軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

血の霧

「これは蝶か? ……黒い蝶? 何をするつもりだ?」

周囲にいた黒死蝶が次々と俺のもとに集まってくる。

それを見て、相手も警戒したようだ。

見たこともない黒死蝶の動きを見ながらそう口にする。

だが、何をするつもりなのかと聞かれても困る。

俺だってどういう状況かよくわかっていないのだから。

(おい、ノルン。大丈夫なのか、これは? お前が黒死蝶に血を吸われたらまずいんじゃないのか?)

慌てて頭の中でノルンへと問いかける。

かつて、パージ街でグイードという老人と戦った時のことを思い出したからだ。

血を吸い取る黒死蝶を操るグイードとはノルンは決定的に相性が悪かった。

なにせ、ノルンは血そのものだからだ。

そんな血でできた魔剣に黒死蝶が群がっている。

本当に大丈夫なのかと俺自身が不安になってしまった。

実際、俺の中にため込んでいた血液が魔剣を通して次々と黒死蝶に奪われていっている。

(問題ない。任せとけよ、相棒)

だが、そんな不安を一蹴するようにノルンが言う。

そして、だんだんと黒死蝶が魔剣から離れていった。

漆黒の蝶である黒死蝶が最大限まで血を吸ったのか、どことなく赤っぽい色身を帯びて飛んでいく。

そんな血を大量に吸った黒死蝶は先ほどまでのように地面に倒れて血を流している影の者たちの体に向かうでもなく、ひらひらとそのあたりを舞い始めた。

「なんだ?」

それは誰が言ったのか。

俺か、それとも向かい合う影の者か、はたまたほかの傭兵か。

誰ともなく宙を舞う黒死蝶を見てそうつぶやいていた。

周囲を漂うように飛ぶ黒死蝶がその羽を羽ばたかせるたびになにかが零れ落ちていく。

それはまるで鱗粉のようだった。

蝶の羽についたこまかな粉がぱらぱらと落ちるように黒死蝶から降り注ぐ。

だが、それは鱗粉ではない。

もともと黒死蝶は本当の意味での昆虫でないから当然だろう。

宙を舞う黒死蝶の羽から降り注ぐのは赤い鱗粉に見える。

しかし、それは魔剣から吸い取った血液のようだった。

どうやら鱗粉ではなく霧状になった俺の血みたいだ。

まるで空中に散布するかのように、黒死蝶を通して俺の血が周囲に広がっていく。

……大丈夫だよな?

自分の体から出た血をノルンが黒死蝶を使って霧状にして散布したことは分かったが、そう思ってしまった。

ここには数は少ないが傭兵もいるんだが、悪影響はないんだろうか。

あとで変な病気になったりしないだろうかとちょっと気になってしまう。

(そんなこと知るかよ。それより、準備できたぞ、アルフォンス。これで奴は俺の腹の中にいるも同然だ)

俺が傭兵たちの体の健康状態について一抹の不安を抱いていると、そんなことは知ったことかとノルンが声をかけてくる。

どうやら、ノルンがしたかったことはこれだったようだ。

俺の血を周囲の空間に散布する。

あたりを飛ぶ黒死蝶によってかなり広い空間が赤い霧で覆われた。

そして、その空間を自分の腹の中だと言ったのだ。

なるほど。

そういうことか、と合点がいく。

俺の血はそれそのものがノルンであり、それはどうやら霧状になっても変わりないらしい。

周囲に広がった霧状の血液はまるで空間を埋めるように広がっている。

そして、その霧の中の状況がなんとなく把握できた。

薄く広がったノルンという存在の中に俺やアイ、傭兵たち、そして影の者の男がいる。

それぞれの位置がノルンを通して目で見ずともわかる。

……動いた。

そんな広がったノルンの感覚が俺にも伝わってくる。

そして、その感覚によって今度ははっきりと感じ取れた。

目の前に見えているはずの男の姿がそのままそこに立っているにもかかわらず、動いた気配を感じたのだ。

魔術なのだろうか?

目に見えている姿とは違って、実体が先に動いているという感じか。

立ち姿が残像として残ったまま移動してこちらを狙うように攻撃してきた。

それを血を補充した魔剣ノルンで受ける。

男が俺の体を狙って短刀で斬りつけてきたのを魔剣を使って受け流したのだ。

ガキンと音が鳴りながら防御に成功する。

どうやら、相手はそこまで力が強いというわけではなさそうだ。

魔力を力よりも速度や技に使っているのだろうか。

はっきりとは分からないが、おかげで明確な力負けをするということはなかった。

「ほう。今の攻撃を受けるか。この赤い霧の効果か? ずいぶんと変わった力を使うものだな」

「あんたもな。攻撃の前に残像を見せているみたいだね。知らないと普通は最初の一撃で攻撃をもらいそうだ」

「そうだろうな。これほどに我が攻撃に対処されるのは初めての経験だ。厄介な相手だ」

短刀と魔剣で打ち合った後、お互いが距離を取り合って声をかける。

どうやら相手の男はいままで標的にたいして初撃でけりをつけてきたのだろう。

それが今回はアイや俺に動きを見切られたことに驚いているようだ。

そして、それによってもはや小細工が通用しないということも分かったのだろう。

先ほどまでよりも全身に魔力を高めてみなぎらせている。

次は全力で来る。

もしかしたら、残像などではなくその魔力と鍛え抜かれた肉体によって、本当に目にもとまらぬ速さで攻撃してくるかもしれない。

周囲の血の霧がさらに濃くなっていく。

どんどんと濃厚になっていくノルンの気配と、その中にいる者たちの気配を感じながら、俺は男の体の一挙手一投足をすべて見抜くつもりで観察して迎えうつのだった。