軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

178:閑話・とある配信者の受難 後編

「よーし、お嬢ちゃん。剣の握り方は覚えたな?」

「はい、戦刃さん!」

斬法剛の型が師範代、戦刃。

そして、彼に教えを受けることとなった配信者の少女、菖蒲。

2メートル近い大男と、すらりとしてはいるが大人しげな少女という見た目からして対照的な二人であったが、一つの共通する特徴があった。

それは、とりあえず深く考えるよりも攻撃を積み重ねるという、非常に単純な思考である。

この二人を含めたパーティは、草原を駆けまわって魔物を狩り続けたのち、いの一番にボスが出現する石柱まで到達していたのである。

かと言って、何も考えずに戦闘を続けていた訳ではない。

戦刃はきちんと剣の握り方や振り方、そして足運びなどをきちんと伝えていたのである。

始めはおっかなびっくりであった菖蒲も、元々の性格が近しいものであったためか、ここに辿り着くまでにすっかりと慣れてしまっていた。

「んじゃ、次に大事なことを教えるぜ? 相手は強敵だ、気ぃつけて動けよ」

「了解です、よろしくお願いします!」

『師匠の流派だから訳わからんこと言われるかと思ったけど、割とまともじゃね?』

『教え慣れてる感ある』

『それよりあやちんがますます脳筋になってるんだがそれはいいのか』

『何を今更』

『清純派の皮を被ったゴリラ定期』

コメントには遠慮のない物言いが重ねられているが、本人は全く気にしていない。

彼女はこれまでも数多くのゲームを配信しており、その度にずっと似たような扱いをされてきたのだ。

それすらも自分の持ち味であると納得し、むしろ堂々と胸を張っているほどである。

一番乗りのパーティがエリアに入り込むと同時、次の街へと進むための最初のフィールドボスが出現する。

グレーターステップウルフ――草原に出現する狼たちを従えた、巨大な体躯を誇る狼である。

あまり特殊な能力を持っているわけではないのだが、初心者プレイヤーたちにとっては非常に素早く攻撃力も高い、厄介な敵だ。

その巨大な体だけでも強い威圧感があり、これが最初の関門となるプレイヤーも多い。

だが生憎と、その程度で怯むような久遠神通流の剣士たちではなかった。

「おおおおおおおおおおッ!」

「しゃあああああああっ!」

こちらへと接近してきた狼たちに対し、彼らは全く怯むことなく打ちかかる。

鋭い爪や牙を持つ獣が相手であろうとも、その踏み込みにはまるで迷いが無かった。

そして、そんな彼らの横を通り抜けながら、戦刃と菖蒲は大狼へと接近する。

「いいかお嬢ちゃん、俺たちのやるべきことは、まず何よりも攻撃を当てることだ!」

歩法――陽炎。

戦刃はゆったりとした歩き方から急激に加速し、大狼へと接近する。

目測を誤った狼の前足は地面を斬り裂き――懐へと飛び込んだ戦刃が繰り出したのは、地面を踏み砕かんばかりの踏み込みから放たれる剛剣だ。

斬法――剛の型、白輝。

小細工など何もない、ただ純粋に鋭く速い、そんな一撃だ。

全力で放たれたその一撃は、カウンター気味に大狼へと突き刺さり、深くその身を斬り裂いてゆく。

悲鳴を上げて後退する狼へと戦刃は更に接近し――菖蒲もまた、その後を追って足を踏み出した。

その大きさに対する恐怖はあるが、高揚感が足を前へと進めさせているのだ。

「だからまずは、相手に近寄れ! 恐れることはない、こっちが当てれば相手は鈍る、攻撃を掻い潜り、一撃を叩き込んでやれ!」

「はあああああああああッ!」

『無茶を仰る』

『でもあやちん順応してるぞ』

『流石YAMA育ちだ!』

戦刃の声に頷いて、菖蒲は躊躇うことなく狼の懐に飛び込んでゆく。

対する狼もその動きを察知し、鋭い牙の覗く大口を開いて噛みつこうとし――

打法――柱衝。

戦刃が放った蹴りによって顎を打ち抜かれ、強引にその口を閉ざされることとなった。

大きなダメージにはなっていない、小さな隙。

しかし、それこそが好機であると、沸騰する菖蒲の思考は直感的に理解する。

今ならやれるという確信と共に、菖蒲は足を踏み出して――

「せやあああああッ!」

躊躇の無い渾身の一撃を、狼の胴へと叩き込んでいた。

* * * * *

「大神さんに教えることは二つ。単純ですが、とても大事なことです」

戦刃たちと同じように門下生たちへと取り巻きの狼たちを任せ、水蓮は音もなく動き出す。

半ば現実感の無い光景のようにも思えるその動きに付いて行きながら、壱胡はしっかりとその言葉に耳を傾けていた。

ここに来るまでに伝えられたアドバイスは、どれも非常に参考になるものであった。

だからこそ、彼女の聞く姿勢は真剣そのものだ。

「まずは、相手の攻撃範囲を知ることです。非常に単純な話ではありますが、相手の攻撃の届く範囲にいなければ基本的に安全ですからね。相手がどこまでを攻撃できるのか、それを常に考えながら戦うことです」

前へと進み出た水蓮は、しかし狼に接近する前にその足を止める。

そして次の瞬間、狼が振り下ろした前足は、水蓮の眼前を通り抜けて地面を叩く。

瞬間、水蓮は両手に持った刃を交差するように振るった。

斬法・改伝――柔の型、断差。

涼やかな音を奏でて振るわれた刃は、狼の前足、その関節を深く傷つける。

普通に振るっただけではこれほどの威力にはならなかっただろう。

交差する刃の摩擦が、驚異的な斬れ味を生み出したのだ。

「そして、足を止めぬこと。動いている相手を攻撃することは難しく、動き続けていればそれだけ相手の攻撃を受ける可能性は低くなる。貴方は我らのように受け流しの技術を修めているわけではありませんからね」

