作品タイトル不明
アルスの恩返し
『残念ですが、グランは生まれ故郷には帰る気がないですよ、バナージ殿』
『な、なにを言うでござるか。グラン殿もオリエント国の人間でござる。いずれは帰りたいと思っているはずでござる』
『以前、私が霊峰を越えてこちらに来た後の話です。グランに直接聞いたのですよ。帰りたいとは思わないのかとね』
『も、もちろん、帰りたいとグラン殿は言ったのでござろう?』
『いいえ。グランは明確にその考えを否定しました。彼は自分の命の危険すらも顧みずに、ものづくりを極めんがためだけに霊峰を越えて西へと来たのです。一緒に来た仲間の屍を乗り越えながら、それでも覚悟を決めてね。そんなグランにとって、道を引き返すという選択はそもそもなかったのです』
『そ、そんな……。そこまでの覚悟を……』
『おそらくバナージ殿は霊峰を越えるということがどれほどの危険かをきちんと認識していないでしょう。あれは口で言い表せるものではありません。極寒の厳しい環境と襲いくる魔物たち。死の危険を感じたことは両手両足の指では数え切れないほどだったでしょうね』
『しかし、それでも国が危機に瀕しているのでござるよ』
『それでも、です。グランもおそらくはわかっていたでしょう。多くの仲間を引き連れて霊峰へ向かうということがなにを意味するかを。それでも、彼は自分のしたいことを選択した。グランは誰になにを言われようとも揺るぎない覚悟で自分のエゴを貫いたのです』
オリエント国という国について、俺はそれほど多くを知らない。
グランやバナージに軽く聞いた程度で少し知っているくらいだ。
武力の弱い小国だが、ものづくりと外交の力で周囲の国々を相手取り、時代の荒波を乗り越えてきたらしい。
だが、バナージが言うことがどこまで真実なのかも俺には確かめようがなかった。
確かにグランは他の仲間や慕ってくれる者たちと一緒に大雪山を越えて西を目指したのだろう。
東方遠征軍ですら数ヶ月をかけてようやく東にたどり着いたのだ。
一人二人で越えられるはずもない。
きっと、それなりに人数がいたのだろうとは思う。
が、国が傾くほどの人材がグランと一緒に大雪山越えを目指したというのであれば、その時点でその国は終わっているのだと思ってしまう。
厳しく言えば、当時グランの行動を止められなかったほうが悪いのだ。
だが、おそらくは違うのではないだろうか。
きっと当時のグランの行動は現状の言い訳として利用されているような気もした。
バナージは当時大雪山越えを認められないほどに若かったという。
ということは、当時のことをしっかりと記憶してはいないだろう。
ならば、なぜ、今のオリエント国の窮状がグランのせいだと言えるのか。
もしかしたら、バナージは周りからそういうふうに吹き込まれているのではないだろうか。
今が悪いのはかつていた、しかし、今はいないあの人が悪かったからだ。
そんな都合のいい悪役としてグランの名はオリエント国で使われていそうだと思ってしまった。
まあ、それも正しいかどうかはわからないのだが。
しかし、この場で唯一はっきりと断言できることがある。
それは、俺にとってもグランは手放すことのできない貴重な人材だということだった。
俺が幼少期にバルカ村のそばの森を開拓し土地を手に入れてから、グランと知り合い、一緒に歩んできた。
同じ戦場で戦ったこともあれば、建物を造ったり、魔法剣を作ったりといろんなことをしてきた。
グランがいなければ、今の俺は確実にここには存在していない。
そして、それはこれからも同じだ。
西方の海やジャングルで手に入れた新たな素材を使って、さまざまなものを作る。
それを実現するためにはグランの力は必要不可欠だ。
今更、生まれ故郷に帰ってしまわれては困る。
これが俺の中での絶対に動かせない事実だった。
『おそらく、グランの決意は固い。多分、どんな説得をしようとも戻るとは言わないでしょう。ですが、バナージ殿のお気持ちもよく分かります。ですので、こうするのはどうでしょうか?』
『……なにか、考えがあるのでござるか?』
『グランの代わりというわけではありませんが、私があなたに、オリエント国に力を授けましょうか?』
『アルス殿が、拙者らに力を? どういうことでござるか? というか、なぜあなたがグラン殿の代わりに?』
