軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

消毒

「おーい、ミーム。ここにいるのか?」

「どうしたのかな、我が同志よ。フォンターナの街に引っ越したはずなのに、よくこちらに帰ってきているようだが?」

「ああ、いたいた。ちょっと野暮用でこっちに来ていたんだけど、ミームに聞きたいことがあってさ」

「ふむ。なんだろうか。解毒剤について何かわからないことでもあったのかな?」

「いや、それも聞きたいところではあるんだけど、今回は別件だ。ミーム、お前は消毒って知っているか?」

「……消毒? いや、わからないよ、我が同志。それはいったいなんのことかな?」

おい、まじかよ。

解毒剤まで作っている医者のミームから恐ろしい言葉が発せられた。

ここらの医者って消毒の概念がないようだ。

といっても、これは別にこの世界の医者が消毒することすら考えないレベルの低さというわけではない。

むしろ逆なのだ。

このあたりでは消毒をする必要がないということなのだ。

俺の前世で得た知識では中世当時の街はひどく汚かったらしい。

そのへんに排泄物を捨てるので、日常生活ではかなり臭っていたというのだ。

更にそれは人間の死亡原因にもなり得る。

中世では幾度もその不衛生さで病気が蔓延し、病によって多くの人の命がうしなわれていたのだ。

だが、このあたりではそういうことはあまりない。

それは教会から授けられる生活魔法にあった。

どんな人でも産まれてから一定の年齢に達したら、教会によって洗礼式が行われて生活魔法を授けられる。

これは教会側が魔力を集めるためのシステムでもあるが、実際に住人たちにとって大きなメリットになっている。

【照明】や【着火】、【飲水】などそれ自体が生活インフラみたいなものが生活魔法として授けられるのだ。

だが、その中でも実は一番効果を発揮しているものがあった。

それは【洗浄】という生活魔法だ。

【洗浄】を使えば一瞬できれいになる。

皿を洗うのも【洗浄】を使うし、住宅の掃除にも【洗浄】を使う。

別に言葉通りに水洗いするわけではなく、汚れを落としてくれる魔法であるので水で濡れるわけではない。

あらゆるものにスタンダードに通用する魔法なのだ。

この【洗浄】という魔法があるゆえに、この辺りでは風呂に入るという習慣が一切なかった。

お湯を沸かして湯船に浸かる俺を見たひとは例外なく俺を変人扱いしたものだ。

そして、【洗浄】によって消え去った別の行為として消毒というものがあったのだ。

人の体に治療のために刃物を使う際にも消毒する必要がないのだ。

体を【洗浄】すれば汚れがなくなるのだから。

実際にそれでバイキンがなくなるのかどうかは俺にもわからない。

だが、泥や血の汚れは確実になくなるので、誰もが消毒代わりに【洗浄】を行っていたのだ。

「それで、同志は何が言いたいのかな? その消毒とやらの代わりに【洗浄】が使われているのが気に食わないということかな」

「違う。そうじゃない。そうじゃなくて、消毒する必要がないっていうのは、もしかして傷口を洗うのに酒を使ったりしないのかって聞きたかったんだよ」

「傷口をきれいにするのに酒をかけるのかね? そんなことをするくらいなら【洗浄】をしたほうが間違いなくきれいになるだろう」

「やっぱり。ってことはだ、ミーム。お前も酒精の強い酒ってのも見たことないのか?」

「酒か……。特別に酒精が強いものというのは聞いたことがないな。種類によっては強いものがあるかもしれないが……。私はそもそも酒は体に悪いと考えているので、飲まないしね」

「いや、十分だ。それだけ聞ければ十分だよ、ミーム。いける。新しい金儲けのネタができたぜ」

まだ子供の俺は酒を飲まない。

が、先日温泉に来たカルロスが飲んでいた酒を見せてもらったのだ。

麦から作る酒の他に果実から作るものもあるようだった。

だが、そのどれもがアルコール度数の低いものだったのだ。

そこで気になったので他にどんな酒があるのかとカルロスに質問してみた。

なんといっても多くの騎士をまとめる貴族家の当主なのだ。

カルロスの住む城には多くの酒がある。

が、話に出てきた中ではそれほど度数の強いものがなさそうだと感じたのだった。

なぜだろうかと理由を考えてたどり着いたのが、前述の生活魔法の存在だった。

【飲水】という魔法がある時点で飲み水には困らなくなる。

故に長期保存できる酒というものは完全に嗜好品になるのだ。

そして、その酒を消毒用に度数を高めるような考えも魔法によって生まれなかった。

便利な生活魔法によって度数の高いアルコール作りの文化があまり発展しなかったのではないかと思う。

であるならば、話ははやい。

蒸留器を作ってしまおう。

酒を加熱し、その蒸気を適切に冷やすことで濃度の高いアルコールを作り出すことができるはずだ。

それを何度も繰り返せば、飲むには不適当なほどの度数にまで高めることもできるだろう。

尤も、消毒用に必要かどうかは定かではない。

とりあえず嗜好品としての酒として度数の高いものを作ってみよう。

こうして、俺はミームのもとからグランのところへと移動し、その日のうちに蒸留器を作るように指示を出したのだった。

それにより、この冬には今まであまりなかった度数の高い酒がバルカに登場するようになったのだった。