軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六話 芽吹く恨みの花

商船は、この島以外にも立ち寄る場所がいくつかある。

その中に、黒い石『石炭』を採掘している港町があった。

鉱山の奥底から掘り出されるソレは、可燃性が高く、燃料として高額で取引される。

無論、樽に入れられた石炭は、船底の火気厳禁とされる場所に保存され厳重に施錠がされていた。

しかし、そこが何故か発火した。

人為的に誰かが行わなければ、絶対に起こり得ない状況だ。

「水だ!水を持ってこい!」

怒号が響くが、混乱状態の船員は、自分の持ち物を運び出すことしか頭にない。

そして、やっと状況が理解できた頃には、鎮火できるとは思えない程の火柱を立ち昇らせる商船を見上げて絶望するしかなかった。

「なんてことだ……」

彼らの所属する商会には、二隻しか船がない。

そのうちの一つを失えば、売り上げは半減する。

今まで以上にタイトなペースで働くことになり、航路は利益の少ないところから切られていくだろう。

そう考えた時、この島の重要性は、さして高いものではない。

三カ月に一度、安値で商品を仕入れる先としては優良だが、干物自体高値で売買されるものではないからだ。

それよりも、今回運んでいた石炭や、絹織物の方が利益率が高い。

他の商会等に協力要請をして捜索は行われるだろうが、この島に救助が辿り着くのは何時になるかわからない。

いや、もしかしたら、居場所を知っていても、迎えに来てくれるかすら疑わしい。

貴重な船を失わせる船乗りなど、あちらからお払い箱だろう。

「誰がこんな事しやがった!」

船長が叫ぶと、

「ソラティオが居ません!」

と誰かが叫んだ。

自分達が足を切り、森に捨てたトゥオーノの息子。

父親を慕い、ここに探しに来ていたことは皆が知っていた。

そんな彼をわざわざ船長が引き受けたのは、面白いと思ったからだ。

死んだ父親を探し続け、懸命に努力する姿を心のなかで嘲笑う。

なにせ、トゥオーノの足を切り落としたのは、この男だったからだ。

今回の乗組員達も皆、その事を知っている。

積極的に協力した者も居れば、自分に火の粉が降りかからないよう見て見ぬふりをした者も居る。

どちらにしても、ソラティオにとっては敵であり、それ相応の罰を受けてもらわなければ気がすまない。

今回、ソラティオは、トゥオーノを迎えに行く前に、船に一つの置き土産をした。

火のついた木炭を石炭の入った樽のそばに置いたのだ。

徐々に樽は火を放ち、中の石炭にも火がついていく。

ただ、石炭は、完全に燃え上がるまでに時間が掛かる。

燃え上がってしまえば、手はつけられない状態になるだろう。

ある種の賭けのようなものであるが、どうしてもソラティオは、トゥオーノとアッカの受けた屈辱を晴らしたかったのだ。

船を無くした船乗り達は、自力で大陸を目指そうとするかも知れない。

しかし、その為には船が必要で、船を持っているのは常々馬鹿にしてきた漁師達だ。

この小さな島での覇権争いが今後どうなるのかは、誰にも分からない。

しかし、一つ確かなのは、通貨の流通していないこの場所で、いくら金貨を積まれたからといって、島民達には何の意味もないということ。

船が積荷毎燃えてしまった状況では、物々交換できる品も無い。

力づくで船を奪おうとする船乗りとそれを守ろうとする漁師の戦いは熾烈を極めるだろう。

もう既に、燃え盛る商船から守ろうと、数人の島民が自分たちの船を移動させるために駆け出している。

船員達は、逃げたソラティオを探し出すよりも、そちらを追うことで手一杯だ。

あんなボロボロの漁船など、乗れるのは数人。

何十人もいる船員全員を大陸へ運べるはずもない。

船乗同士の殴り合いも始まり、女達は、逃げ惑っている、

避難しようにも、自分達が住む掘っ立て小屋など、足で蹴飛ばされたら壁に穴が空くような代物だ。

唯一立てこもれるのは、キキの住む生贄の屋敷しかない。

姉を身代わりにした彼女は、恥ずかしげもなく、今もあの場所に住んでいる。

時々腹を擦っては、島の女達に優越感にひたった眼差しを向けるのだ。

「アイツだけ安全な所にいるなんて、ゆるせない!」

一人の女が叫んだ。

それは、アッカから、いつも少しだけ肉を余分にもらっていた娘だ。

