生する。

それは瞬時に膨張し、爆発となって顕現していた。

青い光を纏って振り降ろされた太刀は、膨れ上がった爆発を断ち切り――けれど、衝撃までは殺し切れずに後方へと押しやられる。

奴め、曲がりなりにも爵位級悪魔というだけはあるわけか。咄嗟に放ったにしては大した威力の魔法だ。

「が、はぁっ、はぁっ……き、さま」

「ちっ……仕切り直しか」

左腕を失い、胴を裂かれたゲリュオンの姿を見据える。

人間ならばショック死している可能性もある傷だが、悪魔は相応に頑丈なようだ。

別段、苦しめてから殺すなどという自己満足をしようとしたわけではないのだが、相手が中々に生き汚かったということだろう。

まあ、その辺りはどうでもいい。次で殺す、それで死ななかったらその次で殺す。ただそれの繰り返しだ。

太刀を蜻蛉の構えに、一刀にて両断する剣気を込めて、ゲリュオンの姿をまっすぐと見据える。

「この、化け物め……貴様、本当に人間か……!?」

「ああ、何か知らんがよく言われる言葉だな」

何故か知らんが、俺と対峙した人間の五人に一人は同じ言葉を吐いてくる。

馬鹿な言葉だ。久遠神通流は、あくまでも人が人を斬るための剣術に過ぎないというのに。

そんな言葉に縋りたいのならば、縋っておけばいいだろう。

「御託は要らん、斬り捨てる」

「おのれ……こうなったらッ!」

叫び、ゲリュオンが残った右腕で何かを取り出す。

あれは、アンプルか何かか。その性質は分からないが、使われたら面倒なことになるのは間違いないだろう。

だが、先ほどの爆発で距離が開きすぎている。ここから奴に斬りかかっても、恐らくは間に合わない。

一旦様子見をするしかないか――そう考えていた所に、後ろから声と回復魔法がかかっていた。

「クオンさん!」

「大丈夫ですか!?」

「ああ、問題ない。それよりも奴だ」

集ってきた雲母水母たちのことは気にも留めず、ゲリュオンは手に持ったアンプルを己の体に打ち込んでいた。

やはり、何かの薬品か何かか。回復のポーションの類かとも思ったが、使うのを一瞬躊躇っていた様子を見るに、どうも異なるような気がする。

だとすれば一体何なのか。疑問を抱きつつも警戒を絶やさぬよう集中し――俺は、思わず目を見開いていた。

アンプルを打ち込んだゲリュオンの体が、唐突に一回り大きく膨張したのだ。

「んなっ!?」

「何よあれ!?」

膨れ上がったゲリュオンの肉体は纏っていた服を破り、剥き出しになった肌は緑色に変色していく。

両手には巨大な鉤爪、多少なりとも整っていた顔は、醜い化け物に変貌する。

先ほどの姿とは似ても似つかない――だが、悪魔と言われれば納得できる姿だ。

斬り落とした腕や裂いた腹部までも再生しており、完全なる健康体となって復活していた。

『ぐ、ははは……成功だ。やはり私は天才だ!』

「な、何なのよ、あれ……あんな姿になるなんて、聞いてないんだけど!?」

「そこまで追い詰めた奴がいなかったんだろうよ」

ゲリュオンは、追い詰められた状況になってからようやくあのアンプルを使用した。

となれば、追い詰められた状況にならない限り、あれは使わないということだろう。

受けたダメージも再生するようだし、なかなか面倒な能力を見せてくれるものだ。

『はははははっ! これこそが 化身解放(メタモルフォーゼ) ! 本来は伯爵級でもなければ使えない代物だが……くふふ、お前たちがせっせと貢いでくれたおかげで、完成させることができましたよ!』

