軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

013:東の森へ

午前中は師範代連中と明日香に稽古をつけて、午後から二度目のログイン。

開けた視界に映ったのは、昨日と同じ、街の中心にある広場の光景だった。

どうやら、ログインした時は常にこの場所に出現するらしい。

「外でログアウトするときはどうするのかね、と……おん?」

と、そこで、視界の端に見慣れぬアイコンが点滅しているのが見える。

何やら人間の胴を模しているようなアイコンに注視すると、『空腹状態』という文字が表示されていた。

言われてみれば、先ほど昼飯を食ったばかりだというのに、少し腹が減っている気がする。

まさか、こんな状態まであるとは。

「面倒だが……まあ、現実とは切り離して好きなものを食えるのは有り難いか」

体作りのため、現実ではあまり偏食をするわけにもいかないからな。

だが、ここではそういった制約もない。多少好き勝手に食っても問題はないだろう。

ちょうどこの広場にはいくつか露天も出ていたので、適当にサンドイッチやら串焼きやらを食べ歩きしつつ東門へと向かう。

その際にこちらをじろじろと見てくる連中もいたが、まあ慣れたものだ。

気配を殺し雑踏に紛れながら、俺は街の東側にある門へと到着した。

「さて、あの小娘は――すぐ見つかるな」

金髪に着物という非常に目立つ出で立ちだ、探すのには苦労しない。

案の定というか何と言うか、門の脇で手持ち無沙汰にしている少女、伊織の姿をあっさりと見つけることができた。

見目はいい少女なのだが、姿が姿だけに悪目立ちしている。

おかげで変に声をかけられている様子もないから、それは幸いなのかもしれないが。

ともあれ、今日の目的は彼女だ。とりあえず接触するとしよう。

「待たせてしまったな、すまない」

「ああ、クオンさん。いえ、時間に遅れてはおりませんもの。さあ、早速ですが出発しましょう」

その言葉と共に、俺の眼前には緋真のときと同じパーティ申請のウィンドウが表示される。

軽く肩を竦めて了承すれば、視界の端にはパーティメンバーとしての伊織の名前が表示される。

「じゃあ出発だが、何か持っていくものとかはあるのか?」

「いえ、特には。道もわたくしが分かりますので」

まあ、単純に敵を倒して帰ってくるだけだからな。

夜の森やら樹海やらが行き先となっているなら兎も角、昼間の森程度ならばそこまで危険度も高くはないだろう。

先導して歩き始める伊織の後を追って、俺は東の森へと向けて出発した。

街の門を出れば、既に森の姿は見えているほどに近場にある。

どうやら木材の採取に使っている森のようだ。木々が疎らなのは、伐採と植林を同時に行っているためだろう。

人の手が入っているのならば、歩きやすく整備されていても不思議ではない。

「……森に入るというよりは、雑木林に散歩に行く程度のものだな」

「否定はできませんわね。まあ最初のフィールドの一つですし、それほど難易度を高くするわけにもいかなかったのでしょう」

「そんなもんか。まあ、そういうフィールドは今後に期待かね」

軽く肩を竦めつつ歩けば、魔物とは出会うこともなく森の前まで到着した。

どうやら、街から森までは敵が出現しないエリアらしい。

若干拍子抜けしつつも、俺は太刀を抜きつつ森の中へと足を踏み入れた。

伊織も同じく武器を取り出していたが――

「……薙刀か」

「ええ、その……わたくしでは、刀を上手く扱えませんでしたので」

長柄の先に湾曲した刃を備えた薙刀。中国の偃月刀よりも細い、日本式の薙刀だ。

どうやら、何とか和風の武器を扱おうと苦慮した結果、このような形に落ち着いたようだ。

まあ、長柄の武器は初心者でも扱いやすく、攻撃を当てやすい部類であるだろう。

特に、突きだけではなく斬りつける攻撃もできる薙刀は、刀と比べても使いやすいもののはずだ。

「まあ、いいと思うぞ。ウチの門下生にも薙刀を教わっている奴がいるしな。多少は扱い方も分かる」

「門下生……? ええと、ありがとうございます。わたくしとしては刀を使いたかったのですが……」

「扱いづらい武器なんだろう? 緋真の奴が言ってたが」

確か、刀は威力が高い代わりに、武器の耐久度の減りが早いとのことだった。

その言葉を聞いてからこまめにチェックはしているのだが、俺の刀の耐久度は未だ90%台を維持している。

思うに、そういう連中はきちんと刃筋を立てられていないのではないだろうか。

更に言えば、的確に急所を斬れれば刀を振るう回数も減り、耐久度の減少を抑えられるはずだ。

……つまるところ、刀を扱った経験の無い初心者には扱いづらいということだ。

「ま、使えないものを無理に使っても楽しめはしないだろうさ。それに納得できたなら、やりたいようにやればいい。多少なら指導してもいいぞ?」

「本当ですの!?」

「ああ、まあ、立場上本格的な指導はできないが。軽く助言する程度なら問題はないだろうさ」

師範という立場上、俺が直接指導することができるのは師範代と直弟子だけだ。

安易に他者への指導を行うことはできない。

まあ、俺も薙刀についてはそこまで深く修練を積んだわけではないし、教えられることもそれほど多くはないのだが。

久遠神通流薙刀術については、どちらかといえば師範代の一人、俺の姪に当たる薙刀術の師範代の方が詳しいだろう。

やたらと熱心に俺に訓練を要求してくる姪の姿を思い浮かべつつ、俺はふと、接近してくる物音に視線を細めた。

