作品タイトル不明
遣東使
「え? それ、本気で言っているの、アルス兄さん?」
「もちろん。駄目かな?」
「いや、駄目ってわけじゃないけど、危険が大きすぎるんじゃない? アルフォンスを留学させるのはさすがに冒険すぎるような気もするけど」
「だけど、これはいい機会でもある。俺たちは東方のことをグランやスーラという限られた人間を通してしか知らない。もっと知る必要があるんだ。それを、シャルルというブリリア魔導国の王子が身元を保障して留学させてくれるなんて機会はそうそうないだろ?」
「そうかもしれないけど、それならそれで他に人選する余地はあるでしょ。なんでアルフォンスなの? まだ4歳なんだよ?」
「いろいろ理由はあるけど、一番の理由はアルフォンスとアルフォードが思った以上にそっくりだってことだな。さすがに双子だけあってそっくりだ。バルカ家の当主となったアルフォードとあそこまで似ているとなると、あいつが俺の弟ではなく息子だと気づくやつもいるかもしれない」
「そうかな? 外見は似ていても性格は違うでしょ? 直接会うと受ける印象は違うと思うけどね」
「その性格もあれなんだよな。アルフォードはおとなしいのに対して、アルフォンスは活発だ。両者を並べてどっちが自分たちの身を守る棟梁としてふさわしいかを比べたら、多分活発なほうが有利になる。お家騒動みたいにはなってほしくないんだよね」
「そうか。つまり、アルス兄さんはバルカでお家騒動が起きないためにも、アルフォンスを東方という遠い地に置いておこうって考えているんだね」
「そういうこと。ついでに、しっかりと勉強してきてもらって東方の知識を持ち帰ってくれればありがたい」
シャルルというブリリア魔導国の第二王子との話し合いで、両者からそれぞれ人を出し合い留学することに決めた。
お互いに相手から迎え入れた人材はしっかりと勉強できる環境を整え、安全な滞在地を用意するなどの取り決めもしている。
一応、とりあえず数年ほどを目安に交換留学してみようということになった。
この申し出は断る理由がない。
やはり、こちらとしても欲しい情報が多いからだ。
もともと、大雪山という大自然の壁によって双方に行き来はなかったが、向こう側でなにがあり、どういう動きがあるのかを知っているか知らないかだけでもいずれ大きな違いがあるだろう。
俺自身は東方とそれほど活発に国レベルでやり取りする必要はないと思っている。
が、もしかしたらいずれほかの誰かが東西を行き来する手段を得る可能性が無いわけではない。
今まで絶対に不可能だと考えられていたことが、一人がその常識を打ち破ることでその後次々と同じことができるようになるということはそれほど珍しい出来事ではないからだ。
なので、そんな未来が来た時のために情報だけでも仕入れておきたい。
そして、特に必要だと感じていたのが東方での常識とかマナーだった。
それも一般人レベルのものではなく、地位の高い者たちの間でのマナーだ。
今、東方と取引を行うに当たって、基本的にはほとんどの折衝を俺がしている。
なぜならそれは、他に東方の言語を話せる者がいなかったからだ。
東方の言語を話せるのは、俺やカイル、そしてあとは東方に一緒に来たエルビスやその他の兵たちだけだ。
だが、俺やカイルは東方言語をグランに習っていた。
グランは東方の中にある小国家群の中の一国の生まれだ。
そのため、グランの話し方は東方では小国家群訛りと呼ばれる癖があるらしい。
強国であるブリリア魔導国やさらに勢力が強い帝国などが相手では、この訛りがあると少々格落ちに見られることもあるのだそうだ。
そして、エルビスやその他はバリアントでスーラたちに言葉を習った。
こちらは更にひどい。
霊峰の麓という追放者たちが行き着いた先の僻地で使われている言葉で、基本的には貴族などの上流階級などが使うきれいな言葉ではなく、荒々しい下品な言葉になるらしい。
それでも一応は東方言語として通じるので、バリアントにやってくる商人などが相手であればまだいい。
が、外交に用いる言葉ではないことは確かだろう。
つまり、交換留学の一番の目的は貴族社会でも通じる上流階級の言葉を手に入れることにある。
これがシャルルとの取引で可能となった。
ブリリア魔導国に送り込む留学生たちは、向こうにある貴族院なる学校に通うことも可能なのだそうだ。
貴族の子弟たちと一緒に勉強することで向こうの知識を得ることもできるし、上流の言葉遣いをマスターもでき、さらにはコネも作れるかもしれない。
魔道具にあふれる相手の文化水準は高いことだろうし、いい刺激になるのではないだろうか。
そして、そこに俺は自分の子どもであり、しかし、これまで弟として育ててきたアルフォンスも加える考えを示した。
鉄は熱いうちに打て、ではないが、子どもにバイリンガルになってほしいのであれば小さいうちから習わせるほうがいいだろう。
それに、名目上の留学生のまとめ役としての意味もある。
今回、王女であるシャーロットと結婚したカイルの弟に当たるアルフォンスをリーダーとして留学生を送ることで、相手にも留学生たちを蔑ろにされないようにするのだ。
こっちは王族と繋がりがあるんだぞ、というアピールに繋がるからだ。
「ほかはどうするの?」
「バルカからも人を出す。けど、フォンターナでも人を募ろうか。バルカ塾で学んでいる若い奴らで東方に行ってみたいって手を上げるやつがいれば、そいつらもバルカの金で留学させてやろう」
「そういえば、アルス兄さんは東方に行った話の絵本も出していたしね。東方に興味を持つ人もいるかもしれないよね」
「とりあえず、留学生のことは遣東使とでも呼ぼうか。バルカに帰ったらすぐに遣東使団の選定に移ろう」
こうして、俺は東方にあるブリリア魔導国の貴族社会を学ばせるために、遣東使なる留学生たちを派遣することに決めたのだった。