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作品タイトル不明

生前継承と新魔法

継承の儀による生前継承。

それは貴族や騎士の家の当主が次代に力を引き継ぐためのものだ。

基本的には当主が死去した際には自動的にその力は引き継がれる。

ゆえに、生前継承をするということは、当主自らが後継者を正式に選択し、家中が混乱することを避けるために行われることがほとんどだろう。

さて、この生前継承だが、子どもに力を譲るということはすぐに理解できる。

が、それでは生前継承をした後、継承を終えた先代当主はどうなるのかという問題がある。

自身が持っていた魔法を自分が死んだ後も後継者が使えるようになり、そして、配下から繋がっていた魔力的なつながりによって流れ込んできていた魔力を次期当主が受け取るようになれる。

そのため、先代当主が新たな当主に生前継承をすると、先代当主は魔力パスを失うだけでなく、魔法も使えなくなってしまうことになるのだ。

俺は今までルービッチ家やエルメス家、あるいはブーティカ家などに当主交代を迫ったことがある。

あれはただ単にその貴族家の代表を交代しただけではなく、当主本人にとっては力のすべてを奪い取られたようなものになるのだ。

それゆえに、当主交代は重い処置として見られており、それをすることにより強制したこちらはそれまでのことを不問とする必要も出てくる。

その生前継承を俺が行った。

先程の一般的な例で言えば、俺は息子のアルフォードに力を継承したので魔法を使えなくなってしまうことになる。

事実、俺は力を失った。

それまで持っていた魔力量は大きく減退し、そして、教会によって授けられた生活魔法やフォンターナの【氷槍】や【氷精召喚】が使えなくなってしまった。

だがしかし、すべての魔法を俺が使えなくなったのかというとそうではなかった。

【整地】や【土壌改良】を始めとした俺が開発したオリジナル魔法。

あれは俺が自分の力で作り上げたものであり、けっして先代から継承して受け継いだ魔法ではなかった。

そのような魔法使い独自の魔法は生前継承した際にどうなるのかというと、継承したあとも創始者の俺からは失われずに引き続き使うことができるのだそうだ。

事前に神アイシャに確認し、そして、実行した後も確かにそうなった。

つまり、俺は今、教会やフォンターナ家から授かった魔法が一切使用できないが、バルカの魔法は使えるという状態にある。

そして、この話は先がある。

もし、生前継承した後に俺が新たに魔法を作るとどうなるかという疑問だった。

どうやらアイシャはそのような事例を実際にみたことがあるらしい。

力を継承しただけの者ではなく、独自に魔法を開発した魔法使いが継承の儀で継承権のある子どもを作り、その子に力を継承した。

そして、その後に新たな魔法を魔法使いが開発した場合、すでに継承した子どもはその新たな魔法は使えなかったそうだ。

ようするに、俺は息子のアルフォードに自分が持つ魔法と魔力パスを継承したが、それ以降に俺が魔法を作ってもアルフォードやバルカの騎士はその新魔法は使えないことになる。

