軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

110:子爵級悪魔

黒い結晶を突き破るように現れた腕。

その手は、突き立てられようとしていた騎士の剣を握り締め、しかし血を流すことも無く受け止めていた。

突如として発生した異様な光景に、周囲の人間たちは思わず硬直し――次の瞬間、ガラスが砕け散るような音と共に、黒い結晶は弾け飛んでいた。

「ッ……!」

咄嗟に駆け寄ろうとしたが、飛来した結晶の破片に足止めを喰らう。

そしてその間に現れた人影は――剣を握り締めたまま、右手に持った槍で騎士の胸を貫いていた。

フルプレートの鎧をものともせずに貫通した一撃に、騎士はびくりと震え――そして、その身から力が抜ける。

さらに次の瞬間、槍の穂先から発生した暴風が、突き刺さっていた騎士の体を細切れに斬り刻み、一瞬で血煙へと変えていた。

それを成したのは、長身で白髪の男。

ボディアーマーのような動き易そうな防具を身に纏い、その手には黒く染まった長槍が鈍く輝いている。

その動きに、俺は舌打ち交じりに構え直していた。

槍を相手にするのは少々厄介だ。長物相手も慣れてはいるが、決して戦いやすい相手ではない。

「――我が名は、フィリムエル。子爵級58位、フィリムエルだ」

「……やはり、子爵級か」

フィリムエルと名乗った白い悪魔。初めて目にする、子爵級の悪魔だ。

騎士一人を片手間に惨殺したその悪魔の立ち姿は、今までの男爵級共とは異なり、あまり隙を見いだせない。

どうやら、ここまでくるときちんとした武術を扱えるようになるらしい。

今までの連中のように、容易くあしらえるというわけではなさそうだ。

「嘆かわしい……まさか、私の顕現程度にしかリソースを貯められないとは」

「リソース……? 何を言っている!」

「耳を貸すな、仲間の仇だッ!」

「――邪魔だ、有象無象共め」

歩法――烈震。

フィリムエルが騎士たちに視線を向けた瞬間、俺は舌打ちと共に地を蹴る。

奴は右手の槍を大きく振りかぶり、その穂先へと魔力を集中させていた。

それと共に現れるのは、先程と同じく渦を巻く気流だ。

警戒して動きを止める騎士たちへと、フィリムエルは槍を振り抜き――

「『生魔』ッ!」

斬法――剛の型、穿牙。

――俺の放った刺突が、迫る暴風へと突き刺さっていた。

まるで、粘土の壁にでも刃を突っ込んだかのような抵抗。

だが、《生命の剣》を併用して放ったその突きは、周囲に風の残滓を吹き散らしながらも、何とか魔法の破壊に成功していた。

先ほどの攻撃のように、人体を粉砕するような威力こそ無くなったが、それでも残った暴風が騎士たちを後方へと弾き飛ばす。

自然、フィリムエルと一対一で立つ形となりながら、俺は眼前の悪魔へと刃を構え直していた。

「突然出てきて、好き勝手やってくれるじゃねぇか……なぁ、子爵悪魔」

「ほう、貴様……そうか、貴様がクオン。あの方に楯突いた剣士か」

「あの方、ねぇ。テメェもロムペリアの配下か白髪頭」

あの女、俺のことを配下の悪魔にまで喧伝してやがるのか。

一体どんな風に伝えられているのかは少々気になったが、そのようなことを確かめている余裕はない。

今の魔法の威力からして、こいつはかなりの格上だ。

少なく見積もっても女王蟻以上、これまで相対してきた敵の中では最も危険な相手だと考えられる。

――嗚呼、全く。久しぶりに楽しめそうな相手だ。

