軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

グレイテッド家の当主として

初めて彼を見た時は、今よりもまだ幼かった。

最北の貴族家であるフォンターナ家。

そこに新たに誕生した異色の騎士。

それがアルス・バルカという存在だった。

ドーレン王家は偉大なる始祖であり、原初の王であるドグマ・ドーレン王の血脈を代々受け継いだ一族だ。

そのドーレン王家も長い歴史の中で何度も荒波にあい、もはやかつての力はなかった。

覇権貴族に躍り出た貴族家と同盟を結んで、権威を示すという形で貴族社会に影響力を発揮していたからだ。

そして、そのドーレン王に仕え続けている貴族家として我がグレイテッド家があった。

王に尽くして生きる。

我がグレイテッド家の使命だ。

なんとしても、それを実行することこそがグレイテッド家当主であるこの身に課せられた役目だった。

幼い頃よりそう教え育てられ、そして今に至る。

そのために前覇権貴族であるリゾルテ家が三貴族同盟に敗れて、その後の混乱時に王の身を守るためにも我らはフォンターナ領へと赴いた。

さすがに北に位置するフォンターナ領は寒さが一段と厳しく、王都で生まれ育った我々は体に応えた。

だが、フォンターナ領そのものは非常に活気がある場所だった。

農作物は豊作であり、人々には笑顔があり、賑わっていたのだ。

特に領地内を張り巡らせるように造られた道路によって、交通の便が他の貴族領よりも圧倒的によく商人たちが生き生きとしていたのを感じたものだ。

そして、そんな領内の発展に寄与していたのがつい数年前に騎士になったばかりという農民の少年だというのだから驚かないはずがない。

だが、私はその時、その少年騎士とは直に話をする機会に恵まれなかった。

フォンターナ家当主のカルロス・ド・フォンターナ殿の意向だと聞いている。

近づけば何をしでかすかわからないと言うではないか。

よくそんな人物を懐に入れているなと王が問えば、今の自分にはそれがどうしても必要だからだと言っていたのを覚えている。

そんなフォンターナ領から王都に帰還する途中で、私にとっても忘れられない大事件が起きてしまった。

当代のドーレン王が暗殺されるという前代未聞の事件だ。

このことは私にとってこれ以上ない失態だった。

なぜ、私はあの時、王を救えなかったのか。

王の身を助ける。

それこそが我が身に課せられた使命だというのに、それができないというのはあまりにも大きな失敗だった。

そして、それを理由に王都に帰り着いた私は責任を問われ続けた。

ドーレン王家は衰えたとはいえ、それでもまだまだ大きな影響力を持っていることは間違いない。

王都圏ではいくつもの貴族家が虎視眈々と王に近づき、その権力を操れる位置に座ろうとしている。

名門であるグレイテッド家といえども、蹴落とされるかもしれない。

そして、それは現実になりつつあった。

王を守れなかった私は王の側近としての地位を下げられて閑職に回されたのだ。

このままではいけない。

私の代でグレイテッド家が没落したなどとあってはならない。

なんとか挽回せねば。

そう思っていたが、どうやら私はすでに時勢についていけない老骨だったのかもしれない。

わずかそれから数年でこの世は大きく様変わりしていたのだから。

かつて身を寄せていたフォンターナ家がドーレン王家から独立し、新たな王家を名乗った。

それにより、フォンターナ王国として国を興し、そしてそれに追随するかのようにかつての覇権貴族であったリゾルテ家までもが王を自称する事態になったのだ。

これはあり得べかざる事態だった。

王とはドーレン王ただ一人である。

それはこれまでの歴史上でもそうであり、これからも不変の事柄だ。

王都圏にいた誰もがそう思っていただろう。

なので、各貴族に号令をかけてフォンターナ討伐を命じたその時の首脳部の判断は間違っていないと私も思う。

だが、相手が悪かったのかもしれない。

圧倒的な数でフォンターナ領を目指した貴族連合軍は、なんとフォンターナ領に入ることすらできずに瓦解したのだ。

それをなしたのがあのときの少年騎士だった。

到底信じられなかったが事実だ。

彼は農民出身という身でありながら、他の貴族や騎士をフォンターナ家の幼き当主であるガロード殿のもとに一本化し、そして貴族連合軍を打ち破ったのだ。

そして、これが王都圏の荒廃に直結するとはこのときは私も考えもしていなかった。

貴族連合軍を率いていたはずのメメント軍が暴走し、各地を襲いながらも王都を目指して進軍し、それだけに終わらず王都を襲撃したのだ。

