軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

117:従魔の巫女

定期的に馬やらの襲撃を受けつつ、街道を進む。

どうやら、この辺りは広い平原を生かした動物系の魔物が多く出現するようだ。

その筆頭は馬であるが、グレートホーンとかいうやたら角の立派なバッファロー似の牛や、ハンタービーストとかいうハイエナのような獣の姿もあった。

草食動物の数が多く、それを狩る肉食動物の姿がちらほら――どこか海外の国立公園のような光景とも言える。

動物の生態系の観察には面白いエリアなのかもしれないが、生憎と俺はその辺りには興味が無い。

近寄ってくる敵は蹴散らしつつ進めば、俺たちは十字路――と言うよりは四差路に行き当たっていた。

「ふむ……行先は三つ、か」

「どっちに行けばいいんですかね?」

俺たちはこれまで、地図の表記では真っ直ぐ東に進んできた形だ。

この目の前で分岐している道は、方角的にはそれぞれ北東、南東、南南東に向かっている。

一応立札が設置されており、順に要塞都市ベルゲン、フェーア牧場、王都グリングローと書かれているが……今の所、そこに何があるのかは何も分かっていないのだ。

「どうします? とりあえず王都に行ってみるとか?」

「だが牧場も気になるな。馬が買えそうじゃないか?」

「ああ……この広いマップだと、先に足を手に入れるのもいいかもですね」

「馬上で使える武器が無いのも困りものだがな。フィノに野太刀でも頼んでおくかね」

野太刀、大太刀は馬上、対馬上戦闘の武器である。

馬上から突進の速度を生かした撫で斬りや、突きや払いなど槍のような扱いをするパターン。

同時に、地上からその長大なリーチで馬や騎手を狙うという二つの使い道がある。

大きすぎて取り回しが悪いため、普段使いには向かないのだが、馬が手に入るなら話は別だ。

餓狼丸も悪くはないが、流石に馬上で扱うには少々リーチが短い。野太刀を用意しておいて損は無いだろう。

「よし、とりあえず牧場の方に向かうとしよう。買えなかったら……そのまま王都に行って情報収集かね」

「了解です。それじゃ、南東方面ですね」

頷き、二人を伴って歩き出す。

しかし、馬か。実際に馬に乗るのはかなり久しぶりだ。

乗り方を忘れているわけではないが、馬上戦闘の訓練については一通り心得を学んだ程度で、習熟しているとは言い難い。

それこそ、現代ではまず出番の無いような技術だ。事実、これまで一度も使うような場面は無かったからな。

しかし、それが今になって出番が訪れるとは……人生、何が起こるか分からないものだ。

馬を手に入れたら、しばらくは練習しておくべきだろう。勘を取り戻すにはしばらく時間が必要となりそうだ。

と――

「ん……お父様、何か、変な感じが」

「うん? ルミナ、どうかしたのか?」

「はい、その……言葉では表現しづらいのですが、何と言うか……何かに惹かれるような感覚があります。興味を、関心を惹かれると言うか……」

「ほう、俺は何も感じていないが……緋真、そっちはどうだ?」

「私も全然分からないですよ。ルミナちゃん、それどっちの方角?」

「あちらです。少しずつ、南に向けて移動しているようですが……」

言って、ルミナは北の方角を指し示す。

ルミナの気配察知能力は、俺よりもかなり低い。それなのに、俺が未だ掴めていない気配を感じ取っているということは、これはルミナ特有の感覚によるものなのだろう。

精霊としてなのか、はたまた別の要素か――何にせよ、ルミナがここで嘘を吐くようなことはない。

向こうから何かが近づいてきているのは事実なのだろう。

「ふむ……とりあえず、様子を見るとするか。嫌な気配というわけではないんだな?」

「はい。どちらかと言うと、好ましいような……何故でしょうか。理由は特にない筈なのですが」

「良く分からんな……とりあえず、目で見れる所までは近づいておくか」

何が来ているのかは分からんが、この状況においては変化というものは歓迎だ。

果たして、何が起こっているのか。ルミナにしか感じ取れないのであれば、物理的な要素よりは魔法的な何かなのかもしれない。

ルミナの言う好ましい気配とやらは、北から南下してきているわけだし、少し進めば姿ぐらいは見えてくるだろう。

若干の期待を胸に先へと進み――俺は、ルミナの指し示す方角に動く影を発見した。

「……ルミナ、あれか?」

「はい、間違いありません!」

「あれって、騎馬ですよね。騎馬が三騎……いや、それだけじゃないですよ」