「……うげ。もしかしてプレイヤーが負け続けたから強化された?」

「そんな仕様聞いてないわよ!」

薊の言葉が事実であるとすれば、奴は果たしてどれほど強化されているのか。

誰も知らなかったのだろうし、仕方ないと言えば仕方ないのだが……雲母水母が文句を言いたくなる気持ちも分からないではない。

俺としても、もう少しマシな相手がこれを使ってくれていれば、もう少し楽しむことができたのだが……生憎と、俺はこいつを『敵』として扱わないと決めている。

面倒だが、さっさと片付けてやらねばなるまい。

「厳しそうなら、お前らは後ろからの援護に徹してくれ」

「クオンさん、まさかあいつと!?」

「そりゃあ斬るに決まってるだろ。《生命の剣》を多用するんで、回復を任せたい」

「……分かりました、お任せください」

「うー、私が一緒に前に出ると、回復が間に合わなくなるか……ごめんなさい、クオンさん」

「構わん、後ろから魔法で援護でもしててくれ」

全身の変貌が終わり、ゲリュオンは再び動き出す。

それに合わせて、俺も太刀を構えながら前に出ていた。

かなり大柄になり、2メートル半はあろうかという巨体を誇る相手だ。倒すのには相応の工夫がいるだろう。

『くくく、まさか、雑魚を引き連れていれば勝てるとでも?』

「別にいなくてもどうにかなるが、いた方が楽なのは事実だからな」

『ふっ、その余裕がいつまで続くか――見物ですねぇッ!』

その叫び声と共に、ゲリュオンはこちらへと飛び込んでくる。

放たれる攻撃は、右腕による薙ぎ払いか。

直撃を受ければ吹き飛ばされるか、爪によって引き裂かれるか――まあ、そんな見え見えの攻撃が当たるはずもないのだが。

歩法――虚影。

後方へと一歩後退、その着地した足で地を蹴り、そのまま前へと出る歩法。

体幹を揺らさぬままこれを行うことで、ギリギリを見極めればまるで攻撃がすり抜けたように錯覚させることもできる業だ。

後退している間にゲリュオンの爪は俺の胸元ギリギリを通り過ぎ、その次の瞬間には奴の懐に飛び込んでいる。

「ふっ!」

『ぐっ!? 何が――』

奴の右脇腹を薙ぐ――が、浅い。

どうやら、肉体そのものの強度が上がっているようだ。ただ普通に斬っているだけでは致命傷を与えるには足りないだろう。

血まで緑色なのが若干気色悪いが、まあ気にしていても仕方あるまい。

ゲリュオンは俺の姿を追い切れずに混乱しているようだが、脇腹を斬られたことで、反射的に右腕を戻して振り払うように振るっていた。

素人にありがちな反射的な行動だが、流石にこの体格差では受け流すのも難しい。

ならばと、俺は体を沈めて潜り抜けるように回避しながら、相手の膝裏へ移動しつつ刃を振るっていた。

やはり普通に斬っただけでは効果が薄いが、膝裏を打たれれば否が応でも体勢は崩れるだろう。

『ぐぁっ!? 貴様ッ!』

「――《生命の剣》」

右膝をついた体勢のゲリュオンへ、上段から刃を振り降ろす。

頭を断ち割ってやるつもりであったのだが、存外に素早く反応したゲリュオンは、体を反らせて直撃を回避していた。

だが、それでも刃から逃れることは叶わない。肩口に食い込んだ刃は、そのままゲリュオンの背中を斬り裂いて血を噴出させる。

やはり、《生命の剣》を使えばそれなりにダメージを与えられるようだ。

それを確認して、俺は後方へと跳躍する。

『があああああっ!』

当然の反応と言うべきか、ゲリュオンはその腕で俺のいた場所を薙ぎ払っていた。

やはり、あれだけではそれほど痛手にはならなかったようだ。

しかしこの悪魔、上半身の立派さに加えると、下半身が若干貧弱に感じる。

蹴りを使ってこないのはそれが原因だろう。足もそれほど長くないし、腕で攻撃した方が遥かに強力だ。

まあ、下段からの攻撃をそれほど気にしなくていいのは、こちらとしても楽でいいのだが。

「【ヒール】!」

「【ファイアボール】!」

「【ウィンドアロー】!」

「【ダークキャノン】……!」

距離が開いた所に、次々と飛んでくる雲母水母たちの魔法。

ついでに、ルミナもここぞとばかりに魔法を撃ちまくっていた。

流石に魔法専門の薊の攻撃は威力が高く、その衝撃でゲリュオンの体勢が崩れる。

更には奴の意識も彼女たちの方に向いている。

『雑魚共が……ッ!』

「《生命の剣》」

無論、そんな隙を晒してくれるのであれば、逃す手などありはしない。

爆ぜる魔法の衝撃を潜り抜けるようにして、俺は再度ゲリュオンに肉薄していた。

突きで心臓でも穿ちたいところであるが、生憎この巨体が人間の構造通りなのかは分からない。

更に言えば、突き刺さった刃を抜くのも一苦労だろう。面倒だが、地道に削っていくしかあるまい。

まずは、後衛の方へと向けられたその腕だ。

「おおおッ!」

『ッ、貴様――』

接近した俺にゲリュオンが目を剥くが、反応が遅い。

ゲリュオンはすでに魔法を展開し始めている。その状態からでは、こちらへの対応など間に合う筈もない。

そして奴の反応を許さぬまま、俺が降り降ろした一閃は、ゲリュオンの手首に食い込み――一刀の下に切断していた。