作品タイトル不明
211:聖王国の現状
悪魔共に拉致されていた人々を救出し、街道を通ってカミトの街に帰還する。
その頃にはすっかりと日も暮れ、その日のログイン可能時間の限界まで到達してしまっていた。
目標であった八大都市の偵察も叶わなかったが、まあそれは仕方ないだろう。
例えある程度の数であったとしても、人々を救出できたことは喜ばしいことだ。
とりあえず、今の状況だけはアルトリウスとエレノアに伝えておき、その日はさっさとログアウトすることとした。
そして、翌日――
「……初めまして、の方が良いのかしら。ちょっと不思議な気分だわ」
「ふむ……まあ、確かに初対面ではあるがな」
久遠家の正面玄関、そこに立っている小さな少女――いや女性を前に、思わず苦笑する。
今朝から運び込まれてきた荷物、その主である彼女は、俺の表情を見て同じように苦笑を浮かべてみせた。
「それじゃ、改めまして……初めまして、 東雲(しののめ) 亜里沙(ありさ) です。当主様、本日よりお世話になります」
「ああ、よく来てくれた。歓迎しよう……お前さんにそんな畏まった話し方をされると、ちょいと妙な気分だな」
「一応、その辺はしっかりしないとダメでしょう? 貴方、一応当主様なんだから」
呆れたように視線を細めるアリス――いや、亜里沙の言葉には苦笑を返さざるを得ない。
そう言われてしまうと否定はできないのだ。一応、立場としては俺が彼女を雇っているという形になるのだから。
とはいえ、下位の門下生たちの目がない場所であればそれほど気にする必要も無いだろう。
師範代たちであれば……まあ、あいつらも気にはしないか。
「よし、明日香。部屋に案内してやれ。荷物はもう運び込んであるだろう?」
「はい、了解です。亜里沙さん、こっちですよ」
「ありがとう、お邪魔します」
玄関を上がり、亜里沙は屋敷の奥へと歩いていく。
それとすれ違うようにこちらに向かってきたのは、朝の仕事を終えたらしい蓮司だ。
彼は二人に会釈をしたのち、改めて俺の方へと近づき声を掛けてくる。
「お疲れ様です、師範。彼女がアリスさんですか」
「こちらでは東雲亜里沙だ。その辺、混同して呼ばんようにな」
「ははは、了解です。気を付けないと間違えそうですがね」
その言葉は否定しきれず、軽く肩を竦めて返す。
明日香と緋真については慣れていることもあるし、あまり間違えはしないのだが……亜里沙とアリスは名前も似ているし、背格好は完全に同じだ。
髪や目の色は違うためある程度印象は異なるが、それでもかなり似ている。無意識のうちに間違えて呼んでしまうこともあり得そうだ。
「それで、師範。彼女の仕事はどうしますか?」
「俺が明日香に稽古をつけている間に、希望者だけに行うようにするかね。あまり長時間拘束されるのは困るぞ」
「こちらも、ゲームに入りたいものは多いですからね。そこは承知していますよ」
しかしまぁ、こいつらもすっかり慣れたものだ。
門下生たちのゲーム内での活動は一応報告に聞いてはいるが、中々暴れ回っているようだ。
とりあえず、今はまだアルファシアの王都をメインに活動しているようだが、そろそろベーディンジアにも移れることだろう。 一応、こいつらにも次の国――ミリス共和国連邦のことは伝えてある。
恐らく、第二陣向けのステージになるであろうということ、そして俺と合流するのであればそこをクリアしてからであるということ。
そちらの国のことについては、俺は全く何も知らない。まあ、第一陣のいくらかが向かっているかもしれんし、何かしら情報はあるかもしれんが。
「急ぐことだな。第一陣でも、功を焦る連中は向かっているかもしれんぞ」
「だからと言って、我々が焦っても仕方がないですがね。堅実に強化していきますよ……では、後程。今日は歓迎会ですからね」
「新しい状況であるし、やりたいことは多いんだがな……分かってるさ」
ひらひらと手を振り、自室へと向かう。
亜里沙はこれから、この久遠家で暮らすことになる。
見た目について色々と言われることもあるかもしれないが、同時にこの家は実力主義だ。
虚拍を扱える彼女ならば、すぐに多くの門下生たちに認められることとなるだろう。
「さてと……こっちはこっちで、どうしたもんかね」
アドミス聖王国での戦いは、まだ全貌が見えていない。
アルトリウスが既に調査に乗り出しているだろうが、果たしてどのような状況になってしまっているのやら。
とりあえず、ログインしたら話を聞いてみることとしよう。
* * * * *
ログインしたカミトの街では、俺たちが来た時よりも多くの人々の姿が見て取れた。
どうやら、俺たちがログアウトしている間に、それなりの数のプレイヤーも流入してきたようだ。
見たところ、『キャメロット』や『エレノア商会』以外のプレイヤーもいるようだ。
以前の状況であると、この二つのクランのメンバーばかりが移動しているという事態になっていたが……どうやら、今回は満遍なく移動してきたようだ。
