軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

112:虚拍

「お疲れ様、クオン。まさか、ほとんど一人で倒すとはね」

「別に一人ってわけじゃないがな。緋真たちの手助けが無ければ押し切られていたさ」

「普通はタンクとかで押し留めながら数で攻めるものだと思うのだけど……まあ、今更ね」

何やら呆れた表情を浮かべているエレノアに対し、軽く肩を竦めて返す。

結局、最終的にはHPを一割程度まで削ってしまった。

そこそこ優位に戦えていたとは思うのだが、やはり基礎的なステータスの差が大きい。

通常の攻撃ではほとんどダメージが通らないのが厄介だった。

「男爵級とは比べ物にならなかったな……あれで子爵でも下位だというのだから恐ろしい」

「流石はフルレイドクエスト。60人で戦うことが前提だったのかもしれないわね」

「その場合、砦の内部は騎士団に任せるだけで良かったのかもな」

「……まあ、勝てたんだし良しとしましょうか」

嘆息交じりのエレノアの言葉に苦笑しつつ、俺は周囲の状況を確認する。

『キャメロット』の連中は砦の内部から退却しつつあり、入れ替わるように騎士団が内部の確認に向かっていた。

恐らく、建物内部を隅々まで確認するのだろう。

クエストの達成通知そのものは出ているが、彼らは己の目で確認しなければ納得はできまい。

確認についてはしばし待つようにするとして……さて、この後はどうするべきか。

この国でやることも大方終わったわけだし、そろそろ隣国に向かうのもいいかもしれないな。

「ねえ、クオン。一つ聞いてもいいかしら」

「おん? 構わんが、何を聞きたいんだ?」

「あの悪魔を倒した、最後の攻撃のことよ。最後、貴方が攻撃をする直前、あの悪魔が棒立ちになっていたように見えたのだけど……あれ、何があったの?」

「ああ、傍から見ているとそう見えるんだよな」

歩法の奥伝、虚拍・先陣。あれは、難易度は高いものの得られるリターンは非常に大きい、奥伝の中でも有用な術理の一つだ。

しかしながら、あれは使っている当人と受けている当人にしか効果の分かり辛い術理である。

何しろ、傍から見ていても、普通に走って近づいているようにしか見えないのだ。

「うちの飯の種だから詳しくは説明できんが……あれは、相手の視界から消え去る歩法だ」

「消え去るって……正面から向かい合っていたわよね?」

「方法はある。かなり難易度は高いがな。とにかく、それで俺の姿を見失ったことで、奴は一瞬硬直していたわけだ。あとは、その隙に近づいて攻撃しただけだな」

「……本当に何でもアリよね、貴方」

驚きを通り越して呆れが出てきたのか、エレノアは半眼で俺のことを見つめていた。

そんな視線には苦笑を返しつつ、俺は緋真たちの方向へと視線を向ける。

どうやら我が弟子は、俺の最後の動きについてルミナに話をしているようだ。

虚拍による幻惑は、一言で言えば脳の錯覚を利用した技術である。

人の脳は、常に視覚情報を補完しながら処理している。映像と映像の隙間に、当然『あるべきである』姿があると認識することで連続した映像を処理しているのだ。

ならばその瞬間に、あるべき場所から見ていた対象の姿がずれたらどうなるか。

答えは単純――その姿を認識できなくなるのだ。

(視界の中にいるのに、認識できなくなる……この術理の開祖はどうやってそれを見出したんだかな)

初めてクソジジイにこれを喰らった時――そして自らこれを習得した時。その時も俺は同じことを考えていた。

確かに意識誘導の延長線上にある技術ではあるが、その難易度は比べ物にならないほどに高い。

何故なら、これはいつでも使える業というわけではないからだ。

映像と映像の隙間というものは、決していつでも存在しているというわけではない。

当然ながら一つの映像の最中ではその隙間というものは存在せず、その空隙を正確に見極める必要があるのだ。

では、その隙間は一体どこに存在しているのか――それは、攻撃の出始めと出終わりである。

攻撃行動へと移る瞬間、そして攻撃行動を終えて次の行動へと移る瞬間。

その意識の切り替えの中に、ほんの僅かな刹那の隙が存在しているのだ。

(生きているだけで隙は生じる、だったか。たまにいるんだよな、本能的にそれを察知できる奴が)

