軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ひらめき

「おお、これが人体解剖図の完成版か。……ふむふむ。系統だって分類したうえでわかりやすく注釈も入っている。しかも、精密な絵が描き込まれてだ。これは非常に良い出来だな」

「……ありがとうございます、バルカ様」

「ん? どうしたんだよ、画家くん? なんか声が暗いぞ。せっかく人体解剖図が完成したんだからもっと喜んだらどうなんだ」

「ええ、そうですね。大変名誉な仕事をバルカ様にはさせていただきました。これを故郷に持って帰って自慢することとします」

「……故郷? え、もしかして田舎に帰るのか? 絵描きとして成功するって頑張っていたんじゃないのか、画家くん?」

「……だって、しょうがないじゃないですか。今、巷にあふれている絵をバルカ様はご存じないとは言わせませんよ。なんですか、あれは。絵画の基礎もなにもないド素人が【念写】で紙に写しただけの女性の裸をありがたがっているなんて、信じられません。バルカ様には私の気持ちなんてわからないかもしれませんが、田舎に帰る前に言わせていただきましょう。あんなものは邪道です。絵と呼ぶのもおこがましい。あのようなものが広まってしまっては芸術というものが理解されなくなってしまいます。つまりですね……」

「ちょっと待て。落ち着けよ、画家くん。ようするにあれか。【念写】でお手軽に描写した絵が広まったおかげで、画家くんの絵が評価されないとかそういう話か」

「い、いえ、違いますよ。私個人の絵の話をしているのではありません。そうではなくてですね。人々が持つ審美眼というものが」

「いや、違わないでしょ。画家くんの描く絵が評価されないから、田舎に帰るって言ってるだけでしょ」

「……う、いえ、……そうかもしれません」

「まあ、気持ちがわからんでもないけど、せっかくここまで頑張ってきたんだ。人体解剖図を完成したんだし、これからも多少の援助はしてやるからもうちょっと頑張ってみたらどうだ? 前も言ったけど、【念写】では描写できないような絵を描けば、評価してくれる人もいるって」

「そんなことを簡単に言いますけど、今まで描いてきたやり方を捨てることもできないんです。私には精密な描写の絵しかないんです。それがあんな魔法一発で作られた絵と比べられるなんて悔しすぎますよ」

「うーん、そう言われてもな。俺も絵について詳しいわけじゃないから。ああ、けど昔聞いたことのある画家についての話をしてやろうか。参考にすれば今までとは違った絵もかけるかもしれないぞ」

フォンターナの街で執務を行なっていた俺のもとに入った連絡。

それは以前よりバルカニアで行われていた仕事の一つが完了したという内容だった。

人体解剖図の本が出来上がったのだ。

医師のミームが解剖を担当し、その描写を画家のモッシュが引き受ける。

両名ともカイルから名付けを行われたリード姓を持つもの同士だが、ミームは画家くんの手によって絵を描かれることを望んだ。

解剖した図解を適切に描写してそこに医学的所見を書くには、そのままを【念写】するよりも人の手のほうがよかったのだという。

俺はその仕事を通じて画家くんが自分の腕に自信を持つのではないかと思っていたが、どうやら違ったようだ。

アダルトなイラストよりも画家くんの絵が低評価にさらされたのかもしれない。

ひどく落ち込んで、田舎に帰ると言い出した。

ぶっちゃけた話、別に田舎に帰ろうがどうしようが彼の自由ではある。

が、せっかくここまで頑張ってくれたので一つアドバイスをすることにしたのだった。

俺自身は絵を描くことなどはできない。

なので、技術方面で画家くんにアドバイスするのもためらわれた。

だが、ふと前世で聞いたことのある画家の話を思い出したのだ。

その話を画家くんへとしてやることにした。

※ ※ ※

歴史の中で名を残す画家は総じて才能のあるものだと思う。

天才的ななにかを持つ巨匠たち。

そんな天才の中に混じって、とある方法で名を連ねた画家がいた。

彼は画家にとって一番重要なのは絵を描く技術ではなく、インスピレーションだという考えに行き着いたのだ。

つまり、発想やひらめきなどといったものだろう。

常人には思いつかない、これはと思うものを考えて描く。

それこそが大切だと考えたのだ。

だが、そう考えたところで一瞬のひらめきを意図的に引き出すことはできない。

普通ならば誰でもそう判断するだろう。

しかし、彼は違った。

一瞬のひらめきを意図的に作り出す方法を編み出したのだ。

その答えはまどろみの中にあった。

眠りに入る直前の、頭が覚醒と休眠の間にある瞬間に人はひらめくということに気がついたのだ。

ようするに、ウトウトしているときに「あ、今いいアイデアをひらめいた」と思うアレである。

多くの人が経験したそれこそが天才へとなるための手がかりだった。

だが、多くの人が同じようにひらめいた経験があるのに天才にはなれない。

それはなぜか。

夢見心地のなかでひらめいたことはほとんどが荒唐無稽なことであり、しかも、すぐに忘れてしまうからだ。

なにかいいことを考えついたけど忘れた、というやつである。

「というわけで、画家くんにはこれをあげよう」

「これって、金属のスプーンですか?」

「そうだ。今日から寝るときにはこのスプーンを持って寝ろ。ウトウトしたときは握力が無くなってスプーンが落ちて音がするから目が覚めるはずだ。そのときに、夢の中でなにかひらめいたと思ったら、すぐにメモに残すんだ」

「……絵を描くうえでひらめきが重要である、というのは私もわかります。ですが、そんな方法で本当にひらめきなんて得られるのでしょうか? 現実味のない変な考えが寝ぼけた頭に浮かぶだけでは?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。確か、このやり方を考えた人はものが半分ドロっと溶けたような絵を描いていたんじゃなかったかな? でも、たしかに普通の人では思いつかないような変わった絵を何度も描いていたはずだ。精密な描写しかできない画家くんが殻を破る方法としては結構いいんじゃない?」

「そうですか。そんな画家の話は私は聞いたこともありませんが、わかりました。一度、やってみることにします」

「ああ。ま、もうちょっと気楽にやりなよ」

おぼろげな記憶と前世の画家の話でうまく画家くんをやる気にすることができたようだ。

しかし、画家くんと話すまで前世でそんなエピソードを聞いたことがあったことすら忘れていた。

あと、俺が知っている絵の話って何かあっただろうか。

そう考えたとき、ふと、あるものが目に止まった。

それはこのフォンターナ領の土地に関するものだった。

フォンターナの街を中心にして描かれた地図だ。

子供の落書きのような地図ともいえないような地図。

それを見て、そういえば前世ではもっと地図にもルールがあったように思う。

方角を記して、尺度を記載して、等高線を引き、建物などは決められた図形で描いていたので、どの土地の地図を見てもパッとわかったものだ。

せっかくバルカ騎士領だけではなく、フォンターナ領全体を統治できる立場についたのだ。

メートルなどの長さの基準などと一緒に、地図表記のルールも統一してもいいかもしれない。

こうして、俺は画家くんと話しながら、フォンターナ中にメートルやグラムなどの度量衡と地図表記の統一を徹底させることをひらめいたのだった。