軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

173:悪魔の内情

かつて、ジジイはこう答えた。

――森羅万象の境地とは、正しくその名の通りであると。

別にこちらも答えを求めて聞いたわけではないのだが、全くもって何の答えにもなっていない。

どうせ煙に巻いてこちらをはぐらかそうとしたのだろうが、あのジジイは決して、そのような場面で嘘を吐く人間ではない。

つまり、その言葉の中にも、ある程度の事実が織り込まれていた筈なのだ。

(森羅万象、か……)

久遠神通流の祖が辿り着いた境地であり、同時に後に続いた者たちが求め続けた概念。

近代においてそれを体現した者はジジイのみであり、あのジジイが口を噤んでいるためその詳細は明らかになっていない。

俺にとってもそれは同じであり、家に伝えられている古い文書と、先ほどのジジイの言葉以外にはヒントを有していない。

だからこそ、俺はその言葉を幾度となく吟味してきた。辞書で言葉の意味を調べ、幾度となくそれを読み返し、一体何の意味があるのかと考え続けてきた。

森羅万象、この世のあらゆる全て。その名を冠する境地とは、果たしてどのような力なのか。

「ふぅ……」

意識を薄く、広く拡散させる。

鍛え上げた五感で、ありとあらゆる情報を取り込み、目で見えぬ範囲の動きを把握する。

恐らくではあるが、この感覚こそが森羅万象の境地に繋がるものであると考えている。

久遠神通流は己の感覚を鍛え上げ、肉体を制御することに重きを置いているのだ。

剣術や体術そのものよりも、そちらの方が主題であると言ってもおかしくはないほどに。

森羅万象という名、そして久遠神通流が受け継ぎ、鍛え上げてきた感覚――つまり、この世のありとあらゆる事象を理解し、把握することこそが森羅万象の境地に繋がるのではないか、と俺は考えている。

