軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

失伝

「こんにちは、アイシャさん」

「あら、よく来てくれましたね、アルス。今日はどうしたのかしら?」

「ちょっとお願いがあって。実はここにいるカイザーヴァルキリーが持つ継承権をよそに移そうと思っているんですけど、そのうちの一つの魔法を封印してもらいたくて」

「……すごいですね。精霊、ですか? ものすごい力を感じますね、その子」

「ええ、私の自慢の相棒なんですよ」

「これほどの精霊とよく仲良くなれましたね。氷精でしょうか? ですが、深い知性も感じるように思います」

「カイザーヴァルキリーは結構知識自慢でもありますからね。バルカにいる知識人たちからの情報を一手に引き受けて記録できるんですよ」

「相変わらず、あなたの周りには驚くような存在ばかりいるのですね。それで、この子から魔法を封印してほしいということでしたか。継承権を持っているというのも変わっていますが、おそらく問題なくできるでしょう。どんな魔法ですか?」

「【裁きの光】です」

「……え?」

「だから、カイザーヴァルキリーの持つ【裁きの光】を封印してください、神アイシャ」

「……あの、聞き間違いでしょうか? この子は【裁きの光】が使えるのですか?」

ドーレン王家に継承権を戻す。

有言実行だ。

取引を行った以上、それは間違いなく遂行される。

少なくとも、俺の側からその話を反故にすることはないだろう。

だが、タダで返すわけにもいかなかった。

ドーレン王家に継承権が戻り、いつの日か再びその権勢を取り戻した時に【裁きの光】を使える王が復活するかもしれない。

あの危険な、防ぎようのない攻撃的で広範囲に作用する大魔法。

あれが、再びどこかで使用される可能性があるというのは無視できないものだった。

なので、【裁きの光】を封印することにした。

神アイシャであればそれが可能だ。

俺の【散弾】や【塩田作成】も封印して、東方で広がりつつある俺と魔力パスが繋がって新たに魔法を使えるようになった奴らはそれが使用できないこともきちんと確認できている。

そして、封印されたという事実はおそらく気づかれない。

アイシャ自身がもう無関係な人間にこの神界に入ってこられないように【神界転送】を封印していたからだ。

ミリアリアなどは【神界転送】が封印されていることを知らなかった。

自分が使えない魔法が封印された場合、それに気づくことは困難を極めるのだろう。

なぜなら、自分の魔力がその位階にまで達していないと思ってしまうからだ。

つまり、カイザーヴァルキリーが持つ継承権を返す前に【裁きの光】を封印してしまえば、よっぽどのことがない限りドーレン王家はそれに気づくことができない。

俺は継承権を返すとは言ったが、魔法を封印しないとも言っていない。

何一つ嘘はついておらず、問題ないはずだ。

唯一問題があるとすれば、封印という行為ができるのはアイシャだけという点だろうか。

自分の子孫が持っているはずの魔法の継承権を赤の他人どころか、別生物が所有しているという話を聞いてどう思うのだろうか?

内心ではちょっとドキドキしながら、こうして神界までカイザーヴァルキリーを連れてきて話をしたというわけだ。

「もしかして、この子は私とあの人との間に生まれた子の子孫なのかしら? どうして精霊になっちゃったのかしら? しかも、人ではないようだし……」

「いや、子孫なわけないでしょう。そいつはあなたや初代王とはなんの関係もありませんよ」

「そ、そうよね。ちょっと、びっくりして動揺しちゃったわ。そんなわけないわよね」

「実はあなた方の子孫のドーレン家の当主が一人の男に殺されたのですよ。そして、そいつに継承権を奪われたのです。その犯人はドーレン家から奪った魔法を我がものとして、あちこちの街で【裁きの光】を乱発した。で、その後にカイザーヴァルキリーがそいつから継承権を奪い返してくれたのですが、あまりに危険で社会への影響が大きかったので封印してもらいたいんですよ」

「あ、もしかして以前不死者になったあの人と一緒にこの領域に入ってきた不届き者のことかしら?」

「そうですよ。あなたの兄で夫でもある初代王に不死者化させられて、そいつが地上に戻ったあと暴れて大変だったんですからね」

「そう。継承権を奪うことができる方法なんてものもあるのね。でも、あの魔法がないと困らないかしら? 竜なんかに襲われたときに戦えるのかしら?」

「大丈夫ですよ。いざとなったら私がなんとかしますから」

「そう、ならいいわ。封印しましょうか」

「……いいんですか? こう言ってはなんですけど、自分の子孫の使える魔法が制限されることになりますよ?」

「うーん、そうねえ。でも、そうする必要があるのでしょう? それに、【裁きの光】があったところであの子たちは私やあの人を助けてくれなかったしね。なにより、今となってはもう地上に住む皆が私の子どもみたいなものよ。あなたも含めてね」

もっと説得に時間と手間がかかるかと思っていた。

が、思った以上にアイシャはあっさりと【裁きの光】の封印に賛成してくれた。

あまりにもそれが意外だったので、つい、思わず聞いてしまった。

そんなことをしてもいいのか、と。

だが、それに対してのアイシャの返答は彼女の微妙な心理状態を反映してなのか、いろんな感情が込められたような感じになっていた。

それを聞いて思ってしまう。

ドーレン王家はもっと積極的に教会に干渉しておくべきだったのだろう、と。

神アイシャは元は普通の人間だ。

大昔にいた教団なる組織に迷宮核と【合成】され、神として扱われて現在までその状態が続いていた。

そして、その間、彼女の子孫のドーレン一族はただの一度も途絶えることなく連綿と続いていたのだ。

きっと、彼女は望んでいたのだろう。

長い年月の間、ずっと神像として動けない状態で、しかし、思考ができる状態で助けを期待した。

そして、それはついぞ叶わなかった。

自分と血の繋がった子孫がいるのにだ。

教会と勢力を二分するほどに力を持っているはずの王家が、アイシャを助け出すことがなかった。

それが数千年にも亘って続いてきたことで、彼女の中ではドーレン王家の人間に対して失望を感じることがなかったと言えるだろうか。

血の繋がりがあるがゆえに情はあるだろう。

だが、それでも、【裁きの光】という魔法を封印してもいいと感じてしまった。

たとえ、どれだけ強力な魔法を持っていたとしても、決して自分たちを助けてはくれない。

そう思ったからこその判断だったのではないだろうか。

あるいは、彼女の言う通り、もう旧ドーレン王国系の人間はすべて自分の子孫だと認識しているのかもしれない。

なにせ、大昔は魔物のはびこる場所で大勢の魔法使いと戦って領地を得てきたのが彼女の時代だったのだ。

それが、もう魔物に怯えなくても過ごせるほど人が増えた。

それはすなわち自分たちのしたことが無意味ではなく、彼女たちの努力の末に生まれたのが今の俺たちだと感じているのかもしれない。

実際にアイシャがどう考え、感じているのかはわからない。

だが、神の依り代として作られた人工皮膚を持つ魔導人形から発せられる雰囲気はどこか悲しそうな、それでいて吹っ切れてもいるような佇まいをしていた。

こうして、ドーレン王家が持つ最強の大魔法である【裁きの光】は名実ともに失伝することになったのだった。