「ならば、あの方の憂いは、ここで断つとしよう。無様に散るがいい、怪物よ」

「その頭は染めてるんじゃなくて白髪か? 若作りしてるくせに耄碌してるんじゃねぇよ――ここに落ちるのはテメェの首だ」

互いに告げて――駆ける。

俺は金と黒を纏う太刀を、フィリムエルは風を纏う槍を。互いの得物に殺意を込めて、俺たちの一撃は交錯していた。

放たれた刺突を回避しながらの一閃、それは僅かながらに奴の肩を斬り――同時、紙一重で躱していたはずの俺の胴にも斬り傷が走る。

思わず舌打ちしつつも、俺は奴の使用している魔法の効果を理解していた。

「チッ……【スチールエッジ】、【スチールスキン】!」

どうやらあの槍、風を纏っている状態では、槍そのものだけではなく周囲にも攻撃を発生させているようだ。

幸いそれだけでは大した威力ではないようだが、回避する場合は余裕をもって回避しなければならない。

だが、受け止めようにも――

「しッ!」

「フン……軽いぞ、人間ッ!」

振るった刃は、翻った槍の柄によって受け止められる。

竹別を使ってはいるのだが、その構えを崩すことはできなかった。

どうやら、基礎的なステータスに大きな差があるらしい。力比べでは勝負にならないだろう。

俺の剣を弾きながら突き出されてきた槍を、大きく回避しながらも一閃を放つ。

その一撃はフィリムエルの大腿に命中していたが、その姿勢を僅かに崩すだけに留まり、有効なダメージは与えられていなかった。

防御力もかなり高い……見た目はボディアーマーであるが、その頑丈さはこの間のバーゼストの全身鎧にも近いだろう。

鎧断ならば斬れるかもしれないが、あれを狙えるほどの余裕はない。

オークスと戦った時も感じたが、ステータス差というものは本当に厄介だな。

「ちょこまかと……吹き飛ぶがいいッ」

「っ……! 『生魔』!」

槍の横薙ぎと共に発生した暴風が、まるで壁のように襲い掛かる。

それに対し、俺は即座に《生命の剣》を組み合わせた《斬魔の剣》で迎撃していた。

重い手応えだが、攻撃力を上げたためか、先程よりは幾分かマシだ。

まるで壁が迫ってくるかのようなその暴風の中で、まるで斬り傷のように無風の空間が生まれる。

その瞬間、俺はそこへと潜り込むように前へと歩を進めていた。

歩法――縮地。

槍を横薙ぎに振るったその姿勢では、こちらの迎撃は間に合うまい。

だが、殺しきれるか分からない刺突で動きを止めるわけにはいかない。

故に俺は、フィリムエルの横を通り過ぎるようにしながら、奴の脇腹に拳を当てていた。

打法――侵震。

「ぐ……ッ!? おかしな技を!」

衝撃が走ると共に、フィリムエルの体が横へと揺れる。

鎧越しに、奴の内臓へと直接衝撃を徹した訳だが――生憎と、その臓腑を潰すには足りなかったようだ。

どうやら肉体の全ての強度が高いらしく、衝撃こそ受けたものの、有効なダメージにはなっていないらしい。

打法の奥伝ならば、或いは――だが、あれは両手を使わなければならないしな。武器を手放している余裕が無い今では意味が無い。

ならば――

「最大火力なら、どんなもんかね――!」

斬法――柔の型、流水・渡舟。

槍の刺突を全力で横へと逸らしながら、その柄の上で刃を走らせる。

膂力の差から十分に逸らすには至らず、槍の纏う風が脇腹を抉っていくが、構うことはない。

槍の柄を滑りながら跳ね上がった一閃、そこへと、今の俺に可能な限界量のHPを注ぎ込む――!