故にこそ――

「――――ッ!」

歩法――間碧。

通路を歩いていた悪魔二体、その死角を捉えて体を滑りこませる。

それと共にコンパクトに振るった刃は、一息に二体の悪魔の首を刎ね飛ばしていた。

レッサーデーモンであるから《練命剣》を使わずに殺せているが、これがデーモンナイトであればこうはいかなかっただろう。

『《死点撃ち》のスキルレベルが上昇しました』

消滅する悪魔共を背にしながら、俺はアリスを伴って先へと進む。

この外壁の中においては、俺が索敵を担う形で前に進むこととなった。

アリスは不意討ちの能力は高いが、索敵能力はそこまで高いわけではない。

《看破》のスキルも隠れている相手を探ることには適しているのだが、隠れていない相手がどこにいるのかを探ることはできないのだ。

故に、索敵は俺が行い、アリスには俺のフォローをする形で動いてもらうことになった。

アリスならば、俺の陰に隠れることで敵に見つからず、尚且つ効率的に不意討ちを行うことができる。

可能な限り敵は俺で倒しているが、手が足りない場合には彼女がきちんと対処してくれていた。

「……流石に、多いわね」

「ああ……強い敵が少ないのは幸いだがな」

今の所、哨戒を行っているのはレッサーデーモンだけだ。

感覚の鋭いデーモンキメラなどが出てくると、流石に隠れ続けることも厳しかったかもしれない。

だが、少なくともデーモンキメラ共がその辺りをうろついている光景は、今の所目撃できていない。

奴らも良く分からん生態ではあるが、いないのであれば都合がいい。

このまま、面倒な悪魔には遭遇せずに南門まで到達したい所であるが、果たしてそう上手く行くものであるかどうか。

嘆息しつつも、警戒を絶やさずに先へと進む。

ベルゲンの街を囲む外壁は、ほぼ健在であると言っていいだろう。

あれだけ激しい悪魔の攻撃を受けていたにもかかわらず、殆どその形を保っている状態だ。

この外壁の内部についても、ほぼ原形から変化していない状態だろう。

だからこそこちらが攻めるのが難しくなっている訳だが。

「だが、確実に近づいてきている。さっさと仕事を終わらせよう」

「それは同感。私向きの仕事だって言うのは確かにその通りだけど、かなり疲れるわね、これ。正直、私だけでここまで来れた気がしないわ」

「さて、お前さんなら案外行けるかもしれんが……」

「考えたくもないわね」

肩を竦めるアリスの言葉に、軽く苦笑を返す。

確かに、厳しいことは事実だろう。索敵能力があるならば五分五分程度には可能性があるだろうが、今の状況では成功確率を低く見積もらざるを得ない。

いや、この悪魔共の拠点に単身乗り込める時点でかなりの実力ではあるのだが。

まあ、何にせよ今はツーマンセルだ。たがいにフォローし合いながら進めばいい話である。

足音を立てぬよう意識しながら歩を進め、薄暗い外壁内の通路を進む。

外壁の中は、基本的に内側に通路があり、外側に部屋が並ぶような構造をしているようだ。

今は部屋に入る必要は無いため、通路を真っ直ぐと進んでいる訳だが、やはり時折、部屋の中には悪魔の気配を感じ取ることができる。

積極的に関わる必要も無いため、動く気配がないのであればスルーしているが、ここで囲まれたらと思うと気が気でない。

ここには逃げ場がないのだ、敵に発見されたら、仲間を呼ばれる前に殺さなくてはならないだろう。

と――

「……アリス、ちょっと待て」

「何かしら?」

「声が聞こえる。話せる悪魔がいるらしいな……会話になっているってことは、少なくとも二体だ」

俺の言葉に、アリスは緊張を滲ませる。

会話が可能な悪魔ということは、最低でもデーモンナイトほどの力のある悪魔であるということだ。

場合によっては爵位持ちの悪魔である可能性も否定はできない。

流石に子爵級や伯爵級がこんな所にいるとは思えないが――何にせよ、一筋縄ではいかない相手だ。

デーモンナイトであれば不意討ちで殺せないことも無いだろうが、爵位持ち相手では一撃で殺し切ることは難しい。

こいつら相手には見つからないようにしなければなるまい。

しかし――

「悪魔側の内情が知れるかもしれん、少し聞いて行くぞ」

「大丈夫なの?」

「警戒は続けている。接近してくる気配があれば、すぐにここから離れるさ」

周囲から悪魔共が接近してきたならば、即座にこの場から離脱する。

気配からは意識を逸らさぬようにしながらも、俺はこの部屋の中の会話に耳を傾けた。

『――思ったより集まらなかったよなぁ』

『全くだ。せっかくデカい街だったのにな』

聞こえてきたのは、二人の男の声だ。

声だけでは相手がどの程度の悪魔か判断はできないが、十分な知性を持った悪魔であることが窺える。

もしもこいつらに見つかったら、かなり厄介なことになるだろう。

『けど、それを俺らの責任にされてもな。ヴェルンリード様がレッサー共を纏めて吹き飛ばしたからだろ』

『しかも当人は人間に負けたと来た』

『おい、それをヴェルンリード様の聞こえる場所で言うなよ? お前と心中なんて御免だ』

『分かってるよ、俺だって死にたい訳じゃない』

どうやら、こいつらにとってはヴェルンリードは厄介な上司であるようだ。

確かにあの女、伯爵級に満たない悪魔を纏めて軽く見ているような発言をしていたし、部下からはあまり好かれてはいないのだろう。

それでも様付けで呼ばれている辺り、悪魔としての実力は高いのだろうが。

『だが、あの人間は何なんだ? ヴェルンリード様とやり合うなんてよ』

『何でも、あのロムペリア様が己の敵と認めた相手らしいぞ』

『マジか、あの戦闘狂がかよ。そいつはまた、大層なリソースを持ってそうな奴だな』

『止めておけ、ヴェルンリード様を一人で足止めしたような化物だぞ?』

『分かってるよ、言ってみただけだ』

……どうやら、ロムペリアも悪魔の中では一目置かれる存在のようだ。

戦闘狂とまで呼ばれるとは、果たしてあの女はこれまで何をしてきたのか。

それも気になるが、今調べたいことはヴェルンリードの状況だ。

あの女は、いったい今何をしているのか。ベルゲンにはいないらしいとは聞いているが、確証が欲しい所だ。

……しかし、リソースか。人間の持つ存在の力とやらのことだと思うのだが――また、エネルギーと呼ぶには若干妙な呼び名だ。

『だが、そのヴェルンリード様は何してるんだよ。勝手に北に引っ込んじまってよ』

『いつもの趣味だよ、リソースにする前に、気に入った人間を連れ帰って飾ってるんだ』

『ったく、大層な趣味だよなぁ』

その言葉に、俺はアリスと視線を合わせつつ、思わず顔を顰める。

あの女、見た目も派手であったが、また大層な趣味を持っているようだ。

だが、ある意味では朗報なのだろうか。まだ生きている人間がいるというのであれば、救出する必要がある。

まあ、飾っているという時点でどうにも嫌な予感はするのだが。

「……とりあえず、ヴェルンリードがここにはいないことは分かったな」

「それは良いのだけど……持ち帰るとか飾るとか、一体何なの?」

「さあな、あの女の趣味は流石に分からん」

高慢ちきな女、と言った印象であったのだが――気に入った人間を飾るとはどういう意味か。

飾られた人間はまだ生きているのか……いや、悪魔に殺された人間は塵と化してしまう訳であるし、形を保っている以上は生きているのか。

つまりあまり数は多くないだろうが、数人程度は生きている可能性が出てきた訳だ。

奴がいるのは北、つまり悪魔共がこの国で最初に攻め落とした地域だろう。

そこに攻め入るためにも、まずはこのベルゲンを攻略しなくては。

「よし……とりあえず、有用そうな情報は聞けた。先に進むとするか」

「……伯爵級が居ないなら、何とかなるのかしらね」

「奴の有無はかなり大きい。引っ込んで出てこないのであれば、その隙を突かせて貰うとしよう」

色々と思う所はあるが、チャンスであることは間違いない。

そのためにも、まずは南門に到達しなくては。

胸中に渦巻く僅かな苛立ちを噛み殺しながら、俺は扉の傍から離れ移動を再開した。