「ああ、後ろに続いている連中がいるな」

ルミナの示した方角からやってきたのは、複数の騎馬たちだった。

先頭を走るのは三騎、遠目で見づらいが、乗っているのは軽装の鎧姿の男たちだ。

そして、中央の騎馬のみ、騎手がもう一人を胸に抱えるような形で二人乗りをしている様子だ。

騎馬の動きから察するに、他の二騎は中央の騎馬――いや、その抱えるもう一人の人物を護ろうとしているように思える。

そして――その後方から追い縋る、五騎の騎馬。

「――ッ! 先生、後ろの!」

「ああ、見えている……悪魔共か!」

その姿を目にし、口角が釣り上がるのを感じる。

まさか、こんなにも早く悪魔共を目にする機会が訪れようとは。

しかし、まさか悪魔共まで馬に乗ってくるとは思わなかった。

流石に、今の状況で馬上の相手と戦うのは難しいのだが――

「……仕方ない、か。ルミナ、まずは先行して悪魔共を攻撃しろ。馬は傷つけずに一匹落とせ」

「分かりました!」

《光翼》を広げて飛び出したルミナの姿を見送り、俺は緋真と共にその集団とかち合うように駆けだしていた。

歩法――烈震。

馬の速度と張り合うことに意味はない。やった所で、時間を無駄にするだけだ。

あの連中に速度で張り合えるのは空を飛んでいるルミナだけであるし、勝てない土俵で相手をすることはナンセンスである。

であれば、一度の交錯で確実に一匹を落とす。そこから先は――まあ、何とかするとしよう。

「――――っ!? ダメです、逃げてください!」

駆ける俺の耳に、少女の叫び声が届く。

どうやら、あの中央の騎馬で護られていたのはこの声を上げた少女であったようだ。

こちらのことを案じているのであろうが、動き始めたからにはもう止めようがない。

俺は小さく笑みを浮かべ、左手に鉤縄を準備していた。

そしてその直後――上空から飛来したルミナが、悪魔の右腕を正確に斬り裂いていた。

その衝撃にバランスを崩した悪魔は、手綱に引っかかりながら落馬する。

死んだかどうかの確認はできないが、今は気にしている暇もない。

「緋真!」

「速度落ちたって言っても、流石に無茶ですからね!?」

「いいから行け!」

俺の言葉に憤慨しながら、若干スピードの落ちた馬へと緋真が向かっていく。

それを見送りつつ、俺もまた悪魔の一体へと鉤縄を投げつけていた。

鋭い鉤縄は悪魔の肩口に引っかかり、俺はその勢いを殺さぬようにしながら跳躍する。

歩法――跳襲。

鉤縄を引っ掛けられた悪魔はバランスを崩し、手綱を強く引きながら後ろへと転倒する。

手綱を引かれたことで馬は驚きつつもブレーキをかけ――その動きが鈍った所に、鉤縄を引き戻した俺はその勢いのまま馬へと接近する。

そして手綱へと手をかけて、俺はひらりと馬上に跳び乗っていた。

「どうどう……いきなりで悪いが、付き合ってくれ」

馬は興奮状態で、唐突に乗ってきた俺を振り落とそうとしたが、そこは首筋を軽く叩きつつ耳元に声を掛けて落ち着かせる。

訓練されていない馬ではこうは行くまい。統一規格の鞍が付いていたことで予想はしていたが、やはりきちんと調教された騎馬であるようだ。

さて、緋真は何とか馬の手綱を掴み、その動きを止めようと奮戦している。

徐々に速度は落ちてきているし、あちらは問題ないだろう。

であれば――

「行くぞ、付いてこい!」

餓狼丸を抜き放ち、足で馬へと合図を出して走り出す。

今の攻防で多少は距離を離されてしまったが、まだ相手の姿は見えている。この状況ならばまだ追い付けるはずだ。

体勢を低く、馬の動きに合わせて重心を移動。こちらが動きを合わせていることを把握したこの馬も、それと共に駆ける速度を上げてゆく。

賢い馬だ。恐らく、悪魔共が育てたものではなく、ここの現地人が育てたものを強奪したのだろう。

であれば殺すのは忍びない。状況によっては仕方ないが、今は悪魔共だけを斬ってやるとしよう。

「危険だが、付き合って貰うぞ!」

悪魔共も、自分たちが襲撃を受けたことは把握している。

そして、それを仕掛けた張本人が後ろから迫ってきていることも感じ取っていたようだ。

後方を気にしているためか速度が落ちているが、こちらからすれば二つの意味で好都合である。

悪魔共はこちらへと向けて攻撃魔法を放ってくる。馬上ではそうそう狙いなど定まるものではないが、俺は体重を傾け、馬に方向を示していた。

向かう先は悪魔共の左手側。そちらへと寄せながら、俺は当たりそうな魔法だけを《斬魔の剣》で斬り払ってゆく。

