作品タイトル不明
高みの見物
「暑そうだな。あの黒い炎ってどのくらいの温度があるんだろうな。空にいる魔導飛行船の中にいるだけで昔あの【黒焔】に蒸し焼きにされそうになったことを思い出すぜ」
「退避しますか、アルス・バルカ様?」
「うん、お願いね、アイ。ついでに魔導飛行船をリード軍の近くに降ろしてくれ」
「承知いたしました」
リード・バルカ軍対ラインザッツ軍。
ラインザッツ平野にて行われたこの戦いで、俺はまさしく高みの見物をしていた。
バルカ軍をバイト兄にまかせて、上空で魔導飛行船に乗って待機していたからだ。
その後、開戦した後は空から急降下して魔装兵器を落としただけ。
あとは戦いの趨勢を空から見守っていたのだ。
そんな地上での戦いはどうやら終わりが近そうだった。
地上は今、地獄のような様相を呈している。
バイト兄とカイルがタッグを組んで、とんでもない攻撃を繰り出したからだ。
カイルが事前に戦場となる場所で高位精霊の力を使って幻想華を仕込んでいた。
その幻想華は現在、蔦を伸ばして半ドーム状にまで形を変えていた。
もう少しで完全に上も閉じてドームになるかもしれない。
が、その途中で幻想華のドームは炎上していたのだ。
生きた植物というのは存外燃えにくい。
そのはずだが、そんなことは全く関係ないと言わんばかりに幻想華を燃やしているのが黒い炎だった。
バイト兄が氷炎剣を用いて生み出すことに成功している【黒焔】の炎。
それが幻想華を燃やしていたのだ。
だが、今回は単に氷炎剣を使っただけではなかった。
ひと手間加えて、作戦に組み込んでいたのだ。
というのも、シンプルに幻想華の蔦を伸ばして、そこに火を付けるだけでは相手が逃げるかもしれないからだ。
相手も馬鹿ではない。
とくにラインザッツ家の当主であるシュナイダー・ド・ラインザッツという老将は生まれたときから戦場で生きてきたような男だ。
しかも、自分たちよりも勢力の大きいリゾルテ家などを相手に戦い続けてきていた。
戦いの経験値というのは侮れない。
なにせ、魔法なんてものがあるからだ。
どんな状況であっても魔法の使い方一つで一発逆転は起こり得る。
ゆえに、経験豊富な者ほどとっさの対応力が高いという特徴があった。
もしも、バカ正直に相手が見ている前で植物を成長させてからそこに火を付けていては相手が対応してしまう。
だからこそ、対応できないように戦術を組み上げる必要があったのだ。
今回は、事前の仕込みと空からの魔装兵器落とし、そして、バイト兄の精霊を使うことにしたというわけだ。
バイト兄の【氷精召喚】で呼び出した氷の狼に対して、氷炎剣を使って氷を炎へと変える。
実はその発想は前からあったのだが、今まではできなかった。
ただ単に氷炎剣を使って氷精の氷を炎に変えるだけではすぐに消滅してしまったからだ。
だが、どうやらバイト兄が【黒焔】を使えるようになってそれが可能になったらしい。
氷の狼を一度黒い炎に変えてから、もう一度、氷の状態にすぐに戻す。
これが成功の秘訣だったらしい。
そして、その後、改めて【黒焔】化するとその状態が維持できたのだそうだ。
なぜそうなるのかは、バイト兄も俺もカイルもよく分かっていない。
が、利用できそうなので使うことにした。
「ラインザッツ軍の被害はどのくらいかな、アイ?」
「カイル・リード様による植物の囲いの中にいるラインザッツ軍はおよそ7割ほどです。おそらくは、その者たちは黒い炎にまかれて助からないでしょう」
「ってことは、3割が幻想華の範囲外にいるのか。……ん、あれ? カイルのいるリード軍がまだ戦っているな。あそこまで食いつかれていたのか」
「あれはラインザッツ軍の精鋭部隊のようです。指揮をとっているのはラインザッツ家当主のシュナイダー・ド・ラインザッツ様本人の模様です」
「は? まじかよ。当主自らがあそこまで突出してたのか。急いでくれ、アイ。カイルの救援に向かうぞ」
のんきに空から見ている場合では無かったかもしれない。
てっきり、当主であるシュナイダーはどっしりと本陣で構えて指揮を執ってるものだと思っていた。
もしそうであれば、幻想華のドームのど真ん中で今頃蒸し焼きになっているはず。
が、どうやら、俺の考えは外れたらしい。
覇権貴族の当主自らが最前線まで出張って相手を攻撃しようとしていたということなのだろうか。
それも、空から落ちてきた魔装兵器や、炎の狼を前にしても、それらを無視してカイルのもとまで一直線で突っ込んでいったということになるのだろう。
さすがに、歴戦の猛将ということだろう。
自軍がどれほど被害が出ても、自分の力で道を切り開くとかそういうことなのだろうか。
結果的にその判断によって、今も無事であるわけだし、長年戦ってきただけのことはある。
ラインザッツ家の当主の判断力と行動力に驚きながらも、俺はアイの操縦する魔導飛行船でリード軍のもとまで直行したのだった。