本来であれば、隙と呼ぶこともできないような一瞬の空白。

そのほんの僅かな隙に相手の認識から外れることで、隙をコンマ数秒ほどにまで押し広げる。

相手はこちらの姿を見失ったことで動揺し、動きを止め――その隙に必殺の一撃を放つ。

これこそが、歩法の奥伝である虚拍。これの使い手は、本来使い手同士でなければ勝負することもできないのだ。

認識から消えるそのからくりを理解できなければ、消えた瞬間の対処が間に合わないのである。

だが、この術理は俺でもかなり扱いの難しい技術である。

何しろ、相手の空隙に潜り込むためには、相手の攻撃のテンポを正確に把握しなければならないからだ。

どのような人間であれ、戦いには必ずリズムが存在する。俺はそれを『呼吸』と呼んでいるが、そのテンポを把握できない限り潜り込むことは不可能だ。

俺の場合、その把握にかかる時間はおおよそ30秒から1分。その間、一対一で戦闘を続けられれば、ほぼ確実に虚拍に入り込める。

今回の場合はそれより長く戦闘を行っていたが、鎧を貫ける攻撃力が足りていなかったため、もう少し時間がかかったのだ。

「基礎攻撃力不足、か……何か新しいスキルを習得した方が良いか?」

「突然何を言っているのかと思えば……まだ足りないの?」

「そりゃなぁ。それさえあれば、フィリムエルを倒すのももう少し楽だっただろう」

「……そういえば貴方って、通常の攻撃力はそれほど高くはないんだったわね」

俺の攻撃は、《生命の剣》と《強化魔法》で威力を増してはいるが、それでもそこまで高い強化になるわけではない。

HP消費と言う重いコストがあるおかげで《生命の剣》の威力はそこそこ高いが、あれはそう連発していいものではない。

《魔技共演》のおかげで幾分か使い易くなったとは言え、本気でダメージを出そうとすれば《生命の剣》のみを使用しなければならないのだ。

「でも貴方、どうせ新しくスキルを覚えても、そういう苦戦する相手以外には使わないのでしょう。普段使いしないスキルは割と邪魔になるわよ」

「あー……確かに、それはあるかもな」

滅多に使わない《採掘》を思い浮かべながら、肩を竦めて苦笑する。

確かに、それだけのためにスキル枠を埋めるというのも少々勿体ない話だ。

とは言え、火力不足に問題があることも事実。何かしらの対策は取らねばならないだろう。

そう頭を悩ませていた所で、軽く吐息を零したエレノアが笑みを浮かべて声を上げた。

「なら、ウチで一時的な攻撃力ブーストのアイテムを作成しましょうか」

「何? そんなものがあるのか?」

「まだ生産には成功していないけれど、存在自体は確認されているわ。こちらのクエストの進み次第で、作れるようになるでしょうね」

「成程……確かに、それならば必要な時だけ使えばいいし、便利だな」

「でしょう? まあ、消費アイテムの割には少々割高になるけど……」

「別に全ての戦闘で使うわけじゃないんだ、それで構わんさ」

どのみち金は余っているのだ。先日の教授からの金については銀行――のような施設に預けているが、かなりの額が貯まっている。

例え値が張る消耗品だとしても、ちょっとやそっとで金欠になることは無いだろう。

どのような形式のアイテムになるのかは分からんが、決して無駄になることはあるまい。

強敵との戦闘でどのように活用していくか、脳裏にイメージを描き――それが形を成すよりも早く、アルトリウスがこちらに近づいていた。

「ふぅ……お疲れ様でした、クオンさん。流石ですね。子爵級を相手に一人で食い下がるどころか、倒し切ってしまうとは」

「『キャメロット』の援護が無ければ厳しかったがな。それより、よく横から手を出さずにいてくれた」

「介入すべきか、とも思いましたが……下手な横槍は邪魔にしかならないでしょうからね」

「よく言う。お前さんならやりようもあっただろうに」

アルトリウスの指揮能力ならば、俺の邪魔をしないように立ち回ることも不可能ではなかったはずだ。

とは言え、手を出さずにいてくれたことは実にありがたい。おかげで、思う存分爵位悪魔との戦闘を楽しむことが出来た。

アルトリウスも、俺が援護を望まないことを分かった上で、支援のみに徹してくれたのだろう。

「ともあれ、参加してくれて助かった。スムーズに行けたのはお前さんらのお陰だ」

「ははは、僕らとしても、これほど大きなクエストに参加できたのは僥倖でしたよ。面白い報酬も貰えましたし」

「報酬? ああ、そう言えば配られていたが……何か珍しいものでもあったのか?」

「クオンさんは確か持っていたかと思いますが、騎士団の紋章ですよ。あれはこの国ではもちろん、他国でも通じる身分証明書です。僕らにとっては、かなり価値のある報酬ですよ」

