軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

136:伯爵からの逃亡

伯爵級悪魔、ヴェルンリード。

魔法タイプの悪魔であり、その魔法攻撃力は今までに戦った悪魔とは比べ物にならないほどのものだ。

とはいえ、武術方面にはあまり秀でていない様子であったため、隙を突くことはそれほど難しくもなかった。

総じて言えば、厄介であるが戦えないわけではない相手、といったところだ。

これがロムペリアであれば、こうはいかないだろう。奴も魔法を得意としている様子であったが、一合打ち合った印象から、接近戦に関しても高い技量を持っていることがわかる。

ステータスの差も相まって、同じ戦法で戦うのは少々厳しい筈だ。

「待ちなさい……ッ!」

降り注ぐ雷を回避しながら、建物の隙間を駆け抜けていく。

俺の攻撃を何発か受けたヴェルンリードは、怒髪天を衝くといった様子だ。

だが、障害物が多いこの現状は俺にとって有利な状況である。

奴は何らかの魔法でこちらの位置を探っている様子であり、見失うことは無いようだが、それでも魔法の狙いはあまり正確ではなくなってきている。

目視できないからなのか、はたまた怒りによるものか――まあ、それはどちらでもいい。奴がこちらを捉え切れていないことが重要なのだ。

(さて、いつまで逃げ回ればいいんだかな)

隙を見て攻撃を加えているのだが、ロクにダメージを与えることはできず、しかも回復されている。

やはりこのタイミングでヴェルンリードを殺し切ることは不可能だ。

一応、挑発及びある程度の経験値稼ぎのため、隙を見て攻撃してはいるのだが……これは単なる時間稼ぎと割り切るべきだろう。

美貌を憤怒の形相に歪めているヴェルンリードは様々な魔法を放ってくるが、不用意に近づきさえしなければ問題はない。

(北側の人間は全滅したか避難したか……いい加減避難も進んでいると思いたいが)

先の見えない時間稼ぎというものは厄介だ。気が滅入るというのもあるが、白影はあまり長時間使いたい業ではない。

適度な所で切り上げて撤退したい所なのだが、撤退が済むまでは時間を稼ぎたい。

角を曲がると共に壁を駆け上がって跳躍、その直後、雷を伴う暴風が俺の走っていた路地を埋め尽くすように蹂躙する。

しかし、この魔法は一体何なのか。見覚えのない攻撃ばかりなのだが。

(まあいい、どうせ相手の話している意味も分からん)