ありえない。

いったい何を考えているのか。

だが、これを防ぐことは王都にいる誰にもできなかった。

というよりも、偉大なるドーレン王が治める王都を襲うなど、王都圏に住む誰もが考えもしなかったのだ。

メメント軍が北部貴族の領地をいくつか襲ったと聞いたときでさえ、王都にいた首脳部は気が済んだらやめるだろうと思っていたそうだからだ。

しかし、メメント軍は止まらなかった。

王都陥落。

ドーレン王襲撃事件に匹敵、いや、それ以上の大事件が再び起きてしまった。

そして、さらに当時の王である先代ドーレン王が行方不明になってしまうという事態になったのだ。

王の不在。

数々の予想できないことが立て続けに起こったが、これもまた全く予想もしていなかった事態だろう。

先代ドーレン王はメメント軍に襲われた王都から極秘に逃げ延びようとしていたらしい。

が、それが成功したのか、失敗したのかすらわからない。

いや、成功はしていないのだろう。

なぜなら、その後、全くの音信不通になってしまったからだ。

メメント軍に王都を占領され、数々の歴史ある財貨すら奪われていく中で、いつしか王都圏の貴族たちの中では先代ドーレン王は死んだのではないかと噂され始めた。

だが、そうであれば王としての座が継承権第一位である次代の王に移るはずである。

だというのに、その気配がない。

それならばどこかで生存しているのではないか、という意見も常にあった。

が、実際にいつまで経っても戻られない先代王。

この王の不在という緊急事態に王都では暫定的に継承権第一位の王子であるシグマ・ドーレン様を当代の王であると認定して、政務に当たることにしたのだった。

私はこの決定を心から歓迎している。

なぜなら、このシグマ・ドーレン王は我がグレイテッド家の娘が生んだ子であったからだ。

先代ドーレン王とグレイテッド家の娘が婚姻を結び、継承権第一位の王子を出産していた。

だが、失脚したグレイテッド家を排斥するために、王が存命であれば他の者に王位を継承されていた可能性も高かった。

しかし、先代王の身がどうなったかわからない以上、第一位の者が王になることが道理だろう。

グレイテッド家はまだ神に見放されたわけではなかった。

これでまた、ドーレン王家の元に出仕して、王に仕える機会に恵まれた。

この機会を逃してはならない。

なんとしても、このシグマ王を守り、グレイテッド家の繁栄を確たるものにしなければならない。

その後、さらに困難な状況が続いたが、王都を荒廃させたメメント軍は敗北し、領地へと引き上げた。

その代わりにやってきたのはラインザッツ家だ。

これで一安心かと思われたが、それもまたすぐに新たな問題が発生した。

新たな魔法が使えるようになったことが原因だった。

王都圏にいる、ドーレン王家から名付けを受けており魔力的なつながりがある全ての貴族にある日突然、魔法が使えるようになったのだ。

そして、その魔法はフォンターナにいるリード家の魔法であるということもわかった。

リード家。

それもフォンターナ領にいた際に耳にしたことがある。

かの少年騎士の弟が独自に家を立てていたはずだ。

【速読】や【自動演算】などはまさしくリード家の者たちが使っていたはずだ。

ドーレン王家とつながりのある貴族家全てにリード家の魔法が使用可能となった。

だが、当たり前だが王都にいる暫定王であるシグマ・ドーレンその人がリード家から名付けを受けたわけではない。

だとすれば、ドーレン王家の王の座を持つ者がリード家に名付けをされたことになるのだろうか?

もしかすると、先代ドーレン王は生きているのだろうか?

私はどうしてもそれを調べねばならなかった。

そして、その機会は思わぬ形で実行するに至ったのだ。

ある日、突如聖都跡地に現れたリード家が無法地帯化していた土地を攻略し、リード領を打ち立てたのだ。

しかも、それは教会の許可まであったという。

すぐには動けなかったものの、それでも状況が安定したと判断した私は新年が明けてすぐにリード家の新たな領地を訪れた。

ここにいるであろう、リード家の当主か、あるいはあの少年に会うために。

そして、そこで見たものを私はまたもや忘れはしないだろう。

神敵ナージャによって滅んだはずの聖都は巨大な湖となっており、その周りは豊穣の土地に生まれ変わっていたのだ。

さらに、その聖湖と呼ばれる湖から縦横無尽に水路が張り巡らされ、それを利用しつつ、高い壁で囲まれたリシャールの街。

こんな街を土地を奪い取ってから半年もしないうちに完成させたのだろうか?

