軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

171:地下道からの潜入

ベルゲンからの脱出路として作られた地下道。

追っ手に対する対策のためか、その出口は様々な場所に分散されている。

そして、その出口のうちの一つは、ベルゲンから少し南、街の中の用水路の排水口に続いていた。

「この時代でも用水路なんてものがあるのね。っていうか、これって下水道?」

「だろうな。水はそこそこに綺麗なようだが」

排水口から流れ出ている水は透明で、おかしな臭いもしない。

何かしらの方法で水を浄化しているのか。現代の施設でもない限り、科学的な方法では不可能だと思うのだが――まあ、何かしら魔法的な方法でも使っているのだろう。

何にせよ、嗅覚を塞がれないことは幸運だった。このまま進むとしよう。

「よし、行くとするか」

「ええ、先導するわ」

この場に来ているのは俺とアリスだけだ。隠密行動に向かない他のメンバーは砦に残っている。

経験を積ませたいという思いはあるが、流石に今回は自重せざるを得なかった。

何しろ、失敗は許されない。敵に発見されれば、目的の達成は不可能。仮に撤退に成功できたとして、今後は更に警備が強化されることとなるだろう。

そうなれば、作戦の成功は絶望的だ。今回で確実に決めなくてはならない。

(……そのために、これも受け取ってきた訳だしな)