白影による認識機能の制限で、ヴェルンリードの発している言葉を理解することはできない。

まあ、どうせこちらに対する怒りやら恨み言やらだろうから、わざわざ付き合う理由もないが。

街の一角を壊滅させながら、それでも再度魔法を詠唱するヴェルンリード。

その頭上から、俺は飛び降りながら刃を振り下ろした。

「『生魔』」

「ッ、そこ、かぁっ!」

ヴェルンリードは反射的に反応して魔法を放つが、この一閃は強化された《斬魔の剣》による攻撃だ。

手から放たれた魔法は掻き消され、更に纏う障壁も斬り裂き、俺の一撃はヴェルンリードの肩口へと直撃する。

だが、手から伝わってくるのは硬い感触――やはり、このレベルの悪魔はあまりにも頑丈過ぎる。

肩口から胸にかけて浅く傷がつくが、致命傷には程遠いレベルだ。

舌打ちしつつ、俺は地面に足を着くと同時に体を回転させる。

打法――柱衝。

放つのは、下から一直線に伸び上がる蹴り。

左足で地面を踏みしめ、地面から直線となるように放った蹴りはヴェルンリードの顎を捉え、その体を吹き飛ばしていた。

この女は頑丈ではあるが、体重そのものは見た目相応だ。勢いを付ければきちんと飛ばすことができる。

「かは……っ!?」

「し……ッ!」

歩法――縮地。

足が地から離れたヴェルンリードへと、体勢を整えながら肉薄する。

そのまま強く踏み込み、地を踏み砕く勢いで放つのは、全力の殺意を込めた剛剣の一閃。

「『生奪』」

斬法――剛の型、白輝。

踏み込みの音が爆発のごとく響き、神速の太刀が放たれる。

その一撃は、大きく仰け反っていたヴェルンリードの脇腹を捉え――そこに一筋の傷を負わせながら、地面へと叩き付けていた。

その衝撃によって目を見開いたヴェルンリード。人間であれば胴から真っ二つになっているはずなのだが、本当に大した強度だ。

俺はそのまま槌脚で頭を叩き潰そうとし――悪寒を感じてその場から退避する。

刹那、ヴェルンリードは全身から雷光を発し、周囲を無差別に蹂躙していた。

「おのれ……ッ! 消え去るがいいッ!」

怒りを吐き出しつつ立ち上がり、ヴェルンリードは咆哮する。

その瞬間、奴の足元からは巨大な紫の魔法陣が展開されていた。

それと同時に、頭上が暗雲に覆われる。魔法陣からは風が逆巻き、天へと昇る竜巻がいくつも発生した。

その状況に、逆巻く風に巻き込まれぬよう移動しながら、俺は空の状況を警戒する。

今までの魔法の傾向からすれば、当然――

「やはり、そう来るだろうなぁ!」

暗雲の中で煌めく雷光が、その輝きを増す。

そして、次の瞬間――何条もの雷が、地上へと向けて降り注いでいた。

地上を纏めて蹂躙しようとする雷の嵐を目にし、しかし俺は笑みを浮かべる。

目を見開き、感覚を広げ、捉えるべき事象を正確に見極め――俺は、走り出した。

目視できるということは本来の雷よりもかなりスピードは遅い。であれば、 先行放電(ストリーマー) さえ見極めていればこの程度は当たるものではない。

地面から伸びる細い雷の筋を見極め、それを回避しながら建物を陰に走る。

竜巻や雷によって周囲は瞬く間に破壊されていくが、おかげで相手の位置はかなり捉え易くなった。

リズムを整え、距離を計算し、雷の落下位置を確認して――地を蹴る。

「――――ッ!」

感覚を加速させる。

竜巻の位置、雷の降り注ぐ場所、その全てを把握しながらヴェルンリードへと突撃する。

だが、遮るものが破壊された現状、この状況下で姿を隠すことは不可能だ。

当然、ヴェルンリードはこちらの姿を捕捉して魔力を昂らせた。

「そこかッ、受けるがいい!」

だが怒りに冷静さを失っている上に、来ると分かっている攻撃など、読み切ることは容易い。

そして、来ると分かっているならば――その虚拍に潜り込むことなど、既に容易い。

「――その呼吸は、既に盗んだ。『生魔』」

歩法・奥伝――虚拍・先陣。

俺へと向けられていた殺気が擦り抜ける。

まるで、水の中に潜ったかのような感覚。水面というスクリーンを隔て、俺の姿を見失ったヴェルンリードは硬直し――その刹那、加速する感覚のままに肉薄する。

跳躍しながら放つのは横薙ぎの一閃。その一撃は、俺の狙い通り、正確にヴェルンリードの両眼を斬り裂いていた。

「ッ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

血が噴き出し、ヴェルンリードは顔面を押さえて絶叫する。

しかし、これまでの傷と同じく煙を噴き出していることから、恐らく他のダメージと同じように再生するのだろう。

けれど、きちんと視界を奪うことには成功したようで、ヴェルンリードは蹲ったままその場から動けずにいるようだ。

尤も、周囲へと無差別に放電を開始したため、近寄れなくなったのだが。

(だが、これでいい)

元より、これ以上の追撃をかけるつもりなどない。

俺はヴェルンリードが動けなくなったことを確認し、即座にその場からの離脱を開始した。

白影を使用したまま、ヴェルンリードに背を向けて全速力で走り去る。

こいつはまともに相手をするだけ無駄だ。今は時間を稼げたことだけで満足しておくべきだろう。

十分な距離を離したところで白影を解除し、荒れる息のままに俺は走る。

感覚を加速している状況での戦闘は、即ち全力疾走を常に続けている状態にも等しい。

正直、洒落にならない疲労状況なのだが、今はさっさと奴から距離を空けなければ。

と――頭上から声が響いたのは、ちょうどその時だった。

「お父様、ご無事ですか!?」

「先生、今から降ります! 乗って下さい!」

「っ……頼んだ!」

その声と共に頭上から飛来したのは、セイランに乗った緋真と、それに並んで飛ぶルミナだった。

高度を落としたセイランは、スムーズに飛行から走行へと移行する。

緋真が乗っているその背へと、俺は手綱を掴みながら跳び乗った。

俺がしっかりと鐙に足を通したことを確認すると、セイランはそのまま一気に加速し、空へと舞い上がる。

そこまで到達したところで、俺はようやく大きく息を吐き、餓狼丸の解放を解除した。

「はぁ……ったく、厄介な相手だった」

「倒したんですか、先生?」

「まさか。今の俺では火力が足りん。奴との決着は、まだしばらく後だろうよ」

ちらりと後方へ視線を向ければ、嵐のように周囲を破壊する災害が目に入る。

どうやら、目が見えぬままに周囲を無差別に攻撃しているようだ。

厄介ではあるが、あの調子ならばしばらくは動けまい。

「それで、避難の方はどうなってる?」

「ほぼほぼ完了しましたよ。乗り込んでいたプレイヤーも護衛に回ってますし、あの悪魔が追いかけてこない限りは大丈夫だと思います」

「それなら、まぁ何とかなるか……ったく、今回は流石に疲れた」

まさか、伯爵級の悪魔との遭遇戦になるとは夢にも思わなかった。

相性がいい相手だから何とかなったが、かなりギリギリの状態だっただろう。

白影の長時間使用も相まって、かなり頭が重く感じる。

だが、まだ安心しきるわけにはいかない。

避難民たちを安全な場所まで送り届けなければならないのだから。

俺は軽く頭を振りながら溜め息を吐き出し――そこで、耳慣れた合成音声が響いていた。

『レベルが上がりました。ステータスポイントを割り振ってください』

『《刀術》のスキルレベルが上昇しました』

『《MP自動回復》のスキルレベルが上昇しました』

『《収奪の剣》のスキルレベルが上昇しました』

『《識別》のスキルレベルが上昇しました』

『《生命の剣》のスキルレベルが上昇しました』

『《斬魔の剣》のスキルレベルが上昇しました』

『《HP自動回復》のスキルレベルが上昇しました』

『《生命力操作》のスキルレベルが上昇しました』

『《魔力操作》のスキルレベルが上昇しました』

『《魔技共演》のスキルレベルが上昇しました』

『《インファイト》のスキルレベルが上昇しました』

『テイムモンスター《ルミナ》のレベルが上昇しました』

『テイムモンスター《セイラン》のレベルが上昇しました』

どうやら、ヴェルンリードから大きく離れたことで戦闘状態が解除されたらしい。

奴を倒すことこそできなかったが、遥か格上である伯爵級を相手にしたことで、大幅に経験値を稼ぐことができたようだ。

しかし、この程度の成長ではまだまだ奴には届かないだろう。

数で攻めるにしても、あの広域破壊能力は厄介だ。何かしら手を考えなければ。

未だ荒ぶる嵐の姿を背後に、俺は憂鬱な溜息を吐き出していた。