軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

26話

セオドア様は立ち上がり私の元へと来ると、私の腕を引いた。

「さぁ、逃げようか」

「何を」

「ここは危ないだろう?」

ぐっと腕を掴まれたその時、警笛が三回響き渡り、城の中があわただしくなり始める。私の専属侍女のローリーが私達の様子を止めるべきか眉間にしわを寄せて見つめている。

私はその手を振り払うと言った。

「セオドア様、リベラ王国へお戻りください。緊急用の魔法陣を発動させます」

「あぁー。分かった。そうしようか。危ないもんなー。こんな不毛の、魔物が出るような国は!」

あざ笑うかのようにそう言ったセオドア様。

私は緊急避難用の魔法陣を使ってセオドア様を帰すことにする。警笛が三つなった。その事態に心臓が煩くなるのを感じる。

魔物の警鐘は五つ。一つ鐘魔物出現確認初動討伐、二つ鐘魔物侵入初動援軍合流討伐、三つ鐘援軍要請後合流討伐、四つ鐘第二援軍合流討伐市民避難、五つ鐘全軍出動市民避難命優先。

アズール様は無事だろうか。

私は執事達に指示を出し、緊急時の行動マニュアルにのっとって行動していくように皆に伝える。

さすがはシュルトン王国。皆が的確に行動を開始しており、私はここにセオドア様を残すよりは魔法陣を使ってリベラ王国に送り返す方が安全だと判断すると、緊急用の魔法陣の場所までセオドア様を誘導する。

