作品タイトル不明
見稽古
「よし、それじゃあさっそくやろうよ。何をやればいい? また、模擬戦? それとも素振りからかな?」
「もうお体はいいのですか?」
「うん。もう大丈夫だよ。だからさっさと始めよう」
「わかりました。それでは、さっそく訓練を開始いたしましょう」
ゼーゼーと息をしていた僕だけど、それよりも早く剣の練習がしたい。
早く早くとせがむようにして、アイに教えてもらうことにした。
何をするんだろう。
あの剣術ができるようになるなら、なんだってやれる。
「では、開始いたしましょう。これからアルフォンス様にしていただくのは見稽古です」
「……見稽古? なにそれ?」
「見稽古とは見る稽古です。これから私が剣を持ち、さまざまな動きを披露しますので、アルフォンス様はそれを見ていてください」
「えー。見るだけ? そんなの訓練にならないでしょ」
「いいえ。見稽古は重要ですよ。今のアルフォンス様は剣の扱い方を知りません。ただがむしゃらに振り回しているだけです。ですが、剣にも正しい扱い方というものが存在します。どのように体を使って剣を扱うのか、それを私の動きを見ながら学んでほしいのです」
うーん。
それって要するに、あれだろうか。
食べ物から魔力を吸収するために、体の構造なんかを理解する必要があって勉強をした。
それと同じように、剣を使うために勉強が必要だってことをアイは言いたいのかもしれない。
正しい剣の使い方を知る上で、アイが教本代わりに手本を見せる。
まずはその動きを見て、それを学べってことなのかもしれない。
「あんまりおもしろくなさそう。ほんとにただ見ているだけで強くなれるの?」
「もちろん何も考えずにただ見ているだけでは意味がないでしょうね」
「じゃ、見るためのやり方とかがある、とか?」
「そのとおりです。これから私の使う剣術をアルフォンス様に見ていただきます。その際、魔力を操作しておいてください。全身の魔力を目と脳に振り分けるのです」
「目と脳に?」
「はい。これは意外と難しい技術ですよ。人によっては独力で魔力操作を行えるようになる者もいます。が、多くの人は魔力を操作して移動させるとき、体のどこか一点だけに集中させることがほとんどです。ですが、状況に応じて任意に複数箇所へと魔力を分散集中させることができると、応用範囲がぐんと広がります」
「へー。そういえば、今までは勉強のときは脳に、食事のときは腸に集中させていたけど、別々のところに振り分けたりはしていなかったな。目を強化しながら、記憶力や認識力を上げてアイを見るってことでいいの?」
「そのとおりです。では、さっそくやってみてください」
アイにそう言われて、すぐに魔力を操作してみる。
だけど、これが意外と難しかった。
今は魔力操作にだいぶ慣れたと思っていた。
だけど、別の場所に魔力を分散させるのは思った以上に骨が折れる。
分散させるだけでも難しいが、それを維持するのもまた難しかった。
例えば目と脳で魔力を半分ずつにするとして、それが常に一定になるようにするのが大変なんだ。
気を抜くとどっちかが多くなってしまい、それをもとに戻そうとすると今度は逆が多くなりすぎたりする。
自分が意図した分量を別々の場所に分けて維持し続けることだけでもかなり集中力が必要になってしまった。
「これ、思った以上にしんどいね。こんなので見稽古なんてできるのかな?」
「やってください。そのほうが早く剣術を習得できますので。それに、その技術はほかにも応用が効きます。アルス・バルカ様などは戦闘中も常に魔力の操作を行って戦っていますよ。目と脳を強化することで、戦っている相手の動きをより正確に認識することにも繋がりますので大切な技術です」
「……わかったよ。やるよ。やってやる」
またアルス兄さんか。
戦っている最中に本当にそんなに魔力を操作するものなんだろうか?
けど、アイがそういうのなら間違いないんだろう。
だったら、やるしかない。
それからしばらくは魔力の分散集中ができるようになるまでアイに待ってもらい、時間がかかったもののなんとかそれが形になってきた。
そして、ようやくアイの実演が始まったのだった。
※ ※ ※
「すごい。本当にすごいね。アイの動きがわかりやすいよ」
目と脳に魔力を集中させると、思っていた以上に効果があった。
まず、目に魔力が集まればそれだけで見え方が変わってくる。
特に視力がものすごく良くなるみたいだ。
別に目が悪いわけでもないから普段からよく見えているけど、それがさらに良くなった。
遠くまで見えるし、近くはより正確に見える。
そして、脳へ魔力を集めていると理解力が高まるという意味もよくわかった。
というか、まず相手の動きがゆっくりに見えるようになるんだ。
まるで時間が引き伸ばされたみたいに、相手がゆっくりと動いているように見えるから、動作が認識しやすい。
剣の運びと体の使い方。
それがよく見える目とゆっくりと認識できる脳を使って、アイの実演から学んでいく。
かつて剣聖が使ったという剣術の動きを次々と見せられて、それをひたすら見続ける。
そんな見稽古がしばらく続いた。
見ていると、アイの言いたかったことがわかる。
今まで剣を振り回していただけだという意味が理解できた。
アイの動きには無駄がない。
すべての動作に意味があり、次の動きへとつながっていた。
ある種、芸術みたいな美しさすら感じるアイの剣舞を見ながら、僕はその動きを覚えていったのだった。