色々と不安はあったが、これだけのプレイヤーが入ってきたのであれば、カミトの街の防衛には十分だろう。
「クオンさん、どうも」
「っと……アルトリウスか。お前も来たんだな」
「ベーディンジアでやりたいこともありましたが、こちらは緊急事態のようでしたからね。急いできた次第ですよ」
俺が入ってくるのを待ち構えていたのだろう。
『キャメロット』のメンバーと話していたらしいアルトリウスは、俺の姿を認めてこちらに近づいてきた。
昨日の今日であるし、ベーディンジアの復興はまだまだ進んでいない状況だろう。
だが、悪魔によって人々が拉致されているという現状は、アルトリウスには看過できないものであったらしい。
「だから、他のプレイヤーも焚きつけたのか?」
「大したことはしていませんよ。また、クオンさんが先行してイベントを発生させるのでは、と噂が流れただけです」
「噂を流したの間違いだろうに」
苦笑し、肩を竦める。
どうやら、今回も俺が進みすぎてワールドクエストを発生させたことを危惧されてしまっているようだ。
まあ、前回色々と先走ってしまい、戦力が揃わない内にクエストを発生させてしまったことは事実であるが。
そんな会話をしている内に、緋真とアリスもログインしてくる。
アリスもうちで住み始めたため、時間を合わせるのもやり易くなったものだ。
ちなみにだが、彼女の部屋としてあてがわれた場所は明日香の部屋の隣である。
「さてと……で、どんな状況なんだ?」
テイムモンスターたちを呼び出しつつ、改めてアルトリウスに問いかける。
対し、アルトリウスは視線を細め、深刻そうな表情で声を上げる。
「正直な所、まだ正確な所は分かりません。ですが、この街より北が悪魔に占拠されている可能性は高いでしょう」
「国全土が、か?」
「ええ、非常に拙い状況です。この国は、既に滅んでいるといっても過言ではない」
その言葉に、視線を細める。
正直、受け入れがたい言葉ではあったが、それを否定することはできないだろう。
国のほぼ大半を落とされ、無事な場所はこの街程度しか見つかっていない。
更に遠くまで行けば見つかるかもしれないが、正直あまり期待できるものではないだろう。
「文字通り首の皮一枚、と言った所ですが……首の皮だけで繋がっていたとしても、首が切られていることに変わりはない。この国が致命傷を受けていることは、否定しきれない事実でしょう」
己の手で首筋をとんとんと叩きながら、アルトリウスはそう口にする。
ある種、現状を皮肉ったような言葉だろう。
だが、それを否定した所で何も解決はすまい。まずはどうにかして現在の情報を集め、悪魔に対する反撃の手を打たねばならないのだ。
「で……悪魔共の動きはどうなってる?」
「クオンさんから聞いていた、人間を拉致する悪魔については確認できませんでした。しかし……」
「……何かあったのか?」
口籠るアルトリウスに、眉根を寄せてそう問いかける。
どうにも、あまり良い状況ではなさそうだな。
俺の問いに対し、アルトリウスは小さく嘆息して声を上げた。
「飛行騎獣を利用して、アイラムに向かった斥候から報告がありました。アイラムでは、悪魔が人間を奴隷のように扱っていたと」
「悪魔が、人間を……? 殺さずに、奴隷として?」
「ええ……全く殺していない、というわけではなかったようですが……全ての人間を無条件に殺していた訳ではないようです」
「……ヴェルンリードのような、上位の悪魔の趣味か?」
「分かりません。ですが、一つだけ言えることは……今であれば、救える人間がいるということです」
そう口にするアルトリウスの視線は、真っすぐと俺の瞳を射抜いている。
成程、つまりは――いつもと同じであるということだろう。
悪魔がいて、人間を食い物にしている。であれば――
「何を企んでいるのかは分からんが、要は悪魔を斬ればいいってことだろ。なら、話は単純だ。何か作戦はあるのか?」
「状況を掴み切れてはいないので、作戦はまだ立案中です。しかし、攻撃を仕掛けることについては既に通達済みですよ」
「プレイヤーの集まり待ちって所か」
現状、この街には多くのプレイヤーが集まってきている。
騎獣を利用して移動すれば、アイラムまでそれほど時間を掛けずに到達できることだろう。
さて、どのようにして悪魔を斬るのか――その辺りはアルトリウスに期待することとしよう。
「こちらも準備しておく。声掛けは任せるぞ」
「ええ、了解です。それでは……一時間後辺りでよろしいですか?」
「構わんが、それだけで準備できるのか?」
「ええ、大丈夫ですよ。僕も、すぐにでも取り掛かりたいものでしたからね」
どうやら、あらかじめ準備は進めていたようだ。
そんなアルトリウスの言葉に小さく笑い、踵を返す。
さあ、この国における緒戦だ。悪魔共の鼻っ面をへし折ってやることとしよう。