言いつつ、水蓮は狼の薙ぎ払いを最小限の動きで回避しつつ、その懐の内側まで肉薄する。

狼が動くたびに振るわれる刃は、その都度に細かく相手に傷を付け、主に足へのダメージを蓄積していく。

そんな水蓮の言葉に頷いた壱胡は、狼の横合いから飛び込む。

「相手の攻撃に当たらず、こちらの攻撃を当て続ける――倒すことではなく、それだけを意識することです」

「わ、分かりました……!」

『回避盾かな?』

『まあ、防御薄いから前線張るならそっちの方が良いよね』

『結構ビビりだからなわんこちゃん』

「別にビビッてねぇし!」

揶揄するコメントには反論を入れつつも、壱胡は両手に持った刃を振るう。

今の彼女の攻撃力でできることは多くはない。だからこそ、彼女は己が生き残るための戦いに専念することとした。

* * * * *

「他者を護るという行為において、果たさねばならぬことは一つだ。分かるか、春日野殿」

「えーっと……し、死なないこと!」

『これはいつものわたげちゃん』

『脳みそ軽すぎんよー』

「うっせー!?」

普段通り遠慮の欠片もないコメント欄に対して罵声を上げる。

そんな彼女の行動にもここまでの道中で慣れていた巌は、深く頷きながら声を上げた。

「然り、その通りだ」

『えっ』

『えっ』

『えっ』

「ほら見ろ! わたげ当たってたじゃん!」

『リップサービスでは?』

『巌さん優しすぎる』

「違いますよね!? ちゃんと合ってますよね!?」

「うむ……いや、俺には視聴者とやらの言葉は見えぬのだが、嘘偽りはない」

鉄面皮の視線を僅かに細めながら、巌はボスエリアへと足を踏み出していく。

出現する巨大な狼と、その取り巻き。

対する巌と門下生たちは丸腰である――だが、その表情の中に恐れはない。

何故ならば、彼らは徒手空拳で戦うことこそが本来のスタイルであるからだ。

一方、俗に神官戦士と呼ばれるビルドで盾とメイスを装備したわたげは、若干の場違いさを感じながらも巌の背中に付いて行く。

「守護する立場であるのならば、何よりも生き残らねばならぬ。相手の攻撃を一身に受けながら、退くことなく生き残らねばならぬ」

「……それ、割と難しくないですか?」

「否定はせん。護るということは、攻めることよりもよほど難しい。まずは相手の攻撃を防ぐ方法を理解せよ」

当然のように、巨大な狼の攻撃は巌へと振り下ろされる。

だが、巌はその攻撃に手を添えて、相手の攻撃の軌道を正確に逸らして見せた。

「単純に受け止めるという方法がまずは一つ――だが、理想的なのはこのように、受け流すことだ。春日野殿であれば、盾を斜めに構えればある程度は再現できよう」

「な、斜めに――っとぉ!」

振るわれる狼の前足、わたげはそれを斜めに構えた大楯で受け、そして後方へと流す。

自身へのダメージはゼロであったが、しかし彼女の体勢は崩れてしまった。

そこへと向けて、狼は容赦なく追撃を放ち――

「そして最後の一つは、相手の攻撃の出がかりを潰すことだ」

打法――昇槌。

巌が地面から伸びあがる様に振り上げた拳が、狼の肘の横を正確に打つ。

攻撃の勢いを潰された狼は僅かにふらつき、わたげに対して攻撃を放つことなく後退することとなった。

「状況を見よ。そして、これら三つを必要な場面で使い分けることだ――では、稽古を続けるとしよう」

