軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4話

隣国シュルトン国王との婚約は早々に結ばれる流れとなり、私は一か月程度でシュルトンへの準備を終えた。

婚約期間中、隣国へと嫁ぐ場合にはその国に慣れるために一年はそちらの国で暮らす流れとなっている。

私も、婚約が正式に結ばれ準備が整い次第シュルトン王国へと旅立つことになっているのだ。

そしてついに出立の日、お父様は私のことを優しく抱きしめると言った。

「私個人所有の鉱山をお前の名義に変えてある。管理はこちらでしているから、お前の口座に利益だけが入るようになっている」

その言葉に私は驚き顔をあげると、お父様は私の頭を優しく撫で、今にも泣きそうな表情であった。

「お父様……ありがとうございます」

そう告げると、お父様はぐっと唇を噛むと、大きく深呼吸を繰り返してから言った。

「お前は、本当に、素晴らしい子だ。誰よりも私はお前を愛しているし、お前は幸せになるべきなのだ。シュルトンの若き王は、国交会で会ったことがあるが、彼もまた素晴らしい青年だ。彼ならばお前を預けることが出来る」

この婚姻を提案された時、お父様からはシュルトンの王は信頼のおける青年だと素晴らしい青年だという話を聞いていた。

ただし、シュルトンは魔物を抑えるために奮闘する王国であり、他の国の支援がなければ生き残ってはいけない国であり、シュルトン自体は不毛の大地が広がる国なのだという。

周辺諸国は魔物の侵入を防ぐからシュルトンを支え、シュルトンは周辺諸国の支えがあるから魔物を抑えることが出来る。

だが、だからといってシュルトンが豊かな国かと問われればそうではない。

「本当に……よいのか?」

お父様の言葉に、私はうなずく。

「シュルトン王国は、不毛の大地で雨も降らなければ突然雷鳴が轟くこともあるとか。それならば、私がいくら天候を変えても、似たようなものなのではないかしら」

その言葉に、お父様は一瞬、表情をこわばらせるけれどすぐに無理やりに笑顔へと変わった。

「あぁ。そうだな……これまで、窮屈な思いをさせてしまって、すまない」

「いいえ。お父様。私、お父様と一緒に暮らせて幸せでした。ですから、どうかそんな顔なさらないで」

「……シャルロッテ」

「お父様、私が感情を出さないからといってお父様が我慢する必要はありませんわ」

「シャルロッテ」

「大好きですわお父様。お父様が私と同じように感情を抑えて生活を始めた時は、おかしくて笑っちゃいました。だってお父様、わかりやすいのですもの」

もう一度、お父様は私のことを抱きしめた。温かで、守られてきたことが分かる。

けれど、もうここにはいられないのだ。

寂しい、悲しい、離れたくない。

思い出がたくさんある。

お母様とお父様と共に歩いた庭。暖かな木漏れ日の光。

ここに帰って来られる日が来るのかさえ分からない。けれど、もうここにはいられないのだ。

馬車に乗って、お父様に手を振る。

遠くなっていく屋敷と、揺れる馬車。馬車のカーテンを閉めて外が見えなくなれば、馬車の中には侍女と私だけ。

侍女もシュルトンへと連れて行くつもりはなく、シュルトンまでの世話係の役割でついてきている。

シュルトンまでは、魔法使いによって転移魔法で送ってもらう手はずとなっており、魔法使いのいる王城へと私は向かう。

転移魔法など高度な魔法はまだ王城内でしか使用許可が出されていない。今回は国王陛下の計らいで私はシュルトンまでは魔法を使っていくことが出来るのだ。

馬車を降りると、其処には魔法使いが控えており、私は王城の一室へと案内されると魔法陣の描かれているその上へと荷物と共に立つ。

「それではシュルトンへと」

魔法使いがそう言った時、部屋の中にセオドア様がいらだった様子で来ると言った。

「お前のせいで父上に叱責された。いいか。私は絶対に彼女と結婚してやる。彼女がこの国の王妃となるのだ。羨ましいか? お前が望んだ地位に、別の女性が立つことが!」

突然現れたセオドア様に魔法使いは驚いているがすでに魔法は発動し始めており、私は光に包まれ始める。

私はじっとセオドア様を見つめながら、小さくため息をつく。

「そうですね……私は、貴方を愛していたから……愛していた私からすれば、それはとても羨ましいこと。でも、もういいのです。殿下。私は、シュルトンに嫁ぐことを決めた今、私はかつての愛は捨てました。だって、失礼でしょう?」