まだ三つ鐘。

アズール様はきっと大丈夫だと思いながら魔法陣につくと、私はセオドア様に別れを告げた。

「ここから帰れます。申し訳ありませんが、私は今後避難誘導などがあるので」

「さぁ一緒に帰ろう」

「は?」

次の瞬間、私はセオドア様の腕に抱き込まれ、魔法陣の中へと引き込まれる。

ローリーは私を助けようとするが、セオドア様の連れてきた者達がローリーに襲い掛かる。

「離して!」

「大人しくするのだ」

魔法陣が発動の為に青白く光り始める。私はセオドア様を勢いよく押し、その腕から逃れると魔法陣の外へと出た。

セオドア様は苛立たしそうに自身も魔法陣から出ると私のことを掴もうとするが、私は急いで走り出した。

「待て!」

待つわけがない。

私は全力で走る。ローリーや駆け付けた騎士達がセオドア様を止めようとするが、セオドア様はそれを押しのけて追ってくる。

セオドア様の侍従たちがローリーや騎士達に襲い掛かる。

四つ鐘。

警笛の音が聞こえ、私の心臓は痛いほどになり始める。

皆が避難の為に行動を始めていると言うのに、私は何をしているというのだ。

私は城の外へと出ると、魔物の森が見える方角へと視線を向けた。

「何……あれは」

煙が上がっているのが見えた。

「なんで……」

ただし、煙が上がっているのは、魔物の森の方角ではなかった。

その時、後ろから腕を掴まれ、私は振り返るとそこにはセオドア様が歪な笑みを浮かべて立っていた。

「さぁ逃げるぞ。リベラ王国へ帰ろう」

「……帰りません。私は、私はアズール様の妻となるのです」

「はっ! バカが。無理だろう。あの男は死んだ」

「何を」

「あの煙が見えるか? ふふふ。この国の人間は魔物だと思うだろう?」

「え?」

セオドア様が楽しそうに笑い声をあげた。

「あはははは! あれは俺が起こした。あそこだけではないぞ。これはな、魔物の襲撃ではない」

「なん、ですって?」

「俺の元へと帰って来れるように、この国の王を殺せばいいだろう?」

ぞっとする言葉に、私は震えそうになるのをぐっと堪える。

一体何を言っているのであろうか。

意味が分からない。

セオドア様は楽しそうに言った。

「先ほど、隠密部隊からアズールを討ったとの連絡を受けた。残念だったな。あの男は、死んだのだ」

そんなわけがない。

アズール様が死んだなんて、そんなわけがない。

「バカなことを」

「バカではないさ。事実だ。あの男は死んだと連絡を受けた。さぁ、これで心残りはないだろう? ……シャルロッテ嬢?」

胸の中が、静かに黒く染まっていくのを感じた。

怖い。

怖い。

「つまり……セオドア様は、私を取り戻すために……事件を起こし、アズール様を……殺したと?」

「そういうことだ」

嘘だ。

次の瞬間、私の周辺の空気に電気がちらつき始め、光を放つ。

セオドア様は私の腕を掴むと声を荒げた。

「なんだこれは!? シャルロッテ嬢! 行くぞ!」

私は腕を振り払おうとするけれど、離れず、セオドア様を睨みつけた瞬間であった。

雷がセオドア様の真横に落ちる。

「わぁぁぁっ! ななななんだ!」

慌てたセオドア様は驚き、私から一歩離れた。

私は声をあげた。

「アズール様は死んでなどいません! 絶対に!」

「っふふふふふ。そんなわけがないだろう」

次の瞬間、魔物の森の方角から爆音が響き渡り、炎が上がるのが見えた。

それと同時に、悍ましい魔物の声が響き渡る。

「ほら、魔物が来るぞ?」

「……何故」

「シュルトンは終わりだ。魔物に呑みこまれるのだ」

背筋を汗が落ちていく。

セオドア様の表情は狂気に満ちており、笑顔を浮かべている。

「俺はいずれ国王となるべき存在だ。その俺の為の、小さな犠牲さ」

「あれは、どういうことなのですか!」

「何、渓谷に仕掛けをしただけだ。ふふふ。魔物も何もいなかったから容易い物であったが上手くいったようだな」

城からであっても立ち上る炎と煙が見え、つんざくような魔物のような声が響いて聞こえ始める。

「……貴方が……これを?」

「そうだ。さぁ帰ろう。ここもじき危なくなる」

「私はアズール様が戻ってくるのを待ちます」

「いい加減にしろ! あの男は死んだと連絡があった! 胸を貫かれ息絶えたとな!」

「嘘です!」

「嘘ではない。ふふふふ。あの男が死んで本当は安心しているのではないか? ふふふ。俺の元へと心置きなく戻って来れるのだからな!」

「嘘です。嘘です! アズール様は、アズール様は戻ってきます」

「いい加減にしろ!」

空気がピリピリとし始め、私は自分の感情が制御できなくなっていく。

「嘘です!」

火花がいたるところで散り始め、セオドア様は異変に気が付いたのか辺りを見回して視線を彷徨わせる。

「なんだ? 一体……本当に気持ち悪い不気味な国だ」

「違いますわ……この国は、美しい」

心の中が不安で満たされる。アズール様が心配でたまらない。

絶対に死んでなどいない。

