作品タイトル不明
ゆっくりと
「それでは、次に行きましょうか。見稽古で学んだことを、今度は実際にアルフォンス様に動いていただきましょう」
「ようやくかー。ほんとにずっと見稽古だけをさせられたから、いつから剣に触れるんだろうって不安だったよ」
「ですが、その分、頭の中で想像していたのではありませんか? 私の動きを見て覚えたことを、自分がしている姿で考えていたのでは?」
「もちろん。今もそうだよ。剣聖の動きをバッチリ真似できるよ」
「ふふ。では、やっていただきましょうか」
見稽古が始まってから、さらに何日も経過した。
その間はずっとアイの剣舞を見ているだけで、自分では一切剣を触らなかった。
アイが禁止していたからだ。
中途半端に覚えた動きで体を使うくらいならやめておいたほうがいいと言われて、我慢していたのだ。
だけど、それも限界に来ていた。
それをアイも感じ取ってくれていたのだと思う。
ようやく、剣を触る許可をもらえた。
「よーし、それじゃあ見ててね、アイ」
「あ、一つよろしいですか、アルフォンス様」
「うん? どうしたの?」
「条件を一つ付けさせていただきます。これから実際に剣を使った動きを肉体で再現していただきますが、その際、可能な限りゆっくりとした動きで行ってください」
「ゆっくり? なんでなの?」
「そのほうが正しい動きを理解できるからです。体を速く動かせば、多少の動きの粗さはごまかせるのです。そのため、正確な動きができていないにもかかわらず、きちんとできているように錯覚してしまいます。それを防ぐために、可能な限りゆっくりと正確な動きを行うのですよ」
「ふーん。そんなもんかな? まあ、いいや。それならゆっくりやってみるから、見ていてよ、アイ」
よくわからない条件をアイに出されてしまった。
実際に剣を使うときには速く動く必要があるのに、本当にそんなこと意味あるんだろうか。
ただ、アイがそういうのであればやってみよう。
僕は手に剣を持って、言われたとおりゆっくりと振り下ろした。
「もっとです。もっとゆっくりと。今の動きでは速すぎます」
「え、これでも速いの?」
「はい。本当に可能な限りゆっくりと体を使ってください。例えるならば、飛んでいる小鳥がとまり木と間違えてアルフォンス様の体で羽を休めるくらいまで」
「そんな無茶な。剣を振り下ろすだけでどれだけ時間がかかるんだよ」
「それでいいのですよ。むしろ、それくらいのほうがいいといえるでしょう」
自分ではかなりゆっくりと剣を振り下ろしたつもりだった。
だが、それにアイが待ったをかける。
今の動きでも速いって、そんな無茶苦茶なと思ってしまう。
だけど、言われたとおりにもっともっとゆっくりと剣を振り下ろした。
頭の中で想像していた剣聖の剣筋をそっくりそのまま真似しつつ、時間が止まっているのかと思うくらいに遅い速度で体を動かす。
これは思った以上にきつい。
剣の重みもあるからか腕が結構辛いのだ。
それになにより、ゆっくり体を動かすということ自体が予想外に難しかった。
自分の想像では一切の無駄なく真っ直ぐに振り下ろしているつもりなのに、微妙に左右に腕がふらついている。
もしかすると、アイはこれが言いたかったのかもしれない。
僅かな動作のブレ。
これは多分、いつもどおりに剣を振り下ろしていたら気が付かなかったはずだ。
だけど、その細かな動きの無駄が実戦では大きな違いになってくる。
それに気が付かせるために、こんなことをしているんじゃないだろうか。
時間をかけて剣を下まで振り下ろした。
そこで次の動作に入る。
が、その前に魔力を操作することにした。
全身の魔力を脳に集める。
見稽古のときと違って目には魔力を集めていない。
脳に集中的に集めていく。
こうすることで、目の前の動きがゆっくりと流れるようになる。
それは、景色だけじゃなくて自分の体の動きもそうだった。
これを利用する。
自分の体がどう動いているのかを脳に魔力を集中させてゆっくりと理解しつつ、体も実際にゆっくりと動かす。
こうすることで、更に細かく動きが理解できた。
それに、体を動かしながらそれまでの見稽古で覚えたアイの動きも同時に思い浮かべられた。
アイがする正しい剣捌きを脳内に想像しながら、自分の肉体の動きを確認しつつ動かしていく。
いろんな動作で試そうかと思ったけれど、動きはすべて上から下へと振り下ろすだけにした。
同じ動きを何度も繰り返して、動作を確認する。
そして気になるところがあれば、何度も何度もやり直して正しい動きができるように修正していく。
ひたすら繰り返す。
同じ動作をずっと、何度も何度も繰り返す。
一日中それをし続け、それでも終わらない。
次の日も、また次の日も同じことだけを繰り返していた。
こうして、毎日屋敷の庭では止まったような動きで剣を握っている僕の姿がそこにあったのだった。