木々の伐採のためだろう、ある程度整備された林道の右手側、林の中から枝を揺らしながら接近してくる気配がある。

「伊織、敵だぞ」

「っ、はい」

俺の指摘にようやく気づいたのだろう、伊織は俺の視線を追うようにしながら向き直って薙刀を構える。

音の位置は低い。俺は刀を下段に構えつつ、相手の接近を待ち受けた。

やがて、枝葉を揺らしながら、その気配の主が顔を見せる。

■フォレストボア

種別:動物・魔物

レベル:1

状態:アクティブ

属性:なし

戦闘位置:地上

現れたのは、少々小柄な猪だった。

地面からの高さは50センチ程度の大きさだろう。

現実の猪と比べても、まあ同じぐらいかやや小さい程度のものだ。

猪はあまり侮れる動物ではないのだが、この相手からはそれほど脅威は感じない。

『ブルルルッ!』

「フォレストボアですわね。突進攻撃が中々強力ですが、避けて木に激突させるとしばらく動きが止まりますわ」

「そう面倒な相手でもなさそうだな」

敵は一体のみ。それならまあ、こいつは貰うとしよう。

この森での戦闘は初だから、まずは感覚を掴んでおきたい。

そう考えた俺は、下段に構えたまま、摺り足で少しずつフォレストボアへと接近した。

対するフォレストボアは、俺が前に出てきたのを見て、警戒するように体勢を低くする。

前足で地面を蹴る仕草は、これから突進してくると言わんばかりの姿だ。

そして、まるで宣言通りとでも言うかのように――フォレストボアは、俺へと向けて勢い良く飛び出した。

(そこそこ速い、が――)

速度に関しては、どちらかといえば北の平原にいる兎の方が上。

そう判断した俺は、左斜め前へと低く踏み出しながら、足を前に出すその瞬間に、膝で右手の篭手を蹴り上げた。

斬法――剛の型、鐘楼。

俺の足によって押し上げられた一閃は、下段からの攻撃にはありえぬほどの速度をもって、こちらへと突進してくるイノシシの右目を抉るように斬る。

『フゴォッ!?』

「足を止めたな」

痛みと、視覚を奪われたことにか、イノシシは突進の勢いのまま地面に転がるように倒れこむ。

俺のちょうど横手で止まったイノシシへ、俺は蹴り上げた勢いによって上段に構えられた刀を容赦なく振り下ろした。

斬法――剛の型、鐘楼・失墜。

蹴り上げによる顔面狙いの牽制と、それによって動きを止めた相手へと放たれる必殺の一撃。

剛の型の中では珍しい二段構えのこの技により、イノシシの首はいとも容易く斬り落とされていた。

まあ、所詮はレベル1、こんな程度のものだろう。

「微妙だな……ま、ボスに期待ってトコかね」

「……わたくし、突進中のフォレストボアを倒した方は初めて見たのですけど」

「そうか? タイミングよく大剣や槌でも当ててやればそれで終わる気がするが」

「それ、タイミングがずれたら大惨事ですわよ。ここの辺りに来るプレイヤーは、まだ武器の扱いに慣れていない人も多いでしょうし」

「そういや、初心者エリアだったな。ふむ……」

確かに、素人には動いている的に攻撃を当てるのは中々に難しい話だろう。

さっきの伊織の話では、このイノシシは樹にぶち当ててやればしばらく動きが止まるとのことだ。

流石に、動きの止まった相手ならば攻撃も当てやすいだろうし、そういう意味では初心者向けの相手だといえるだろう。

そう考えた場合、蜘蛛はどんな位置づけになるのかは良く分からんが。

「まあ、とりあえずどんな相手なのかは分かった。先に行くとするか……せめてスキルを使うぐらいの相手が欲しいんだが」

「むしろ、スキルを使わずにそこまでやれるのに驚きですわ……噂には聞いておりましたが、本当に凄腕ですわね」

構えていた薙刀を下ろして嘆息する伊織に、こちらはにやりと笑みを浮かべながら刀を肩に担ぐ。

ともあれ、目標はボスなのだ。流石に、このエリアの主が相手だというなら、多少は歯ごたえがあるだろう。

或いは、まだ見ぬ普通の蜘蛛という魔物についても、多少は期待ができるのかもしれない。

「ほれ、先に進むぞ」

「ええ、そうですわね。行きましょう」

伊織は、あまりこちらの事情には踏み込んでこない。

そこそこ情報を漏らすように話しているのだが、思ったほどの食いつきはなかった。

手伝ってもらっている手前の遠慮か、或いは純粋に衣装のみにしか興味が無かったのか。

まあどちらにせよ、慎み深さを持っているのならばこちらとしても付き合いやすい相手だ。

これならば、多少教えてやるのもやぶさかではない。

「しかし……お前さん、あまり戦闘が得意じゃないだろう」

「う……ま、まあ、生産職ですので」

「つまりDEX優先って奴か。遠距離攻撃武器の方が良かったんじゃないのか?」

「確かに相性はそちらの方がよろしいのですけど……わたくしは、刀か薙刀が使いたかったのです!」

自らの薙刀を抱きしめるようにそう宣言する伊織に、思わず苦笑を零す。

まあ、その辺に関しては好き好きだ。別段、全く使えないというわけではないのだから、問題と言うほどの問題ではない。

それよりも、気にするべきことは――

「まず、腰が引けている。対処法が確立している格下相手ですら、あのへっぴり腰だ。ボス蜘蛛相手に戦えるのか?」

「う……それは、その……」

「……まあ、自分で戦えるなら俺に頼んじゃいないか」

口ごもる伊織の様子に、おおよその事情を察して肩を竦める。

まあ、元々一人で戦うつもりではあったし、大差は無いと言えるだろう。

せめて自分の身ぐらいは自分で護れるようになって貰いたい所だが……その辺りは、到着までに矯正していくとしよう。