軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

172:支配された街

都市の内部は、どうやら隅から隅まで悪魔共で埋め尽くされているらしい。

悪魔共は人間に近い姿をしているが、人間のような営みをするということは無く、ただ漫然と過ごしているようにも感じられる。

どうやら、普段はこのような状態で、戦闘時のような機敏な動きをすることは無いようだ。

「……悪魔って、一体何なのかしらね? 生き物としては、何だか歪だわ」

「あまり考えたことは無かったが……確かに、何なんだろうな、こいつらは」

アリスが刺し殺した悪魔が消えていく姿を眺めつつ、俺は小さく首肯する。

こうして、戦闘状態では無く悪魔を目にすることは恐らく初めてだろう。

特に、会話の通じないレッサーデーモンたちについては、その生態を想像することすらできなかったのだ。

だが、こうして改めて悪魔共を観察してみると、その異様さが容易に見て取れる。

「ただ待機している、というわけでもなく……思い思いの行動を取っているようにも思えるが、それに意味があるようにも思えん」

「何かを食べ続けていたり、眠り続けていたり、物を壊し続けていたり……何なのかしら、これ」

「気味が悪いが……とは言え、裏を突くのはやり易い。都合は良かったと考えておくか」

「それもそうね」

しかしながら、全ての悪魔がそれに該当するというわけでもない。

どうやら、デーモンナイトなどの上位の悪魔たちは一つの行動を繰り返すというわけでもなく、人間に近い行動範囲を持っているようだ。

また、連中はレッサーデーモン共に指示を出すことも出来るようだ。指示を受けた悪魔共はその通りに動けるため、行動範囲はかなり広がることになるらしい。

つまるところ、こいつらに見つかるのが最も面倒だということであり、可能な限り接近は避けるように動く必要がある。

「下位の悪魔は、生き物と言うよりは機械だな」

「人間が持つ存在のエネルギーを奪う、だったかしら? そのための戦力という意味では、機械というのもあながち間違いじゃないんじゃない?」

「こちらのことを恐れるような動きはあったし、完全に機械というわけでもなさそうだがな」

レッサーデーモン共も、鬼哭に恐れをなしたような動きはあった。

一応、感情が無いというわけではないのだろうが……やはり、良く分からん存在だ。

まあ、何にせよ斬ることに変わりはない。今回は積極的に相手をする訳ではないが、いずれここの悪魔共も全滅させる。その時には残らず斬り刻んでやるとしよう。

「さて……先に進むぞ、アリス」

「了解、行きましょう」

小さく頷き合い、先へと進む。

路地裏を通りながら、街の周囲の外壁へと向かう。

路地裏には、基本的にあまり悪魔の姿はない。時々うろついている奴はいるが、警戒していない相手であれば不意討ちするのは難しくない。

曲がり角で待ち構えて刃を突き刺せば楽なものだ。

前方からこちらに近づいてくる悪魔の気配を察知し、脇道に入って待ち構える。

警戒した様子もなく近づいてきたレッサーデーモンを引き倒し、喉を踏み潰しながらその胸を刃で突き刺す。

何が起こったのかも分からなかったであろう悪魔は、そのまま絶命して消滅した。

「時々思うけれど、どうやって悪魔の気配を察知してるの?」

「簡単に言えば、五感を鍛えているだけなんだがな」

一部第六感、というのも無くはないのだが、大部分は五感に頼っていることは間違いない。

久遠神通流、その最終目標である森羅万象の境地は、ありとあらゆる情報を己に取り込むことで体現できるという。

あのクソジジイは全く説明をしなかったが、その根本については伝わってきている。

ありとあらゆる情報を取り込み、処理することで体から離れた位置の存在を感知する。

尤も、これにはかなり脳そのものを鍛える必要があるのだが。

「視覚、触覚、嗅覚、聴覚。味覚を使うことはあまりないが、これらの感覚で得られた情報を総合的に判断して相手の位置を特定している」

「……あんまりイメージがつかないのだけど」

「音、振動、臭い、空気の動き……まあ、色々だ。鍛え続けてようやく分かるかどうかってものだから、あまり気にしない方が良い」

脳というものは、基本的に全機能を一度に動かすような真似はしていない。

10パーセントしか使っていないという話はたまに聞くが、要は普段は使わない部分を休ませているだけだ。

久遠神通流の剣士は、この感知能力を鍛えることで、普段から脳の情報処理機能を広く活動状態にしている。

感覚は鍛えれば鍛えるほど鋭くなるものだ。俺たちはこれを続けることで、広範囲の気配察知を可能にしているのである。

小声で会話を交わしつつも気配は見逃さぬようにしながら、俺たちは薄暗い路地裏を進む。

今の所、こちらに近づいてくる悪魔の気配はない。外壁まで辿り着くのは時間の問題だろう。

尤も、それでも少しだけ問題はあるのだが。

「そこの角を曲がって……そうしたら、外壁通りに出るわね」

「ああ、そしてそこが問題だ」

軽く吐息を零しつつ、アリスの指し示した角を曲がって先へと進む。

光が差し込んでくる路地裏、その先へと視線を向ければ、高くそびえる外壁の姿が目に入った。