人によってはこれは大きなデメリットに映るかもしれない。

が、今の俺にはちょうどよかった。

実はあまりにも影響が大きすぎる魔法が完成間近だったのだ。

「あ、呪文化に成功したな」

「新しい呪文ですか、アルス様?」

「そうだ、エルビス。名付けの魔法陣が呪文化した。【命名】って魔法だな」

「へー、【命名】ですか。えっと、それって自分で勝手に魔法を授けられるってことなんですか?」

「そうだ。【命名】と呪文を唱えたら手のひらの前に自動的に魔法陣が出来上がるから、相手に名をつければいい。そうすれば、その相手は魔法を使えるようになる」

「……それっていいんですか? 洗礼式以外で勝手に名付けができるってのは、教会が文句を言ってこないんですか?」

「そりゃ文句言うだろうな。だからこその生前継承だよ」

新たな魔法の開発。

今までいくつもの魔法を作り上げてきた俺は、なんとなくという感覚的なものではあるが、「もうそろそろ呪文化に成功しそうだな」というのがわかるようになっていた。

そして、もうすぐ呪文化できそうだと感じていたものがある。

それが【命名】だった。

俺は6歳の洗礼式でパウロ神父が使っていた魔法陣を【記憶保存】し、それを完全再現して利用していた。

手のひらから出した魔力を魔法陣の形へと変化させ、バルカ村の人たちやその後の配下の者たちへと名付けをしてきたのだ。

また、その後、東方でもスーラを始めとするバリアント周辺の者やシャーロットの部下たちへも名付けをしていた。

命名、と言葉を発しながら魔法陣を展開するという動作を繰り返してだ。

その結果、【命名】という呪文が出来上がった。

バリアント周辺の住民に対して、名付けを行っている最中の出来事だった。

この呪文は教会で神父が使う名付けの魔法陣と同じではあるが違うところもある。

教会では神父になる者が神アイシャの神像に祈りを捧げて力を授かる。

どうやらそれは魔法とは別の形で命名の儀が使えるようになるらしい。

故に命名の儀を教会の神父が使えても、その神父に名付けされた人々はどれだけ魔力量を上げても名付けできないことになっていた。

その名付けの魔法陣を勝手に盗み、使用し続けた挙げ句、呪文化にも成功しそうな状態になっていた俺。

さすがに、【命名】という呪文が出来上がるのはまずい。

教会と衝突することにもなりかねないし、勝手に名付けできるのであれば、そこから芋づる式に魔法を使える者が増えてしまうことになる。

そうなると社会全体に影響を与えてしまうことになるだろう。

なので、俺は生前継承して配下の者たちが【命名】を使えないように魔力的なつながりを切ることにしたのだ。

それ故に、今の俺が【命名】を呪文化してもバルカやフォンターナ王国内で【命名】を使える者は存在せず、教会とも対立することはない。

が、東方は知らん。

こっちでは名付けの魔法陣を見たシャーロットがそれを解読し、自分たちでも使える段階に入っているはずだ。

すでに情報は流出している。

一度流出した情報というのは、そう簡単には消し去ったりすることはできないだろう。

ならば、逆転の発想だ。

どうせ流出したのであれば、もっと大々的に広げてしまえばいい。

解読された名付けの魔法陣という特殊な技術を、オープンソースされたプログラムのように誰もが簡単に使えるようにしてしまうというのはどうだろうか。

【命名】という呪文はまさにそんな、ブリリア魔導国に対する強引な対抗手段としての意味合いもあった。

今、俺はバリアントを任せているスーラが連れてきた霊峰の麓に住む迫害された人々に名付けをしていた。

そして、そこで【命名】が呪文化した。

つまり、これから東方の住人に俺が名付けをしたら、そいつらは【命名】が使えることになる。

それは、これから勝手にそいつらから名付けの連鎖が広がり、魔法を使える者が増えていく可能性もあるということになる。

どこまで広がるだろうか?

もしかしたら、あまり広がらないかもしれない。

霊峰という厳しい環境で生きている彼らはあまり遠出したりしないし、閉鎖された社会で生活している。

自分たちの集落の中でだけ名付けをして、そこで終わるかもしれない。

いや、そうとも限らないか。

今年はすでに他の者にも名付けをした。

シャーロットとの取引で、シャーロットの部下たちにも名付けをしたので、そいつらも今頃唐突に【命名】が使えるようになっていることだろう。

であれば、まるで新型のウイルスに感染したかのように爆発的に増える可能性があるだろう。

そうなれば、名付けの連鎖は止まらない。

なにせ、【命名】という呪文に対する抗体を持つ者はただの一人もいないのだから。

まるでパンデミックを引き起こしたかのように、東方全体に名付けの波が広がっていく可能性もある。

こうして、俺は【命名】という魔法を作り上げて、それを東方で使ってしまった。

それは、すべての人間が魔法を使えるようになるかもしれないという、東方世界での壮大な社会実験が密かに開始された瞬間でもあったのだった。