『私はグランに大変世話になっています。彼がいなければ私もどうなっていたかはわかりません。ですので、グランには恩があるのですよ。そのグランが、オリエント国にとって責任を取るべきであるというのであれば、私が代わりにそれをしようと思ったまでのことです』
『……アルス殿のお気持ちはよく分かり申した。しかし、具体的になにができるというのでござろうか。こう言ってはなんでござるが、アルス殿がオリエントにやってくるというわけでもないのでござろう?』
『ええ、そうですね。ですから、力を授けようかと提案したのですよ、バナージ殿。あなたに魔法を授けましょう。それはオリエント国にとって間違いなく助けになるでしょう』
『魔法、でござるか? 聞いたことはあるでござる。ブリリア魔導国は近年、魔石を手に入れる魔法という手段を手に入れた、と。拙者たちにも魔石を作れるようにしようというわけなのでござるか?』
『そうとも言えますし、少し違うとも言えますね。私が授ける魔法は魔石を作るだけにあらず。他にもいくつもの魔法があるのですよ。それも、グランがものづくりをする際に手放せないと言ったほどの有用な魔法がね』
『あのグラン殿が認めた魔法でござるか。それはすごそうでござるな』
『ええ。と言っても、直接的にものを作るというわけでもないのですけどね。例えば【瞑想】という魔法はどのような疲れも一晩で癒やし、あるいは使用中は疲労を抑える働きがあります。そのため、三日三晩ものを作り続けても動き続けられるとグランは言っていました』
『そ、それはなんともグラン殿が喜びそうな魔法でござるな』
『そうでしょう? 他にも【身体強化】は肉体を強化するという魔法ですが、力の必要な作業では大きな助けになります。更に【毒無効化】は危険な薬剤を使用する際に使っておくと安全に作業ができる。あとはそうですね。意外と一番あって助かるのは【洗浄】という魔法でしょうか。あらゆる汚れという汚れを一瞬できれいにとってしまうこの魔法は、ものづくりで一番使用頻度が高いと言っていましたよ』
『た、たしかに。今、聞いただけでもどの魔法も役立ちそうだというのはわかるのでござる。これは実際にものづくりをしている者に意見を聞いているとわかるものばかりでござるな。しかし、いいのでござるか?』
『なにがですか?』
『拙者とて何も知らぬわけではない。アルス殿たちがブリリア魔導国相手に魔法を取引材料としていたのは知っているのでござる。特にあのアトモスの戦士にすら匹敵する魔装兵器との取引材料にしていたのではないのでござるか?』
『さすがによく知っていますね。そのとおりです。我々はブリリア魔導国との取引で魔法を提供する代わりに、それに相当する対価を要求しています。ですので、本来であれば魔法をバナージ殿に授けるわけにはいかない。つまり、これは今回限りの特別な提案なのですよ。私が特に恩を感じているグランに代わって、バナージ殿に特別に、代価なしに魔法を授けようというのは。それで、どうしますか? 魔法が必要なのであればこの場でおっしゃっていただきたい』
今だけの特別キャンペーン開催中。
これを逃せばもう二度と手にはいらない貴重なものが、今ならなんとタダで手に入るよ。
世の中のあまたの主婦を引き込む最高のキャッチフレーズによるアピールを俺はバナージに対して使った。
グランの代わりにオリエントの助けになろう、と手を差し伸べる形で。
バナージがこれを受け入れれば、もう二度とグランに責任があるなどとは言わせない。
そして、さらにバナージが俺から魔法を授かるということはすなわち【命名】という魔法もセットでついてくるということだ。
いまいち広がりに欠ける魔力パスを強制的に拡散スピードを上げるには、やはり感染源を増やすに越したことはない。
集落ごとにほぼ独立しているバリアント近郊やしっかりした組織が仕切っているブリリア魔導国とは違い、ただの外交官的ポジションのバナージからだと今までよりも魔力パスが広がりやすそうだと感じた。
別にこの提案を受け入れるかどうかはどちらでも良かった。
だが、バナージは少しの間考え、そして決断を下した。
俺から魔法を授かる、と。
もちろん、俺はその返答を聞いてすぐにバナージに対して名付けを行う。
その結果、バナージは新たに魔法使いとなったのだった。
オリエント国初の魔法使いへと。
いやー、いいことをすると清々しい気持ちになれるな。
こうして俺はグランに感じていた恩を、彼の故郷を助けるという形で恩返しすることに成功したのだった。