軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

聖人

パウロ司教に俺が使った【回復】が身体の欠損部位を再生させたことに対しての説明を求められた。

が、なんと答えればいいのだろうか。

普通はこんなことはできない、などと言われたところで俺はその普通がなんなのかをよく知らないのだ。

なんで他の人が同じ【回復】という呪文を唱えて使えないのかが理解できなかった。

しかし、今まで世話になりっぱなしだったパウロ司教に対して貸しを作ることができるチャンスでもある。

こんなに真剣に聞いてくるということは、欠損治療にはそれだけの価値があるのだ。

まあ、それもそうかもしれない。

他の人ができないことができるということはそれだけ優位に立てるということでもある。

が、それ以上に大きな意味もあるのだろう。

それは、魔法という存在についてだった。

俺が知る魔法の多くは手の平などを起点に魔法を発動させている。

もちろん全てがそうではないのかもしれないが、仮に魔法を使える貴族や騎士がその腕を両方ともなくしてしまうと魔法を発動できなくなることもあるのだということを聞いたことがある。

が、それを治療できるとしたらどうだろうか。

魔法を失った貴族の体を治すことができるとなれば、その恩恵は計り知れないだろう。

喉から手が出るほどやり方を知りたいと考えるのはそうおかしなことでは無いのかもしれない。

そう考えると、俺が欠損治療をできるというのは大きな意味があるが、パウロ司教が使えるようになっていてもらうのもメリットが大きい気がしてきた。

もし、なんらかの事態で俺の腕がなくなってしまったときに、パウロ司教が欠損すら治療できる【回復】を身に着けていれば俺の生存率も高まるというものだろう。

恩を売りつつ、生き残るための確率を上げることができるのであれば、それに協力するのもやぶさかではない。

そう考えた俺は、【回復】について思考を巡らせる。

パウロ司教はなんと言っていたか。

確か、【回復】が使えるのは教会の中でも限られた特別な人だけである、とかなんとか言っていたように思う。

つまり、俺だけが使えるというわけではなく、他の人も使えるということを意味する。

さらにいえば、俺の使う【回復】もパウロ司教が使う【回復】も、そして、教会の中にいる特別な人とやらが使う【回復】、そのどれもが同じ魔法だ。

効果が違う、ということではなく、使い方に違いでもあるのではないだろうか。

そう考えると、魔法の効果というものにも考えが及んでいく。

俺が自分で作った魔法は、呪文を唱えると画一的な効果、あるいは現象が発揮されるというものばかりだった。

例えば【レンガ生成】などがそうだろうか。

この呪文を唱えると、毎回必ず同じ形で同じ重さのレンガを作り上げることができる。

その際、何をどう頑張っても違うレンガが出来上がるということはない。

必ず毎回同じ効果が現れるのだ。

だが、カイルの魔法はどうだろうか。

カイルの魔法の【速読】や【自動演算】という魔法は、呪文を唱えると一瞬にして書かれている文章を理解できたり、計算できたりすることができる。

が、リード姓を持ち、それらの魔法を使えるにもかかわらずできない人もいた。

それは、そもそも文字も読めなかったり、計算できないといった無学の人だ。

カイルの魔法を真の意味で使うためには、自分で勉強して文章を読めたり計算できたりできるだけの頭脳が必要なのだ。

それがなければ、猫に小判、豚に真珠だ。

リード姓を授けられても満足にその魔法を使いこなすことなどできはしない。

もしかすると、【回復】もそのような側面がある魔法なのではないだろうか。

つまり、欠損すら治療するためには【回復】という呪文を使えるだけでは不足であるということ。

ようするに、肉体の治療について医学的な知識がいるのではないだろうか。

例えば、人体は骨や筋肉、内臓などがどこにどうあり、それらがどのように関係しあって生命活動を行っているのか。

あるいは、それらの人体の構造を理解した上で、人の体は怪我などをしたときにどのように治る仕組みがあるのか。

それらを知っている必要があるのではないだろうか。

……どうだろうか。

可能性がないでもないが、もしかしたら単純に知識など関係なく、魔力の質が関係している可能性もあるだろう。

パウロ司教は俺よりも魔力量があるが、今は俺のほうが魔力の質だけをみると上だ。

同じ【回復】という魔法を使っても、魔力の質が高いほど欠損治療が成功しやすいのかもしれない。

どちらが正しいのか、あるいはどちらも違うのか。

わからない、が、そのどちらかである可能性はそこそこ高いのではないだろうか。

「と、いうわけでパウロ司教に必要なのは知識ではないかと思います。実際のところ、どうなんでしょうか。【回復】を使う際に、人体の仕組みを多少なりとも意識して呪文を唱えていますか?」

「……いえ、そう言われるとあまり深くは考えていませんでしたね。教会で住民たちに命名の儀式を執り行い、自身の魔力を高める。そうして位階を上げて【回復】が使えるようになれば、それだけで治療ができるようになるとしか思っていませんでした。人の体の仕組みなどといったものに造詣が深いかといえば、そうではないと言わざるを得ないでしょう」

「なら、まずは知識をつけることにしてみてはいかがでしょう。魔力の質を高めるのも並行して行ってもいいですが、時間がかかるでしょうしね」

「そうは言いますが、人の体の仕組みをどのように理解すればいいのでしょうか? 【回復】に頼らない市井の治療師の話は玉石混交で真偽の定かではないものも多いようですし」

「なんだ、そんなことですか。それならいいものがありますよ。実はバルカで研究していた人体解剖図という本があるのですが、それは人の体について勉強するには非常に充実した内容と正確な知識が記載されていることを保証します。ぜひ、読んでみてください」

「……ああ、あなたが死者を弄ぶようにして作った本でしたか。てっきり、あやしげな研究でもしているのかと思っていましたが……」

「違いますよ。全く、そんなことを言いだしたのは誰なんでしょうね。……実はあまり良い印象を持たれなかったのも事実で、完成した人体解剖図の本を買おうとする人がいないんですよね。けど、内容はちゃんとしていますから、パウロ司教にはぜひ読んでもらいたいと思います」

「わかりました。あなたがそこまで言うのであれば信じましょう。勉強させていただきます」

こうして、今まで完成したもののあまり注目されずほとんど売れなかった人体解剖図がようやく日の目を見ることになった。

パウロ司教は忙しいはずなのに、かなり勤勉で、すぐに読破してしまったようだ。

さらに、一度読んでそれが論理的で実証的な内容の本であるということを理解し、何度も読み込んだという。

そうして、しばらくした頃、パウロ司教も欠損治療に成功したという知らせを受け取った。

そして、もちろんこの話はパウロ司教だけのなかで留まることはなかった。

パウロ司教を通して、教会のなかでバルカで出版された人体解剖図が広く認識され始めたのだ。

人体解剖図から「新説・回復魔法の運用におけるパウロ司教の覚書」というタイトルに変更されて。

こうして、ほかにも欠損治療ができる人が現れることとなり、【回復】という魔法の歴史に画期的な変革をもたらしたとして、パウロ司教は俺の聖騎士認定に続いて教会から聖人認定を受けるに至ったのだった。