アッカは、何故か、その少女に、

「あなたの方が、キキよりきれいなのに」

と同情めいた言葉を投げかけていた。

それが、女同士の中で不和を起こさせる為の嘘とは知らぬ娘は、鏡を見たことすらなく自分の顔など分からない。

不細工ではないが、器量良しでもない。

ただ、心の中に落とされた種は、彼女の中に大きな信念として育ち、

『私は、キキより美しい』

という妄想を育て上げた。

いつしか、歪な思いは、自分こそキキの立場を得るに相応しい人間なのだと思い込む原因となった。

「私だって、見初められてさえいれば……」

妻を裏切ったろくでなしだろうが、島の長の息子。

その男の息子さえ産めば、この苦しみから逃れられたのに……。

キキが、奪った。

私から、奪った。

この女の足は、自然とキキの屋敷に向かった。

その後ろ姿に誘われたように、女達がゾロゾロと後ろをついて歩き出す。

ある女は、以前食べたウサギ肉の味を思い出してツバを飲んだ。

別の女は、水運びの時に痛めた肩をそっと手で擦る。

そのどれもが、アッカが長き月日の中で蒔いた種であり、ソラティオが起こした火事がきっかけとなり一気に『キキへの恨み』という花を咲かせていった。

ドンドンドン

屋敷の門を女達が叩く。

男達は、火消しに追われて港に行っているため、この行動を止める者は誰もいない。

「出てこい!」

「姉を身代わりにして、のうのうと生きてて恥ずかしくないの!」

「本当の生贄は、あんたでしょ!」

「入れて!お願いだから、入れて!」

女達の怒鳴り声は、塀の向こうのキキにも聞こえている。

しかし、彼女は、高を括っていた。

どうせ、塀は越えられないと。

「なによ、自分達が不細工だからって、私を妬むのはやめてよね」

島中が蜂の巣をつついたような大騒ぎだというのに、キキは、普段と何も変わらない。

庭でお茶を飲んでいた彼女は、水仕事すら一度もしたことのない白く細い指を、犬を追い払うようにシッシと動かす。

毎日梳かれる髪は絡んだ所など一つもなく、毛先まで綺麗に揃っている。

歩くことすらほとんどせず、移動するときには誰かの手を借りるキキには、侍女として数人の少女が侍らされていた。

その一人が、外で叫ぶ女達の声に自分の母のものが混ざっていることに気づく。

「あけなさい!はやく!たすけて!」

普段は、大人しい母。

その鬼気迫る声に、娘は走った。

これは、命に関わるナニカが起きているに違いない。

早く扉を開けて中に母を入れなければ!

その思いから、内側から鍵を開け、重い扉をこじ開ける。

「あんた!何してるのよ!」

キキは怒りに任せて、手元にあった茶器を投げた。

しかし、筋力のない彼女では、遠くに飛ばすことすらできない。

なだれ込んできた女達は、着飾って茶を楽しんでいたキキを見つけ、更に怒りが爆発する。

「その服は、なんなのよ!」

ビリッ

飛びかかってきた女達の手にかかり、キキの服は、無残に引きちぎられていく。

「やめて!赤ちゃんがいるのよ!やめてよ!」

必死にお腹を抱えて抵抗するキキだが、腹に巻かれたクッションがあらわになると、すべての嘘がばれたことに顔を青くする。

「へぇ、これはこれは」

「すごい女だね。自分が生き残るためなら、姉すら騙して、生贄に差し出すんだ」

今までと形勢は逆転し、地面に転がったキキは、上から見下ろされてガタガタと震える。

「私……悪くないもの。何故、私が生贄にならなきゃいけないの?あなたでも、あなたでも、あなたでも、代わってくれたら良かったじゃない!」

次々と女達を指さすキキは、自分は被害者だと信じて疑っていなかった。

しかし、

「なら、この豪華な生活を、あんたも捨てれば良かったじゃない。美味しいところは全部自分が頂いて、責任だけアッカに丸投げなんて、よほどあんたのほうが加害者だよ!」

先頭を切って屋敷に乱入してきた女に詰め寄られ、次の言葉が出てこない。

「なによ……なによ……あなた達だって、見て見ぬふりしたくせに……」

ここには、加害者しかいない。

それに気付かず、皆が、互いを罵り合うさまは人間の闇と言っても良い。

アッカは、この状況を想像していただろうか?

いや、もし、知らなかったとしても、きっと、こう言っただろう。

『だから、復讐なんてしなくてよかったのよ。どうせ、奴らは、自分で落ちていくんだから』