「《生命の剣》ッ!」

俺と奴の影が交錯し――緑と赤の血が、同時に飛沫を上げる。

奴の首筋と、俺の脇腹。どちらも急所に近い位置ではあるが、致命傷となるには浅い程度の傷しかついていない。

問題は、俺が紙一重で回避したのに対し、奴は直撃したというのにそれだけしかダメージを与えられなかったということだが。

「怪物め……!」

「こっちの台詞だ悪魔――!」

可能な限りのHPを削ったせいで、既に現在のHPは全体の半分を切っている。

《収奪の剣》で回復したい所ではあるが、普通に斬った所でダメージは殆ど与えられない。このままでは確実にジリ貧だ。

味方の援護を期待したい所ではあるが――

「増援への対処を! 外へ出してはダメだ、押し留めて!」

――どうやら、建物内部は悪魔共の巣窟と化していたらしい。

グラードの騎士たち、そしてアルトリウスはその対処に追われており、こちらへの援護をしている余裕は無いようだ。

迫る槍を回避し、飛来した風の刃を更にHPを削って消し去って、徐々に徐々に追い込まれてゆく。

――けれど。

「恐るべき魔剣だが――所詮はその程度だ!」

「っ、は――く、ははは!」

口元が笑みに歪む。

煮えたぎるような脳裏に、しかし思考は冷静なまま。

迫る槍のぶれへと正確に刃を振るい、その切っ先を逸らす。弾き落とされたフィリムエルの槍は地面へと突き刺さり、風によって土ぼこりを巻き上げる。

その槍の柄を踏みつけて手から叩き落とそうと狙うが、流石に膂力が違うためか、それには至らず。

フィリムエルは強引に振り払うことで俺を弾き飛ばそうとするが、それよりも僅かに速く身を翻し、俺は槍の下を潜り抜けるようにしながら奴へと肉薄していた。

「な――貴様ッ!?」

「ぶっ飛べ」

打法――破山。

槍が纏う風が掠ったせいでHPは最早ギリギリだが、首の皮一枚繋がった。

何故ならば、奴が吹き飛んだその先へと、尾を引く赤い炎が突撃していたからだ。

「はああああああッ!」

「ッ……邪魔立てを!」

炎を纏い、烈震からの穿牙にて突撃した緋真は、その切っ先をフィリムエルへと叩き付ける。

その刹那、緋真の刀が纏っていた炎は、一気に切っ先へと収束して炸裂していた。

あれは確か、【フレイムバースト】で《術理装填》を使った効果だったか。

至近距離で炸裂した炎は、奴に有効なダメージを与えられずとも、その体を吹き飛ばすには十分な威力を有していた。

そして――

「今だよ、ルミナちゃん!」

「はい、緋真姉様!」

降り注ぐ声は上空から。

そこには光の翼を広げたルミナが、体から魔力のオーラを噴出させ、四つの魔法陣を従えながら浮遊していた。

その右手の甲は黄金に光り輝き――刹那、目を焼かんばかりに輝く光の槍が、魔法陣を含めて五つ発射されていた。

文字通り閃光のごとく駆けた光の槍は、体勢を立て直したフィリムエルへと殺到し――

「ッ、オオオオオオオオオオオオオオオオ!」

地面を捲り上げるほどの暴風が、それを迎撃する。

まるで軋むような音を立て、二つの魔法は激突し――僅かな拮抗の後、ルミナの光の槍は、若干その輝きを弱めながらも暴風を貫いていた。

着弾と共に光が炸裂し、魔力の奔流となって吹き荒れる。

その様と、そしてその光の内側から途絶えることの無い殺気を感じ取り、俺は二本のHPポーションの空瓶を地面へと投げ捨てていた。

称号スキルを《悪魔の宿敵》へと切り替え、餓狼丸を構え直し――光の中から現れた、フィリムエルへと刃を向ける。

それなりにダメージは受けたようだが、まだHPの半分も削り切れていない。

額から流れる血を拭ったフィリムエルは、殺意を込めた瞳で俺たち三人を睥睨する。

「やってくれたな、女神の眷属共……それで、貴様らの手札は終わりか」

「付き合いの悪い奴だな。しっかりと見ていくがいいさ――エレノア、アルトリウス!」

口元を笑みに歪めたまま、俺は指示を飛ばしているアルトリウスたちへと声を掛ける。

――白刃を輝かせる餓狼丸を、掲げるように示しながら。

「 コイツ(・・・) を使う。注意しろ」

「っ……総員、HP回復を優先! クオンさんが成長武器を使う!」

「ポーションを惜しむ必要は無いわ、注意して!」

全く、実にいい反応をしてくれる。

おかげでこちらも、遠慮なくコイツの力を使ってやれるというものだ。

荒ぶる戦意を抱えたまま、俺はこいつの力を解放する覚悟を決め――その瞬間、視界の下部に表示された小さなウィンドウに、思わず苦笑を零していた。

「これを読み上げろってか? ったく、遊びが過ぎるだろう――いや、これはゲームだったか」

ひりつくような殺意の応酬。

ゲームと言うにはあまりにも血生臭い物であるが――まあいいだろう。

伊達も酔狂も、この時ばかりは悪くはない。

故に――この運営の悪ふざけにも、乗ってやろうじゃないか。

太刀を霞の構えに、重心を沈め、その切っ先へと殺意を集中させて――俺は、その名を叫んでいた。

「貪り喰らえ――『餓狼丸』ッ!」