羽織の袖の中に巻き付けて固定しているのは、改造のために預けていた鉤縄だ。

縄が張っている時は爪を立て、たわんでいる時は外れやすいように改造されたこの鉤縄は、以前よりも格段に扱いやすくなっている。

三次元的な移動ができれば、この仕事もある程度は楽になるだろう。

「ええと……ここね」

じっと壁を見つめていたアリスが、その壁に手を当て、そっと押し込む。

その途端、がこんと音を立てて横の壁が沈み込み、その奥に通路が出現した。

いやはや――どうやってこのような物を作っているのやら。

「中は結構入り組んでいたわよね? マッピングをお願いしたいのだけど」

「ああ、その代わり前の警戒は頼むぞ」

「勿論。さあ、行きましょう」

首肯を返し隠し通路の中へと足を進める。

一応、内部の地図は写真に収めている。本来は機密情報であるため、地図そのものは持って来られなかったのだ。

まあ、多少融通は利かないが、写真でも見られないことはない。

進む道を都度指示しながら、俺は『聖火のランタン』を掲げつつアリスの後に続いて地下道を進んでいく。

やがて辿り着いた行き止まり――そこには、木製の梯子がかけられていた。

「ここか……確か、街の南側にある公民館の地下室だったか?」

「ええ、ここが一番南門に近いわ。それでも、そこそこ距離があるけど」

「距離については仕方あるまい。身を隠しながら進むしかないさ」

軽く肩を竦め、梯子に手をかける。

木が腐っていないかどうか警戒していたが、どうやら破損の心配はなさそうだ。

刀が引っ掛からないように注意しながら梯子を上り、上を塞いでいた木の戸を少しだけ押し開ける。

そのまま意識を集中して気配を探り――少なくとも、この上の空間に悪魔がいないことを確認した。

「良し……上がって来い、アリス」

「分かったわ」

薄暗い地下室には、いくつもの樽が並んでいる。

その陰に隠れるようにして配置されていた戸から這い出し、周囲の状況を確認する。

この地下室内に俺たち以外の気配がないことは間違いない、更に上の階層にも動くものの気配は無いし、しばらくは気づかれる心配は無いだろう。

「ふぅ……さて、ここからどうするの?」

「お前さんは《隠密》を使い続けろ。まずはこの建物を登るぞ」

聞いていた限りでは、この公民館は三階建ての建物だ。

とりあえず、まずはここから周囲の状況を確認したい。

どの程度悪魔がいるのか、まずはそれを把握しなくては。

大きく深呼吸をして、精神を集中させる。そして、己が触れているもの、己に入ってくるあらゆる情報へと意識を傾けるのだ。

合戦礼法とも異なる、俺独自の集中法。特に意識せずともある程度の気配は捉えられるが、今回は万全を期して、全力で情報を取り込んでいく。

「行くぞ、付いて来い」

「……了解」

《隠密》を使用して半透明となったアリスを引き連れ、地下室から地上階へと登る。

俺もそうだが、アリスも足音は立てていない。どうやら、《隠密》には己の発する音を抑える効果もあるようだ。

気配も希薄になっているし、素人なりに能力を発揮できる良いスキルのようだ。

公民館の一階に足を踏み入れる。

少々遠いが、悪魔の気配はある……これは建物の奥だろう。このまま階段を登る分には、遭遇することはあるまい。

静かに足音を立てず階段を登り、そのまま三階へと向かう。そのフロアへと足を踏み入れ――俺は、一度足を止めた。

「クオン?」

「……一匹だ。俺が片付ける」

階段を出て、左に曲がった廊下の先。

どうやら、窓から建物の外を眺めているようだ。

何を見ているのかは知らないが、こちらに視線が向いていないならば好都合である。

小太刀二振りを抜き放ち、息を止め――俺は、静かに足を踏み出した。

歩法―― 至寂(しじま) 。

音もなく、廊下を駆け抜ける。

膝と腰を使って、地面に対する衝撃を殺し切る歩法だ。

例え板張りであろうが、砂利道であろうが、音もなく移動することが可能なのである。

そのまま棒立ちの悪魔へと接近した俺は、腕を交差するように二振りの刃を構える。

振るうのは、両の刃を交差させる鋏の如き剣閃だ。

斬法・改伝――柔の型、断差。

僅かな残光を宙に残した双閃は、反応すら許さずにレッサーデーモンの首を斬り飛ばす。

緑の血が廊下を濡らし――けれど、それらもまとめて黒い塵となって消滅する。

後に残ったのは、生き物の存在した痕跡の無い静かな廊下だけだ。

「……あそこまで音もなく移動すると、流石に不気味だわ」

「うちに来たら師範代たちに教えて貰うといい。蓮司……いや、水蓮とユキなら教えてくれるだろうさ」

厳太も一応使えるのだが、アイツは口下手であるため歩法を教えるにはあまり向いていない。

打法については組み手で教えることがそこそこ上手いのだが、歩法はどうにも苦手なようだ。

あいつも虚拍・先陣は使えるため、もう少し話し上手になって貰いたい所なのだが。

ちなみに修蔵は、この歩法については習得していない。

あいつの場合は正面から斬り合うための接近系にばかり傾倒しているのだ。

性格からして暗殺に向いていないことは分かるが、もう少し幅広い技法を利用して貰いたいものである。

「お前さんに暗殺のやり方について説くのはあまり意味も無いだろうし、いちいち口出しはせんが……使えそうなものでもあったら利用してみるといい」

「真似できるかどうかは別問題なのだけど」

半眼でこちらを見上げてくるアリスに、軽く肩を竦めて返す。

虚拍が使えるからと言って他の歩法が使えるかは別問題であるが、アリスならばある程度は習得できるだろう。

体重を利用するタイプにはあまり向かないだろうが、幻惑の歩法が使えるようになるだけでもある程度効果はある筈だ。

ともあれ、この階には他に悪魔の気配はない。

この場は制圧できたことであるし、まずは情報を収集するとしよう。

そう判断した俺は、窓の陰に隠れつつ外の様子を観察し――思わず、眉根を寄せる。

「魍魎跋扈、と言った所か」

「……ホント、悪魔だらけね」

窓から見下ろした街並みには、そこら中に悪魔の姿を発見することができた。

当然ではあるが、人の姿など一つもない。

……辛うじて、戦いや抵抗の痕跡が見受けられる程度だ。

「分かってはいたけど、まともに相手はしていられない数ね」

「見つかればあいつらが集まってくる。まずは裏から回っていくべきだな」

「夜目が利かない種族ならもう少しやりようもあったのだけど……」

「無いものねだりをしても仕方あるまい。路地裏に出るぞ」

悪魔共はそこそこに夜目が利く。夜行性というわけでもないが、別段夜に眠る姿が確認されている訳でもなく、夜中であっても平然と活動を続けている。

それに対し、夜ではこちらは視界が制限されるうえに、光源を持ち歩こうものならあっという間に発見されてしまうことは間違いない。

だからこそ、俺たちはこうして日が出ている時間帯から活動を開始したのだ。

こちらの姿も発見されやすいが、少なくとも動きにくいということはない。

「まずは外壁内に入り込むところからかしら?」

「だな。中に入りさえすれば、門まで迷うこともあるまい」

無論、悪魔共がいる可能性は高いが、視界の開けた外を歩き回るよりは幾分かマシだ。

悪魔については少数であれば片付けながら進めばいい。

好都合なことに、奴らは死体が残らない。隙を見て殺しさえすれば、他の悪魔共に発見される心配は無いのだ。

俺たちは小声で相談しつつ、一階へと戻る。階段を降りる時には特に足音が立ちやすいため注意が必要だ。

「この階、悪魔がいるのよね?」

「ああ、奥の部屋だな。接敵する可能性もある」

「なら、片付けましょうか」

軽くそう答えて、アリスは歩き出す。

その歩みに淀みは無い。まだ敵の位置を捉えられてはいないだろうが、それを恐れている様子も無いようだ。

相変わらず、見た目によらず肝が据わっていることだ。

アリスはそのまま半透明の姿で廊下を歩み、空いていた扉の横から中の様子を手鏡で観察する。

部屋の中には一体、レッサーデーモンが応接用と思われる豪華な椅子に座ってくつろいでいる。

何をやっているのかはよく分からんが――アリスにとっては好都合だろう。

「――――ふっ」

音もなく背後に忍び寄ったアリスは、その口元を抱え込むように押さえながら、背中から刃を突き立てる。

正確に心臓を貫いたその刃は、一撃で悪魔を絶命させていた。狙いも正確で、中々にいい手際だ。

「いい具合だな。流石に慣れてるって訳だ」

「ま、このぐらいならね。さあ、先を急ぐとしましょうか。ここからが本番でしょう?」

「その通りだな。あまり時間をかけすぎるものでもないし、さっさと進むとするか」

時間をかければかけるほど、発見されるリスクは高まる。

さっさと目的地に向けて移動することとしよう。