「お、押忍!」

気負った様子もなく、巌は再び狼の前に身を晒す。

そんな姿に息を飲みつつ、わたげもまた彼の後に続いた。

* * * * *

「貴方は前衛で戦う役目ではありませんから、私が教えるのはあくまで護身術です」

「いやっ、ちょっ、まっ」

『容赦ねーなユキさん』

『美人なだけに怖いわぁ』

『踏んで欲しい』

『見下して欲しい』

薙刀術の師範代、ユキが連れていたのは、同じく薙刀を装備した四人の女性プレイヤー。

その中に混じったリンカは、始めこそ女性パーティということもあり、気楽な調子であった。

だが、その認識を改めることになったのは、二度ほど戦闘を経験した後であった。

「後衛であるからと言って、敵に接近された時の対処手段が皆無では話になりません。幸い、貴方が装備しているのは長杖。薙刀ではありませんが、それは十分に武器として扱えます」

ユキはリンカに杖を鈍器として扱う方法を教え、直接魔物と戦わせた。

正確に言えば、接近戦で魔物を捌きながら魔法を詠唱することを学ばせたのだ。

現にリンカは今、ボスの取り巻きとして現れたステップウルフの内、二体を相手にしながら魔法の詠唱を続けていた。

それ以外の狼を全て一人で引き受けながら、ユキは言葉を重ねる。

「打撃で敵を倒す必要はありません。相手の攻撃を逸らし、または払いなさい。非力なあなたが、刃の無い杖で敵を倒すことはできないでしょう。しかし――」

「そ、こぉッ!」

噛みつこうと飛び掛かってきた狼へと向けて、リンカは杖の先端を突き出す。

杖は大口を開けた狼の口腔内へと押し込まれ――その鈍い感触に眉根を寄せながら、リンカは叫んだ。

「【ファイアアロー】ッ!」

杖の先端から放たれた魔法は、狼の体内で炸裂し、その体を一瞬だけ膨張させる。

その衝撃で吹き飛んでいった狼に、しかしリンカは油断することなく、杖を翻して振り下ろす。

その一撃は足元から襲い掛かろうとしていた狼の背中を打って動きを止め、更に回転した一撃が胴を打ち据えて弾き飛ばした。

「そう、貴方には魔法がある。その威力であれば、近寄ってきた魔物にも対処はできるでしょう。仲間が来るまで生き延びるだけなのか、それとも一部を引き受けて仲間の負担を減らすのか……それは貴方次第ですが、と――そろそろ邪魔ですね」

斬法――薙刀術、円武。

ユキの手の中で翻った薙刀が、回転して円を描く。

それによって翻った刃は空中に銀の軌跡を描き、凄まじい速さで集まってきた狼たちを斬り捨てる。

遠心力によって加速した一撃は、最早その翻った光のみが目に残るほど。

しかし、そんな結果には目もくれず、瞬く間に輪切りになった狼たちを尻目に、ユキはゆっくりとボスの狼の方へと歩き出した。

「さて、後はあれを片付けるとしましょうか。あの子たちも、もっと手際よく片付けて欲しい所ですね」

「……リンちゃん、やっぱこの人怖いわ」

『この人が一番スパルタでは?』

『間違いなく一番熱血指導だったな』

ぼやきつつも、リンカは覚悟を決めて前に出る。

面倒臭がっていたとしても、仲間を案じる心は決して嘘ではない。

そのための力であるならば、リンカは決して努力を否定するつもりは無かった。

――そして、四人の配信者たちは、一番乗りに近い速さでリブルムに到達することになったのだった。