信じられない。

が、信じられないことは更に続いた。

急にリシャールの街に訪れた私を出迎えて、話をしたのはアルス・バルカだった。

あの時からもう何年も経過している。

もう、今年で19歳になっているはずだ。

だが、昔見たときと変わらぬ姿をその少年はしていた。

かつての少年姿そのままで現れたその姿を見て、私は確信した。

この人はもはや人の領域をはみ出ている、と。

神の使徒。

かつて、神界におられた不老の秘術にたどり着いた者たち。

神敵ナージャが神界を襲った際に、神の使徒はことごとくが死んだと聞いている。

そして、現在神の使徒たりえる不老の秘術に到達しているのは、この少年だけだという噂はおそらく間違いないのだろう。

なにせ、現在自由に神界を行き来し、神と交信できるのは、神の盾と名乗るこのアルス・バルカ様をおいてほかにはいないのだから。

その神の盾アルス・バルカ様がおっしゃった。

ドーレン王の継承権を復活させられる、と。

本当だろうか?

いや、ここで嘘を吐く理由が思い当たらない。

わざわざそんなことを言い出す必要性がないからだ。

そして、その継承権復活の代価として要求されたのがなんとフォンターナ王国との和解だという。

確かにフォンターナ家とドーレン王家は敵対した。

それを今も多くの貴族が認識しているのは間違いない。

だが、現実問題としてフォンターナ王国の領地支配はかなり盤石で、もはやそれをドーレン王家は取り戻す手段すら存在しないのだ。

ならば、この提案はこちらにとっては渡りに船だろう。

問題はドーレン王としての王の座を誰に戻すのか、という点につきる。

もし、ここで暫定王としてのシグマ王ではなく、ほかの継承権を持つ者に対して継承されたらどうなるだろうか。

グレイテッド家は再び今の立場を失うかもしれない。

そんなことはあってはならない。

なんとしても周囲を説き伏せねばならない。

こうして、私は王都に戻った後、あらゆる方法で周囲を説得した。

が、その努力が完全に実を結ぶ前にいらぬことをしてくれたものだ。

ラジオを通して話がまとまる前に大々的に和解の件を広められてしまったからだ。

これは困る。

地道な根回しが潰されてはかなわない。

そう思って再びリシャールの街を訪れた私はさらにこの少年の姿をしたなにかに驚かされることになった。

一瞬で場所を移動させることが可能な転送魔法陣なるもの。

それを使って私が案内されたのは、天空霊園なる空飛ぶ場所だった。

急激な環境変化で気分が悪くなった私を【回復】させたと思ったら、今度は先代ドーレン王の遺体のもとへと案内される。

意味不明だが、この御方はここを墓場にして葬式をあげるなどと随分と無茶で勝手なことを主張していた。

なぜ、ここに先代王の遺体があるのか。

もしかしたら、この人が先代王の死に関わっていたのではないだろうか。

あるいは、裏から手を引いていた可能性はあるのではないか。

葬儀がどうのというのも、なんらかの狙いがあるのかもしれない。

だが、ここまで見せつけられて我々との違いをはっきりと示されてしまい、私はなんの言葉も返せなかった。

大地を空に浮かべてそこで永住できるようにすることができる存在。

驚くべきことに、この天空霊園はこのような空の上で自給自足が可能なのだそうだ。

そして、ここから転送魔法陣を使っていくらでも地上へと人を送り、また、空に上げることができるのだという。

こんなことができるのは、もはや神の御業ではなかろうか。

ここでこの御方に抵抗してはならない。

本当ならば、先代ドーレン王の死についてもっと追及し、遺体を取り戻すことが必要なのだろう。

だが、私にはついぞそれができなかった。

というよりも、抵抗すれば二度と地上には戻れないだろうとも思ったからだ。

この少年は神か悪魔のどちらかだろう。

私はこれまで絶対の自信を持っていた王に対する忠誠の気持ちが、ボキリと折れる音を聞いた気がした。

先代ドーレン王のご遺体にすがりついて涙を流しながらも、私は我がグレイテッド家がこの後も生き残っていく未来を頭の中で探り続けていたのだった。

そして、結論を下す。

私は王に下げるべき頭をこの御方に対して下げ、葬儀の了承とともに、暫定王であるシグマ王へと王の座を確実に戻すことを願い出たのだった。