「いい子だ……!」

近くに魔法が着弾しても、この馬は動じることなく走り続けている。

実にいい馬だ。悪魔共にくれてやるには勿体ない。

であれば――さっさと排除してやるとしよう。

「――『生奪』」

左側から悪魔共に接近し、振るった刃で斬り裂く。

向こうも馬上では避けようがないようだ。走り方からしても、あまり馬上戦闘には慣れていない様子だな。

まあ、二人乗りの馬に追いつけなかった時点でそれは分かり切っていたことであるが。

「はあああっ!」

俺が一匹を斬り殺し、それに気を取られた隙に、背後から飛来したルミナがもう一体を斬り裂く。

残りは一体、あっという間に壊滅させられ、混乱している様子の悪魔だけ。

そしてそいつは、背後から飛来した炎の槍によって頭を貫かれていた。

どうやら、緋真も追い付いてきたようだ。

「おい、あまり馬を驚かせてやるなよ!」

「ちゃんと当てないようにしましたよ!」

炎の時点で馬にはあまり良くないのだが――見たところ、あまり怖がっている様子はない。

魔法を使う世界だからか、その辺りもあまり怖がらぬように訓練されているということだろうか。

まあ、その辺がどの程度設定されているのかなどは、『MT探索会』が考える領分だろう。

軽く肩を竦め、俺は馬の走るスピードを落としていた。

と――そこでようやく、俺は前方を走っていた三騎が足を止め、俺たちを待ち構えていることに気づく。

どうやら、彼らも悪魔が全滅したことを察知したらしい。

彼らが何者かは知らないが、こちらは助けた立場だ。話ぐらいは聞けるだろう。

俺は、誰も乗っていない三頭を落ち着かせつつも、揃ってゆっくりとそちらに近づいていた。

「……救助、感謝する。我々はベーディンジア王国騎兵隊だ。貴殿らの所属を問いたい」

「こちらは所属は無い、異邦人の旅人だ。先ほどアルファシアからこちらに入ってきたばかりであるため、状況を把握できていないが……悪魔との戦闘中ということでよろしいか」

「異邦人……貴殿らが、あの女神の使徒という……成程な。おおよそ、貴殿の推察の通りだ。我々は悪魔の軍勢と交戦状態にある。今は要塞都市ベルゲンで押し留めているが……」

騎士の表情は優れない。どうやら、戦況は芳しくない様子だ。

しかし、押し留めているということは、悪魔は北から攻めてきているということだろう。

今の主戦場はそちらだったか……まあ、馬を手に入れることが目的だったわけだから、牧場に向かうことはどちらにしろ間違いではなかったのだが。

ともあれ、彼らはその戦場から退避してきたということだろう。

しかもただ逃げてきたというわけではなく、何かしらの訳アリの様子で、だ。

その訳の大本と思われる人物――騎士たちに護られている少女へと視線を向ける。

深い、海のように青い髪。そして、神秘的に煌めく黄金の瞳。浮世離れした印象を抱かせられる、15歳ほどの少女。

どこか民族衣装のような、ゆったりとした服を纏った彼女は、俺と――そしてルミナを交互に眺めながら、やがてゆっくりと口を開いていた。

「異邦人のテイマーの御方。どうか、私たちにご協力いただけませんでしょうか」

「……失礼だが、貴方は?」

「私は従魔の巫女――そう呼ばれております。個人の名は秘されておりますので、どうか巫女とお呼びください」

「ふむ……では、巫女殿。悪魔と戦うというのは俺たちの目的にも適うことであるし、そこに否は無い。貴方は我々に一体何を願うつもりで?」

巫女はゆっくりと頷き、その煌めく瞳で真っ直ぐとこちらを見つめる。

何かを見透かされているような、そんな感覚を覚えつつも視線を返せば、彼女は僅かながらに笑みを浮かべつつ続けていた。

「悪魔たちは、我が国の騎獣の力を奪おうとしております。どうか、フェーア牧場を護るために、お力をお貸しください」

「牧場……この先にあるという牧場が狙われていると?」

「はい、そこは騎獣の育成拠点――我が国の要と言っても過言ではありません。断じて、悪魔に渡すわけにはいかないのです。騎獣の融通も致します。どうか、ご協力をお願いします」

そう告げて、巫女は深々と頭を下げる。

騎士たちは何か言いたげな様子ではあったが、藁にも縋りたいのだろう、同じように頭を下げていた。

まあ、元より協力するつもりであったのだが――騎獣の融通とはな。

それはまた、中々に都合のいい展開だ。

「承知した。全力で取り組ませて貰うとしよう」

その報酬こそ、俺たちが求めていたものだ。

俺は笑みと共に、力強く頷いていた。