セオドア様が驚いたようにこちらを見ている。

「お幸せに。心より、セオドア様の愛が続くことをお祈り申し上げます」

美しく一礼し、私は魔法使いの光に包まれた。

淡く光り輝く。

体がふわりと浮いたかと思うと、明るかった王城の魔法使いのいた部屋とは打って変わり、暗く、乾いた空気の中へと私は降り立つ。

部屋の中には蝋燭が幾本もたかれており、窓の外は雷鳴が轟いている。

あまりにも不気味な雰囲気。そんな中、私は目を丸くする。

「シャルロッテ・マロー公爵令嬢。よく来てくださいました」

低く、落ち着いた声が響きそちらへと視線を向けると、そこには黒い甲冑に身を包んだ大柄な男性が立っているのが見えた。

暗い闇には相応しくない、闇色の髪と輝く黄金の瞳。けれど雷鳴が轟いた瞬間にその甲冑と頬に、真っ赤な鮮血が付いているのが見える。

私は突然のことに衝撃を受けるけれど、挨拶をしてくださったのだとハッとすると、できる限り美しく一礼をする。

「ご挨拶遅れました。リベラ王国公爵家から参りましたシャルロッテ・マローと申します」

「俺はアズール・シュルトンと言います。貴方の……婚約者です」

何故か少し呼吸が荒く、そして顔は赤く血で染まっている。

そんなアズール様の横にいる騎士数名が慌てた様子でアズール様の顔や甲冑に付いた血痕をタオルで拭い、下がる。

逆に、血が付いたタオルが生々しくて、私は頬をひきつらせてしまう。

「……すまない。その、魔物が突然出没したとのことで、急いで狩って来たのだ」

「狩って……そ、そうなのですね……」

これが魔物の侵入を防ぐシュルトンの日常なのだろうか。そうなのであれば早々に慣れなければならないと、私はどうにか笑みを浮かべる。

まずはここでの生活など色々教えてもらいたい。おそらくそうしたことを教えてくれる侍女がいるだろうと思ったのだけれど、この部屋には甲冑姿のアズール様と、数名の騎士がいるだけである。

「では、まずは王城の部屋へと案内します」

「え? あ、はい」

まさかアズール様自らが案内してくれるとは思わず私は驚いてしまう。

手を差し出され、エスコートだと思い手を重ねると、一瞬アズール様がぎょっとしたような視線を私に向ける。

一体なんだろうかと思ったけれど、アズール様は歩き始め、私は一緒に歩き始める。

場内は薄暗く蝋燭が灯してあるけれど、窓には鉄格子がはめられており、おどろおどろしい雰囲気であった。

「この城は鉄壁の守りなのです。もしも魔物がここまで侵入してきても、城の中に入られるのはめったにありませんのでご安心ください」

なるほどそういうための鉄格子なのかと思っていると、アズール様は歩きながら今いる位置などを説明してくれる。

「このシュルトン城にはいくつか移動の為の魔法陣が作られています。おそらくそちらの国の物とは違い、魔法使いが常駐しなくても移動することが可能です。緊急避難用も数多く点在しており、友好条約を結ぶ国へと繋がっています」

「シュルトン王国は、様々な工夫があるのですね」

そんな会話をしながら部屋へと着く。

中に入ると、外とは違い、可愛らしい雰囲気の部屋であり私は意外だなと驚いた。

「……ここは私と貴方との共同の私室です。あちらの扉が貴方の部屋でこちらが私です。どうぞ座ってください」

「はい」

共同の私室という言葉にドキドキとしながらも、私はうなずくと示された椅子に腰を下ろした。

そこでやっと侍女らしき人が来たのだけれど、その服装はリベラ王国とは違い防具付きの上に、下は女性であるがスボンというものであった。

不思議に思っていると、アズール様がすかさず説明をしてくれた。

「彼女はローリー。シャルロッテ嬢の専属侍女件緊急対応指揮官となります」

「え?」

聞きなれない言葉に私が小首を傾げると、机の上にアズール様は地図を広げ更に別の資料を横に並べる。

「まず、第一に、我が国は常に危険と隣り合わせの国であるという事をシャルロッテ嬢には認識していただきたいのです」

「はい」

挨拶もしっかりとしていないのに、突然王国の事情と説明から入った様子に多少驚きながらも、アズール様の話を聞く。

急ぎではあったけれど、婚約準備と移動の準備を行いながらもシュルトン王国についても学んできた。

ただ、学びとここでの説明とではやはり差異があった。

「巨大な渓谷の向こう側は魔物が住まう広大な森があります。そしてその渓谷の隙間が魔物達が外に出てくる道となっています。他の場所から出てくるという報告はこれまでの時代になく、何故かはまだ解明できていませんが、魔物はここを必ず通ります。そしてここにあるのが我が国シュルトン王国です」

「はい」

「魔物の警鐘は五つ。一つ鐘魔物出現確認初動討伐、二つ鐘魔物侵入初動援軍合流討伐、三つ鐘援軍要請後合流討伐、四つ鐘第二援軍合流討伐市民避難、五つ鐘全軍出動市民避難命優先」

あまりにも物々しい雰囲気に私が息を呑むと、アズール様がはっきりと言った。

「これがこの国の実情。婚約を解消し国に帰るならば今即決すべきです。ここは不毛の大地に魔物が侵入してくるという国。貴方のように美しい方が、意気揚々と来るところではありません」

アズール様の優しさなのだろう。

私は静かに呼吸を整えると窓の外へと視線を向けた。

乾いた空気に雷鳴が轟くその重々しい雰囲気。私が求めていた場所である。

たとえ危険だとしても、ここでならば私は感情を隠す必要はない。

私にとっては、危険と天秤に掛けたとしても居たい場所に間違いなかった。

そう、ここでならば心から笑って、心から泣いて、心から自由に過ごしていけるのだ。

そう思った瞬間、私の胸は軽くなり今まで張り詰めていた表情が崩れ落ちて自然に笑みが浮かんだ。

「後悔はありませんわ。どうぞアズール様。末永くよろしくお願いいたします」

そう告げた瞬間、空気が一瞬で変わった。

「なん、だ?」

アズール様が窓の外へと視線を向ける。

「嘘だろ」

灰色の雲の合間から光が差さして青空が一瞬垣間見えた。それに驚いたのはおそらくその場にいた人ばかりではない。

外から人々のざわめきが聞こえた。