アズール様は勇猛果敢で、騎士達を導き魔物を薙ぎ払うこの国の守護神だ。

そんな彼が、セオドア様の策略などで死ぬわけがない。

そう信じているのに、不安で、不安で仕方がなくなる。

感情が、制御できない。

「ほら! 行くぞ!」

腕を引っ張られそうになった時、こちらに向かって魔物が大きな翼をはためかせながらやってくるのが見えた。

悍ましい黒い瞳がこちらを見つめているのが分かり、セオドア様は悲鳴を上げた。

「うわぁぁっ! もう来たのか! くそ! ほら、早く来い!」

「いや! 離して!」

腕を引っ張られそうになり、私は声をあげた瞬間、セオドア様の周辺に雷が次々に落ち始め、セオドア様はまるで踊っているかのように悲鳴を上げながら後ろへと下がる。

「なななななななんだ!?」

空を見上げると黒い雲が空へと掛かり、空気が乾燥し始める。

雨はいつの間にか止んでおり、魔物が歓声なのか声をあげているのが分かる。

私はゆっくりと深呼吸をする。

このままでは、この国が本当に魔物に呑みこまれてしまう。この国は周辺国にとっては砦のようなもの。

ここが崩れれば、他国も危い。

私は、ゆっくりと息を吸い込む。

乾燥した空気が胸を満たしていく。

「アズール様は、絶対に生きています。だから、私がすべきことは決まっています。この国を守るのは、アズール様の妻となる私の務め」

本当は怖い。

本当はアズール様が心配で涙が溢れそうだ。

けれど、私はシュルトン王国の王の婚約者でありこの国を守る力を、私は、持っている。

「早くこっちにこい!」

セオドア様に私はハッキリと告げた。

「お一人でお帰り下さい。私はここに残ります。貴方の元へ行くことは未来永劫ありません」

「お、お前は俺のことが好きなのだろう! 妻にしてやると言っている!」

この状況でこのような話をしていることに、私は苛立ちを感じながら答えた。

「好きではありません。愛してもおりません。貴方のことを愛していた過去の自分には疑問しかありません」

「なななななな」

「自分の感情を抑えすぎていて、貴方が自由に笑ったり怒ったりするのに、憧れていたのかもしれませんね」

客観的にそう思いながらつぶやく。

「ふふふふふふふざけるな! お前は俺の言うことを聞き、俺の妻になればいい! そうすれば丸く収まるのだ」

「収まるわけがありませんわ。この国は今危機に瀕しており、それはリベラ王国も周辺諸国も同じこと」

「何を」

「あれを見ても、リベラ王国は無事だと思えますか?」

黒く蠢く魔物が空を飛んでくる。それも群れでだ。

一体や二体ではない。

溪谷が崩れたことをきっかけに魔物が入れる道を作ってしまったのかもしれない。

何が起こっているのかは分からないけれど、私はやるべきことをやるしかない。

「魔物が!? くそっ! くそくそくそ! お前も死ぬぞ! くそ! 言うことを聞けばいいものを! バカな女が!」

そう言いながらセオドア様は逃げるように走り始めた。

私は空を見上げ続け、そして呼吸を整える。

このままでは、魔物によって大きな被害が出るであろう。街を見れば人々が避難を始めているのが見えた。

シュルトンの人々は、常に緊急事態が起こることを想定して生きている。だからこそ焦ることなく行動している。

町の人々を、守らなければならない。

大丈夫。

私は大きく深呼吸をもう一度してから、両手を天に伸ばして祈りを捧げる。

「どうか、答えて」

この国の人を守りたい。

アズール様は絶対に大丈夫。

だから、それを信じて、私は祈りを捧げる。

「魔物を、森へと返すために……どうか、力を貸して下さい。空よ、晴れて。大地を潤す雨よ、どうかこのシュルトンに降り注いで」

声をあげる。

心の中にあった不安が、少しずつ空気に溶けていくのが分かる。

大丈夫。だって、いつだって私の心は天と繋がっているのだから。

「お願い」

ポタっ。

大粒の雨が、大地に降りそそぎ始め、避難を開始ししていた町の人々が次々に空を見上げる。

空を覆うように重なり合っていた黒い雲が、十字に割かれるようにして青空を見せ、それなのに雨を降らせる。

次第に青空が広がっていく。

雨は降るのに雲はない。

「あ……見て、女神様だ」

そんな声が遠くから聞こえた。

私は祈りに集中し、声をあげる。

「どうか、雨を、魔物を退ける雨を降らせてください! どうか、皆を、お助け下さい!」

次の瞬間、十字に分かれた空に光の虹の輪が浮かぶと、それが空へと広がる。

私は天へと手を伸ばす。

雲が消え、空が青く晴れ渡る。けれど雨は優しく降りそそぐ。

その時、私の目の前に魔物が迫ってくるのが見えた。

自分はもしかしたらここで死ぬかもしれないなという考えが脳裏をよぎる。

黒い魔物の仄暗い瞳が私をとらえており、雨の中で悲鳴を上げながらもこちらへと大きな翼をはためかせやってくるのが見える。

「アズール様……」

どうか、無事でいてほしい。

そう思い、魔物に襲われるかもしれないという衝撃にそなえるために瞼を閉じた。