作品タイトル不明
塩の味
「あれ? この子、女の子みたいだね。どうしよう、アイ。教育する孤児って別に女の子でもいいかな?」
「問題ありません、アルフォンス様」
「そっか。じゃ、こっちの子を連れていこうかな」
周囲が不思議なくらい静かだ。
この場にいた全員が倒れているからだろうか。
貧民街でこんなに静かなことが今まであっただろうかと思ってしまう。
そんな状況の中で、私たち姉妹の前に二人の姿があった。
小さな男の子ときれいな女の人。
その二人が私たちの目の前に来て、そして話している。
淡々と、けれど不思議と体の中に響くような声で。
聞き心地のいいその二人の声。
思わずその話をずっと聞いていたくなった。
けれど、その話の内容が頭で理解できてくるとそうもいっていられなくなる。
連れていく?
誰を?
孤児の女の子を?
「だ、駄目」
頭が二人の会話を理解した瞬間、私は両手を広げて妹の前に立った。
この人たちは連れていこうとしている。
私じゃなく、妹のミーのことを。
「こ、この子は連れていかせない。や、やめて」
どうして、こんなところにこの人たちが来たのかはわからない。
貧民街には人さらいがいる。
けれど、こんな明るいときに、人が多くいる場所でそんなことをするものだろうか。
それは分からないけれど、男の子が見ているのは私じゃなかった。
妹に向かって手を伸ばそうとしている。
それを見て、直感的に理解してしまった。
ここで声を上げなければ、私は二度と妹に会えなくなる。
そんな根拠のない、けれど絶対そうだと思う感情に動かされて、私は無意識に動いていた。
「なに? 用があるのはそっちの子なんだけど」
「すみません。私たちが悪かったのなら謝ります。だからどうか、許してください」
「ん? 別に怒っていないよ。この子は俺が引き取って面倒見るから安心して」
「な、なんで……」
「この子はなんか才能があるかもしれないから、俺が連れて帰って育てる。こんなところにいるよりいいと思うよ。住むところと食べるものをあげるから、俺のために働いてもらうよ」
「ごはん、あるの?」
「うん、そうだよ。そうだ、このおにぎりをあげようか。ただの塩結びだけどね」
「やったー。おねえちゃん、ごはんだよ。おにぎりだって!」
男の子が鞄の中からおにぎりを出した。
それを見て、妹が喜んでいる。
ミーに才能がある?
なんの?
今まで一緒にこの貧民街で暮らしてきたけど、姉の私だってそんなの知らない。
「駄目よ、ミー。食べちゃダメ。知らないところに連れていかれちゃうよ」
「え、でも……」
「あの、このおにぎりは返します。妹はそんな才能ってないと思うので……」
「そんなことないよ。さっき、俺の【威圧】に抵抗したからね。君たちがほかの人と違って倒れていないのは、多分その子のおかげだよ」
「い、いあつ?」
「そ。えっとね、多分その子は魔力を使うのが上手なんだと思う。だから、そのミーって子を鍛えてあげる。悪い話じゃないと思うよ」
「少々よろしいでしょうか、アルフォンス様。私からも説明をいたしましょう」
警戒する私を見て、男の子ではなく女の人が話をすると切り出した。
男の子はそれを聞いて、あとは任せる、なんて言っている。
やっぱり、この女の人はこの子の付き人なんだろうか。
そうだったらいいところのお坊ちゃんなのかもしれない。
もし、この人たちがいいお金持ちなんだったら、ついていってもいいのかもしれない。
食べるものすらない私たちにとって、それは本当にありがたい話だからだ。
けれど、そんなおいしい話はあり得ない。
私たちみたいな痩せこけた子なんて、仕事の役に立つはずないのだから。
だけど、孤児の中にはそういう話がないわけでもなかった。
女の子の孤児の中には体が大きくなったら声をかけられることもある。
前に知り合いの年上のお姉さんが、お金持ちの商人に一目見て気に入られて連れていかれたという話も聞いたことがある。
けど、噂ではそのお姉さんはもう死んじゃったという話もあった。
よくわからないけれど、その商人にひどい目にあわされて死んだんじゃないかっていうのを聞いたことがある。
「おいしー。おねえちゃん、このおにぎりおいしいよ!」
「え? ミー、なんで。食べちゃ駄目って言ったじゃない」
「だって、お腹すいたんだもん……」
「もう一個食べる? はい、どうぞ」
「わーい。ありがとう。おねえちゃん、またおにぎりもらっちゃった。おねえちゃんも食べて」
私が女の人のほうを見ている間に、ミーがおにぎりを食べてしまっていた。
そして、もう一つもらったそのおにぎりを私の口に押し当ててくる。
もう冷めている、けれど、古くてカチコチになっている残飯とは全然違うおにぎりが私の唇に当たった。
おいしい。
口に押し当てられただけで食べたわけでもないのに、そのおにぎりにかかった塩の味を感じて、私は思わず泣いてしまっていた。
今まで食べたことがないくらいおいしいお米としっかりとついた塩の加減が絶妙で、涙をぽろぽろ流しながらもう一口頬張る。
無理だ。
こんなにおいしいものを食べたのなんて記憶にない。
ミーに偉そうに言えなかった。
私はミーから受け取ったおにぎりを夢中で食べきってしまっていたのだった。