目的地に到着できたことはいい、それは目論見通りであるし、いずれは辿り着かなくてはならなかった場所だ。

問題は――

「やはり、ここには悪魔が多いな」

「そうなるだろうとは思ってたけど、これは面倒ね」

巨大な要塞都市ベルゲンを囲む城壁。

それは、外からの魔物や侵略者から内部を護るための重要施設だ。

要塞都市を謳うだけあってその規模は巨大かつ堅固、外敵を防ぐための能力はピカ一であると言える。

だが、今この街は悪魔によって支配され、この外壁も悪魔共に占拠されてしまっている。

つまり、その防御性は全て奴らに利用されているということであり、その攻略は困難を極めるのだ。

「一応、外壁への入口はあそこにあるわね」

「だが、流石に見張りが立っている。身を隠すものがないこの通りでは、流石に厳しいな」

「ならどうするの? 交代の時間まで待つ?」

「レッサーデーモン共では、そもそも交代するのかどうかも分からんな」

小さく嘆息して、俺は隣の建物の壁に手を付く。そしてそのまま意識を集中させ、内部の気配を探った。

どうやら、この建物の中には悪魔は存在していないようだ。

であれば、まずはこの建物を利用するとしよう。

「上に登るが、助けはいるか?」

「上? ああ、この建物の屋根に登るの? それなら……まあ、できなくはないわ」

その意外な返答に、俺は思わず眼を見開く。

必要であれば俺が抱えて上まで登るつもりであったのだが、果たしてどうやってついてくるつもりなのか。

まあ、できるというのであればお手並み拝見といこう。

小さく笑みを浮かべ、軽く右腕を振るう。取り出すのは、羽織の袖の中に隠していた鉤縄だ。

頭上へと向けて投げ放った鉤縄に対し、俺はタイミングを見て手首のスナップで縄を引く。

すると、強化された鉤爪が屋根のへりに引っかかり、上手い具合に固定することができた。

それを確認した俺は、強く縄を引きながら思い切りその場で跳躍する。

腕と足の力、そして全身のバネを利用することで通常よりも高く跳躍し――その上で、建物の壁面を足場にしながら駆け上る。

そうすることによって、俺は瞬く間に建物の屋根の上まで到達した。

「よっと……ふむ、中々便利だな」

ロープが撓んだ瞬間に鉤爪が緩み、後は手首のスナップだけで外すことができる。

これならば、上手くすれば連続して鉤縄の位置を変え、長距離を移動できるかもしれない。

まあ、それには流石に練習が必要だろうが。

さて、それはともかくとして、果たしてアリスはどのようにここまで登ってくるつもりなのか。

下を覗き込みつつこちらへと手招きすれば、彼女は軽く溜め息を吐きつつ、その場で軽く屈伸した。

そして彼女は重心を落としつつ――強く、地を蹴って跳躍する。

「ほう……」

その動きに、俺は思わず感嘆の吐息を零した。

アリスは壁の窪みや小さな出っ張り、それらを足場として幾度となく跳躍し、屋根の上まで跳び乗ってみせたのだ。

その軽やかな動きに、俺は手放しで賞賛の言葉を告げる。

「大したものだな。現実でもそこまで動けるのか?」

「いや、無茶を言わないでよ。今のは《軽業》のスキルを持ってるから出来ただけよ」

どうやら、動きを補正するタイプのスキルにはそのようなものもあるらしい。

無論、出来るようになることと出来ることはまた別の話であるが、アリスは上手く己の肉体に落とし込めているようだ。

虚拍を使えることもそうだが、己自身の肉体を上手く制御できているのだろう。

「で、ここからどうするの?」

「頭上は取れた、この距離なら届く。ならば、ここから仕留めるまでだ」

扉の前を護る悪魔は二体。俺一人でも何とかなるとは思うが、一応アリスにも手助けはして貰いたい。

だが、俺の言葉を耳にしたアリスは、眉根を寄せて言葉を返してきた。

「流石に、私はあそこまで跳べないわよ?」

「分かってる、麻痺のナイフを投げてくれればいい」

「この距離だと当たるかどうかは微妙だけど」

「何、保険だと思えばいい。さあ、外壁の上に悪魔が来る前にやるぞ」

告げて、俺は低く重心を下げ――一気に跳躍する。

アリスがナイフに《ポイズンエッジ》をかけて投擲したのはそれとほぼ同時だ。

アリスの投げたナイフは鋭く飛翔し、左側の悪魔の脇腹へと突き刺さる。

それと共に効果を発揮した麻痺毒によって、悪魔はその場に崩れ落ち――その異常に右側の悪魔が反応するよりも早く、俺はその体をクッションにする形で踏み潰した。

再びその体が動き出すよりも早く延髄へと向けて刃を叩き込み、速やかにその悪魔を絶命させ、次いで麻痺毒で動けなくなったもう一体を刺し殺す。

周囲の気配にも注意しながら状況を確認、未だ誰にも発見されていないことに安堵しつつ、俺は屋根の上のアリスを手招きした。

何故か呆れた表情のアリスは、ひょいひょいと小窓を足場に地上まで降りてくる。

「これ、私は上に登らなくても良かったんじゃないの?」

「……まあ、ナイフの飛距離を考えたらこっちの方が良かっただろう。さ、中に侵入するとしよう」

半眼で見上げてくるその視線からは目を背けつつ、悪魔が護っていた扉をゆっくりと押し開ける。

ここからはさらに難しくなるだろう。気合を入れ直し、俺はアリスを伴って城壁の内部へと侵入した。