「私も、騎士団と直接交渉ができるようになるのは助かるわね」

成程、あの紋章は大クランの二人にとってはかなり有用なアイテムであるらしい。

まあ、俺でもたまに使えるものであるし、使い方を間違えなければ便利な代物なのだろう。

しかし、既に団長の紋章を持っている俺にとっては特に価値の無い報酬だ。

他に何か得られていないのかとインベントリを確認し――ふと、見慣れぬアイテムを発見していた。

「これは……スキルオーブか?」

「え? 私の方には無かったわよ?」

「爵位悪魔討伐の報酬ですかね」

見覚えのない、二つのスキルオーブ。

一つは《風魔法》のスキルオーブで、もう一つは《インファイト》のスキルオーブだった。

「《風魔法》……マジックスキルってのは二つ覚えられるのか?」

「はい、覚えられますよ。マジックスキルの枠に設定できるのは一つだけですけど、通常のスキル枠にも魔法を入れられます。そちらの場合は 魔導戦技(マギカ・テクニカ) は使えませんけどね」

「魔法優先ビルドのプレイヤーとかは、基本二種類は覚えてるわよね」

「……そういえば、ルミナも光と風を持っていたか」

あまり風の魔法を使っている印象はないが、聞くところによると移動などで使用しているらしい。

攻撃に関しては光の方が強いため、補助に使うのがメインだそうだ。

とは言え、俺はこれ以上魔法を使うつもりは無い。これは売り払ってしまっていいだろう。

しかし、もう一つのスキルは――

■《インファイト》:戦闘・パッシブスキル

戦闘中の相手との距離が近い場合に武器攻撃力が上昇する。

接近状態で5秒以上戦闘を継続した場合に効果を発揮する。

上昇量はスキルレベルに依存する。

「あー、これって《格闘》スキル関連のクエスト報酬だったような……」

「ふーむ、相手との距離を近く保ちながら戦えということか」

状況にもよるが、これならば安定して攻撃力を上げられるだろう。

先ほどの問題の解決になるほどの上昇量かは分からないが、多少はマシになるはずだ。

俺の場合は遠距離で戦うことは殆ど無いし、効果も発揮しやすいだろう。

しかし、何故奴を倒してこのスキルオーブが手に入ったのか。槍に対抗して近距離で戦ったことが評価されたとでも言うのか。

「……まあ、こっちは使えそうなスキルだな。今度使ってみるかね」

「使えるのに取得条件が面倒臭いって言われていたスキルなのに、オーブがあったのね」

「これなら常時使えるスキルだろうし、火力の底上げにもなるか……ああ、それでもアイテムの開発は頼むぞ?」

「分かってるわよ。威力が上がる分には困らないものね」

付け加えた俺の言葉に、エレノアは笑みを零しながら首肯する。

このスキルも、どの程度火力が上がるかは分からないからな。

とりあえず、次にスキル枠を増やせる機会があるとすれば――恐らく、隣国へと赴く際に立ちはだかるボス討伐の報酬だろう。

これは、さっさと次の国――ベーディンジアに向かう理由ができてしまったな。

「エレノア、伊織はこっちに来ていたよな。装備の修復を頼めるか?」

「え? ええ、それは構わないけど……まさか、ここで修理しろってこと?」

「ああ、砦の施設は頼めば使わせて貰えるだろう。さっさと次のボスに向かいたいんでね」

「はぁ……全く、慌ただしいわね。了解よ、話を付けてあげる」

その言葉に満足して頷き、笑みを浮かべる。

スキルも気になるが、隣国には更なる悪魔共が出現しているはずだ。

倒す敵には困るまい、さっさと移動したいところだ。

まあ、まずあの関所を通れるようになっているかどうかが問題なのだが。

その辺りはグラードに聞けばわかるだろう。その点も含めて、話をしてみることとしよう。